少女でおじさんな悪 14
筑西市大侵攻。クロウ率いる鳩部隊が先手をうち、筑西市上空を爆撃する。表立った戦略地点を一方的に攻撃し、相手の混乱を生んだ。困惑、悲鳴。鳩部隊の姿を見た際の、敵の怪人や魔物、魔獣の悲痛な鳴き声がとどろいた。
相手からすれば攻撃を受けている事実。
しかも鳩部隊という事実。
虐殺部隊にして、悪名高き、収集屋。鵺のマッドサイエンティスト、スノウシンデレラ。最高科学者としての異名をもつものが生み出した怪人たちだ。
クロウの生みの親、博士の正体、姿は一部のものしかしらない。鳩部隊や幹部クラス、司法や行政、鵺と関係が深い企業ぐらいしか見たことがないだろう。見たことがなくても悪名だけはとどろく。
敵の怪人を誘拐し、解体する。
実験と称して、解剖もする。
犯した罪が多ければ多いほど、その実験の内容が濃くなる。
様々な悪評が建てられ、その悪評を実証するように鳩部隊は敵を捕らえる。
敵対者には死を。反逆者にも死を。邪魔者にも死を。
殺すことのほかに、奪うことしか興味がないと称される。スノウシンデレラに忠実で、鵺に忠誠を一切持たない。
博士による、博士のための、玩具。
それが鳩部隊だった。
鳩部隊の攻撃と悪名ブランドによって、相手の混乱が激しくなった。その動乱をもって、シャークノバの部隊が市内へ突入していった。八千代の度重なる妨害によって、筑西市内の悪は力をなくしていた。元々怪人数が少ない組織が数個程度のものだった。数十も分裂すれば密度も薄くなる。組織力が薄ければ、対応する手段も少ない。
シャークノバの部隊、シャークノバ含め23体の怪人集団だ。その数すらまとめる組織すら八千代のせいでいないのだ。だから容易く侵攻を許した。
鳩部隊と比べてしまえば、部隊構成力においては鳩部隊のほうが上。
しかし突破力や駆逐力においてシャークノバの部隊は優れていた。その点はクロウも認めている。
クロウ達鳩部隊が上空の覇権を担う。筑西市においての上空は鳩部隊が占拠していた。
零細悪の基地目掛けて魔法攻撃を上空からしかけ、爆撃。制空権を握ったことによる、一方的な爆撃を敢行した。
勝負にすらならない。
大体が戦線喪失した。上空からの爆撃、屈強な陸上部隊の侵略。鵺の侵攻部隊一つ。その怪人数は一つの市を丸ごと抑えて余りが出るほどのものだ。数も質も組織として指示系統は統制されている。
クロウも鳩部隊も一つの市ならば、圧政を敷けるぐらい容易だ。博士が求めないからしないだけだった。
あくまでもクロウの関心は博士にしかない。
部下もそうだ。
ただ、クロウが気にならないといえばうそになる奴はいた。
シャークノバだ。
シャークノバの部隊の突入を市街地で先回りする部隊。クロウが支援攻撃するか迷う中、相手はぞくぞくと市街地の廃墟の影にかくれていた。シャークノバの部隊を大きく囲んでいた。廃墟や建物の影、がれきの隙間などから殺意をむき出しにし、抵抗する敵たちだ。
また隙間から、正面切ってぶつかる敵たちもいた。敵組織の基地、筑西市の中央区域から流れ出る敵たち。その数60ほどだ。
正々堂々というわけじゃない。
諦めによる、命の投げ売りだ。
しかも構成員が怪人でなく、魔物。豚鼻の魔物。人間より一回り大柄な魔物、オークだ。構成員に組み入れており、その部隊がシャークノバの部隊を数任せに囲んでいた。
クロウが眺めていると、戦況は動き出す。
そもそも最初からシャークノバ部隊の優勢だ。
地上ではシャークノバが突進をしかけ、数体のオークを丸ごと投げ飛ばした。数十メートルも勢いよく飛ばされ、周囲を展開していた敵部隊の列を乱した。その乱れに自らをなげうって、再び突撃。
相手の部隊中枢になだれ込んだ。押し込まれていく相手はどうしようもできないだろう。シャークノバが先陣をきるため、部下たちもあわせていく。引くことはなく、攻めて推し進めていく。
オークは軽々と駆逐され、悲鳴と地獄絵図を生み出していった。
