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少女でおじさんな 悪 10

フィクションです。

 装甲車が都内を走る。監視区域にして23区外。悪の領域でもなければ、代行政府側の勢力ともいえない、暗黙の中立地帯だ。その区間は、フォレスティン、鵺、ザギルツのホテルを中心として考えれば、おおよそ3キロメートルほどだ。



 この3キロメートルを超えれば、悪側の勢力にもなる。ホテルを北側とした際、南側の支配者はフォレスティンだ。一部東京を支配し、監視区域のお隣さんだ。ホテルの更なる北はザギルツの領域でもある。23区と一部市町村が一都三県側。その他一部の市町村が悪のものに実効支配されている。悪ではない勢力も存在はしているが力は余りない。




 監視区域は東京のはずれにあった。



 その道路を装甲車が走る。鋼鉄を厚くし、二重構造とした鉄板の外装。一枚目と二枚目の間に空間をあけることで、人間が運べる小型ランチャーなどの衝撃を緩和できる構造。銃弾をはじくのは勿論、魔法技術もくみ上げられており、緑色に発光した陣が車体全体を包んでいる。



 その後部座席にフォレスティンのボスが座っていた。大柄な怪人の姿でも、両足は伸ばせた。土木のような厚みのある両足。ひょうたんじょうの体系でも適したシート構造。座面を窪みをつけたことで安定すらもつ。



 その足元にはズタボロの少女が転がっている。恐怖もうせており、心身が疲労した少女だ。学生なのだろう、黒のセーラー服。ピンクの襟リボン。膝よりも短くしたスカート。化粧っ気はないが、代わりに血化粧のごとく唇が裂けていた。腕に強い締め付け痕、両足には皮膚がえぐれた箇所多数。


 恥じらうことなく、足元に転がされていた。ときおりラフシアが踏みつけて、悲鳴をあげさせている。



「魔法少女ごときが、このあたしにさからうからよぉ」


 ラフシアが堂々と言えば、車内は失笑に包まれた。笑うのは運転手である怪人。ラフシア親衛隊の一体だ。動植物系統の混合型だ。フォレストジャガーと呼ばれる怪人だ。ジャガー系統怪人を植物型にしたものだった。



 本来なら体毛があるべき、姿に産毛のごとく小さな棘がある。弾力もありシートを傷つけることはない。ジャガーの特徴、猫型の顔は変わらない。牙も変わらない。されど葉のような皮膚、模様を体外に演出。首から両腕、両足が植物の若葉で構成。肉球は動物のもの、関節も動物のものを使用。


 柔軟な対応と処置に使える怪人だ。


「ラフシア様に仇なす、ごみは肥料がふさわしいかと存じます」


 助手席のものがいう。フォレスティンの怪人だ。


 フォレストジャガーが運転手を務め、助手席にいるのはフォレストシュガー。猿型の魔獣だ。植林地帯と同化するごとく、焦げ茶色の樹皮。皮膚が樹皮として構成され、全てに木目がついている。外側全部につけ、されど細身。植物系統の苦手な柔軟性を取り込むため、一部関節は動物などのものを使用。


 両足には肉球すら配置している。



 フォレストシュガーが、猿顔を濁らせて笑う。


「やはり人間は山梨のみが信用できると存じます。だろう、フォレストジャガー」



「むろん、シュガー殿のいうとおり」



 フォレストシュガー、フォレスティンの幹部だ。フォレストジャガーは精鋭部隊の隊長だ。立場はシュガーのほうが上であり、ジャガーは部下にあたる。されど関係性は良くラフシアがよく好む形の平穏を作っている。



「愛しき山梨と違うのは当り前よぉ。山梨県民にあらずは、ひとにあらずってねぇ。他地域の人間なんて野蛮すぎて、きみがわるいものぉ」



 ラフシアが山梨を口にするたびに、あふれる愛。フォレスティンの支配地域である、人々はラフシアに忠誠を誓っている。決して暴力だけでなく、愛をもって接しているからだ。その愛も搾取だのに使用するものでなく。



