少女でおじさんな悪 13(弱者のあがき)
「ロッテンダストさんが逮捕された?」
院長の第一声は怪訝なものだった。訝し気に向けた視線の先、そこにいたのは小太りの男だ。一都三県で一般的に売られているスーツ。ワイシャツから黒のズボンといった定番の量産品。ぎちぎちにワイシャツを膨らませた男。
高梨だ。その男が院長室へ姿を出していた。冷や汗と緊迫とした表情をもちながら、自分へ報告をするために来ていたのだ。
東京の軍隊、都軍に逮捕されたということ。その罪状が国家転覆罪である可能性。正確な情報はなく、あくまで風評によるもの。それらを報告するために東京から馬車を走らせ、ここまでやってきた。その際の護衛は八千代から交代で派遣する武力数名だ。
「はい」
高梨が返事をし、無言の空気ができた。
院長の視線が一時期、作業中のパソコン画面に向いた。
キーボードをいくつか叩いて、やがて止まる。
「そうですか、報告ありがとうございました」
冷めた物言いで、無を貫く院長。高梨に対して冷たくしたのでなく、その報告内容に対してのものだ。気配は物々しい。自身の肩越しに手をむけ、視線を向けずに口を開いた。
指で引き寄せる合図。
それを見たものが院長のもとへ背後から近づいた。肩口まで伸びた銀髪。歩くたびにたなびかせ、一瞬後光が差しているかの美しさ。その頭髪とイメージが一致した令嬢がそこにいた。この八千代の軍事力である、ナンバー2をもつ女性だ。
院長の横に立った。
「副長さん、至急してほしいことが」
その令嬢は院長から副長と呼ばれている。また命令を出すのも院長は慣れている。自分より強者であろうともだ。関係なしに指示を出せる。
令嬢が身をかがめ、その耳元にから顔を近づけた院長。手で耳元や口元を隠すことで、秘密だと強調。それらを見た高梨が目を閉じた。実際は聞こえるが、見ないことで聞いてない体をしているのだろう。
小声でささやく。
「下妻、坂東市に停戦の連絡を」
その指示に目を大きく開けた令嬢がいた。常識外れという顔だ。理解しがたい様子であるが、院長は更につづけた。
強い目力をもって、令嬢をとらえたままだ。
「ロッテンダストさん抜きで、ここは持たない。でも、鵺やパンプキンは何もしてこない。なら周りは攻めてこないようなもの」
答えは出ていたのだろう。院長が囁いた内容には、信じがたいものも含まれていた。定説通りにいけば、八千代の武力があるから、周辺はおとなしい。だが八千代があるせいで、それらを脅威とみなした勢力が手を組んでいることもだ。
周辺を圧倒していても、しなければいけないこと。
防衛線力を置いておかなければいけないことだ。院長は知っていることを、更に深堀りしていく。
「鵺もパンプキンも、攻めてこれないくせに戦力を八千代の近くにおいてる。無駄だと思う」
院長が言葉を紡ぐほど、令嬢の反応が鈍くなっている。その先が相手もわかっているのだろうか。院長が更につづけた。
「なら停戦して、こちらの戦力も別に回したい」
その令嬢の反応を院長は確認していた。建前を残し、理屈を語らない。どういう結果をもたらすかを観察している。
鵺が攻めてこないのは一つの可能性がよぎっていた。
八千代と下妻は共同で動いている。人間組織と怪人組織のため交じり合うことがない。だが武力が拮抗しているからこその平和という線も捨てれない。しかしながら攻めてこない理由にもならない。同じだからこそ手を出し、力をそいでくるはずだ。
それが一切ない。院長の手元の武力がたまに鵺と戦闘があったことは報告される。その割には何故か空気が軽い。対応が軽い。八千代以外であれば、周辺最大の強さは鵺になるはずなのにだ。鵺との戦闘は日常であり、まるで作り上げられた出来事のようにだ。
だから感づいてしまった。
お互いが一致した思惑、動きがあることをだ。
周辺に悟らせないために、あえて対立を演じている。
その可能性がよぎったため、今回院長は停戦の意図を出すことにした。その提案を前に、頼りになる令嬢がもどかしい様子をみせた。それでいて必死に言葉を選ぶ様子もだ。
