少女でおじさんな悪 7
「やわらかすぎるー。雪代ちゃん、態度が軽いー。あたしを相手に軽すぎるー」
カズラの化物、ラフシアは小型の唇を揺らして騒ぐ。頭部の草花の茎が僕のほうへ伸びてくる。重力を無視した射出された茎が僕へ迫ってきていた。だが、間に立った怪人がいる。茎は鋭い乱入者の一撃によってテーブルへ落ちた。
目の前のテーブルにだ。
鳩部隊隊長、クロウが間に立った。鋭い爪をもって切り落とし、僕への一撃を防いで見せた。
「ずいぶんな対応だよ」
「あっらー、そうかしらー。あたしってば、ダメな子。ゆるしてね、雪代ちゃん。軽すぎる相手には軽い対応をしろって、部下がうるさいのよー」
うふふと小型の唇を揺らし、その唇のもとに茎が下りてくる。頭頂部の小さな森。その下にある草花たちの茎が大きく動き、扉を閉めた。その後伸縮し、ラフシアの周りを漂っている。
攻撃でなく、挨拶。
僕は焦ることもなかった。
「ラフシア様が軽いから、つい僕も軽くしてしまった」
あぐらをかき、紅茶を飲む。攻撃された意趣返しだ。元々の性格でもあるけどもだ。態度の悪い僕にラフシアはむふふと笑う。怒りなどはないだろう。植物系の怪人は非常に長期的な思考をもつ。長く、長く、待ち続ける。
攻撃したのは単純に挨拶に対しての対応だ。
意地というものか、上下関係を気にしてのものだろう。悪にもランクがある。怪人にも強さのランクがあるようにだ。
7大悪は東京で有名なだけじゃない。
悪のランキングは、人間国家と変わらない。経済規模、軍事力、領地、生産能力などを加味して順位がつけられる。人口が生産能力を決め、経済規模をもち、それらの延長戦に軍事力がある。軍事力があるから領地があるし、領地があるからこそ、人口が増え続ける。
7大悪とは、一都三県における上位7位までを指し示す。だけど大体が東京の一部を支配しているか、本拠地自体が東京の場合がほとんだ。だから東京7大悪と呼ばれている。
7大悪のフォレスティンは、山梨県一つを支配している。本拠地もそこだ。その山梨県に面した東京の一部を領地ともしている。領地面積は7大悪最大だ。生産能力、とくに食料などの生産力は右に出る者はいない。野菜から主食である米、パンの原料である小麦もだ。
食料品を山梨県で生産し、一都三県の闇市場に流す。闇市場から表市場に流れ、人々の食卓へ並ぶ。企業からその他の悪までの食料生産を担っている。価格を吊り上げれば、その値段以上の金額が食料価格へ反映されてしまう。
一都三県、数千万の人口。
その1000万人ほどはフォレスティンがいなければ餓死する。貧困によって食料は得られない。その先にあるのが奪い合いだ。金をもち、ルールを守る人間から奪うものが現れる。貧困者は暴徒とかし、知識階級のものたちを襲うことだろう。
秩序が壊れれば、起きるのは内乱。
それだからフォレスティンは倒せない。この悪は悪事を働いても、現在以上の拡大以外は許されてしまうところまで来た。ただ他の悪の領地、人類領地を支配に動けば迎撃はされる。食料などを握られていても、一部の階級層には届かない。
だから危機感を抱いた、一部の階級層は拡大阻止の指示を出す。下のものが苦しもうが、関係もなく。当たり前のことを当たり前にする。
「あたしがそうさせてしまったのね、ごめんなさいねーうふふ」
ラフシアが僕のほうへ歩み寄り、クロウが警戒の面持ちを見せる。右手を前に掲げ、爪先をラフシアへと向けかけた。
だけど僕は音を立てた。カップをテーブルに叩くように置けば、クロウは構えを解く。
「お互い挨拶だから仕方ないよ」
「それもそうよねぇー、挨拶だから仕方ないーーーーわーーー。まちがいはだれにもあるしねぇぇぇぇ」