 崩壊した後の山梨県民の所得80万。餓死者数、年間8パー。事件数26パー。殺人、強盗、性的暴力事件は頻繁。人口流出など凄まじくデーターにすら残らないほどだ。弱者が奪われ、強者が上に立つ。強者もときに弱者たちに襲われ、下剋上。もはやどうにもならないほど、治安も悪化。


 親も知らない子供が多発。


 父親の子供じゃない、子供も多発。母側の浮気もあるが、ほぼ浮気じゃなく無理やりな行為によるもの。人間だけの子供じゃなく、魔物の子供も人間が出産。


 そこに男女関係なく命を体内に宿す。男の体内で成長し、食い破る寄生虫魔獣すらいる。人間という種族全体が魔獣や魔物の育みとなった。





 地獄があった。そんな最悪な時期になったのは、山梨に魔物や魔獣が東京側から発生し、なだれこんできたからだ。当時地方はバラバラになっており、連携できたのは一都三県や北関東ぐらいだ。それらが東京側からなだれこみ、他地方は協力どころか自衛で精いっぱい。


 一都三県と連携がとれなくなったのだ。どうにもなりやしない。物資も人口も、その時には一都三県側に集まりすぎていた。地方単体ではどうしようもないほどにだ。


 どうにもならないのを、フォレスティンが解決した。


 寄生虫魔獣を対処すべく、植物型怪人を大量生産。単独で生産などできるわけもない。魔法に精通した野良怪人、人間を拉致し、暴力で言うことをきかせた。怪人作成に大きな失敗はあれど、ひたすら生産させ使えるほどのものが生まれてくる。


 その怪人の一体が、フォレストシュガーだ。


 再改造を何度も繰り返した古参でもある。だが過去に作られた旧怪人と、現在いる新怪人、フォレストジャガーの性能は、後者のほうが上だ。



 その性能差が関係悪化、実力主義の怪人であれば見下す風潮にもなるだろう。


 それをラフシアは知らなかった。


 だが、そのときに部下にした人間の一人、現在は片腕に近い立場の人間が助言を申した。



「年功序列ではありませんが、長く務めるものには手厚くしたほうが、組織は安定します」


 年功序列は無駄でなく、長く務めるものを手厚くするが、若手を都合よく使える。自分も将来そうなる立場がみえれば、皆尽くすという考え。


 怪人視点と人間目線。


 その差を人間からの言葉で気づき、また怪人にも人間の常識が当てはまる。



 そうラフシアは従うものが、人間であろうと怪人であろうと、魔獣や魔物であろうと見下すのをやめた。

 愛をもって向き合うことにしたのだ。



 愛をもって、蹂躙する。


 山梨を統一すべく、敵対者は皆殺し。


 ルールがない魔獣は容赦なく殺害。寄生タイプの魔獣に侵された男女は、忠誠を誓う書類をサイン後、手術にて体内から寄生虫を排除。およびその後の雇用などを約束。また人々を悩ます、強者ぶった人間は容赦なく殺害、拷問のち肥料にした。それを見せしめとして、公開などもした。


 弾圧、人権も徹底的にだ。


 子供の権利も保護した。フォレスティンに従う子供は食事と住居を保証。敵方になびく子供は排除されたりもした。冷酷だが悪とはそういうものだ。



 強権を容赦なく発揮し、数年のちに山梨を統一。ラフシアが生命系の怪人であること。植物系統の中でも実力者であったこと。また食料を生産する能力にたけていたこと。食料を握れば、人々は従う。餓死の怖さは見てわかっていたからだ。



 統一戦において、様々な戦争があり、人間との銃撃戦もあったことだ。その際、余計な邪魔者、羽アリ怪人がいたりもした。だが時折、共同戦線もはったこともある。



 上級怪人を羽アリ怪人に殺されたりもした。殺して、殺されて。当時、鵺の名声はどこにもない。ラフシアがまだBランクになりかけていたころだ。フォレスティンという名前すらこの世に知られていない。そのころに鵺という組織は茨城に存在していなかった。