「えっと」
令嬢が目線をころころずらす。
思案顔で悩む令嬢に無の視線を向けて見せた。その無に耐え切れず、視線を大きくそらした。空気が非常に重く、院長の命令は絶対。まるでやりたくないといった反応。
「…」
院長はそんな相手の様子を受けて、妥協をすることにした。言葉の選択ってやつをだ。令嬢は何かしらの制約があり、それを表には出せない。だけど上司である自分の指示は撤回させたい。そういう反応だろう。
それは、上位者のやる指示に違いない。
だが、ロッテンダストは逮捕され、上位者の浅田は姿を見せない。
暫定的に院長が最高権力者となってしまうのだ。
「ロッテンダスト逮捕に不服。都軍の行いに見せしめを行いたい。一都三県に対し危機感を抱かせて、状況を打開したい。そのためには下妻と坂東との停戦を結ぶのが一番効率的」
口早に言葉を選び、令嬢へたたきつける。人形でありながら淡々と口を開くのは、もはや不気味そのものだ。一番相手に嫌がらせをしたく、なおかつ効率がいい方法を口頭で告げた。
八千代からの抑制がなければ、鵺は拡大できる。拡大する勢力がいれば危機感を抱くのは周辺勢力だ。茨城の悪勢力だけじゃない。一都三県側も同様だ。その際の対策費用と手間を思えば、停戦だけで作れる最大の仕返しになる。
「行って」
これ以上の言葉は必要ない。院長が扉を指さし、命令を出した。最弱の人間を相手に、強者である令嬢が反論できず、動き出す。重く動く令嬢の背中を見つめたまま、院長が更につづけた。
「ロッテンダストさんが不条理にあってるのに何も思わないの?」
その言葉を投げかけて、冷徹な視線を背中にたたきつけた。この言葉はきっと聞く。この八千代の武力全体に届く重い言葉だ。
「そのようなことは一切ありません」
すぐさま令嬢が返した。先ほどまでの選択肢がない人間とは思えない反応。ロッテンダストと令嬢の関係性が単純な上下関係じゃない。そのことを見抜く重要な情報。返答直後にきびきびとした動きに変わったことを確認。
微笑をうかべた院長の姿に、令嬢がぎょっとした様子をわずかに見せてしまった。
院長室から慌てるように令嬢は出ていった。
その動きを眺めながら、幾つもの答えが導き出された。
ロッテンダストが逮捕されても心配する様子がない。ロッテンダストへの扱いに疑惑をかけられるほうが苦手。この程度で危機になるわけがないと信頼がある。
それよりも停戦のほうが鈍くなる。
この事実を頭に叩き込み、部屋から出ていった副長の立場を理解した。
そうしたあと、院長は高梨へ視線を向けた。
「高梨さん、遠路はるばるご苦労さまでした。貴方のおかげで、あたしたちは別の手段を模索できそうです」
そう微笑んだ。目が笑っていない笑みだ。だが高梨に対して向けたものではない。しかしながら相手の汗が増えた。冷酷なまでの無が、この場を支配している。
両手を組み、背筋を伸ばした院長は正に支配者なのだろう。その支配者も動き出す気配。組み合わせた両手が外れ、片手をデスクに置いた。椅子を引き下げ立ち上がった。
「一休みしてから東京へ戻ってください」
相手の立場を重んじた。だが行ってしまえば優しくすることで反乱を抑える手段でしかない。院長が優しくばするほど、高梨の汗が増えていく事実。それを気づいて院長はやっている。
そうして部屋から出ていこうとする。その際高梨のわきを通る
その脇を通る際、一切顔を向けずに院長が言葉をこぼした。
「このことは、まだ内緒に」
絶対零度を思わせるほどのものだ。感情がこもってなく、危機を抱かせるほど暗かった。ぞくりと部屋を冷気が包んだかのように空気は重かった。院長と高梨しかいない部屋は、支配者が出ていくまで安らぐことはなかった。
八千代の田畑、できる限り現在の街並みを見せない。住宅地からも外れた郊外を選んだ。場所がわかる看板がある場所を選んだ。
院長はその風景を眺め、風になびく髪を指で抑えて待った。
停戦の使者を送り、一時間もたたずに返信が届いた。停戦の意志があるとの内容を確認後、再び使者を送った。
