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少女でおじさんな悪 11

花弁にくるまり、身を守るだけの大怪人。腐敗魔法によって、攻撃の手段も身を守る術すら腐らされていく。一撃が一撃が弱点を突くためか、ラフシアは僕へ手も足も出せなかった。森林の枝や草花の茎などを合わせた鞭も、届く前に腐敗する。こちら側の攻撃は届くのみで、相手の体も貫き、的になる。防御も意味がない。




 躱すには防御に振った図体が邪魔だ。






 僕が相手でなければ、ラフシアは圧倒できたはずだ。魔法攻撃にも肉体戦闘にも耐えきる肉体性能。再生能力。数百にも上る攻撃の手数。




 最も死なないだろうとされた大怪人が無様を晒していた。その無様な奴を庇って立つ白い獅子。突如と黒炎のフィールドに乱入し、ラフシアへの攻撃を己の身で受け止めた。




ザギルツの大幹部。大怪人ダスカルがラフシアの命を救ったわけだ。






 殺す気はないが、死んでも後悔しない一撃だった。ラフシアなら死に、ダスカルは無効化した。




 ロッテンフォームにおいて、ダスカルの存在は非常に不利だろう。でもダストフォーム、軍服姿の魔法少女であれば対抗できる。だけどラフシアに手も足もでなくなる。肉体戦闘特化であり、一つの魔法を除き使えない。




 ラフシアの数百の攻撃を前に蹂躙されてしまう。攻撃したとしても頑強なボディーによってダメージは通りにくいことだ。




 使い道を選ぶのがダストフォームだ。




 腐敗魔法は大半の生命に対し、急所をつける。




 生命の天敵がロッテンフォームといっても過言じゃない。そんなフォームもダスカル相手には厳しいけど、余裕を崩すこともなかった。




 僕は悪だ。悪が悪らしくある限り、敗北はない








「死んでから化けて出るなんて、この世に未練ありすぎだよ?」






 指を口にくわえつつ、片手は二体のほうへ向けている。攻撃も辞めず、腐敗魔法がひたすらダスカルの身へとぶつかっていく。庇っている以上、その場を動けないだろう。ラフシアの攻撃手段と同じようにしているからだ。




「死んでおらん!」




 吠えたダスカルが僕の攻撃を防いでいく。




 腐敗の鞭が僕の足元から出現しており、左右にわかれて怪人どもを圧迫する。ダスカルが剛腕をふるって叩き切り、それらは消滅する。だけど僕の背後に展開させた、腐敗の弾丸が容赦なく乱射されていく。その場を動かさないためだ。




「ザギルツの名誉は君のせいで最悪じゃないか。魔法少女に負けない怪人が、負けて、見逃された。無様すぎて、ザギルツの未来はどうなることやら」




 再び足元から鞭が出現し、牙をむき襲っていく。




 その数十なる攻撃が、ダスカルを攻めにいかせない。迎撃のための剛腕がひたすら、鞭を消していく。消しては生まれ、牙をむいてくる。腐敗の弾丸が体を殴打し、視界や行動を制限してく。引けばラフシアは死に、進んでも同じで、ラフシアは死ぬ。




 連鎖する攻撃は確実にダスカルを制限していた。時折、鞭を迎撃されるまえに屈曲させ、ダスカルの背後を狙う形にもした。




 強靭な足による、横蹴り、上段蹴りなどによって迎撃させた。その動きを観察し、様々なものを頭に叩き込んでいく。






「貴様に心配などされなくても、ザギルツは再び舞い上がる!」






 傲慢ゆえに、ダスカルは約定を守る。名声を名誉を築くために、一時的な仲間を守る。




「夢は寝てみるものだよ。おねんねの時間を過ぎちゃったから、間違っちゃったのかな?」




 煽りを受けて尚、ダスカルは立ちふさがる。ダスカルの失態は社会的にまずいものだった。だから同盟の中核に進めたのだ。鵺が危機の際、フォレスティンの危機の際、ザギルツは必ず手を差し伸べなければいけない。