僕が引くことをわかっているからか、ラフシアの態度はふてぶてしく、傲慢だ。苛立ちすら覚える必要もない。悪とはそういうものだ。人間の常識なんかに理解できるわけがない。
鵺はフォレスティンに逆らえない。軍事力だけじゃなく、人口問題においての大切な要素。食料を握られているからだ。
領地の広さでも勝てない。こちらは茨城の一つの市だけが領地。相手は山梨県全土だ。領地が広ければ、距離があればあるほど悪は拡大する。
地方悪と東京悪。人口の集中地帯を持つ悪に経済ではかなわない。生産能力でかなうわけもない。
こちとら崩壊地域、危険地帯と名高い茨城だ。現在の茨城県の人口50万もいないのに、人口92万をもつ山梨県全土を支柱に収めた悪だ。一つの市と県全体では比べようがない。
悪の格で鵺は負けている。
指を鳴らせば、クロウは飛ぶ。床を軽く滑るように舞い、僕の背後へと降り立った。この部屋に待機させていた鳩部隊の怪人たちも身じろぎすらしない。だが、僕とラフシアのことを注視している。
僕は怪人をなだめるよう、手で抑えるようジェスチャーをする。小さく上から下へ掌を降ろすジェスチャーだ。
「都会悪では野蛮な手段が挨拶になるみたいだしね。挨拶と暴力の違いがわからない、都会悪様だ。まさか地方の挨拶方式を使ってくるとは思わなかったよ。やっぱり成り上がりは違うなぁ。山梨県全土を支配して、東京を支配しているからこその格の違いってやつかな」
空気が凍る。
「いやぁ都会にいっても、地方ルールを忘れない。地元愛ってやつだろうね。ありがとう君たちの地方への愛をみせてもらったよ」
鵺はフォレスティンに逆らえない立場だ。食料から物資の優遇をフォレスティンに受けている。大金や魔結晶や魔石、魔獣や魔物の死骸などを対価に食料を買っている。現在もだ。だけど、あくまで鵺としての考え。
そんな立場でありながら、田舎者丸出しだという僕。都会を支配しても、フォレスティンは田舎者のままだと煽った形。
僕は鵺の最高科学者だ。ロールプレイだけども。最高科学者であり、部外者という認識設定のキャラクターがそこまで配慮するわけがない。
枝が無数に飛び交い、僕へ襲撃してくる。クロウが再びテーブルへ飛び乗る形で前へ出てくる。迎撃するクロウの爪の動き。今の僕には追い付かない身体能力にて排除されていく。だけど所詮上級怪人。ラフシアを相手にいつまでも追いつけるわけがない。
大型の唇が動き、クロウが弾き飛ばされる。衝撃破だろう。魔力というより生物としてのエネルギーによる衝撃破だ。目に見えない一撃によってクロウは吹き飛ばされた。
丁度真後ろにいた僕は、大きく跳ねた。跳ねた僕の下を通り過ぎていくクロウの肩を踏みつけ、一回転。今度は僕がテーブルへ着地した。
ただクロウが壁にぶつかる前に、風の防壁を薄く展開しておき、衝撃を緩和させておいた。
「それとも最近の都会の挨拶は暴力かな?都会に住むから偉いわけじゃないんだよ。大切なのは品格とか品性さ。7大悪とかっていって偉そうにされても困るよ」
煽ってしまう。
枝がくすぶり、漂い、空気が殺伐としている。田舎者のひがみは時に腹を立たせる。
「ゆきしろちゃん、相変わらずお口が悪いのねぇ」
「安心して、性格も悪いよ。立場もわかっていないから、好き勝手してるし」
僕がわきに両手をおいて、偉ぶる。どやっとした態度で演じれば、ラフシアは徐々に枝を降ろしていく。
「…雪代ちゃんは鵺の立場もわかっていないのかしらねぇ」
カズラの化物、植物を生やす怪人の表情などわかりやしない。カズラの花が僕へ視点があった気がする。草花から生じる蛇目が僕を向いている。