その際、停戦を結ぶ場所を指定。やってこさせたのだった。
その使者は令嬢だ。現在は周囲を警戒し、なおかつ院長の圧に負け、視線は向けてこなかった。
蛙の大怪人ティターノバ。周辺最大勢力である、鵺の首領。
アンコウ型の怪人、提灯怪人。パンプキンの片腕。
院長。最弱の人間であり、八千代全体の責任者。
これら3代表が八千代に姿を現し、停戦協定を結んだ。その際に鵺側から連絡された。7大悪と鵺が手を結んだことも事前に告げられた。告げられたが一切関係ないと無表情をつらぬいた。所詮一都三県側での出来事で、茨城での出来事でないからだ。
パンプキンは鵺の植民地であるため、あまり口は出してこなかった。
ティターノバと院長のたゆみなき舌戦。および妥協案があった。ただ鵺側から告げたのでなく、院長側から告げた内容があった。
「筑西はどうぞ。取りやすくなってるはずなので」
そう院長から切り出し、様子をうかがう。その一撃はティターノバですらたじろいだ。筑西を狙うのは今後の安全もそうだ。作戦展開においてもそうだ。反応に困った様子で笑って見せた。同時に悪らしく強大な魔力は一切隠してこなかった。
立場の有無を教えようとする強者の目論見。狙うべき場所を察せられ、お膳立てされたわけだ
「筑西の次は結城を狙っていると思っていますが、一つ手を引いてほしいことが」
人形のように院長は強者が相手でも変わらない。無をもって制圧せんと口を開くのみだった。弱者が強者を相手取ってなお、引かない姿。それらに関心を抱いた様子のティターノバだ。
「なにかね?」
院長の問いにティターノバも反論せず、促して見せた。筑西の次は結城市を狙っている。理由は単純、狙いやすくて拡大できる。相手の組織構成など八千代の手によってバラバラになっている。もともと数個程度の組織があった筑西、結城だ。だが数個程度は外部からの圧力で数十もの組織に分裂した。
その外圧が八千代の勢力だった。
「結城市を半分こに」
結城市の当事者を一切入れず、勝手に外部組織たちが分割しあう会議。鵺も八千代も支配できて当たり前で、それらをなす力が備わっている。
周辺状況の戦力から見て、鵺も八千代も強者だった。
「認めると思うかね?」
「お互い仲良くしたいのは一緒」
その大怪人が凄んでみせた。蛙の大怪人。その化物が大きく口を開き、獲物をのみこまんとする演出をしてきた。だが院長も負けじと無表情をもって見つめ返した。感情をこめず、さりとて大したことがなく相手にならないと反応で返す。
「それに、都合がいいと思ってます」
院長が含みをこめた。言外に乗せたものの意味。
「手を引くための言い訳ができるので。お互いに」
お互い八千代と下妻はいがみ合っている風に見せている。院長の目には、共同で動いているように見えてしまう。だが、演技をするには本気で動かないといけない。敵対する間柄ならば普通のことをだ。八千代寄りに防衛戦力をおくなどだろう
スパイ対策ってやつだ。
防衛戦力を置かない場合の問題。外部の勢力が諜報してきたさい、なぜ無防備なのかという疑問が出てくる。完全な諜報対策などできやしないため、情報は漏れてしまう。必要な措置は実行し、本物のように作るしかない。
院長が考える通りならばの話だ。確証はなく、別の意味で妥協がなされるかもしれない。共同で動くなら推測通り。八千代とことを構えた停滞より、他法からの実益を求めた選択も忘れなかった。
あくまで院長の個人的考えだ。
「なるほど」
ティターノバも凄みをやめて、顎に手をやった。思案顔になってみせ、それを院長が無言で見つめている。また筑西と結城を二つの市を手に入れたところで、また拡大を急いだことによる支配体制の不備も生じる。
停戦をしたからといって、八千代が鵺の必要以上の拡大を見逃すのも不自然。
何より鵺の脅威論が八千代より上回る。
その点が悪としても難しいはずだ。
良くも悪くも鵺は、八千代より悪名がない。周辺勢力から恐れられるだけで、忌み嫌われる外道性がなさすぎた。その脅威論を八千代と鵺で分け合い、二つが共有することで安定をさせる仕組み。