「夢だとと戯言を!」




 僕の暴言にダスカルが叫んだ。覚悟を決めた大怪人の意志。吐き出される思いは、ラフシアへの攻撃を防ぐことで維持されていく。




 ここまでしてようやく失態を取り戻せる。ダスカルは失態を、名誉を、同盟仲間を救済することで返上しなければならなかった。その覚悟が決死の意志をみせ、僕へ立ち向かって見せる。




 されど万全ではない。




 動きが鈍いようだ。強靭な足であってもだ。動きが上半身についてきていない。剛腕をふるうたびに、両足が震えている。武者震いとかでなく、反動で悲鳴を上げているようだ。




「病人が無理をしちゃだめだよ?棺桶に入るまでが遠足だからね?」






「ロッテンダスト!!」






 煽りに怒りを覚えたか。ダスカルは憤激の表情をもって、僕を睨む。だが完治していない体は、確実にダスカルの動きを鈍らせている。








 腐敗魔法の数を増やす。弾丸を倍に増やし、僕の背後にうかぶ隙間が腐敗の弾丸で埋め尽くされていく。また足元から増える鞭の数を倍にもふやす。




「君に魔法は効かない。でも後ろの雑魚はどうかな?君が動けば、ラフシアは死に、一都三県は地獄に陥る。ザギルツは同盟仲間を守り切れず、名声が地に落ちる」






 僕は事実を告げた。指をさし、嘲笑をもってだ。






「だから守ってあげてね」






 猛攻撃を開始。先ほどと同じほど。ラフシアの攻撃数には及ばずとも、一撃自体が大半の怪人の命を殺す乱射だ。その圧倒的物量攻撃の前にダスカルの防衛が間に合わない。剛腕が裂けば、鞭は消し飛ぶが、その場で再生し屈曲して背後を狙う。ラフシアが身に包まる花弁に接触、大幅に腐敗させていく。




 ラフシアは無言のままだ。身を守るのに専念して、余念がないのだろう。




「ロッテンダストぉぉぉ!!!」






 だが即座に振り向いたダスカルが鞭を切り裂き、今度こそ消滅させていく。






 背を僕に向けてまで鞭を裂いた白い獅子。その背に腐敗魔法を叩き込む。数十もの黒弾を叩き込めば、さすがのダスカルですら前へのけぞりかけた。魔法が無効化でも、必ず衝撃は残る。その衝撃も緩和されているようだ。けど一点突破をするよう数か所にまとめて打ち込んでおけば、のけぞりぐらいはするだろう。その予測は当たっていた。






「ほら守ってあげなきゃ、君が何とかしないと死んじゃうよ?フォレスティンのボス、ラフシアさんが死んじゃーう。かわいそーう」




 急かして煽って、ふざけた倒す僕に、必死に追いすがるよう体を駆使するダスカル。その基軸となる両足が悲鳴を上げているようだ。震え、びくつきを見せていた。回復間もない病人が、無理をするからだ。大怪人の動きに合わせるのは、万全な本人の体のみだ。






 上半身の動きですら衰えを見せていた。




 疲労でなく、怪我の名残だ








「あれ?限界?限界かな?ねぇ限界なのかな?いいんだよ、諦めなよ。君は悪くない。悪いのは弱いやつさ。人々が他人に送る、自己責任って言葉があるくらいだ。君のせいじゃない。諦めて見捨てろよ。あはは」






 その言葉を皮切りにダスカルが追い付いてこなくなる。迎撃が追い付かず、ラフシアへ。ラフシアも何もしてないわけじゃなく、花弁の隙間から伸ばした枝などで迎撃もしている。されど腐敗の弾丸によって塵にされていく。






 もはやダスカルは盾にならない。






 だが事態は大きく変わった。




 攻撃魔法をやめたからだ。理由もなくやめたわけじゃない。






 ラフシアが出る際に壊した扉の装甲車。開けた空間から少女が外へ姿を現したからだ。体に蛇目のついた茎をまとわりつかせ、宙へ無理やり吊り上げられた少女。その茎は装甲車の真下から伸びており、床面を貫通して表へ姿を現していた。