「君たちのすることなんて大体わかるからね。関係悪化したら責任問題にでもする?どうぞ。いつでも鵺にクレームどうぞ。首になるか、処罰されるかの違いだからね。処罰されるなら逃げるし、首になるなら他に行くだけさ」
演じるキャラは雪代香苗。スノウシンデレラとしての自由気ままな科学者。本気で思い込むことで、ラフシアですら見通せない存在となる。
「…いいわぁ。ゆるしてあげる」
ラフシアが小型の唇をもって、僕の暴挙を見逃すことにしたようだ。僕が鵺から離れても別の悪が強くなる。雪代香苗は最高科学者であり、その情報はフォレスティンに流れている。鵺が僕を処罰しようとしても逃げるし、逃げれるほどの手段は持っている。その機密をフォレスティンは知っている。
鵺の機密。
ティターノバ以外で怪人作成技術を持つのが、雪代博士だ
鵺は地方悪だ。東京7大悪の規模には勝てない。だけどフォレスティンは妥協する必要がある。山梨県全土を支配し、東京の一部を支配しても、足りないものがある。僕たちがいなければ、守れないライン。
軍事力において、鵺はフォレスティンと同格に近くなった。相互防衛関係になっている。お互いが協力して組織の存続に努める関係となった。
経済が弱くても、人口が低くても、土地が狭くても。軍事力だけが一緒であれば、貧乏軍事大組織になりえる。本来の軍隊であれば兵器の費用、購入費用、維持費、戦線への構築など色々な費用がかかる。だけど鵺は怪人軍団だ。悪だ。怪人に金は必要ない、怪人が求めるのは強さに関わる要素だ。
かつての僕たちはフォレスティンに食料を依存していた。生活物資も一部だ。
だけどフォレスティンも僕たちに依存している、ある物資をだ。
魔物や魔獣の死体だ。
強力な死体であればあるほど、体内に残るエネルギーが桁違いだ。それを分解し、エネルギーに変えれるのは植物系統が一番だ。フォレスティンと取引前、殺した魔獣や魔物の死体など、焼却していた。その手間を省けて、食料に変換できる。
怪人に食料はほぼ必要ない。ないが、領地内の人間は必要だった。
そのための取引だった。
上級怪人蝙蝠ジャガー。ダガーマンティスノバ。シャークノバ。3幹部体制を確立し、魔獣体制も作った。野良怪人を吸収し、他組織の力も呑み込む、鵺の拡張性。鳩部隊隊長、クロウ。鵺の処刑人を含めれば強力な怪人たちがそろっている。
この規模で一つの市しか持たないのは異常だ。
フォレスティンに食料を依存するように、相手も僕たち依存している。食料を生産するのに死体が必要。一般的な肥料や農薬などでは生産が消費に追いつかない。山梨県全土で県民92万と鵺の人口数百人、一都三県1000万人分の食料だ。過剰な消費に対し、過剰な生産をしなければ追いつくはずもない。
そのためのエネルギーが、死体というわけだった。
鵺は容赦なく怪人部隊を導入し、それらを回収している。
フォレスティンに輸出し、食料を確保。
3幹部体制によって、さらに利益も拡大した。
だから鵺は必要以上に下手に出る必要がなかった。軍事力で解決されようにも、こちらも対抗する武力がある。また距離がある。お互いの距離数百キロ。この距離など悪にとってはないようなものだけど、その距離は第三者に色々介入される心配がある。
「…たまには雪代ちゃん以外にも交渉でだしてほしいわねぇぇ」
「皆、地元大好きっこだから。一時も離れたくないんだってさ」
地方悪である鵺、7大悪であるフォレスティン。名目上は対等となっていた。時折交渉や荒事などを押し付けられそうになるのを拒否する。それが3幹部や処刑人では難しい。そのためフォレスティンとの交渉には僕が出ることになっていた。
3幹部や処刑人はどうしても組織規模というものを先に見る。