鳩部隊はやることを別のものへ変更。空中からシャークノバ部隊の掩護をすべく、別支援を開始。廃墟に隠れ潜むものを、廃墟事爆撃した。瓦礫の山をさらに生み出し、ひそむものたちを生き埋めにしていった。
怪人ならば瓦礫ぐらい引き出せる。
だから爆撃をつづけた。ピンポイントの小範囲爆撃は敵たちの展開予する足元を壊していった。鳩部隊の一方的な攻撃に、ついに耐え切れず逃げ出すものも多数。それらを見逃し、いまだ戦場を、シャークノバたちを囲もうとするものたちを爆撃で排除。
相手が思った通りの展開をさせることなく、シャークノバはオークたちを殲滅した。またその後すぐさま一点突破とばかりに集中で突入。相手の囲みを平気で崩していった。市街地も廃墟も影や死角が多いのにも限らずにだ。
この戦いはシャークノバが有利だった。
地方で悪の組織を作れるほどの実力者が上級怪人だ。その実力者が先兵なのだから、もはや勝敗など決まり切っていた。
統制された組織による暴力が、無法しかしらぬものたちを駆逐する。
上空からの支援がほぼ必要なくなった。
鳩部隊は地上に降り立った。
鳩部隊が地上に降りれば、それらを好機とみなしたものたちが迫りくる。魔物も魔獣も怪人たちですらだ。
だが鳩部隊の攻撃は爆撃だけにあらずだ。
近接戦闘も意外とできる。鋭い爪による殺戮。上空に飛び立ち、地上へ急襲によって、怪人を爪でつりあげ、そのまま空へと飛び立つ。上空にのぼりつめたあと、地上へ落とす。その落とす先はつるした怪人の敵対組織だ。だから落ちても死なない怪人も、落とされた先で殺される。
いつもより苛烈でもあった。
その先手を務める、黒い体毛のカラス怪人。クロウの機嫌が悪かった。鳩部隊が機嫌も悪かった。この侵略作戦は一週間後に行われるはずだった。
雪代博士、鳩部隊の生みの親が立案した侵略作戦。
シャークノバと共同で行う攻略戦争。それが突如として計画が早まった。それだけならいい。だが立案者である親の意見を聞かず、早まったことが気に入らない。スノウシンデレラからの変更命令じゃない。
はるか上の存在。
ティターノバ。どこかへ行ったあと、鵺の科学室もといポーション製造工場に姿を現したティターノバ。突如としてクロウに告げたもの。
筑西攻略を本日行う。
鵺の首領による命令だ。本来なら鳩部隊は聞く必要がない。無視しても許される。
だが鳩部隊が作戦に参加せずとも攻略はする。その強い口調で指示されたこと、また首領を相手に歯向えば博士の立場も危うくなる。
だから渋々参加した。功績に関して尋ねれば、博士に与えるといってもいたからだ。だから博士の名誉は崩れないし、功績ものせられる。反対をすれば、功績でなく失態としてみなされる。
そういった意味で気が乗らない。鳩部隊全員が気が乗らず、かといって心は荒れている。その八つ当たりが筑西の悪へと向かっていた。
逃げ惑う怪人。魔獣や魔物の悲鳴。上空を見上げて鳩部隊を見れば、奴らは恐怖をもって叫びだす。爆撃、上空から一気に下降した際、爪による殺傷などもだ。相手が嫌がる手段を徹底的にやる。
相手が苦痛を訴えれば、さらなる悲鳴を上げるよう戦場を地獄にかえた。
そのなかでシャークノバの部隊には攻撃しないようにしている。味方への攻撃は博士の失態につながる。鵺への忠実はないが、シャークノバの部隊と喧嘩をうっても意味がない。
鵺は博士の居場所だ。
博士に対しての忠誠が鳩部隊の根源。空中からの爆撃、そのなかでの陸上部隊シャークノバ部隊の侵攻。海洋系をモチーフにした怪人たちと、一部のジャンル違いの虫系統の怪人が入り混じった部隊。
そのシャークノバの猛撃は凄まじく、鳩部隊が見逃した怪人もそう、いまだ被害を免れた悪たちを正面切って倒して進む。破壊、殺害などの連鎖が空と陸から起きた。
野田市よりも抵抗が弱く、防衛するための地盤もない。
時に人々を盾にしようとする動きもあった。筑西にうごめく悪は平気で人を盾にする。しかしながら攻めてきているのは悪だ。人質など一切気にしない。しかしながらクロウが羽を一枚投げ飛ばす。その羽は見た目と違い硬質であり、刃物のように鋭くなって怪人の体を切断。人質にしようと持ち上げた手を切り落とし、人は逃げ出した。