 ラフシアは動かず、迎撃したふりをして、地中に茎を張り巡らせたわけだ。




 そのまま地中を移動し、装甲車で動けない少女を拘束し、人質にした。






 ラフシアが包まる花弁を通り、ダスカルの前へ少女が移動させられた。








「お見事!さっすが悪!やることがえげつないね」




 腐敗の弾丸を真正面で作成したままにした。待機させた弾丸の後ろで、僕はほめたたえる。大げさな態度をもってアピールだ。




 花弁を急速に縮み、ひょうたん状の怪人が姿を現していく。




 形勢逆転とばかりにラフシアの小型の唇が歪む。






「攻撃すれば、この魔法少女がしぬわぁ」






「そりゃ怖い。攻撃ができないじゃないか」






 僕はその場で小刻みにステップし、準備体操を始める。腕を伸ばし、上体を左側面へ傾ける。数秒のちに、逆側に傾けた。終われば片足を伸ばし、数秒のちに逆側の足をのばす。両手を適当に振って、片足ずつ小さく振る。






「でも、人質ごときが僕を止められるとでも?」




「あんたの目的はわかってるのよぉ。この女の子を助けにきたのよねぇ。なら抵抗しないで、魔法もつかわないほうがいいわよぉ。あたしの気分次第で女の子が無残なことになるわぁ」






 ラフシアは調子を取り戻したのか、少女が上下へ振られる。アピールのつもりだろう。現に僕は攻撃できないでいる。それを見てか、ダスカルが息を整えるチャンスとばかりに休憩を挟んでくる。ラフシアも攻撃するための茎や枝などを伸ばしている。






 僕は魔法を止めない。正面に浮かばせた腐敗魔法の弾丸は健在だ。






「その目障りな魔法をけしなさぁぁぁぁい」






 少女にまとわりつく蛇目の茎が締め上げられる。見てわかる拘束の圧が、少女を大きく声にならない悲鳴を上げさせた。






「本当に消してほしいの?」




 無邪気に容姿相応の伺う顔を作る。上目遣いを作っているものの、口端が大きく歪んでしまう僕。邪悪さが表に出ていたためか、ラフシアが警戒すら隠す気もない。人質がいる以上、攻撃はできないのをわかってもだ。




 僕を相手に安心ができないんだろう。








「…そうよぉ」






 間が空き、ラフシアが不安さを隠せないでいる。警戒もしているが、人質が効果があるかもわからない。今までの煽り行為で普通の魔法少女とは違うことはわからせた。




 また今の時代に他人のために自分を危機にさらす馬鹿はいない。






 親切は仇となる時代に、自己犠牲などを他人に求め、自分では犠牲になる気がない。






 僕は手を降ろし、腐敗の弾丸が徐々に消えていく。人質のためという依頼である以上、妥協せざるを得なかった。視界の端から消えていく、弾丸。それらが消えていくたびに、ラフシアが予想外といった反応を見せた。






「正解だ、大怪人ラフシア。君は悪だ。立派な悪だ。人質なんて、今さら通じない手段を選ぶ点は古参の悪として褒めてあげるよ。カビの生えたやり方に手も足も出ない」






 笑みを消し、冷酷さを見せた僕の表情。打つ手なしという諦めを見せた。






 悩むようにみせて、僕の右手は自身の頭を軽く叩く。叩いた後は、乗せたままだ。指先が王冠にふれた状態。






 ラフシアは今だ、状況が上手くいったことに呑み込めていないのか。何度も警戒し僕を凝視している。いくつもの蛇目が、3つの眼がじろりと観察している。されど腐敗の弾丸が消えていく過程で自信を取り戻したようだ。








「いままでのお礼をたっぷりとしてあげるわぁぁぁ」




 歓喜。ラフシアが歓喜の声をあげ、鬱憤を晴らすかの如く体から茎や森林の枝などを伸ばしていく。完全に腐敗の弾丸が消えてから、攻撃に映るつもりだろう。






 ダスカルも息を整え切っており、僕を相手に臨戦態勢だった。






 だがダスカルはラフシアと違い、油断すら見せてこない。このロッテンダストの強さを、本当の怖さを本能が理解しているからだろう。






 されど僕は叫んだ。






「オーディエンスの諸君、観客の諸君、見ているかな?東京の武力たち、魔法少女もヒーローも冒険者も皆、ちゃんと見ているかな!ラフシアは卑怯にも人質を取った。ダスカルは正々堂々戦うことを放棄し、2体一で戦いを進めるプライドがないやつだ!」






