少女でおじさんな悪 9
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大きな火災が部屋で発生し、外に面した内壁が衝撃によってはじけ飛んでいた。家具も家電も含め無残な姿をさらす。
これは襲撃だ。
魔法攻撃だろう。
襲撃は外からだ。巨大な魔力反応が外から発し、爆発が起きたからだ。
普通の怪人であれば重傷を負うほどの威力だ。この部屋を限定に加減したのだろうけど、密度が違う。一点集中とした魔力の運用は見事だ。だけども全員無事だ。ラフシアが炎上の中悠然と立ち尽くし、焦げた匂いを漂わせている。傷を負ったのだろうけどすぐさま傷口が盛り上がり癒えていく。
ローグは魔力による防壁で防いでいた。
僕は覆いかぶさられていた。爆発が僕を襲う前に、クロウが間に移動していた。内壁が壊れ破片が部屋に散乱する時には床に押し倒されていた。頭部をぶつけないよう、後頭部に手をいれてくれている。
鳩部隊も全員無事だ。魔力反応を感知した際に、通路側の壁まで退避していて、独自防御を行っている。また僕も押し倒される瞬間には防御魔法をかけている。クロウの庇う背中にも風の一枚壁を作っているため、被害は抑えられたはずだ。だけど防壁は壊れているから無傷じゃない。
「重い」
僕が不満をいうと、クロウが苦し気な表情を浮かべている。痛々しさすら感じる表情だ。されど僕が言えば、何事もなかったように取り繕った。それで横に倒れるよう、僕から離れた。焦げた匂いが隣からする。横に倒れたクロウから血肉の匂い。むき出しになった内肉の香りだ。
「ふうん」
背中をかたくなに僕に見せないようにしているのだろう。ちらちらした視線をクロウの背に向けようものなら、すぐ隠す。床に背を隠したりする。影にして、僕に傷口を見せないつもりだ。
「僕のせいなのに、君も大変だね」
思わず、くすりと笑う。心配などいらない。この僕が作った怪人だ。感謝もしない。好き勝手に使うための怪人だ。僕に尽くし、僕のために死ぬ。そういう玩具だからだ。
上体を起こし、床に座ったままだ。僕が朗らかにクロウを見た。手を伸ばし、クロウの頭部を撫でた。
「たいへん、忠義」
頭をなでながら、事態を見守った。鳩部隊が僕の周りに集結した。東京に連れてきた数の半数。通路にいた怪人が何体か部屋に突入。扉を蹴り飛ばし、すぐ僕の背後を陣取った。
僕が床に座って、倒れたクロウの頭をなでている。
変な構図に鳩部隊が目を点にしたのを忘れない。その後嫉妬のような感情が向けられた気がする。だけど僕じゃなく、クロウのほうへだ。
玩具のくせに、創造主との触れ合いを求めてしまうのか。そういう風に作った覚えはない。でも命に対し、作ることはできても育ちまでは干渉できない。
鳩部隊たちの感情を背に、僕は立ち上がった。白衣をぱっぱと叩いた。土埃がまっていくけど気にしない。なるべくクロウに当てないよう、風で誘導はしておいた。
ラフシアの傷が生物とは考えられない速度で癒えた。回復し終え、また反撃も行っている。頭部に生えた森林が魔手を伸ばしていた。枝が壊れた内壁部分から外へ飛び出している。しゅるるといった風切り音とともに、貫く音が届く。悲鳴が届く。
そして枝が収束し、勢いよく戻ってきた枝先には襲撃者がとらえられていた。少女だ。肩口に枝が突き刺さり、腹部にも一つ。右片足に枝が絡まって拘束。
赤の生地をベースにしたワンピース。両肩口に立てた白のフリル。その白が首の襟まで続く一体感。下部分の側面はラインが一つずつ。ピンクのラインが左右に一つずつ縫い込まれたスカート。そこから見えるのは膝口まで伸びたピンクの靴下だ。スカートと靴下の間の絶対領域を残した姿。
そんな少女は、莫大な魔力を持っている。