その点雪代香苗というキャラクターは我儘で自由勝手で態度が悪いやつだ。どんな対応しても、クレームがきても、無視できる。組織で生きる中間管理職と僕との違いだろう。3幹部では丸め込まれる可能性が高い。
交渉人が変更されれば、フォレスティンに有利になってしまう。僕だけが立場上好き勝手できる。最悪、大首領として立つことすら余裕だ。責任を最終的に取るのは僕だ。だから好き勝手する。
「僕としては、いつもの担当者がいいんだけどね。話わかってくれるし、腹の探り合いで済むからね。どこぞの都会悪さまは、挨拶と暴力を同じと考える御方だ」
フォレスティンと交渉は数カ月に数回程度の規模で行われる。場所はこのホテルだ。いつもの担当者であれば、僕と悪知恵比べで終わる。お互いの腹の探りで済む。暴力などにならない。
今回は大物であったため、僕も計画が狂ったけどもだ。正直、ここでラフシアが出てくるとは思わなかった。いつもの担当者であれば、良い展開になっただろう。ラフシアが出てくる以上、これは牽制で済まなくなった。
話し合いで済ませず、圧力で会話と流れを持って行こうとしている。挨拶と称して殺害しに来るのも悪の流儀だ。厄介な相手は殺し、次なる交渉相手で要求を押し通す。悪ならば普通。
「僕がいなくなれば、鵺が妥協するとでも?それはないよ。僕は首領に言っている。僕が殺されたらフォレスティンの仕業だとね」
嘆息が聞こえる。
「この僕が消えることは、鵺の損失、いや悪全体の大きな損さ」
ラフシアがこれ見よがしに溜息を吐いた。
「あたしぃをあいてに、よくもまあ」
「しょうがない。あきらめてよ」
ラフシアは草花の茎をのばし、椅子を背後で作る。くみ上げられていく、枝の椅子。切断などもせず、絡まる様子もない。組み立て公式なのか、座面から、背もたれ、足などの部分が形づくられていく。先端に蛇目がついた、ユニークな椅子が出来上がった。
ただ座面がやたら窪んだ形で組まれている。
ひょうたん状の体をすっぽりと窪みに嵌めたラフシア。表情などわかりやしない。くつろいだのかすら体系じゃわからない。
ラフシアが枝にて、促す。どうぞという合図。枝を揺らすだけじゃわかりやしない。僕が怪人のことを知ってるからこそ、わかるものだ。
僕はテーブルへ座り込む。テーブルの端まで両足を伸ばし、両手は体の後ろに伸ばした。
「話を続けよう」
僕が言えば、ラフシアも前後する。首肯したのだろう。揺れるだけじゃわからない。もう少しわかりやすくすべきだろう。
「あいかわらず、雪代ちゃんは良い性格をしているわね~」
「よく褒められるよ。ご近所さんからも、出会ったばかりの奴にもたくさん言われる。挨拶代わりに良い性格を褒められて困ってしまうね」
ラフシアは体を小刻みに揺らしながら、僕を凝視する。蛇目が、花たちが僕をとらえている。
「それらの目は腐っていないことはたしかねー」
「よかった、ラフシア様もまともってことだね」
お互い笑う。わざとらしく腹を抱え、演じる僕とラフシア。煽りには、煽りを。攻撃には攻撃を。皮肉には嫌みをくれてやるのが悪の流儀だ。これを即時で返せなければ、流儀違反。マナー違反みたいなものだ。
忘れてはいけないのが、相手は煽りで切れることもある。人間同士のコミュニケーションと一緒だ。暴力なんて容赦なく振るってくるし、殺しにも来る。その際は、守る、避ける、反撃する、殺されるかに大体が集約される。
クロウが立ち上がり、僕の背後へつく気配。
「ところで要件は何?」
悪のコミュニケーションをすれば、あとは本題。僕は片足を曲げ、その膝の上に頬をのせた。演じられた賑わいの中、切り出した僕。その切り出したあと、ラフシアが一旦笑うのをやめる。