 東京の夜空に、隠れた影がいくつもある。魔法少女やヒーローが飛行して観察している。一部夜空に冒険者もいるようだ。飛行魔法でも使えてうらやましいことだ。街中の闇に紛れた冒険者やヒーローも魔法少女も僕たちを監視している。




 この争いに気づかないほど武力は馬鹿じゃない。






 また耳をすませば、電子音も聞こえる。ドローンという無人機もこの様子を窺うように、周囲を飛んでいる。






 僕の右手の指がゆっくりと王冠をつかんだ。






「でも、それが悪だ!悪は悪らしくある!観客の君たちも君たちらしくある!だから詫びよう!僕だけが僕らしくしていない!」




 腐敗の弾丸を全て消した。ラフシアの枝や茎などの混合鞭が数百の数をもって牙をむきだす。ダスカルがその鞭の隙間をかき分け、強靭な両足をもって肉薄してくる。






 その勢いを感じながら、王冠を頭から引きずり下ろした。






 どんよりとした重みのある魔力が、僕の体から噴き出ていく。王冠を右手で握りしめ、僕も走り出す。全身からあふれる魔力が腐敗の煙幕とて周囲を闇で覆う。周囲4メーター。僕を中心とした4メートルほどの闇が正確な位置をつかませない。




 その闇に忍び込む鞭を拳で迎撃。




 また一定時間を超えると腐敗するため、しつこくしていた茎などはしなびれていった。




 その闇が拡大。




 一瞬、この戦場を包んだ。






 僕たちを覆う闇。先も見えない闇。息をすえば、内部から微弱な腐敗反応。大怪人ですら同様にだ。ラフシアの全身がただれていき、ダスカルは無傷。呼吸をすれば、内部の器官が腐っていく。ただ人間の細胞でも一部壊死するだけで、すぐ自然治癒する程度。








 だが腐敗の怖さをラフシアは知っているから、呼吸を止めるだろう。




 身を防御に包むだろう。






 ダスカルですら、この僕の攻撃を前に動きが止まった。




 闇が濃くも、大怪人であれば僕の居場所に気づくだろうに。だけども腐敗の怖さがあるから、責められない。見えない腐敗魔法の使い手など非常に凶悪だ。








 そして闇が晴れる。






 フロントガラスに背を向けた形の僕。装甲車のボンネットにのり、丁度後ろ蹴りをし、靴裏がフロントガラスを割る感触。




 この間 3秒の出来事だ。割れる悲鳴とともに大怪人の視線が僕へ集中してしまう。






 僕の姿を見て、奴らは戸惑った。びくついた。驚愕してしまった。








 どんよりとした僕の両目は、泥のように黒く沈んでいる。白目部分も黒に覆われ、全体が黒泥の目となっている。また全身からあふれる黒い魔力が、生命への危機を警告する。触れれば常人ぐらいであれば壊死する程度。大したことはないが、制御ができていないのが問題。






 両目から垂れる黒泥の涙が固定。左右に筋として残る黒泥は皮膚に溶け出した。体内に吸収される形で泥は姿を消し、赤い刻印が左右対称に一つずつ残った。






 力があふれ出し、興奮が収まらない。この僕の変化具合に大怪人どころか観客たちも動揺しているようだ。気配も魔力も霊力も全部のエネルギーが乱れている。




 その隙を見せれば即座に行動を移すのが僕だ。






 割れたフロント部へ左手を伸ばし、つかむ。ボンネットで立つ位置の車内側には負傷者がいる。車内にはラフシアの茎がダスカルのほうへ伸びている。少女を拘束する茎が後席部の床面から生えている。だけど獲物はそれじゃない。