勝気な容姿だ。大きな瞳は苦痛に塗れている。清らかな肌は激しい痛みに耐えている。動きやすいように短く整えられた頭髪。深紅を思わせる赤ショートヘアー。それらも無理やりに引きずられたため、乱れていた。
「へえ」
僕が関心の声を出した。
「まさか上級魔法少女のお出ましとはね」
4本の指を自身の口元へ運ぶ僕。愉悦さを隠すのに指は足りない。指の遮蔽から漏れた嘲笑がローグやラフシア、とらわれた魔法少女などにバレる。この場は呆れた空気と驚愕の様子が見て取れた。前者は怪人で、後者が魔法少女だ。
上級魔法少女としての質は魔力から。
この爆発劇を作った技量からも、慣れていると判断。
「ゆきしろちゃん、あいかわらず、しゅみわるいわねぇ」
枝が魔法少女を壁にたたきつける。その壁にぶつかる前には、風の防壁を展開しておく僕。衝撃はあれど、痛みはあるけれど、壁は壊れない。だけど何回も勢いよくたたきつけている。衝撃緩和のためじゃなく、刺々しい風防壁を前に魔法少女が更に苦痛を示した。
「ああああ!!!」
たたきつけられるたびに、枝が体へ食い込む痛み。容赦のない風が突起として、魔法少女の肌を鈍器のごとく跳ね返す。されど上級魔法少女だ。魔力をため、反撃へと転じる動きもあった。往復作業の暴力の中での反撃。
ローグが鎌をゆらし、その収束した魔力の妨害を図る。作り上げられようとした破壊エネルギーが、無理やり霧散された感覚。魔法少女の魔力にローグの魔力が干渉したのだろう。僕には通じない手だけど、怪人らしい強引な手段。
相手の手の内に無理やり介入するは怪人そのもの。
僕は怪人ごときに介入される魔力じゃない。本質ごと改変しているため、介入する手段を持たない。しかも同じ技量だからこそ為せる業でもある。
この上級魔法少女、ローグと同等レベルだ。
ローグも僕と同じく感心した様子を見せた。
「なるほど、いい腕だ」
魔力を霧散させたローグが言った。実際、お互い感心するほどの技量があった。精密な魔力を操作するのが魔法少女。力づくで魔力を操作するのが怪人。技と力がぶつかりあい、消滅した。それらは高い技量がなす技だろう。
「関心してないで、これは何か教えてよ。新しいイベントかな?」
僕が首を傾げ、尋ねた。この場合、会合の流れをくむのは大怪人ラフシアだ。フォレスティンという組織力。そのボス自ら、違う形で訪れた。通常の担当者をこさせず、自ら来たのは罠を仕組んだ可能性。
其の疑惑を僕が訴えていた。嫌みという形でだ。
魔法少女の襲撃。しかも上級魔法少女。クロウを無力化させ、鳩部隊を警戒させるほどの高い爆破魔法。ラフシアが無力化と拘束を担当し、ローグが反撃の目を奪う。僕が部屋の状態悪化を抑止。
それぞれの役割を無言で担当したわけだ。
「しらないわよぉ、ローグちゃん、何か仕組んだ?」
僕からの疑いにラフシアが応じる。ラフシアが呼び出したローグは今回の催しに初参加だ。だから疑いがもたれるのは事実だ。新規の参加者と古参の参加者では信用度が違う。ぎすぎすとした空気がこの場を満たす。
「ああああああ!」
魔法少女の苦痛、痛みによる悲鳴を副音声とした疑念。
「…ザギルツは、フォレスティンに対し敵意がない。信じてもらうしかない。鵺も同様だ。この会は、フォレスティンと鵺の定期的なものときく。そこに現れたザギルツを疑うのは自然だ。だが言い訳をさせてもらえば、ラフシア様から招待をされただけだ。それも当日、急に襲撃を仕掛けるは難しくないだろうか?」
しどろもどろだ。だが必死に答えるは嘘偽りない姿だろう。ローグが昆虫顔のくせに表情が手に取るようわかる。新規の客が来て、来襲があったなんて、都合がよすぎるからだろう。その展開は仕組まれたかのようだ。
「できるんじゃないかな。当日でも一都三県なら伝達速度は一秒とかからない。通信インフラを使用すれば、魔法少女と連携することも数分で事足りるよね。ラフシア様から招待されて、そのまま敵対するわけにもいかないから、魔法少女などに情報を流した可能性があるよね?」