 わけのわからない組織からだった。邪魔をされた理由はいまだに不明。問いただしても答えないだろう。


 妨害を得て、破滅した環境を整えた裁量。ラフシアは己の力の強さ、部下の怪人の忠誠、人間のしたたかさを巧みに利用した。怪人は人間に知能で勝てずとも、人間を安全に保護し、理不尽から遠ざけた。


 能力を発揮させてやった。


 

 現在山梨県民の平均所得、312万。事件発生数年間2パーセント以下。餓死者数、管理している中では0.6パーセント未満。処刑数、数百。敵に内通した県民は処刑。フォレスティンに忠義を尽くす家族には、柔軟な保証。食料の割引提供、子育て支援として、広場の解放。安全な遊び場の設置などもしていた。



 一都三県の民よりも税は安く、生活費が安い。ただし文化的な施設はほぼない。都市特有の大型ショッピングセンターなどもない。されど人口は流出せず、増えていく。今の時代、生きれるだけで幸せだからだ。




 そう山梨県民からすれば、ラフシアは偉業をなした。



 あくまで山梨県民からしてみればだ。



 他の地域からすれば、邪魔者でしかない。今では一都三県の食料にも手を出している。1000万ほどの食料を供給できるといっても、誰かが大規模食糧生産をしようものなら、怪人部隊を送り邪魔をしている。


 フォレスティンは食料を誰かが作ることを許さない。我儘さもあった。自立をゆるさず、依存をさせようとする考えは怪人の傲慢さ。一都三県もそう、茨城のパンプキンに至ってもそうだ。いずれ滅ぼし、フォレスティンが中心とした社会を構築する。


 現在の食料生産体制を崩壊させようと企む、フォレスティンは悪だ。


 

 ラフシアが何度も足元の少女を踏む。この少女は襲撃してきた魔法少女だ。変身がとけ、今ではか弱き人間でしかない。


「あたしは、人類の敵じゃないのぉ。あたしは愛をもって、接しているだけよぉ。逆らわなければ殺さないんだから、みんなしたがえよぉぉぉぉ!!!」



 感情は豊かだが、時折暴走する。思いっきり踏みつけ、ぐきっと折れた感触。



「ああああああ!!!!!!」


 少女の悲鳴が車内を満たす。腕の一本が折れたのだろう。あらぬ方向へ曲がり、悲鳴とともに枯れた涙が再び流れだす。



「かわいそうにぃ。こんなことになったのも、ぜんぶ、あたしに逆らったからよぉ。フォレスティンに従えば、人間は餓死しなくて済むのに。偽りの笑顔じゃなく、本物の笑顔にさせたげるのにぃぃ」



 山梨県民は本物の笑みを浮かべられるだろう。今の時代だ。生きるだけじゃなく、保証もくれる悪を敵とみなさない。老夫婦から現役世代も全員がラフシアに忠誠を誓う。親をしらない子供はラフシアを天使のように扱っている。ラフシアの絵をかき、家にかざるほどだ。その絵が下手でもラフシアは怒らず、愛を与える。


 子供だけの絵画イベントすら開催し、全部の子供の絵を褒めたたえる。ひたすら褒めるだけだ。決して貶さない。大人だけのイベントも開催し、ラフシアは企画をひたすら褒めたたえた。良し悪しに関わらず、愛をもって。


 おかげか反逆など一度もない。敵対組織の人間が山梨に侵入してくるのを、とらえて処刑するだけだ。




 ラフシアが再び少女を痛めつけようとした瞬間、車が何かにぶつかった。重みがある衝撃とともにラフシアの体が前列のシートへたたきつけられた。その際少女の足のわきを、巨木の両足がぬけていく。踏みつけられれば、つぶれていただろう。