 助手席の怪人。




 猿型の生命系怪人だ。




 片腕を失い、苦痛をもって耐えている怪人を外へ引きずりだした。








 片手で持ち上げて見せつける。




「これなーんだ?」




 邪悪気に口端を大きくゆがめてみせた。魔法少女はほとんどしない手法。ヒーローですらほぼしない。冒険者は時と場合による。基本的に殲滅するのが手っ取り早く。コストパフォーマンスがいい。




 仕事に対する時間。労力による手間暇。




 コストパフォーマンスを考えれば殲滅。人質がいようといなかろうと見なかったことにして、排除。大体がそんなものだ。仕事内容が護衛や保護であれば別だけど、大体が奪還、戦争に使われる。それらをする際に戦場の被害など気にしてはいない。




 だけど悪にとっては違う。




 人質とは作戦を上手く進行させる、古臭くて効果的な手だ。




 ラフシアが絶句。




 ダスカルもまた口をつぐんだ。




 この暴挙を前に、同じことをしたラフシアですら黙りこくった。






「ねえねえ、これなーんだ?」






 大きく掲げたそれを上下に振るう。激しくシェイクし、拘束された怪人が激痛のあまり悲鳴をあげかけた。猿型の植物系怪人。だが耐えてみせた。口を閉じ、必死に無表情を貫く怪人。






 思わずシェイクするのを止めた。






 掲げた状態で、のぞきこむように体を向けた。






「いい怪人だ。優秀だね、君の名は?」






 尋ねてみた。無邪気に尋ね、首を揺らす僕。視線だけは向けたままで、いつでも殺せる準備はしている。だけど僕が見つめれば見つめるほど、怪人は震えだしていた。黒泥の両目が視点もわからないからだろう。




 不気味な魔法少女。




 必死に無を取り作る怪人だ。




 だけど僕を相手に無言で黙っている。そのこと自体が答えになっている。






「僕のことが怖いの?」






 ニタニタと口端を大きくゆがめたまま聞く。魔法少女が浮かべる表情ではない。どこまでもどす黒い僕の嘲笑に怪人が震えだし。必死に怯えを取り繕っていく。






 王冠を握りしめる右手を見せつける。軽く上げて、そのまま王冠を溶かす。黒炎が右手ごと王冠を包みこみ、どろどろと溶け出していく。悪臭とともに変質し、姿を変えた。




 拳部分に金属がまとわりつき、掌部分に抑えとしてつかむ支え。拳部分に数か所の突起があるものへ姿を変えた。くすんだ灰色の金属武具、メリケンサックが右手に装着された。








 そして拳を怪人の腹部を叩き込んだ。人質として捉えた怪人を見せしめとして殴ってみせたのだ。






「ぐぁああああ」






 本来メリケンサックは勢いのある打撃に使用しない。拳を振った際の反動が直接来るからだ。標的が固ければ硬いほど、衝撃も相応に来る。下手なものをなぐれば、その分拳が傷ついてしまう。諸刃の武具だ。




 あくまで牽制や小技に使用する武具。






 だけど王冠を変質させたメリケンサックは反動が少ない。柔らかいものを叩いたように、感触だけが手元に残る。衝撃を強制的に分散させる構造。魔力を消費して反動を相手に反射する、浪費武器だ。






 だから怪人にとって、凄まじい威力となる。僕が受ける反動すら受けてしまうのだ。






 数発叩き込んでいき、次の拳を打ち込もうとした瞬間。僕は別の悲鳴を聞き、止めることとなった。それは聞き覚えのある声、少女のものだ。




「いたぁぁぁぁぁぃ」




 そんな悲鳴を耳にし、僕は殴りかけた拳を止めた。寸止めってやつだ。






「そういえば人質いたんだった」




 この状態の僕は周りがよく見えない。思い立てばすぐ行動し、周囲の状況が読み込むのに遅れてしまう。




 相手側から人質にされた魔法少女。変身が溶けたセーラー服の少女がラフシアから圧を受けていた。絡みつく茎などの締め付けが強くなったからだろう。傷口あたりにダメージを追加で与えた感じだろうか。