僕が疑惑をもって追及。魔法少女が悲鳴を上げようと、僕たちの関係に関係はない。信用も信頼もない。誰かの犠牲が僕たちの利益になる。だから目を吊り上げて追及していく僕。
「君、裏切った?」
僕が嘲笑をもって尋ねれば、ローグはすかさず頭を横に振った。
片手を向け、攻撃と意図を見せた僕。その手の射線上は魔法のもの。だけど射線に枝が割り込んだ。魔法少女を拘束したものとは別のものだ。攻撃と意図を示した僕に対し、ローグは鎌の切っ先を僕に向けていた。
抵抗の意志を見せた。
僕とローグが互いを睨み合う。
されど溜息が別のほうからきこえる。魔法少女の悲鳴が細くなる中、この場を支配する実力者ラフシアのものだ。
「やめてちょうだい。あたしたちは同盟よぉ、ころしあっちゃだめ」
ひょうたん形状の大怪人が仲裁を訴えるは嗤える。ラフシアが僕たちを宥め、互いに矛を収める。おろした手は魔法少女へ向けられた。
「じゃあどうするの?」
疑惑の一言を僕がこぼす。ラフシアにもローグにもある。そういう前提で僕は立ち振る舞った。指を鳴らし、僕たちの間に鳩部隊が立ち並ぶ。ローグとラフシアと僕。それらの間から僕を守るための部隊だ。クロウが重傷を負いつつも、無理して作った平然さで立ち上がる。
「まちなさいなぁ、あたしたちが争っても何も意味ないわぁ。もしかしたら人間側の意図かもしれないじゃない。3悪同盟が結成されて、すぐ疑うはよろしくないわよぉ」
ラフシアが魔法少女を叩きつけながら言う。意識が飛びかけている魔法少女は、反撃することに重視していないようだ。
意識を維持することに重視する魔法少女をしり目に、僕たちはこの場を疑う。
されど僕が疑えばラフシアが仲裁をする関係で、それらを見守る怪人が口を挟む。ローグが僕を睥睨してきた。真実を見つけたと信じる愚者のごとき、まっすぐな警戒。
「先ほどから人間、…ゆきしろ殿は疑いの根を持って来ようとしてないか?」
その言葉が場を乱した。ラフシアが僕に視線を向け、蛇目も向けていく。ローグもまた同様。今度は僕が疑われるようだ。大怪人と上級怪人の警戒と殺意を前に、僕も冷や汗をかく。ごくりと唾をのみ、不敵な姿を見せた僕。
「なめないでよ、この僕が魔法少女ごときに任せると?不愉快だ。非常に不愉快だよ。争いたいのかな?ザギルツのローグ」
枷をとき、淡々とした物言いとは別に魔力を放出する。雪代博士、スノウシンデレラの骨頂とは魔力の高さだ。体内に秘められたとは思えない莫大な魔力がこの部屋を圧倒していく。
その量はあっても質はない。
莫大な物量をもった魔力。
その重圧差にローグが鎌を振りあげていた。攻撃と意図を無自覚にみせ、鳩部隊が応じる気配。全員が攻撃として、羽をはばたかせ、片手をローグへ向けていた。
殺伐とした空気、ぎすぎすとした空気。誰も信用できないのが悪だ。疑うのは悪の義務。裏切るのもまた義務だ。
同盟締結に応じて、すぐさま殺し合いが発生してもおかしくない。
「やめなさい!!」
大怪人ラフシアがそれを上回る殺気をこの部屋に満たす。仲裁と称した僕たちを包む、死の気配。どくりと心臓が音をたて、僕たちは静かに矛をしまった。
ラフシアを警戒する僕たち。
鳩部隊を含んだ僕たちとローグも同じ様子。
「これに聞きましょうよぉ」
殺気を満たしつつ、この場を制圧したラフシアの言葉。何度もたたきつけているせいか、意識がとびかけている。この潰し合いもどきでもローグは反撃をふさいでいる。僕も壁を風防壁で保護している。
たたきつけるのをやめた。
魔法少女の拘束はとかず、息が絶え絶えの様子を見せた魔法少女。それは宙に浮かび、食い込んだ枝から血が垂れる。床は一面血の海。されど遠慮なく垂れる血液が、海域を増やしていく。