「何事かしらぁ!」



 急ブレーキに近い、制動に思わず非難の声を上げたラフシア。頭部の森林の枝が伸び、その下に生える蛇目が中心の草花が伸びだした。前へ伸びて確認。



 前に少女がいた。


 装甲車を片足で止めた、黒基調のドレスをまとう少女。不敵に大胆に笑う、幼き容姿。頭にのせた、くすんだ灰色の王冠。


 前方のバンパーはひしゃげて、つぶれていた。少女のか弱い細足に耐え切れず、内部の緩衝材が外へとあふれ出ていた。


 車体を止めた少女は足を降ろした。めりこませたであろう、片足が抜け出す際の金属音は耳障りだった。その片足を後ろに、スカートの端を軽くつまんだ。身を小さくかがめ、つまんだスカートを軽く上げる。


 カーテシーと呼ばれるものだ。

 


「初めまして、フォレスティンのボス、ラフシア」



 少女が不敵な表情を崩さず、見下す目線をもって挨拶を向けてきた。その態度に怒りをおぼえ、ラフシアが口を荒げた。


「魔法少女どもが、調子にのりやがってぇぇぇぇぇ」



 ラフシアが見る相手は魔法少女の中でも、肉体特化型だ。生命系であり、7大悪まで上り詰めたボスの経験が告げている。たった一度の会敵で特徴を見ぬくほどのものだ。



 肉体特化型はラフシアの敵にならない。ラフシアの敵は魔法系統の敵がメインだ。ヒーローなど相手にすらない。そのなかで魔法特化でなく、肉体戦闘系の魔法少女なんて、餌にしからなかった。



「フォレストシュガー、フォレストジャガー、あの魔法少女をとらえて殺しなさい!!!!」



 ラフシアの荒げた口調が命じる。だが命じたのみで反応がうめき声一つのみ。それが助手席から生じて、運転席からは何もなかった。



 ラフシアの指示に反応しないやつはいない。思わず伸ばした蛇目が周囲を確認する。運転席側、助手席側のフロントガラスに小型の穴が一つずつ。


 その穴は運転席側にまっすぐ空いていた。


 運転席側の怪人が心臓をむき出しにして、その上をとかし、死んでいる。



 助手席のフォレストシュガーに至っては、ガラス穴から見て被害はそれていた。右側の肩口から腹部にかけての損傷に抑えて命を保っていた。攻撃された瞬間に、フォレストジャガーは反応できず、シュガーは避けたのだろう。


 その惨劇をみてラフシアの怒りがあふれた。


「おのれぇ、おのれぇぇぇぇぇ!!」



 後部座席を剛腕がふきとばす。ラフシアを狭める鉄の箱は、意味をなさない。外へ乱暴に姿を現すラフシアはすかさず、攻撃を開始。


 草花の蛇目や森林の枝が無数の鞭として迫る。常人でもヒーローでも魔法少女ですら、完全にかわし切ることは不可能。そのかず数百ほどの鞭だ。頭部で森林が、増殖されていく。草花が生まれ出て、ひょうたん状の体系にも生まれ出てくる。



 命を体内で育み、攻撃の際は手数をふやす手法に使われる。



 その激しい鞭を軽々と避けていく襲撃者。時に両手で弾きながらだ。首をわずかにそらされ、一撃が横へ。そのまま横なぎに払おうとすれば、振り払われる。数百の動きの大半が読まれ、ステップを刻まれる。


 左右から挟みこむように、枝や草花の茎をそれぞれ展開。


 そして叩く。


 だが魔法少女は地を蹴り、空へ舞う。そのまま着地したのは密集した鞭の上。鞭が作りだした一筋の道を走り出す。妨害すべく、鞭の橋から飛び出た枝が少女の腹部を狙う。されど拳で払いのけられた。



 この間、ラフシアは数百の攻撃を多重に行っている。



 大型の唇を開き、音を発する。小型の唇を開き、体内から植物の種を発射する。種の弾丸は全部ロッテンダスト目掛けてだ。


 発された音の衝撃波を、かわしきれず、さすがに体制をくずした。


 魔法少女が鞭の橋から落下し、種の弾丸は空を切る。されど小型の唇の照準は落下する魔法少女へ向けられており。


 発射。


 鞭の橋を収束させつつ、己の体を巻き込む形での弾丸の掃射。枝が飛び散る、茎が飛び散る。左右に展開した鞭の障壁は、再びフィールドをせばめんと展開される。


 丸みをつくった、鞭の円状。



 前後左右を鞭で囲まれ、少女は弾丸の一撃を多段にあびた。外れた弾丸は鞭の防壁をずたずたにしていくが、修復されていくため実質無傷。様子こそうかがえないが、下手な怪人であれば風穴をあけるほどの弾丸だ。