人質を取る手段は飽きられ、失敗している。八千代も下妻も人質を取ろうが、取ったやつを殺せるからだ。人質を盾にしても、完全に体が隠れるわけでもない。頭部を狙った矢が飛ばされるか、魔法で殺されるか、特有のスキルで殺されるだけだ。
それを指示したものへの殺害には拷問が追加。そのやり口が浸透しているせいか、あまり筑西の悪は人質を取らない。とるのは新規か馬鹿な怪人だけだ。
クロウは鳩部隊員全員を上空に上げ、戦況の様子をうかがわせることにした。クロウが指示を出し、上空へ分散する灰色のカラスたち。
クロウはそのまま地上を警戒しつつ、探索する。
一日ももたず、筑西は陥落した。
排除した怪人16体。魔物おおよそ90ほど。魔獣も魔物と同程度。悪の構成員である人間の死者数85人。この構成員は武器をとって、反撃をしたことによる殺害だ。そもそも悪事を働き、同じ人間を苦しめた人間たちだ。容赦などいらない。
降伏したものは怪人9体。悪組織に与した人間の構成員60名。今までの悪行はなかったことにされ、今後問題を起こす場合は鵺の司法にゆだねられる。
筑西市の人口580人が鵺の傘下に加わった。逃げ出すものも大勢いたが、逃げたところで居場所などありはしない。そのためか諦めたものが580人。諦めなくて流出した人口がおおよそ400人。
その先はどこかは不明。
下妻でなく、八千代でもないだろう。そもそも悪の分裂自体はしていたものの、一応は管理されていたわけだ。治安は最悪だろうが、命は簡単に飛ぶだろうが。それでも管理はされていたはずだ。
ただし自由がほぼない管理だろう。責任だけを押し付けられ、自由もない。被害者になるだけを強制された環境だろう。だから悪に対し、悲観的になる気持ちがあるのは仕方ないことだ。
鵺は一般市民に対し、機密情報を保持していないものに限り、転出を許可している。
あくまで束縛しない、自由な社会を独裁で維持させた。宗教の自由から教育の自由もだ。表現の自由に関して、鵺への批判は禁止。正義への侮辱なども禁止。悪にとって都合が悪いことは規制。それ以外は自由にしてもいいとしている。
反逆も可能だ。ただし負けたら皆殺しにする。デモも許可制だが認めている。だが誰もしない。護衛という名の怪人をデモ隊に張り付けるからだ。圧力を怪人でかけて、市民の行動を自主規制させている。
自由であっても、きちんと独裁らしさは残していた。
基本軸は崩壊した日本政府の法を踏襲している。そこに鵺アレンジを加えたものだ。
鵺の法に従う限り、厳罰はない。
だから鵺から逃げ出すことに対し、危険しかない。
鵺は市民を守る、自分たちの利益のために。その利益があるから守られると市民に情報開示している。利益を出し続ける限り、決して自由を奪わないと。
裏も表もあるから、逆に市民は安心するのだろう。正直すぎるからこその不信感が少ない。
しかしながら鵺やパンプキンぐらいだ。周辺でまともな政治をするのはだ。市民を支配して、土地を奪い、巨大勢力へ成り上がろうとするものたちの宿命。逆にこのままでいいと停滞を選んだ悪は、その閉じた世界で強者となった。
好き勝手やりすぎだ。文明など壊れかけていた。
クロウ攻略の終えた筑西市を探索した。空気を吸い、両足が地についた。音も出さず、気配も出さない。
市街地が崩壊し、かつてあった建物群、ショッピングモールなどのものは崩壊しきっていた。片道2車線の大通りも道路だけは無事でもだ。道路を挟んだ店などが壊れてしまえば希望などない。
この崩壊した世界は弱者にとっての未来そのもの
クロウの視界の端に、魔物に襲われる人間の団体があった。筑西から逃げ出そうとし魔物などに襲われたのだろう。弱者は逃げる以外に生きる道がなかった。
筑西などの悪は弾圧を平気でし、抑圧の中で明日を拝めるよう祈るしかない。逃げることも許されず、奴隷のように働かされる。
そんな地獄が一時とでも終わり、逃げ出すチャンスがあったのだ。