僕たちが尋ねるまえに、魔法少女が口を開く。
「お、おまえたちは…おわりだ。魔法少女に…暴力を…いたぶったから」
その懺悔のような、遺言のような妄言。それだけを信じるかの如く執念が僕たちを凝視していた。睥睨とともに抱かれた殺意。憎まし気に作り上げた表情を魔法少女は見せていた。
「暴力?」
僕はわけがわからないと肩をすくめた。
「そんなものないよ。暴力なんて起きてない。真実を捏造しないで。君は遊びにきて、遊ばれているだけさ」
魔法少女の妄言を気にしない。僕はそんな様子をもって余裕を作る。態度にも言葉にも出るから、魔法少女が口惜し気につづけた。
「…魔法少女連盟は、魔法少女への暴行を許さない」
息をはき、何度も苦痛にたえて意識がとびかけている魔法少女。先ほどまでの叩きつけは数えてないだけで数百は超える。僕たちが仲違いをしている間にも暴力は続いていたからだ。
だけど指をならした僕が否定する。
「魔法少女連盟の、魔法少女への暴行の意味ってわかってないようだね」
僕が嘲笑し、この空気は小馬鹿にするものへと変化。無知は馬鹿にし、失敗を否定する社会の流儀に合わせた。
ラフシアもローグも失笑をこぼした。
「暴行ってのはね、暴力じゃない…性的暴行のことだよ?魔法少女連盟に加入する魔法少女への暴行は、性的暴行を許さないだけだ。それをすれば、連盟全体が敵となる危険ルールだ。でも、抜け道ぐらいいくらでもある。性的暴行を一切しなければいいだけだよ」
僕が優しく訂正をしてあげた。小馬鹿にした様子をみせて尚だ。
魔法少女に性的暴行をする。つまるところ強姦的要素をすれば、連盟に所属する魔法少女が全員敵となる。連盟自体個人主義が横行し、好き勝手やる自由組織だ。まとまりもないけれど、性的暴行のみは一丸となって対処することになっている。
それらは上級から下級まで全員が参加する虐殺劇だ。
悪が一度魔法少女を見せしめに性的暴力をした際、連盟によって報復を受けていた。その後構成員残らず虐殺されている。
自由で個人主義の組織でも、まとまることはいくつかある。それ以外は誰も制御できない。女性だけの構成だ。だから一番許せない案件、女性を女性として扱わないものに対して本気で激怒する。
魔法少女の遺体は、事細かに連盟の手によって調べられる。性的暴力の痕跡から何までもだ。胃の内容物、体内や肌、衣服についた異物から何までだ。その調査次第で行動はなされる。
僕が屈みこんだ。魔法少女は動けぬよう、苦痛で拘束されている。何か行動をみせれば、すぐさまたたきつけられるし、貫く枝が暴走をしてくれることだろう。
貫かれた枝口に指を触れる。そして隙間に指を突っ込んだ
枝と指が無理やり傷口に入り込むのだ。言葉にできない悲鳴をもって魔法少女が訴える。
「魔法少女は汚されない」
僕が微笑めば、魔法少女は絶望したはずだ。連盟が全体報復することとは違う、別の暴力。襲撃してきた魔法少女も頭がいいのだろう。理性と理屈。組織の損益から損得勘定の有無までも考えたはずだ。
一時の感情で汚しても、滅ぼされては意味がない。
「君は終わりだ」
厭味ったらしく告げれば、魔法少女が反撃を返そうと動き出す。ばたばたと身じろげば、枝が大きくゆれた。足に絡まった枝と、肩を貫く枝が真逆に動き出し、体を引きちぎろうとしている。
指を引き抜き、立ち上がる。
「ラフシア様、さっさと殺していいよ」
僕は襲撃者に背を向け、ラフシアに言う。余裕ぶった態度を見せた僕。ローグも賛成の様子だ。だけどラフシアのみが痛みを与えるだけで、行動をなさない。
ラフシアは無言だ。僕をみて、魔法少女を見ている。ローグのことすら監視している。複数の目による監視を受けていた。
