少女でおじさんな悪 6
僕は病室を出た。出迎えたのは灰色の怪人たちだ。鳥類の一つカラスをベースにした怪人。通路の一部を占領。病室前の通路からナースセンターまで怪人が行列を作っていた。
病室を出る際、廊下に姿を現すころに仮面を装備。様々な動物を連結した妖怪、鵺。その鵺の図の仮面をつけていた。入る間際にもつけていたのだけど、正義に仮面を見られるわけにもいかない。素顔を晒しても問題はなかった。だから病室に入る際は、外していた。
ただし特製のもので、鼻元から額までを覆う仮面だ。口元だけは開けていて、会話をした際の表情は相手にも一部わかることだろう。
今回の僕は鵺の人間として出ている。雪代香苗としてだから、格好も合わせてた。連れてきているのは鵺の怪人というわけだった。これらの怪人集団、鳩部隊を動員したのは、やるべきことがあるからだ。
入り口付近で待機していた怪人。一体だけ黒色のカラス怪人、クロウが僕へ寄ってくる。
「博士、こちらの病院の情報操作は?」
「いらないよ」
階層ごとにある、病人の管理をするナースセンターも問題なく稼働している。病院で勤務しているものたちが、僕たちを見ても何も思わない。
勘違いしてはいけないのが、ここは普通の病院だ。
だけども資本が違う。
悪が資本を注入し経営をしている病院だった。一般人も入院できるが、優先すべきは悪の組織の人員だ。人間側との戦闘、魔法少女、ヒーロー、冒険者などの戦闘によって負傷した仲間の治療。それ以外に余力があれば、一般も受け入れているだけだ。
ただし7大悪の資本ではない。小口の悪の資本だ。
「問題は起きていないから」
占拠をした後で話を通しても何とでもなる。別に悪事を働いているわけじゃない。被害も出さなければ病院側も何もいわない。
何より病院側は見えていない。
この通路が怪人に占拠されていることをだ。鳩部隊の特徴であり、同色化スキルがある。環境に溶け込む保護色を展開し、気配、熱までもが薄くなる。
簡易的なステルス機能を持ち合わせている。
魔法を学ぶか、気配に敏感な職業でなければ気づくのも難しいだろう。戦闘職であれば、鳩部隊に気づくのも容易だけど、一般人には普通に難しい。病院側の人間の目の前で怪人が歩いたところで気づくことはない。音を立てれば不審に思われるだろうけど、幽霊と勘違いしてくれることだ。
防音魔法を僕がかけており、先ほどまでの戦闘音は外に漏れていない。
あくまで僕一人だ。白衣を着た、安物の服を着た少女にしか思われないだろう。黒のコートは病室を出る際、白衣に変えている。魔法で一時的な色の変更をしていた。鳩部隊が使う技術を自分にも応用してみたわけだ。
僕は両手を組みあわせて、腕を伸ばす。
「片付けよろしく」
軽くストレッチを終え、小声でつぶやいた。確認することなく行動を開始し、鳩部隊は静かに動き出す。僕が出てきた病室へ入っていく。ナースセンターから見えない病室であったため、扉が開いても気づくことはないだろう。
クロウと一部の怪人が僕の後をついてくる。
階段を下りていき、僕の足音だけが夜の病院を木霊する。他の怪人もいるけれど、足音を立てるものはいない。新自由主義において、医療とはビジネスになった。崩壊前なら夜の滞在など、面会時間が定められたものだ。それもなくなり、患者は客になった。客の家族は早朝でもなければ入りこめるようになった。
一階に降り、僕は独り言をする。他の怪人に聞こえるように、愚痴る。
「面倒くさいなぁ」
白衣のポケットに両手を突っ込んだ。この病院での出来事は正義とのじゃれ合いだ。学生である未熟な正義がどこまで耐えれるか。社会や世の中を知らないものが現実を知った際の格差。理想と現実の幅振れによって腐るものは出てくる。
大半の人間は理想を永遠に夢見て、現実に落ちぶれる。
学生時代であれば、現実主義であり、自己責任などの言葉に酔いしれる。
社会人になれば現実主義は変わらず、自己責任の言葉に押しつぶされる。
過去の自分に未来が傷つけられるわけだ。無知な弱者ほど自己責任と追及するし、政治や経済などの事情にのめりこむ。周囲との環境が構築できず、自分とは遠い環境の知識ばっかり取り入れてしまう。それらのことを他人と違う基準にしてしまう。