誰だって逃げる。
たとえ鵺が開放すといってもだ。悪に弾圧されたものたちにとって、所詮は悪。
支配者がかわっても、日常は変わらないと思うのだ。
クロウはその選択を理解し、保護も何もしなかった。逃げ出す行為は正しいが、その先は自分たちの責任で進まなければいけない。自己責任だ。国家は、企業は、様々な組織はもはや弱者を救わない。全部切り捨てるための方便でごまかすだけだ。
鵺が侵略したことで、筑西にとって悪者だ。だが鵺の支配を受けもせず、妄想による否定しかないのは不幸だ。少なくても、ここの支配をしてきた悪よりは幾分かましだ。人権もあり、法も整備されている。生活基盤も弱者のために与えている。
その実態をしらずして、風評だけを信じた。だから搾取される弱者になった。
そういう弱者をクロウは見捨てる気でいた。博士の評価が下がるわけでもない。生みの親が評価が上がるとするならば、クロウは救う気もある。しかしながら鵺の支配から抜け出そうとする時点で価値がなかった。
鵺に忠誠を一切持たない、クロウでも帰属意識ぐらいはあるのだ。
だが魔物に襲われて何人か死にパニックになる中、希望が訪れる。その希望は死から命を助ける力そのもの。
ただ侵略してきた、鵺の怪人であることを除けばだ。
青白いサメ肌をもち、顎を大きく開く怪人。上級怪人であり、この筑西において陸上戦力をほぼ駆逐した猛者。
シャークノバだ。クロウの視界にも映る、その突破力。腕力を無理くりに生かし、魔物などの包囲を一部崩した。
包囲の穴を作り、その隙間を突破した。シャークノバが開けた穴を部隊が続く。人々と魔物の間に入り込んでいく。またシャークノバの勢いに恐れをなし、逃げ出そうとする魔物たち。その動揺を利用し、部隊が散開。魔物が数で勝ろうとも質が大きく違う。
部隊が横に並んで攻めかかる。
シャークノバの部隊が乱入し、魔物を駆逐。人々と魔物の間に盾として姿を現した。その獰猛さが強さが魔物を蹂躙し、人々を救った。だが決して善意ではない。人々は命が助かったことを安堵するより先に、絶望の表情に至っている。
逃げ出せず、再び抑圧される地獄だ。
その表情を見てもシャークノバは理解しないだろう。クロウは眺めていて思った。鳩部隊は周囲を偵察し、地上におりて情報収集するもの、上空からの情報収集をするもの。それらが分散して行われ、鵺の統一がなされたことの確認をしている。
その隊長であるクロウは、シャークノバの動きを眺めるだけだ。
耳を澄ます。シャークノバが暴れ終えたあたりに対してだ。魔力を一部使えば、音が耳に入ってくる。その環境においての悲鳴。助命を願う声。涙を流して希望がついえたとする反応。様々な悲嘆な感情が音となって入り込んでいた。
だがシャークノバは一瞥したのみだ。そのうえでシャークノバが部隊に指示をだした。部隊の怪人がすぐさま従い、倒れた人々の首筋に手をあてた。一人を当てて、首を横に振る部隊のものたち。死亡が確認されたと思えば、別の人間へと連鎖する動き。
命があるものに関しては、すぐさま上空に手をあげる。そうなれば上空を飛行する灰色のカラスが気づく。鳩部隊の怪人が下に降り、事情をシャークノバ部隊の怪人から聞く。あとはカラスの怪人が回復魔法を負傷者にかけて処置を追える
その処置は応急処置程度だが、命が助かることには変わらない。
確認が終わり、救助も終わる。
そうした作業を無事な人々の悲嘆な感情のなか、行っていた。シャークノバの部隊は良くも悪くも猪突猛進。だが一方的に虐殺もしない。弱者を嬲り殺すこともしない。必要であれば救助し、命を救う。その役割が幹部だからこそのものだろう。
部下からの報告、それに対する指示。一通りをおえ、ようやく恐怖におののく人々に振り向いたシャークノバの姿。
「このシャークノバが人を殺したように見えたか?」
武人ならではの直球な問いだった。静かなものだ。シャークノバが聞けば、周囲の悲嘆さは表情であっても音としてでなくなる。上級怪人の気配は重厚だ。その圧倒的化物を前に弱者は口をとざし、狙われないよう小さくなるしかない。