「…同盟になる話はあたしがもちこんだのよぉ。…ローグちゃんも知らない話。このラフシアが来ることを誰も知らなかったのよねぇ…あたしがこの程度で死ぬはずがない。ローグちゃんも同じ。ゆきしろちゃんは死ぬかもしれないけどぉ」
じろりとした複数の目が僕をとらえた。
「…本来来るはずだった、あたしの部下は死んでたわ。確実にね。この会合でいつもと違う登場人物は2体だけね、本当なら人間だけの話し合いになるはずだった…ねえ雪代ちゃん」
先が読める。うげぇと芋虫をかみしめた表情を作った。僕は正面を再び魔法少女のほうへ向けた。拘束され、息も絶え絶えの魔法少女のもとへ近づく。
そして思いっきり踏みつけた。
傷口を枝の隙間から爪先でえぐる。
ぐりぐりと押し付け、魔防少女を見下した。
「ラフシア様、君は僕を疑っているようだ。先ほどの爆破魔法が直撃してたら僕も死んでいたかもしれないのに。自分の身を危険にさせてまで、いけない企みをしたと思っているようだね。心外だよ。この僕が他人に頼る?不愉快にもほどがある」
不愉快さを隠さず、けり落とす。本来の登場人物を殺すために僕が仕組んだ罠。この魔法少女が攻撃したのも鵺の策略だと言外に伝えてきた。
「ゆきしろちゃん、にんげんはこわいのよぉ。怪人は人間を警戒しすぎても安いぐらいだわぁ」
僕の背後では攻撃の気配が待ち構えている。ラフシアもローグもだ。裏切り者としてみなされれば、一斉攻撃が僕を襲うだろう。だけど、僕が冷酷に魔法少女を蹴り続ければ、その気配も薄れていった。
悲鳴も小さくなっていく。
意識が飛びかけている襲撃者。
「君は今回の魔法で何がしたかったのかな?正義の行いかな?でも義務で動くほど、今の若者は馬鹿じゃない。君だってそうさ、精神論で動かない若者に聞きたいな?」
蹴るのをやめ、踏みつけるのをやめた。
「…10億で依頼を受けた」
慈悲をもって問いかければ、魔法少女がか細くこぼした。
「たった一撃の魔法で10億だなんて、豪勢だねぇ。あっこの場合は僕たちに駆けられた懸賞金ってところかな?」
「…鵺の幹部と…フォレスティンの幹部の会合があって‥‥そこを爆撃すれば10億って。人間だけだから…簡単だって依頼だった…前金も5億もらって…とくに鵺の幹部を殺せば、追加で10億って依頼だった」
「ありがとう」
攻撃をやめ、笑顔を浮かべた僕。今度こそ立ち上がり、怪人二体を睥睨した。
「疑うのは結構だけど、狙いは僕みたいだ。僕が僕を狙うために10億を払うって?いい加減にしなよ。今の若者は馬鹿じゃないんだ。疑わしき相手からの大金は受け取らないし、信用ないものの依頼なんて受けるわけがないじゃないか」
攻めた。ひたすら追求し、2体に対し優位性を保つ僕。
されどローグもラフシアも怪訝な様子を隠さない。
「…ゆきしろちゃん、あたしたちは、鵺に巻き込まれたってことかしらぁ」
「そうなるね、でも謝らないよ。悪とはそういうものだ。巻き込まれるのが嫌なら、とっとと逃げればいいよ」
「…鵺はそれでいいのかしらぁ、依頼があったことは事実で、襲撃者はとらえたわぁ。でも肝心の誰が黒幕かわかっていないわよぉ」
ラフシアの正しい意見に僕も渋々うなずく。今さら反転して暴力に走っても仕方ない。ラフシアのわきを通り過ぎ、鳩部隊のほうに戻る。
ラフシアの視線がその間、続いていた。
枝が急激に浮き上がり、魔法少女の体から、血肉が飛び散る音が再びなりだした。人体から成ってはいけない歪な音だ。骨を食い込ませて、きしませた音。
「ああああああああああああああああああああ」
拷問と暴力が魔法少女を襲う。その叫びは尋常でなく、涙も鼻水も垂れ流しながら絶叫をこぼしていた。
「いいなさい、誰が依頼したのかしらぁ。嘘をついても地獄よ、本当のことをいっても地獄よぉ。だけど真実なら、楽に殺してミンチにするだけで許してあげる。嘘なら、生きたままミンチにしてあげる」