「フォレスティンと鵺、あたしたちの関係は長いわ。非常に長く付き合っていると思うの」
「鵺にとってもフォレスティンは友好関係だ。非常に長く付き合わせていただいてるね」
そう鵺ができる前から、鵺が下妻を統一する前からだ。まだ下妻の人口が5千人いたころの話で、八千代の人口が1000人ほどいたころだ。徐々に人口が減り続け、今では鵺の人口約870人程度。これでも最近は安定して増加傾向にはある。
意を決したようにラフシアが小型の唇を動かす。表情がない怪人であろうと、空気を一瞬呑み込んだ。それを見逃さなかった僕。すぐさま頭を回転させていく。
「おねがいがあるのよぉ」
媚びるように、耳障りな声をして、僕に言う。
「パンプキンを滅ぼしてぇぇぇよぉぉ」
僕は即答をすべく口を挟む。
「やだ!」
断固拒否。僕はラフシアの要求を拒絶した。
それでいて、すぐさま解釈へと物事を薦めていく。要するに言い訳だ。
「鵺はパンプキンと同盟を組んでいる。君たちなら調べているだろうけど、パンプキンは鵺の植民地だ。滅ぼす必要がないよ」
ラフシアは揺れていて、反応を返してこない。若干、不気味に感じながらも言葉を紡ぐ。
「パンプキンは弱い、弱すぎるぐらいだ。鵺であれば片手間で処分できる。君達の規模でもそうだよね。それを滅ぼす必要性が感じられない。いてもいなくても変わらない。そんな悪を滅ぼせば、鵺にとっての宿敵、八千代が一都三県につながってしまう」
地理学的に坂東市は野田市と面している。八千代町は茨城の中にある自治体でしかない。周囲も茨城であり、一都三県につながる近道は鵺が抑えている。
そういう建前だ。
だがラフシアはここにきて、ようやく反応を示した。草花の枝がのび、先にある蛇目たちが僕を睥睨している。
「滅ぼせばいいじゃない。奪えばいいじゃないよぉ。坂東市を鵺が支配しなさいなぁぁ。そうすれば一都三県に通じる道ができる。いちいち植民地にしなくても直接管理すれば、かなり搾取できるわよぉん」
「それでは意味がないよ。パンプキンの自治制を保持することで、奴らは数千人ほどの人口を守っていける。鵺が支配しても、人々は抜け出すからね。人口を守ることは、鵺にとっての巨大な防壁になる。一都三県であっても同じ国民を殺せるほど、道理は作れない」
ラフシアが揺れた。体を椅子事揺らす。
それでいて殺気だけは飛ばしてくる。
「なら、あたしたちがパンプキンをほろぼしてあげるぅぅぅ」
鵺ができないことは、同盟関係を滅ぼすことだ。だけどフォレスティンとしてはパンプキンを滅ぼしたい。理由は一都三県につなげる道を鵺に作りたいからだろうか。その利点はフォレスティンとしてあるなら、一都三県と目を鵺に向かせたい。
だけど否定した。
僕は頭の中で浮かび上がる疑問をすぐ潰す。
そんなわけがない。フォレスティンは坂東市に仮拠点を置きたいか。それもあり得ない。鵺にとって目の上のたんこぶでしかなくなる。あくまで遠距離にあるから友好関係であって、近距離では敵対関係にしかなりえない。
悪とはそういうものだし、国家同士だって遠交近攻の軸で動いている。
答えはすぐそばにある。
ラフシアが小型の唇を揺らし、僕も合わせて唇を舌で舐めた。
「まさか、本当に解決しただなんて。いつもと鵺に輸出する量が変わらないから気づかなかったわぁ。鵺は最大の弱点を補ってしまっただなんて」
鵺の最大の弱点。
「はてさて、何のことやらだよ」
鵺はフォレスティンに頭が上がらなかった。軍事力だけは同じであったため、足元を見られるだけですんだ。多少無理は押し通されたけども、必要以上の妥協はしなかった。それは僕が交渉に趣いていたからだ。雪代香苗として交渉し、全部我儘で押し通し、要求を押し通されそうになれば、関係悪化と騒いでいたからだ。