 僕は状況を再確認後。




 拘束された少女を拳で指した。




 感情を一切こめることなく、渋々と口を開く僕。






「なんてひどいことをするんだ。人質への暴力なんて脅しか。人を脅迫するのは最低なやつだって相場が決まってるんだ。人でなしめ」






 最低限の礼儀は守る。魔法少女だって、一応堂々と人質をだされたら多少は配慮する。人質の素性から今後の影響などを考えたりだ。だけど大体人質のほうが価値がないため、見なかったことにされる。さすがに一都三県の場所で、なおかつ都市であれば、そういう手段はとらない。




 あくまで一都三県以外とか都市じゃない部分であればの話。




 一都三県の人たちは金持ちが紛れ込んでいる。その金持ちを殺して報復されると厄介だからだ。でも田舎には報復できるほどの力を持つ者はいない。大体がそのまま抹殺。






 その理論を知っているからだろう。




 僕を見て、容姿を見て、黒泥の両目姿を見て、人質たる少女は涙を流した。痛みもあるけど、実際は諦めによる涙だ。




 魔法少女は仕事をこなすのに躊躇わない。その法則は相手が魔法少女であれば話は別。だけど僕は連盟に所属してないし、何より悪名も高いし、現在見た目が悪役そのものだ。






 僕は理解してうなずいた。






「安心してほしい」




 少女に対し、温かみのある表情を作る。口端をゆがめるのをやめて、小さく口を横に伸ばす。








「君のことは忘れない」






 そして僕は拳を怪人へ再び構えた。






 されど暴挙はされることなく、相手からの静止がかかることとなった。






「まちなさい!ロッテンダスト。それでも魔法少女なのかしらぁ。お仲間の魔法少女がつかまってるのよぉ。少しは躊躇いなさい!交渉をしなさい!」








 ラフシアの激しい絶叫のような静止。悪ですら仲間は見捨てない。仲間以外は平気で見捨てるが、同じ組織の仲間に対し、このような見殺しはしない。




 僕だってしない。




 仲間に対して見殺しはしない。ラフシアは僕が拘束している怪人のことを守りたいのだろう。そう、支配下の怪人で、車を止める際、一度僕の攻撃を避けた怪人だ。ただものではないだろう。戦闘経験を積み、人生経験もそれなりに積んでいるはずだ。




 年数のたった怪人は人間に近い怖さがある。






「え?自己責任だよ?10億で攻撃の依頼を受けて、殺そうと思って魔法を使った。その失敗で人質になったんだよね?自己責任以外の何物でもないよ?僕に何か責任ある?ないよね?」




 ここで必要なのは人質がいるからといって、妥協しないことだ。




 悪を相手に弱みをみせれば、相手の利益になる。相手の情けは損失につながり、無常さは己への命を明日へ紡ぐ。






 もし僕がやっていることが、少しでも可哀そうだと思うのなら、そいつは明日には死んでいる。死体を晒し、魔獣や魔物に食われ、骨すらしゃぶられていく。




 そういう餌になってしまう世の中だ。




 だから拳を振りぬいた。人質となる怪人が激しく痛みを訴え、口から唾液を吐き出した。一撃を加えたうえで、僕はラフシアを蔑んでやった。






「調子にのるな。ラフシア」






 相手の人質になんて一切気にしない。その冷徹さをさらけ出し、黒泥の目を向けた。両目からは表情は決してわからない。相手にわかるのは僕への不信感と不気味さだけだ。






 その瞬間、側面からの殺気。薄く消された殺気が装甲車の屋根付近から届く。屋根すれすれへ体を伸ばし、とびかかった襲撃者。




 ダスカルだ。




 この一会話と拘束した怪人への暴力のさなか。意識が人質やらラフシアに向けた隙を狙ってきた。




 襲撃してきたのだろう。僕へ振りかけられた拳。音も極限に減らし、一秒でもラフシアに夢中になっていれば今頃ふきとばされ、拘束した怪人を手放したことだ。






 悪に油断はしてはいけない。情けをもってはいけない。僕は一切せず、無心でメリケンサックを相手の拳へ合わせた。勢いよく向けられる拳を、メリケンサックが受け止めた。僕への衝撃は相手が受け止める。そういう魔法具、ロッテンフォームの武具だ。