淡々としたラフシアの物言いに、絶叫からの一時休息を与えられた。拷問を一時的にやめ、思考を作る時間を与えた。
「…なし」
「いう気がないのぉ?」
なしという言葉だけで、ラフシアが再び拷問を開始しはじめた。その空気を感じ取ったのだろう、魔法少女が顔を横に思いっきり振った。
「高梨ってやつが依頼をしてきた!!新規の客だったし金払いもよかった!!信頼できる相手だと連盟からは言われてたんだよぉ、信じてよぉ」
絶叫からの恐怖。体内を内側から壊す拷問に魔法少女は屈した。
「高梨?」
ラフシアとローグが初めて聞く名だと口走る。僕は何も言う気はなかった。
再び枝が拷問を開始しはじめる準備。その動きに魔法少女が再び顔を横に振った。
「やだやだやだ、正直に言ったから。嘘なんていってない。上級魔法少女が大怪人に喧嘩を売るわけないじゃん!実力差だってわかるもん、信用できる依頼者だから、連盟もうけたって話なのにぃ。わたしだって被害者だよぉ、痛いのやだぁぁぁ」
そして拷問が開始される。
悲鳴が絶叫が、この部屋を満たした。
また拷問が一時的休息をとり、魔法少女はか細く、高梨だといった。
「…誰だかしらないけれど、あたしたちを狙ったのは高梨ってやつかしらぁ」
ラフシアがようやく信じたようだ。僕でなく、裏にいるのは高梨という人物だということ。
「高梨とは誰だ?」
ローグの疑念を誰も答えることはなかった。そう、この場にいる誰も知らないはずだからだ。
「この魔法少女はどうするの?」
僕が尋ね、疑惑の種である、少女をラフシアが乱暴に落とした。
「山梨で殺すわぁ。魔法少女の魂も、遺体もよい肥料になるものぉ」
「遺体を返さなければ、連盟に目を付けられるよ?」
魔法少女連盟は自由組織だけど、遺体を検死しなければいけない病にかかっている。本当に性的暴行がなかったのかを調べることに組織全体で取り組む姿勢。殺しただけだといっても、遺体がなければ核心は得られない。
そのため拷問をしても、魔法少女の遺体は返却するのが常だ。
されど7大悪ほどだったらどうなるかだ。
「魔法少女連盟が狙えるわけがないわぁ。連盟ごときが、このラフシアを相手どれるわけがないぃ。敵対するなら、一都三県を巻き込んだ飢餓騒動をくれてやるわぁぁぁ、舐めないでぇ、7大悪をぉ。フォレスティンをぉぉ」
激しい怒りを感じ、口をつぐむ僕。7大悪はプライドが高い。襲撃の中にフォレスティンがいることを知ったうえで、誰かが企んだ。その姑息さに非常に苛立ちを持ったようだ。
ラフシアを殺せるほど、連盟の力は強固でない。
話し合いになる気配はなかった。
「任せるよ」
ラフシアやローグに告げて、僕は踵を返し始める。
クロウの痛々しい背中を叩き、ついでに回復魔法もかけておく。叩いたことで大きく体が跳ねたクロウ。痛みが再発し、苦々しい表情を浮かべてた。僕の手についた血液を備品だった残骸にこびりつけた。
「このホテルの修理代は払わないから。請求してきても無視するよ、鵺は財政難なんだ」
ザギルツのローグへ横目でいう僕。ローグが、ごみを払うように手を動かす。ザギルツがきっと払ってくれることだろう。
お前が払えと横目で込めた意志が伝わって、何よりだった。
傷が癒え始めていく背中を見つめたまま、移動。
「優しい絶望を」
僕が壊れた内壁から身を投げて、飛び出した。クロウも鳩部隊も続いて落下、風が下から吹き上がる感覚をもって、地面が近づいてくる。だけど重力での落下が、再び浮き上がる。腹部に回された黒の体毛の腕。
クロウが僕を抱え、空を舞う。
短い飛行の中、監視エリア外のよさそうな場所を発見。廃ビルだ。外壁が壊れ、中身がむき出しになったビルを指さした。無言のまま部隊が差した場所へ向かう。
「クロウ、同盟書類をもって下妻へ帰って。鳩部隊全員もだよ。帰り次第、筑西攻略の準備を開始しろ」
「はっ」