そうして上に立ったと錯覚する。
誰かと違うことをアピールするために、他人を低く評価する。
「減点主義ってやつかな?」
個性を出すために、自分以外減点するのは義務教育のせいかもしれない。他人に善意を押し付け、自分は自由にも。相手を引きずり落とすためとか、上に立つための方便と思えば個性だろう。大衆心理そのものが同じ教育を受けている。
だから皆、同じことしかしない。
それを壊せるのが数少ない、正義。
あの男、劣化ギアのヒーロー。熱意を見て、心が騒ぐ。諦めない、命もかける。そのくせ自分が受けた怪我の治療費を見て、後悔もしている。苦しみの現実の中、必死に正しくあろうとする。その努力が何よりも美しく、心が奪われてしまう。
正義の理想が、弱者を救済する。
正義の現実は、己が弱者となる。
人を助けても助けてもらえない、そのリアルを感じてヒーローは壊れなかった。屈しなかった。収入もなく、恵まれた家庭環境から一変した地獄を体験したはずだ。成功すれば賞賛され、失敗すれば自己責任。間違いを起こせば、自業自得という風潮。
社会全体が作り上げる負の連鎖。弱者も強者も揃って同じ思想に至る。環境が人々を統一し、地獄とわかっていて作り上げていく。こんな社会でよく正義を保てる。
報われた正義などなかったのにだ。
「おっかしぃ」
やけに熱気のこもる吐息をした僕。考えれば考えるほど頭一色に染まる、正義への思い。外へ向かう足が軽くなる。不安をかりたてる夜の病院は、浮きだった熱によって効果を失っていた。
あの男は誰かのせいにしなかった。
でも自分を責めたりもしなかった。
そもそも社会のことを思いつめることもしていない。やりたいことを優先し、余計なことを考えない。正義への追及が無意識で行われているんだろう。
正義を理解したくても、理解できない僕。その能力不足がもどかしい。心苦しくてたまらない。頭の中で語るべき言葉があるはずだ。文字化をして、理解したふりすらままならなかった。
全然埋まらない、正義への思い。
わかりやすい形にしたいのに、できない。悩んで考えて、結局無理だということに気づく。
「面倒くさいなぁ、自分のことが面倒くさくてたまらない」
その事実に気づけば、僕は自然とほころんだ表情をしていた。満面の笑みであり、屈託もないもの。そのくせ両頬は少し熱くなっている。
己が悪だと自覚できる一番の瞬間だ。
倒したい、潰したい、汚してやりたい。
己の中で膨れ上がる、悪の意志。恋心を抱く悪は、正義を相手に容赦ができないようだ。どういう風に倒すか。どんな形で正義を終わらせるか。相手の名誉と名声を残しつつ、正義であれば考えない思いを抱かせたい。
想像だけというのに、沸き立つ熱情。
薄汚い思いを押し殺し、僕は病院の待合室にでた。受付が待合室の前にあり、大きなモニターが受付の窓の真上においてある。普段なら、待合室のベンチで待つ患者と家族がいるんだろう。モニターを見ながら自分の番号が呼ばれたかどうか気にするんだろう。
入り口付近に番号発行するための機械もある。
夜中だからこそ、薄暗さがある。先が見えるのは天井の小さな灯りがいくつも降り注いでいるからだ。いつもの日常が、昼夜逆転するだけで変化する。このギャップに黄昏られる。こういう感情を大切にしてこなかった。
開閉音とともに自動ドアが開いた。この際、怪人には反応しない。なので付いてきた怪人が全員出るまで軽くストレッチをしていた。片づけをする人員以外が出たことを確認。
僕は病院を後にする。目的地へゆっくりと進む僕たち一行。
夜の東京はきらびやかだ。新規の道路、標識の数々。中古品を再利用することでなく、新品を定期的に変える生活基盤の数々。信号もそうだ。住宅地のいまだにつく灯り、高層マンションの上から下までついた灯り。
ネオンというと古臭いかもしれない。人口の光が、夜すら道をさししめす。空を仰げば、星すら地上からでは見づらい。地方ではない、活気がここにはある。人々が生きている。地獄は当たり前にあるが、文明という天国はそろっていた。