 拳の一部、皮膚が裂けた感覚が相手からした。魔法具の衝撃反射が負いきれず、僕にも残った。掌の皮がこちらも向けた。大怪人の重い一撃を前に苦悶の表情を浮かべた僕。だけど相手も同じだ。獅子顔を苦悶にゆがめた。第二劇が始まる前に、相手の胴体が屋根をへこませ、沈ませる。




 簡単な話。




 僕は迎撃とともに、体を浮かせていた。踵落としを放っていたからだ。




 相手の拳を防ぎ、浮かせた体のまま、蹴り技を相手の背筋を狙って襲う。






 装甲車の屋根ごと、相手の体を下に沈めた。








 万全なダスカルでは上手くいくわけがない。これが上手くいったのは相手が病人だからだ。即座に踵落としを決めた後、その場を退避することにした。だけど背後や周囲から迫る攻撃の気配。




 茎や枝による鞭が周囲を迫っていた。








「酷い連携だよ」




 僕は調整などしない。




 腐敗の魔力を開放する。その際、人質を殺さないように調整。




 左手側部分を除き、解放された腐敗の魔力が炎を作り、周囲を巻き込む爆発となった。僕の周囲に漂う鞭を塵とかしていく。王冠を外した以上、細かく調整はできない。おおざっぱに魔力を開放した結果がこれだ。






 溶けたアスファルト。




 溶けた相手の鞭。それらをつたって、ラフシアまで腐敗の炎は進軍していった。だが途中で別の鞭が切断したため本体へ届かない。






「おそろしいわ、ロッテンダスト」






 ラフシアは僕を相手に警戒を隠さない。その裏にある恐怖すら手に取るようにわかる。






 踵落としで沈み込んだダスカルが身を起こす。その時間数秒にも満たない。即座に殺気の気配。ダスカルが立ち上がってすぐ肉薄してきたからだ。相手の尖った爪が僕の首を狙っていく。その軌跡に人質をあわせていく。




 その瞬間、攻撃が鈍くなる。




 同盟相手の怪人を殺すのに躊躇った。




 ラフシアを敵に回せばダスカルは負ける。




 何よりザギルツの名誉が地に落ちる。それらが頭を巡ったのだろう。






「ダスカル、忘れたのかな。君の相手はロッテンダストだ。この僕を相手に躊躇うなんて自殺行為だよ」






 人質を躊躇った瞬間には、僕は身をかがめていた。丁度僕の全身を覆う影がダスカルの肉薄によって出来ていた。その隙間をぬぐい、そのまま右手のアッパーだ。




 メリケンサックがダスカルの顎を大きく殴打。大きく背中から倒れていくダスカル。感触は確かだ。本当のダスカルの実力が出し切れていない以上、ロッテンフォームでも追いつくことができる。ただメリケンサックなしでは、ダメージは与えられなかっただろう。




「手加減してくれてるの?いやー余裕があって羨ましいことだよ」






 また側面から襲撃する鞭らは、調整のしない腐敗の炎が迎撃し、周囲をまきこんで消し炭にした。そのまま相手へ容赦なく炎を向かわせる。爆炎というほどの熱量が腐敗をともなって襲撃。ラフシアが言葉を失い、その炎を前に動きをとめた。




 だが炎は相手に届かない。




 ダスカルが身を起こし、ラフシアの前へ加速し躍り出たからだ








「健気だねぇ、さすがはザギルツだ。なんでザギルツがフォレスティンを助けてるのか不明だけど、まあ予測できるよ。君たち手を結んだね。盟約ってことは、同盟でも結んだのかな。そうなると鵺も一枚かんでるね」








 ロッテンダストのロールプレイ。




 鵺は敵だということ。




 またホテルを爆撃させた黒幕は誰かということかを示すチャンスでもある。






「ねえ、鵺の科学者は殺せたかな?」






 僕が僕自身を殺すなんておかしな話だ。本当はフォレスティンの人間を殺す気だった。だけどこの場合は鵺を殺すことにしておいたほうが都合がいい。事情とは相手に悟らせないことだ。でも真実も理解しやすい答えもなければ悩んでしまう。その悩みが隠された真実を暴き出すこともある。