互いに利益を得た形にして、妥協する。喧嘩をしないための理由づくりだ。
そして敵は、実益を取った。
「結城の半分を八千代に。半分にする際は筑西と面する領域、および栃木に面した領域を含めたものになるがね?鵺が多少多めになるな」
それでよいかねとティターノバが問い、院長はうなずいた。必要なのは半分程度、鵺から奪えたという事実のみだ。それらの妥協させた動きが評判となっていく。
「こちらも上手くいくので」
院長は冷たく笑う。目元は一切笑っていない。会話をする際にも頭は回り続けている。どこまでも、どこまでも狙うのは別の切り口。
「八千代側が結城をほしい理由は何かね?」
「…聞きますか?」
どこまでもどん底な無をもって、院長は大怪人の疑問に応じる
「結城を…」
その提案こそが院長の手札の一つ。
「いろいろと利用しようかなって」
応じるが答える気はない。曖昧にしたうえで、複雑さを表現してみせた。
それは決して人の命を弄ぶものではない。人々を悪側に対しての餌にするわけじゃない。周辺勢力の組織構造に毒を放つ一撃。
まだ悟られるわけにもいかない。己の心を隠し、院長はこの場を睥睨した。
院長の次なる反応を待つ蛙に、この場を切り上げたいアンコウに。それらに立ち向かうひ弱な人間が勇気を振り絞った。
「悪いようにはならないので」
冷酷な無をもって、告げた。そこにあるのは少女でありながら、地方を生きのびた者の姿。これ以上答える気がなく、院長は口を閉ざした。内容が気になるものもあるが、誰も先を訪ねることができなかった。
こういう人間だから、八千代の代表として生き延びている。
その事実を確認させてしまったのだ。
そして動画の撮影が始まった。2体の怪人と院長が田畑を背景に並んでたつ。撮影者は令嬢だ。撮影機器はスマホだ。院長用のスマホであり、それを令嬢怪人に渡していた。音がしっかりと入るように周辺環境の静寂性は確認。
事態は進み、物事は変化する。今まで作っていた形の停滞は過去のものだ。
そして事前に打ち合わせた内容。停戦内容及び、鵺からの解放宣言。パンプキンは鵺に追従とした流れの動画となった。
その中での筑西攻略などの情報は一切出さなかった。
撮影が終われば、再び院長も怪人たちも離れた。三角形の角のように場所を移動。お互いが牽制しあう形として立った。ただし鵺もパンプキンも同盟のため、実質院長一人だけで立ち向かうことになった。令嬢もいるが、形だけだろう。大怪人を相手には心もとない。
院長は、2体の怪人を物ともせず無を貫き通した。
嵐の前の静けさというものか。院長とティターノバの視線が衝突し、おろおろする提灯怪人が相手方を何度も見回す。そこで切り出したのがティターノバのほうだった。
平然としつつも院長を見据える鵺の首領。
「鵺はすぐさま、筑西へ攻めかかるが」
「人手は?」
平然とするのは院長もだ。鵺は筑西への侵略を宣言し、その反応を見ようとしているのだ。今回の停戦によっての空いた戦力を、今この場で動かす決断をする。即決能力を見せることで、どう対処するかを見極められている。
だから院長は平然としつつ、尋ね返したのだ。助力は必要かと、恩を売るようにだ。無論大怪人も乗ってくるわけがなかった。
「いらん」
即答で拒否した大怪人。その姿を見て、院長も首肯してみせた。
「なら良かった」
そうやって話し合いが終わる
最初に背を見せたのは院長だ。弱者は背を見せようが正面を向こうが、相手がその気になれば死ぬ。大胆不敵かつ油断もしない。だが背は見せた。ロッテンダストがいない時点で、鵺の首領を相手どれる戦力は八千代にない。
相手に背を向けたまま、口を開く院長。
「八千代は鵺の結城侵攻に合わせて、動くので」
静かに告げたまま、動き出す。
鵺が結城を侵攻し、八千代も合わせる。その武力衝突をもって、半分に分ける結果だ。
その無防備な姿を自分からさらけ出し、踵を返した。
それに攻撃される心配は少ないと確信していた。
もし予想が正しければ、無傷で帰れるはずだ。