だから静寂になった。
「お前たちを甚振ったか?」
静かに尋ねる。誰も答えない。沈黙と視線を明後日のほうにそらす人々だ。
「貴様らが泣きべそをあげる間、その仲間を救っていたのは誰なのだ?」
誰も答えないくせに、唇をかみしめ現実をなく人々。口に出せないだけで感じる思いがあるのかもしれない。覗き見るクロウからすれば関係ない。シャークノバの部隊が人命救助に当たっていた。筑西市にとって加害者であり、侵略者でもある。
だが、この避難民を直接攻撃してはいなかった。そもそも避難を人々がするようにしたのは、倒された悪だ。圧政をしき、人々の数を減らしていった。餓死から殺人、遊び感覚による虐待によっての死。悲劇的な事件を日常化させた。
だから悪が滅んだ際、悟った人々が避難しようと動いたのだ。
それをクロウは掴んでいた。
つかんでいて、死の未来が見えるのに見捨てようとした
クロウが捨てたものをシャークノバが拾い、守っただけだ。
「我ら鵺が救った。お前たちを苦しめてきた敵を倒した」
決して、避難民を苦しめたのは、シャークノバではない。
このシャークノバは相手を論破する気もないのだろう。説き伏せる気すらないのだ。
ただ真剣に直球的に問うているだけだった。
「お前たちは何をした?いつまで泣くつもりなのだ?」
魔物などに襲撃された人々の命を部下に確認させた。命があれば、助けるよう手配もした。そうシャークノバは支配者がやるべきことを果たしていた。その義務を果たしたうえで、何もしない人々に聞き出すのだ。
「怖いから泣くのだろう?このシャークノバ、確かに侵略者だ。だが侵略者が命を助けているのに、なぜお前たちは自分のことだけしかしないのだ」
潔く、それでいて堂々とする。侵略者である以上、加害者だ。鵺の侵略によって、たまたま命を失った弱者もいるだろう。被害は少なくしてもだ、戦況によって事態が変わるものだ。
人質作戦や、窮地に陥ったことによる自暴自棄によって死んだ者もいるはずだ。
「侵略者から見れば、泣くだけのお前たちが一番残酷だ。やるべきことをやってから泣くべきなのだ」
それでも前線に立ち、できうる限りの救助をしている。言葉で語るより、行動が先に出た。行動の後に取り繕う言葉が出てくる。
潔く、人々に対し向き直る。鵺の幹部にして、野田市攻略で暴走した失態もある。だが誰よりも直球で、部下からの信頼も厚い幹部でもあった。
「鵺に仕返しをしたければ、このシャークノバ受けて立つ」
胸を大きく叩いたシャークノバは、大きな存在だ。真剣そのもの、嘘偽りもない。
加害者には加害者なりの理論がある。一方的な暴力によって奪うものでもなくだ。
「だが今は命を救え!恨むのは後なのだ!仲間を救え!できうることを尽くして守れ!」
応急処置はできても、安全な場所ではない。部隊が魔物を倒したとはいえ、この場だけだ。いずれ血の匂いにつられ、攻めてくるやつもいるだろう。だからシャークノバが悲嘆につかって己惚れる人々へ諭させた。
圧倒的脅威の上級怪人。クロウよりも強い怪人だ。筑西の悪は所詮、己以下。それよりも強者の怪人を相手に逆らえるものはいなかった。
命令の救助活動。悲嘆にくれつつも、無事な人々は一人と、また一人と動き出した。シャークノバや怪人たちの動きにおびえながらもだ。
「処置は済んだ、運ぶのだ!安全な場所まで運べば、お前たちは立派な人間なのだ!」
シャークノバが指をさす箇所。地べたに倒れても、息がある。傷の処置も済んだ。死んだものだけが怪人の手によって避けられ、生きているものしかいない。
動けない負傷者を二人で持つ。応急処置はされ、本格的な治療はあとのこと。上半身と両足部分といった感じに担当をし、持ち上げる。人間が負傷者を救うのは本格的な技術だけじゃない。単純な作業も人命救助だ。
持ち上げた人々の姿を見た、シャークノバが部下の怪人に誘導をかけた。その安全地帯のルートを部隊の怪人が先行する形で一体道案内。運ぶ人々の周囲を数体の怪人が展開。