 弾丸がアスファルトをめくり、砂利を引っぺがす。また道路わきの街路樹を引き倒し、根の部分の土砂が散乱していった。


 土埃に砂塵などが様々、戦場の視界を奪っていく。


 

「調子にのるからよぉぉ、生きてたら拷問して、蹂躙して、回して晒してやるわぁぁ」



 ラフシアが吠える。どこまでも吠える。感情高らかに大怪人としての意地を発揮。さすがに親衛隊隊長をやられ、幹部が重症。その姿をみて黙っていられるほど、大怪人はプライドが低くなかった。



 今までの経験で、その他の魔法少女は重傷を負ってきた。痛みをおえば動きが鈍くなる。痛みにおびえるから、次の手段が狭まる。その経験は魔法少女だけの特有だ。ヒーローは痛みを覚えようが、鈍くなろうが、大体が攻めてくる。



 経験がラフシアの勝利を確信させる。




 されど弾丸の中、黒炎が舞う。種の弾丸が土埃を立て、よく見えない。されど黒炎をまき散らされれば、その勢いは別のものへ変わっていく。


 黒炎の鞭が土埃から姿を現し、前後左右を囲む防壁を撫でていく。じゅわりとした溶けていく感覚を覚え、ラフシアの本能をかき乱す。嫌な感覚。痛みはないが、怖さを感じる、その炎。ただの炎であれば恐れる必要などないのにだ。




 黒炎のむちが一蹴し、植物の防壁がただれていく。溶けていく。不快なにおいをもって周囲を汚す。そして、全てが腐っていった。その役目をおえた黒炎は霧散した。


 鞭の防壁は腐り、塵と化す。




「こんなものかな」


 土埃の中から聞こえる陽気な声。

 弾丸を吐き出しながら、ラフシアは油断しない。さりとて攻撃の手をやめるつもりはない。



「君はダスカルより強いんだろう」



 突如、黒の鞭が複数飛び出してくる。迎撃としてラフシアも枝や茎をのばす。されど黒の鞭に接触すれば、抵抗むなしくすぐさま溶けだしてしまう。



 防ぎきれず、黒がラフシアの体を撫でる。撫でるといってもだ、凄まじい死の気配があるため、弾丸をやめ、避けただけだ。大柄な図体のくせに大きく跳ねのいた。躱し切れず、頭上が接触した。それが撫でられた感覚だ。



 しかし撫でられた頭部の森林は腐っていた。




「なによ、なによぉ、ふざけんじゃないわよぉぉぉ」



 意味も分からない。わけがわからない。ラフシアの体は生命に満ちている。頑強な肉体は肉体戦闘系の相手の攻撃とも渡り合い。魔法攻撃ですら耐えきるほどのもの。また怪我を終えたとしても、すぐさま生命が傷をいやす。修復も防御も攻撃もこなせるのがラフシアだ。



 その実力はダスカルすら倒せるほどのものだ。



 数少ない敵として、リーズデッドのボスだろう。魔法系統の老婆はラフシアとて油断はできない。ダスカルはリーズデッドのボスに対し、特性ゆえの圧倒ができる。だからリーズデッドのボスが死ぬまでは、ザギルツを滅ぼす気はなかった。




 同盟も同じ。


 鵺も同じ。魔法系統の首領だから、恐ろしいのだ。




 だが、ここまで意味不明な事態はなかった。恐ろしいだけで、怯えることなどなかった。腐敗した感覚が、命を脅かす危機を抱かせる。ラフシアは修羅ごとき、体に命を張り巡らす。