食料問題と技術者問題が弱点だった。鵺にはおらず、フォレスティンに依存していた。技術者であってもそう。パンプキンを植民地とする前は、職人をフォレスティンから借りていた。崩壊地域、危険地帯とされる茨城に来る技術者など悪の関係者がメインだ。一都三県から呼び出すだけで数億はかかる。そのコストを考えればフォレスティンは数百万だ。もしくは価値が同じ程度の物々交換だ。安かった。
「君たちがいう鵺の弱点が何かは知らないよ。でも、同盟を組んでいる相手を滅ぼす不義は鵺でもしないさ。悪だって同盟の意味はしっているからね」
僕は白々しく、ふてぶてしく態度をとる。
鵺の財源だって、円や物資で動いている。
フォレスティンに頼れば頼るほど、鵺の足元は揺らいでいく。地方悪と7大悪との違いは地盤の固さだ。僕たちは弱さをみせればみせるほど、7大悪の影響下に墜ちていく。僕が交渉役じゃなければ、そのまま傘下になっていたかもしれない。
ティターなら鵺の人々を切り捨てて、フォレスティンと関係を断ったかもしれない。
だが組織というのは、人々なしでは成り立たない。鵺の今があるのは人々の労働力のおかげだ。その労働力だって日常が担保されているから、提供されている。安心を。安全を。平穏を、平和を。食料危機などを悟らせず、贅沢しなければ生きていける。退屈だけど、生きる場所程度がある社会。
それを鵺は人々に提供している。
ラフシアは驚愕した様子で椅子を浮かびあげていた。背を預け、足元で椅子を全部の足を浮かせ、後部の足を浮かせた状態。
「もう鵺はあたしたちがいなくても自立できるってことなのねぇぇ、あの子、部下の言った通りだったわぁぁ」
パンプキンを傘下にした際、鵺の弱点が解消された。植民地とすることで、軍事力的安全保障をパンプキンに提供。その代わり鵺の弱点をパンプキンに補ってもらうという流れ。わざわざ3幹部の一体、ダガーマンティスノバを置いておくのは其のためだ。
ダガーマンティスを戦略で使う際は、信頼のおける怪人を置く。大体が鵺の処刑人こと羽アリ怪人だ。
パンプキンのボスは食料問題をこなせる植物タイプの魔獣。それでいて政治力は鵺より格上だ。人口確保もすごく、職人や技術者だって豊富だ。馬鹿なことはせず、鵺に従属することで安全を確保する。八千代と交渉するほどの柔軟性だってある。秘匿性もしっかりしている。
弱いだけで、政治特化に持ち込めば、鵺が手を出すこともできない。
パンプキンはフォレスティンより劣る。技術者や職人の数から質までもだ。組織力だってそう。
だけど鵺にとって劣る程度で十分事足りる。鵺が求める食料も技術者や職人の質までもだ。
「自立できるかは知らないけど、フォレスティンの協力がなければ鵺は困ってしまうよ」
真実は違う。一切困らない。食料備蓄として、安全性を検査したうえで僕たちは保管している。それらは地下や地上のいくつかの拠点に保管されている。一年は食える食料物資だ。またパンプキンからの輸入だけで贅沢しなければ事足りる。その費用もパンプキンは格安。
フォレスティンと手を切っても、パンプキンさえ手元にあればどうとでもなる。パンプキンの顔を立てるため軍事的協力を仰ぐこともあるけどもだ。実際は必要ない。相手もそれをわかっていて、僕たちの流儀に乗っている。
お互い生き残るためだ。
鵺とパンプキンは共存関係だ。お互い失えば、滅亡するほどの関係性だ。だから絶対に守る。
ラフシアは僕の様子を伺い、それでいて考えているのだろう。椅子を前足だけ浮かした状態にて、唇が動き出す。