幸い、負傷者の数に対して、人手が足りた。怪人の手を使わず、人々が同胞を救う美談で終わっていく。それらをシャークノバの部隊怪人が護衛。殿ではないが、その展開の後方部をシャークノバが務めた。
その動きをクロウは追跡していった。やることがなく暇だった。
姿を周囲に合わせて溶け込ませる。ステルス化とした体をもって、追跡していった。
部隊が展開し、下妻寄りの筑西あたりまでくれば安全だ。現時点で最も鵺の影響がある筑西部分のためだ。避難民が運ぶ人命救助の活動をたたえた。全員汗だくだ。途中休憩を挟みながらとはいえ、数キロも人力で負傷者を運んだ。
交代で運んで、進む集団。怪人は一体も人間を運ばず、人間だけが運んでいく。
運び終えれば人々は疲れ切り、その場で座り込む。地べたであろうが気にせず、誰もが顔を見渡した。周りを怪人が囲んでいる以上緊張もあるだろう。奪われるだけで、誰もが足を引っ張って生き残ろうとする環境。
無理やりとはいえ命を救った。切り捨てるはずの他人の命を、疲れて守った。
「お前たちを助けた価値があった。お前たちが救った命も、価値があったのだ」
達成感というやつだろう。クロウにも多少ある。博士に褒められれば、どれほど退屈なものでもやる気がでる。逆に博士から機嫌悪く当たられれば、存在意義を失う。
圧倒的強者から弱者が褒められれば、どこか居心地の悪さを感じるのだろう。だが悪い気分もないのだろう。どこか他所他所しくも、ほどけた空気があった。
「お前たちは鵺が支配すべき、立派な人間だった」
それと一緒でシャークノバは朗らかに褒めたたえた。潔くも堂々とする。失態を繰り広げるが、暴虐でもない。救助劇にて疲れ切った人々は自然と笑った。怪人であれば容易でも人間では体力的に厳しい。それを上級怪人側から、認められたのだ。
だから人々は気分を良くして、頬をほころばせた。今まで弾圧と搾取、暴力が当たり前。褒められることなどなく、事故死や即死だけが希望となる地獄。
その地獄の支配者を軽々と倒した、化物が褒めてくる。
地獄の中でも、潔いやつがいれば、巻き込まれてしまうものだ。
皆、ひきつりながらも空気が徐々に温まっていった。
シャークノバは直球だ。
本人の資質も、馬鹿で阿保で間抜けだ。
普通であれば、裏があると思わせるほどだ。本人にそのつもりはなくても、怪人はそういうものだと人々から思われている。シャークノバは馬鹿だから一切そんなことは考えない。阿保のため、複雑なことは考えない。間抜けだから、暴走もして勝手に行動をしてしまう。
シャークノバに裏は余りない。
部下からも、人間からも評判は悪くなかった。
鳩部隊隊長であるクロウからしてみても、潔さからくる掌握術は感心すべきところだった。一切意図してなくてだ。
悪に支配される。それを嫌悪する人々は多い。だがこの場の誰もが鵺に支配されて当たり前になった。その空気はシャークノバが作った。負傷者を救うことで、自分もすくってもらえるという希望を抱かせる。見捨てないことで、切り捨てられないと居場所を置く。
どんな悲嘆にくれても、しかりつけ、やるべきことをさせる。
果たして、それは悪ができることだろうか。人間でも難しいことを、鵺最大の馬鹿がやりのけた。
戦況が終わり、人々同士が団らんへと生じる。怪人がその周囲を守り、シャークノバが少し離れたところで立っていた。
そんなシャークノバのもとへクロウが近寄った。隠蔽も止め、突如姿を現したクロウを一同が驚愕に満ちた。ただシャークノバは目線をちらりと送ったのみだ。鵺の幹部だということもあり、気づかれていたのだろうか。
「ずっと見ていたな」
一瞥した後、クロウの隠密を看過していたのだろう。馬鹿のくせにだ。
「見ていたかもしれない」
クロウは曖昧にしつつ、嘘も正しいことも言わない。答えは言わないほうが、進むこともあるからだ。そんなクロウの様子を見て、シャークノバはつづけた。腕を組み、真剣な面持ちでだ。