 土埃が晴れて、姿を現す少女。



「さすがは大怪人、簡単に死んでくれないね」



 嘲笑を浮かべていた。無傷だった。そして片手を向けられた。



 掌から生じる黒の球体。ラフシアがよけようとした瞬間に、周囲が囲まれていることに気づく。ラフシアが相手にしたような、黒炎の鞭による防壁だ。



 肉体戦闘型と判断したのは間違いだったか。その経験がラフシアの思考を乱す。



「僕は肉体戦闘型だよ。ラフシア、君は正しい」



 心でも読まれているかのごとく、相手が教えてくる。嘲笑を隠さずだ。見下し、逃げようにも逃げられない。あの炎は命を腐らせる。



「覚えておいてね、僕の名は」




 黒の弾丸が放たれた。避ける場所も、避けることもままならず、ラフシアの腹部に風穴をあけた。風穴をあけ、足元へ腐敗がのびていく。穴から全身へ腐敗がのびていく。


「ロッテンダスト」



 されど生命系を殺しには至らない。腐敗は止まり、足元がおぼつかないほどで回復傾向をみせだした。大きな穴から植物の枝や茎などが伸びだし、体をつむぐ。ひょうたん型の穴が急速にふさがれ、一体化。見た目も同化して、再び無事な姿をみせるラフシア。



「‥ロッテンダスト、ダスカルを倒した魔法少女」



 ラフシアは東京情勢に詳しくない。されどその名は知っている。魔法少女が、魔法系統の天敵ダスカルを下したと。それは肉体戦闘特化によるものだろうか。それよりもおかしなことがある。


 魔法使い関連はダスカルに効かない。


 あの大怪人を相手に勝負をしかけ、倒すこと事が異常だ。




 だがラフシアは悟った。


 この魔法少女、ロッテンダストこそが真の敵だと。



 そして、己は殺される。この場で慈悲もなくだ。



 殺気が相手から高まり、無数の弾丸が少女の周囲に作られていく。両手もむけられ、それぞれ掌を覆うほどの黒の球。



 差し迫る死の気配。命の化身とまで恐れられた大怪人が、死を覚悟した。それほどまで腐敗の一撃は恐ろしかったのだ。


「あたしが死ねば、一都三県の1000万は餓死するわぁ。それだけじゃない。食料は高騰し、弱者は食事にありつけなくなる。働いても食えないんだから、誰も働かないぃ。奪い、奪われの社会が訪れるのよぉ。頑張って資産をためた人間から、何もしてこなかった人間が奪う地獄を見たいのぉ?」



「だから?」



 一切気にした様子のない魔法少女。退屈だといわんばかりだ。そんなのをわかっていて、殺しにきている。



「一生懸命頑張るやつが報われるのが当たり前じゃないぃ。いいの?社会が壊れればそうなるのぉ。野菜一つ数千円ほどになって、米すら食えない、そんな餓死者を生産することになるのお。誰だって死にたくないのよぉ、あたしもそう、人間もそうぅ。新自由主義も崩壊し、上級の立場にいたやつらがひきずりおろされるぅ」



 強さだけの正しさが訪れる。



「内戦よぉ。いいのぉ?人間社会が戦争になるのぉ。食料ごときで、ころしあうのよぉぉ。あたしが死ねばそうなるのぉ。殺し合いになっちゃうのぉぉぉ」



 ラフシアは己の価値を正しく知っている。魔法少女連盟がフォレスティンにだけ積極的にならない理由。食料を担っているからだ。別のフォレスティンに都合が悪くても、安価で大量に市場に流してくれる悪。


 フォレスティンがなくなれば、社会が滅ぶ。



 ラフシアを、フォレスティンを滅ぼしたやつが、人類の敵にすらなる。



 