夜に紛れ、ビルの屋上に降ろされた。鳩部隊が全員空に浮かびながら、クロウと僕だけが屋上に降り立った。書類を手渡し、鳩部隊が撤収。最後まで残ろうとするクロウを軽く小突き、しっしと払う。
僕が相手にする気がないことをわかったのだろう。
クロウが夜の街へはばたいた。
そして、スマホを取り出した。アルミを巻き、スピーカーもふさいだスマホだ。カメラは全部壊されていて、simカードにいたるすべてが分解。バッテリーですら外している。バッテリーを無理やり外したため、外装がぺらぺらだ。
一通り使えるようセッティング。アルミをはがす。バッテリーを取り付け、simカードを装着。ふさいだスピーカーも開放した
商人の名義で契約されたスマホだ。勝手に壊したのは僕だけど、弁償はしている。使用料だって給料の中に入っている。
電源を入れ、わずかな時間をもって電話をかけた。喉を弄り、変化をもたせた。その際の僕の声質は変わっていた。
「もしもし、高梨さんかな」
雪代香苗の姿でも、変声期を迎えた大人の声。おじさん時の僕の声だった
「はい、高梨です」
スラムの元住人にして、現在は東京に本社を置く企業。その従業員のリーダーとなった男の声だ。高梨といい、この男の経歴はマイナンバーで確認しており、残念な人生を送ってきたと個人的に思う人物。
「宅配便は届いたんだけど、受け取りを拒否されちゃった」
息を呑む声がスマホ越しに聞こえた。緊張だけでなく、その意味をわかったからこそのものだ。
宅配便とは襲撃。
「…宅配便はどうしていますか?」
「品物の受け取りは拒否されて、宅配業者を気に入ったみたいだ」
品物とは攻撃魔法だ。襲撃を一撃加えるだけで10億。鵺の幹部を、つまり僕を殺害すれば追加で10億。そういう依頼を出せと僕が高梨に命令をした。ただ高梨は雪代香苗状態の僕を知らない。
僕を殺すための依頼を、高梨に出させた。
絶句したようだ。高梨が再び息をのんだ。それでいて、何度も声を発しようとして、押し黙っている様子。
本当の目的は違う。あくまでカモフラージュで依頼を出させた。襲撃が失敗してもいいように外部の魔法少女を使った。高梨の名前は使っているけれど、それだって何時だって逃げれるよう手配はしてある。
本来来るはずのフォレスティンの担当者、その人間の排除を狙った。
鵺を狙うようにして、高梨を正当化させつつ、実体はフォレスティンの人材を殺害をもくろんだ。
結果は失敗に終わった。
「…どうなりますか?宅配業者は?」
高梨の心配そうな声が伝わってくる。宅配業者が魔法少女だ。年頃の少女の生存有無が気になるのだろう。
「自分たちの近くに持っていきたいって、駄々をこねてる」
僕が空を見上げる。夜空だ。東京の星々はあまり見えない。廃ビルとはいえ、他の区域が人工の光によって満たされているからだ。地上の光が強すぎて、空の輝きなどくすんでしまっている。
山梨に連れていかれれば、どうしようもない。さすがの鵺の軍事力でも山梨県では太刀打ちできない。
「…宅配業者はどうしてますか?」
「感情のむくまま、幸せを大きく叫んでいたね」
「…‥」
僕たちが電話越しに簡潔に言わない。遠回しな表現で伝えるのは、電子システムの前にログが残るからだ。電話履歴ですら3年は保持される。会話音声を3年も保持された際、何かしら犯罪に巻き込まれたとき、データーを発掘されかねない
「…自由になるにはどのぐらい?」
「無理だ、あのままだ。愛されすぎて困っているころだろう」
「…お願いがあります」
固唾をのみ、されど意を決した様子が感じ取れた。高梨が考えたことはよくわかる。だから僕が牽制を放っておく。
「宅配業者は、一回で数億を稼ぐ。一日で数十億を手にする。君の生涯年収より、業者の一日のほうが高い。そのかわり業者はリスクをおっている。そのリスクが身に降りかかっただけのことだよ、業者よりも低い年収の君が気に病むことはないんだ」