「気配はもっと隠せ、こうあれだ、どんとかぎゅっとと、あれな感じで隠せ」
上手く言おうとすると、説明に擬音が入るのは怪人も一緒。だが真剣な馬鹿は、決して茶化す様子がない。
しかもクロウの隠密はダガーマンティスの次に優れている。そのクロウの技術を見抜く阿保のほうがおかしいだけだ。
だが事実は事実。
見抜かれたことを逆恨みするのでなく、技術を高めるよう意識を持っていく。
「気をつける」
「そうしたほうがいいのだ。お前たちが頑張れば頑張るほど、スノウシンデレラは喜ぶはずだ」
うんうんと頷くシャークノバ。腕をくみ、そう信じてやまないと馬鹿さを出す。潔すぎるためか、クロウ本来の悪質さが表に出しづらい。周辺で最も悪名高き鳩部隊。その部隊長クロウが潔い馬鹿には、口悪さが出なかった。
「ところで、その」
その馬鹿が、恐る恐るといった感じな口調を出す。
周囲に見えないよう背中を向け、何事かと覗き込むクロウ。
「す、スノウシンデレラは。こ、こんかいのことをどう思うのだ?喜んでくれるのか?筑西をとったことで、す、す、好きに…」
筑西の敵部隊を駆逐し、魔物の大軍を容赦なく排除した。鵺の猛者がもじもじと指同士をつんつんと合わせていた。緊張というか、恥じらいをもった様子を見せていた。
あろうことかクロウの生みの親。
スノウシンデレラ、雪代香苗にだ。
「す、すこしは意識してくれるのか?」
躊躇いがちに言ったシャークノバ。博士に恋慕を抱いていた。一部先ほどの会話から言葉を変更した様子はあった。
好きになってくれるかと尋ねるは、クロウには言いづらい。絶対的主人の気持ちを代弁することは許されないからだ。
また生みの親が幹部に好かれる気分は複雑だ。潔い馬鹿は、それを加味して言葉を変えたのだろう。だが間抜けだから結局隠しきれていない。
首領や博士本人の前ではキャラクターが変わる。言葉遣いから態度から全部だ。どちらにも敬意を見せるが、博士だけには恋心が向かっていた。クロウに対しては、気心の知れた仲と接してくる。
怪人であっても、人間であっても恋愛は自由。鵺は様々な動物の体を取り込んだ妖怪。それをモチーフにした悪だ。だから自由にとんでいるものだ。異性愛は当然のこと、同性愛から異種族による関係も許される。
だが怪人と人間の恋は今だ形にならない。
一部魔物と人間が恋をし、夫婦となったものがいる。下妻に一組だけ夫妻だ。それは業が深いがルールは守っている。だから問題ないことになっていた。
思わずジト目になったクロウが、シャークノバを見続ける。その視線に負けたか、シャークノバも次第に勢いを落としていった。
潔い馬鹿が急に口調を落とし、テンションも落とした。
「…少しは好きになってくれるといいのだ」
ぼそりと誰にも聞こえないようこぼした。クロウは拾った。拾ったうえで聞かなかったことにした。
人間に恋する怪人。シャークノバ。この潔い馬鹿だけは博士の敵にならない。それだけでクロウはシャークノバを受け入れやすく、鵺の中で安心できるといった感覚だ。
クロウは気落ちしたシャークノバに声をかけることにした。
「次は結城市になる」
戦場は連鎖し、次の獲物は結城市だ。クロウの言葉に、シャークノバは先ほどの様子が嘘のように、自信を取り戻していた。その気持ちの切り替えは馬鹿にしか難しい。その変化もクロウは認めていた。
鵺の幹部ゆえの誇りだろう。仕事の話、組織の話になれば、シャークノバは私心を消す。
首領があって、鵺がある。鵺があるから博士がある。その順番がシャークノバを満たしていることだ。
だがクロウはせめてもの情けとしてだ。
「結城市まで攻略すれば、博士も見直してくれる‥はず」
自信はない。せめてもの希望を持たせる発言にシャークノバが大きく顔をほころばせた。
「そうか、そうか。任せよ、任せろ。このシャークノバ、さらなる武功を重ねてみせるのだ!」
馬鹿で阿保で間抜けのくせにだ。その潔さと強さだけが取り柄は、感情豊かに笑って見せたのだった。
そうして筑西市攻略は終わる。