踏みしめた道路、車道だった場所は、馬車の通り道。一部、電気自動車などが走っている。それは一部の都市だけだ。安全上の都合上、乗るには申請が必要だ。
また一都三県の自動車税は凄まじく高い。年間所持に対する税金は10万以上。電気自動車などはガソリン税などかからない。だけども走行距離税 1kmに対し1000円の税。2年間の車検時にも書類代、手数料などを含めれば軽く50万はくだらない。電気代だってそうだ、自然エネルギーから化石燃料の発電、魔石、魔結晶などのエネルギー変換コストを考えれば凄まじい。
ただし走行距離税は馬車にも加算される。メーター設置を義務付けられ、偽装に関しては重罪となる。金額は同じだ。
一都三県の道路走行時だけじゃなく、地方を走った際も加算される。東京23区においては首都高だけでなく、一般道路においても区間料金を払わされる。料金所ゲートが区画ごとに設置されていた。自動料金収受システムがあり、その必要装備は義務化されている。道路の交通を妨げない名目で、料金所ゲートはセンサーのみが設置。
通るだけで勝手に引き落としされる。
まさに金持ちだけの特権。
通りを歩けば、監視の強い地域が見えてきた。東京23区間際において監視カメラが設置されている。基本保護色による簡易ステルスで、一般人には見えない。魔法使いなどであれば気づいてしまう。冒険者であっても気づくだろう。映像だけで判別はプロにも難しい。直接、実物を見なければ判断はできないけれどもだ。
心配があるなら、対策をうつ。
「先にいってて」
僕が先に向かって指をふれば、怪人たちが飛び立つ気配。バサバサという僅かな音をたて、灰色の怪人たちは夜空へ飛んでいく。大きく翼を広げ、両手をわきに付けた飛行方式。弾丸のごとく進む怪人たちだけど、一体だけ残っていた。
「クロウ?」
鳩部隊の隊長だけが残っている。目を向けることなく、耳まで気配が近づく。クロウが嘴を僕の耳元付近までもってきていた。肩越しにあたる怪人の気配。
「博士、本気でお会いするつもりでしょうか?…危険かと思われます。…渋々ですが、少なくても処刑人や3幹部の誰かを連れて行ったほうが」
「必要ないよ」
東京に来た本当の目的。正義に会いに来たのは息抜きだ。大仕事というか、鵺として必要な相手に会うためだからだ。
心配性なのか、クロウはやたら干渉気味だ。僕が生み出した、都合の良い駒。言うことに逆らわず、従うだけの怪人なのにだ。
「…しかし」
「客人は問題ないよ。普通さ、夜中で一人にすることを心配したりしない?」
悪戯心満載で首をかしげてみる。できる限り目をぱちぱちしてみた。だけども、クロウは呆れた様子だった。じっとした目も向けてきている。
常識としては、僕の言い分が正しい。夜中に一人でいる。崩壊前も崩壊後も夜の一人は非常に危険だ。犯罪に巻き込まれる可能性。事故にあう可能性だってそうだ。常識として考えればの話。だけども僕の場合となると話は別。
クロウは逡巡している。展開がわかっているから言いたくない。答えがわかる質問ほど面倒なことはない。クロウが渋々とした態度をもって挑んできた。
「…博士、一人では危険です、ご一緒させていただけませんか?」
間が空きながらも、クロウは会話の流れをくんでくる。疲労感がこもっていきそうな、鈍い声のリズムだ。普段ですら僕一人が動く際に苦言は呈してくる。だけども邪魔をしたりしない。僕が言うことが絶対でもあるし、何よりお決まりというのがあった。
「やなこった。いらない、一人がいい。調子にのってるの?カラスもどきめ、言う相手を間違えているよ。僕一人じゃ心配なのかな?よわっちぃっていうの?やだやだ、心配性の動物もどきは。心配すべきは僕じゃなくて、自分のことだよね。ああ、僕可哀そう。作ったものに虐められてる」
わざとらしく額に手を当て、早口で述べていく僕。煽り口調は健在で、やれやれといった態度を見せていく。クロウはその展開が読めているのに、合わせないといけない義務がある。
クロウも自身の額に手をあて、面倒臭そうと態度で示してきた。
互いに伝えたいことを、やり取りにて終えた。僕は必要以上に干渉されることを嫌う。クロウはそれを知っているけども、存在価値が嫌われることもやらないといけない。その義務を果たせば、今度は流れとして、文句を言われる。