「パンプキンとフォレスティン、どちらかだけといったらどうするの?」
「答える必要がないね」
心の中でパンプキンと告げた。フォレスティンから輸入する食料は、あくまで保管用。もしくは一都三県に中抜きして提供する際に利用する程度だ。輸入した価格に割り増しをかけた金額で提供。フォレスティンだって食料だけなら安く売ってくれる。残しておくと利益になる、一応財源の一つだ。
答える気はないけど、答えなくてはいけない部分もある。僕はすぐさま取り繕う。
「でもフォレスティンが危機になれば必ず助ける。君たちもまた盟友だ」
本気で思っているという演技。いつものふざけた態度をなくし、真剣そうに語る僕。悪にして自由人。その僕がここまでの表情を作り、騙る。
「パンプキンは滅ぼせなくても、君たちを滅ぼさせたりしない」
いつの間にか僕は立ち上がったようにした。見せかけの演技だ。どうせ見慣れない僕の演技を見抜けるものでもない。熱意をこめ、強く口調をとがらせた。両手を小さく掲げ、一つの単語を言うだけでも感情をこめていった。
やがてラフシアが折れる。
「わかったわ、ゆきしろちゃん。しんじないけど、しんじるきもないけれどぉ。友好関係は継続でいいのねぇ」
そう、どうせフォレスティンは鵺と敵対できない。首輪をつけたくてパンプキンを滅ぼさせたかった。鵺の弱点を補填する植民地などいらない。鵺がフォレスティンに依存関係をなくせば、影響力は大幅に下がると思ったことだろう。
正しい。
もはや下がっている事実だ。
過去につけられた首輪はすでにほどかれた。だけどパンプキンが万が一滅ぼされたときのための保険。それも必要だ。本来なら鵺の支配下で植物系魔獣などを管理したいけれど、それは僕でもティターでも政策は難しい。食料生産特化だなんて、ニッチすぎて難しいからだ。政治力に特化する魔獣とか怪人は人間でも難しい。
作れないから大切にしなければいけない。
「もちろんだよ、君たちと僕たちは永遠に友達さ」
その関係が崩れるまではだ。含みをいれ、悟らせないよう表情を取り繕った。
「よかったわぁ、おかげで安心したわぁ。あたしたちだけじゃ信用できないけれど、ちゃんと証人もいてくれる」
その言葉に僕は耳をぴくりと動かした。微弱な動きだったためにラフシアには気づかれていない。
空気が別のものへ。流れが途端に変わったのを感じた。通路上で先ほどまではなかった気配。隠蔽工作であろうか、外に配置した鳩部隊の怪人たちからの動揺した気配。外で生じた静かな乱れは、やがてこの部屋にも伝播する。
ラフシアが僕の様子を見て、勝ち誇ったように体を揺らす。
僕から見た一番奥の扉に向かって枝を伸ばすラフシア。枝がドアノブを傾け、扉を開ける。静かに開けられた扉の前にたつのは怪人だ。開けられれば入るのが礼儀だろう。3個目の扉。僕が奥側とした際、ラフシアが中間、その挟んだ3つの扉目が開けられた。
白いローブを頭からかぶったものが姿を見せた。ローブの隙間から見える、外殻。白交じりの斑点模様、甲虫のものだ。大きな鎌を片手にもち、ゆっくりと姿をこちらへ向けた。
カミキリムシ、木々の皮をかみちぎる顎力をもつ虫。その怪人が現れた
ラフシアの枝がローグの前へ漂う。
「ようこそ、ザギルツの幹部、ローグちゃぁん」
僕へ勝ち誇る態度の意味。7大悪のひとつザギルツの姿をもって、この場への布石を作られた。笑っていない目をもってラフシアを睨んだ。ぞくりと沸き立つ殺気を、こぼした。その気配をみて、ラフシアは悠然と座り続けた。思わず、舌打ちをしかけた。だけども呑み込み、歓迎するよう両手を広げた僕。
「はじめまして、ローグさま。鵺とフォレスティンの会合へ」