しかし院長も一人の少女。平然としつつも、どこまで表立って取り繕ってもだ。本能は危機を訴えていた。強者の集まりに最弱な自分。相手が気変わりすれば、命は消える。
微かに震える手首を抑え、歯をかみしめた。大怪人を相手に、弱さを見せなかった。自分を称賛し、鼓舞することで通常を演出しきった。
この場の誰にも悟られず、歩む院長。後ろからつくのは令嬢だ。2体の怪人の視線を背で感じつつ、院長はこの場を去った。途中で院長が持ってきた車が一台。アスファルトが一部剥がれた道路。そこの脇にそれた農道にとめた車だ。
車に乗り込むまで、2人は無言だった。
院長が運転席に座り、令嬢が助手席に座った。
無言のまま院長は令嬢に手を差し出した。令嬢も静かなままスマホを手渡した。画面を操作し、先ほどの動画を確認。数分の動画を確認した。ロッテンダスト動画アカウントは事前に知らされている。IDからパスワードもだ。
ネットインフラが八千代にはないため、その場所がある野田市へと移動した。車のエンジンをかけ、農道から車道へ移動。あとは残ったインフラを利用して坂東市を経由。その後、野田市へと到着した。
電波が通る場所まで出てくると道路わきに車を止めた。スマホを操作し動画を投稿。その間、魔物や魔獣がやってくる恐れがあったため、エンジンは切った。
投稿を終えた。
やるべきことが終わると、急に震えが院長を襲う。大怪人ティターノバの魔力、圧倒的存在感。下妻を支配し、周辺最大勢力の首領。その脅威に本能が悲鳴を訴えていた。それを必死に理性で押し殺し、我慢したのだ。表に出さない勇気も今は必要ない。
「怖かった」
ぼそりと告げる。弱弱しくも正面を見据える院長の姿。両手でハンドルを握り、エンジンはかけないのは愚痴りたいからだ
「だけど、勝った」
令嬢が黙って聞き、院長はそれに感謝した。
「鵺とは話ができる」
それが院長にとっての勝利だ。
孤立した人間組織。八千代は周辺を圧倒する武力であれど、数は非常に少ない。その少数を駆使し、外部からの防衛の責任。孤児院の責任。八千代全体の意識を配る責任。その重圧を背負って、なお生きる院長にとって、今回のことが何よりの価値があった。
話し合いができるならば、次の手立てが打てる。暴力と殺し合いによる地獄の回避。
最弱の人間は、大怪人を相手に立ち向かった。それで得た報酬が一番希望となったのだ。
結城市を手に入れても、鵺は敵対しない。周辺最大戦力が敵に回らなければ、結城も八千代も防衛できる。所詮、周辺勢力は鵺と八千代とのいざこざの中で隙を狙う程度だ。
八千代、鵺の二大勢力が停戦すれば、余所者に付け入る隙はない。
鵺は他所を食い漁り、八千代もまた変化しなければいけない。
拡大だ。
一つの町を発展させる、コンパクト路線は変化に追いつけない。今は経済優先や効率優先ではない。小規模の都市に人をあつめて、設備やインフラを効率よく回す社会は後の話。
土地の広さが命綱になる、それが殺し合いのルールだ。戦略だって土地の広さが柔軟性を生む。制約も制限もない環境は相手にとって攻めづらいからだ。
今までは戦力が足りない。維持するだけだった。周辺との小競り合いで、大規模な土地では手が足りない。敵を倒すことは余裕でも、拡大した領地は維持できなかった。現状維持しか無理だった。
戦える人材が団長、副長含めて26人。
ロッテンダストは自由人のためカウントせずだ。
鵺と停戦が取れたからこその土地奪い。それらに八千代も参戦できるようになった。戦力が防衛から侵略へ移行する。
結城市丸ごとは土地面積的に管理が厳しい。半分なら十分可能。半分を相手に、残りを自分たちが。敵対路線はもとよりなく、考えとしては別路線を持っていた。
鵺とは違う方式。
院長の思考の先にある構想、それらをするなら小さく、よその土地がふさわしい。
「上手くいかせる、絶対に」
己の体の震え、弱者ゆえの生存戦略。考えて、苦労して、あがいて命を明日へ繋ぎ留める。強い意志が表情に宿り、吐き出す息には力がこもっていた。