嫉妬を立てる物言いを僕がした。高梨の月給も年収も魔法少女の数時間に負ける。一生かけて稼ぐ金額すら魔法少女は一撃の魔法で上回る。
遥か年下の少女が稼ぐ事実は、大人の嫉妬を煽り立てる。
「君は業者じゃない。業者は君の仕事で動いただけで、責任は相手が担う。これが新自由主義だ。こちらは対価を払っている。成功した際の大金ですら払う予定でいたんだ。たまたま予定が狂った程度、もし宅配に成功していたら、業者は数十億もの大金を手にしていたんだよ?」
少女の姿でおじさんの声。さりとて高梨自体を否定することは言わない。これが高梨の本質だからだ。正義ではないが、善意がないわけじゃない。悪だけで済む人間のほうが珍しいものだ。
「責任をおった業者に対し、君も責任があるとでも?」
「‥‥ないと思います」
そう一切ない。勘違いしてはいけない。相手が年上、年下など関係がない。社会にその言い訳はいらない。必要なのは労力と商品だ。
「…業者を開放する依頼をお願いします」
されど高梨は強情だ。スラムリーダーとして、部下がいる立場。家族がいないだけだ。親族からなるものも、妻もいない。同性の恋人もいない。孤独な男が口に出したものは、覚悟の上だろう。
「わかってるのかな?あれは君の生涯年収を稼ぐスキルを持っている。リスクも負っている。業者はそういう実体をもって、必死に生きている。年収数百万程度の君が心配をできる立場じゃないよ」
「…そういうものじゃありません」
勇気を振り絞り、電話口から聞こえるものは意志のもの。
つづけられた言葉に僕は口をつぐむことになる。
「嫌なんです。自分が関わって被害にあう人間がいるのが。誰かの責任を負いたくない。だから依頼の願いをします。罪悪感を抱きたくない、未来ある若者を見捨てて、のうのうと生きるのは辛い」
その感情は本気だ。思いのたけをぶつけられ、この僕が押し込まれていく。本気を見せられ、必死につげた言葉の意味を理解してしまった。
自分が嫌だから、助けたい。
「感謝されないよ?恨まれるだけだ。君に対して報復を誓うはずだ。逆恨みもいいところだ。あの宅配業者の自己責任でしかないものを、君は助けようとしている」
その傲慢さでも、自分のために関わった人物が不幸を許さない。
弱者のくせに、思いあがる。だけど自然と綻んでしまった。
「無料じゃないよ。君は重い対価を払うことになる」
「…いくらですか?」
「10億だ。君は10億の借金を背負ってもらう。宅配業者を開放する、口添えを10億で依頼するんだ。払えるかな?」
「…分割で。できれば天引きで。…払えるような仕事をください」
「いいよ、分割でも許してあげる。天引きも許可しよう。でも君は一生、僕から離れられない。一生をかけて働くんだ。もし途中でやめたら残りの借金を一切返済させる。死んだ以外の理由で、一生だよ?死んだらチャラにするけど、毎月5万天引き、ボーナスもなくなるんだ。君は部下よりも給料が少なくなる。いくら出世しても、負けるかもしれない」
他人のために、己の人生を投げ出す覚悟はあるのか。
僕が告げる意味を理解しているはずだ。
「…部下に負けるのは本望です。…ぜひお願いします」
「そう」
大人が覚悟を決めた。高梨の覚悟を前に僕は無粋だった。
自己犠牲を持つ人間はあまり好きじゃない。
思った以上に感情を移入してしまうからだ。
「君の覚悟、思いを受け取った。約束しよう、必ず解放すると」
僕は電話をきった。電源を切り、スマホのバッテリーやsimカードを外す。スピーカーをふさぎ、アルミを巻いた。
そして言葉を紡ぐ。
「変身」
黒炎とともに黒基調のドレスを身にまとう。頭部にくすんだ灰色の王冠を被った姿。魔法少女ロッテンダストとして、屋上に姿を現した。