 だから僕から真実を出す。偽りのだけどだ。




 この僕が黒幕だということを。




 ラフシアは答えず、ダスカルは炎を必死に消そうと剛腕を振りまいた。体を盾に、炎はやまない。僕が魔力を供給する限り、炎の襲撃は止まらない。




 僕が人質となった少女へ視線を向けた。




 黒泥の目をもって、再び尋ねる僕。






「科学者は殺せた?答えてよ」






「…殺せてません」






 僕を相手に震え、恐怖を隠せない。涙目だ。拷問や暴力を先ほど受けていた時より、表情をゆがめている。








「どうしたの?僕は君を殺そうと思ってないよ?仕事だから自己責任で片付けて見捨てることはするけどもだ。殺したいとは思ってないよ?敵じゃないから怯えないでいいんだよ?」






 両手を掲げて広げて見せた。人質を左手で拘束した状態で、体からは腐敗の炎が線上となり、ダスカルの盾を燃やそうとしている。






 余計に震えが強くなった






「ところで君はどこまでばらした?」




 その言葉に少女がびくりとはねた。痛みがあり、再び締め付けがあるかもしれないのに。僕のほうが怖いようだ。それも無理もない。自分が歯が立たたない大怪人を翻弄しているからだ。しかもダスカルという魔法使い最大の敵も甚振っている。








 冷酷に。




 残酷に。




 歪んで睨みつけた。






 答えは知っているけど、ロッテンダストとしては知らない。






「はやく言ってくれるかな?どこまで?答えは正しくね、じゃないと間違えちゃうから」








 時間もない。考えさせない。言い訳をさせず、真実のみを求める。




 もし嘘をつけば、このまま巻き込み腐敗させる。その覚悟が僕の表情には現れていた。殺気としても出していた






「…依頼人の名前をだしました」






 真実が相手から帰ってきた。この場合は正しい選択だ。今の状況を打開できて、なおかつ大怪人相手に虐待をする奴を騙してこなかった。






 だけど真実を知らないロッテンダスト。






「他には?」






 腐敗の炎が少女の付近まで飛び火する。少女が拘束されている茎に一部あたり、腐敗していく。






「ひいぃぃ」






 それが生身にあたれば、腐敗どころではない。骨すら溶かす劇物の魔法だ。






「他には?」






「他にはいってません!本当です!!」






 恐怖が真実を語り。真実はそれ以上の答えを生まなかった。それらを観察し、見下したうえでロッテンダストという恐怖は沈黙することに流れをもっていく。






「ラフシア、ダスカル」






 二体の大怪人に向け言葉をかける。






 そして上空へ視線をむけた。






「ティターノバ」






 この僕の宣言に夜空に波紋が起きた。波紋が起き、夜空と同化した上空に一体の不審物。






 蛙型の怪人。シルクハットをかぶり、キャンディー状の杖を持つ大怪人も姿を現した。






「気づいていたかね?我が宿敵、ロッテンダスト」




「勿論さ、鵺の最大のファンだからね」






 この流れは僕の計画にない。だけどティターが合わせてくれた。この襲撃だって、高梨の依頼がなければ見捨てるつもりだった。だが思った以上に高梨は善人で、見捨てれない可哀そうな人間だ。だから仕事を依頼した側が、受けた側の魔法少女を助けにきた。






「まさか本当に7大悪の二つと地方悪が手を結んだなんて」




 白々しく険しい顔を演じる。表情変化はお手の物、発する口調ですら気を張ったものへと変化させておく。


たぶんティターのことだから。




 同盟を受けたことについて、様子見にきたのだろう。クロウが鵺に戻るのに十分な時間はなくても、はなから近くにいれば時間はかからない。過干渉のティターだ。クロウの連絡が受け取れるよう近くにいて、ぼくから離れたときに接触したのだろう。




 このときの状況をロッテンダストとして判断するならばだ。


 大怪人3体に対し、強い意志をもって立ち向かった。


「取引だ」


 そう提案して、人質である怪人を掲げて見せた。


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[一言] うーんこの大暴れな黒幕っぷりよ 実は即興のアドリブとは見抜けませんわよw 怪人がダークロウならダストちゃんはダークカオスよなぁ…
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