「ロッテンダストちゃん、あなたは、人類の敵になる覚悟があるのかしらぁぁっぁあ」




「言い残すことはそれだけかな?」



 満面の笑みを向けてくる少女。ラフシアが語る実態を前に、相手は動揺すらしない。攻撃の瞬間が今かと迫り、焦りだすラフシア。



 実態を説明しても、理解できていないのか。


 その疑惑すら浮かぶ。



「君を殺して、餓死者が増えても僕のせいじゃない。君に依存してきたやつらのせいだ。君を逃せば、賠償請求される可能性があるからね。君を殺して、賠償請求できないか。どっちを選ぶって話だよ」


 賠償責任。この新自由主義における、最善で最適な手段だ。相手から合法的に金をうばい、正論で叩きのめせる都合のよいルール。


 この一言でラフシアが悟りだす。


「皆の自己責任だよね」



 金もそう。自己責任論もそう。


 全部は社会のせいだ。ここまで歪んだ社会が、ロッテンダストへ攻撃の建前をつくった。ラフシアを逃がせば、余力がある際の悪関連法案にて、賠償請求が可能。ラフシアを殺せば、それがない。その裏に多数の餓死者がいても関係ない。


 その前提条件は、ルールに基づいて対処したからだ。ロッテンダストが被害にあわないほうを選ぶなら、一都三県は食料不足と飢餓状態。被害にあうほうを選ぶなら、ロッテンダストは賠償責任を背負う可能性がある。


 余裕がある際、悪は見逃しちゃいけない。それが社会のルールだ。




「文句があるなら、ダスカルを逃がした際に叩いた奴らに言ってね」




 攻撃が掃射された。黒の弾丸が容赦なく吐き出され、ラフシアも迎撃のため鞭を展開。茎や枝を前面に押し出し、またひょうたん状にまきつくカズラの花弁が膨れ上がる。


 全身をカズラの花弁が覆っていく。




 だが茎や枝による鞭はことごとく腐敗。



 

 相性が悪すぎる。


 生命系にとって腐敗魔法などひどすぎる。いくら頑強さがある枝や茎であってもだ。命自体を腐らせるならば、耐久性なんて関係がない。



 カズラの花弁にぶちあたる腐敗の弾丸。黒が花弁を溶かし、衝撃だけが無数に続く。されど無限に防げるわけもない。


 花弁が裂け、外が見える。



 ロッテンダストの笑みが見えた。容赦もなければ、慈悲もない。その笑みにある先が、ラフシアの恐怖を煽り立てる。どんなに防御をしても、反撃をしても、腐敗させられるのでは意味がない。こちらの攻撃は届かず、相手の攻撃だけが届いてくる。


 この不条理に絶望した。


 花弁の裂けた場所へ黒の弾が迫る。



 ラフシアが死を覚悟した際。


 影が前面へ降り立った。隙間を覆う白い影が凶弾の前に姿を現したのだ。


 全身白の体毛。ラフシアと変わらない大柄な体系。さりとて高貴な動物、獅子をモチーフとした怪人。その怪人が花弁に包まるラフシアの前にたち、弾丸を身で受けた。



 予測された終末は訪れず、あったのは未来の一秒。迫った死が訪れないことにより、事態を確かめた。


 ラフシアを守ったのは、見慣れた姿のやつだった。鵺に対する証人として利用したザギルツ。


 その大幹部、ダスカルがこの場に現れた。


 ラフシアにとって救いの一手。だが理由がわからない。7大悪のうち、フォレスティンのラフシアを助ける意味がだ。自身を危機に追い詰めた、魔法少女の前に姿を現す意味。ラフシアがしねば、一都三県も崩壊するだろう。だがその隙を狙えば、勢力拡大は狙えるのだ。


 フォレスティンの後釜ぐらい狙えるはずだ。

 

 助けるメリットなどない。


 ラフシアが同じ立場なら見捨てる




「盟約によって、ザギルツが助太刀しよう」





 社会が仕込んだルールが、ラフシアを苦しめた。


 事前に仕込んだ同盟。そのルールが危機を救った。










 


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 同盟者の危機に爽快登場するダスカル△ しかしダストちゃんが凶悪過ぎて二人でも勝てる気が… 処刑蟻ー!早くきてくれー!!
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