文句を言われれば、僕がしている態度を真似する。
存在意義を果たすこと、僕を第一とすることが意義となっている。
「まあ、お客さんは怖くはないはず。それよりも君たちを初めて連れてきたから、失敗されると困るよ?」
悪戯も小粋な意地悪も終える。今度は僕がクロウの意義を果たす番だ。役に立っていることを感じて、信じたい。それが鳩部隊だ。
だから眼光を鋭くし、試す。
じろりとした視線を向ければ、クロウは先ほどまでの態度を改めた。直立姿勢にて試す視線に応じて見せた。
「ご心配無用。我ら鳩部隊。今回の任務確実に遂行いたします」
勢いよく応じるのは、自然と出たものだ。はっきりとした意志を感じる強さに僕はうなずく。
その言葉に嘘は感じられない。クロウは僕に対し敬意を、敬愛をもって注視してくる。
口に指をあてた僕は小刻みに頭を揺らす。口元が動くかわからない程度に開く。
「お客の安全は?」
「お客様の安全を心配するぐらいなら、博士の身を固めます」
断言だ。きっぱりとした物言いにてクロウは返答した。そこに一切の迷いがなく、苦笑する。
今回のお客様は僕にとっても重要。鵺にとっては最重要。かつて協力関係を築き、重要視されていた。僕たちがほしかったものを大量に生産し、提供してもらっていた。もちろん対価は払った。足元を結構見られたりもした。
特定の物資を生産する能力が非常に高い相手。
現在は様々な事情から重要性が薄くなった相手だ。
そのお客様は真面な相手ではない。かなり問題のあるものたちだ。
クロウが言う、お客様より僕の身をという言葉は正しい。相手は強いし、今の雪代博士としての僕よりも圧倒的に強いだろう。個人の能力でなく、別のジャンルでの強さだけどもだ。そんな相手のことを心配しても意味がない。相手のことなどより自分たちのことを優先すべきだ。
正しい論に僕はうなずく。
「正解だよ。やっぱりクロウは頭いいね」
「ありがたき」
褒められれば、素直に応じる。クロウは非常に賢い怪人だ。都合よく使える手駒として、便利すぎた。
話しているうちに目的地へつく。繁華街の一角にあるホテル。崩壊後に作り上げられた繁華街。ただし名前だけで、実体としては商店街の延長戦だ。東京23区内の特別地区。監視区域と称される、そのホテルは歴史が浅い。
格式もない。
大型ビジネスホテルだからだ。車の通りが入り口付近で止まっている。公共道路とホテルの入り口までの道路はU字型となっていて、開いた側が道路側へ続く、片道一方通行路だ。公共道路から入った際、カー部分が入り口付近。そこで車が止まり、客を降ろすわけだ。
ホテルマンが車の扉を開けている姿。中の客人が出てくれば、荷物を預かりホテル内へ案内していく姿。
ビジネスホテルのくせにホテルマンがいる。これはホテル自体が金持ちの娯楽になったからだ。また一番安全だからだ。信用性も信頼性もおけて、中立を保っている。この中立という部分が非常に重要だ。
白衣姿で安物のシャツとスウェット。白衣すら安物。そんな怪しげな少女姿の僕だけど、ホテルの前を通れば、ガラス越しの壁から受付が僕のことを見ている。視認され、受付の人間が慌てて動き出す。
僕が自動ドアの入り口付近にて立ち、扉が開く。自動で空いたドアを抜けていき、僕は受付のほうへ進んだ。受付は入ってすぐ目の前の場所だ。大きく取られた空間で、横長にされたカウンター。いくつか区切りをされている。区切りといってもカウンターの指定された透明なカバーを左右に設置しただけだ。その区切りをされた画、受付が一人ずつ立っている。
受付一人に客が一人。
数人が対応され、受付は埋まっていた。
他の客人相手に静かに対応している受付。だけど僕を視認してからは、そわそわしている。落ち着きがなく、ちらみをされる。不審なものを見る目とかではない。
独特の仮面をつけて、白衣をきた少女なんて違和感だらけのはずだ。
それが先ほど前に対応されてた客にも伝播する。ホテルの動揺が客に伝わり、だけど変な格好の僕を見て視線を逸らす。
受付の奥が騒々しくなっていった。
受付の後ろの扉が大きく開いた。
出てきたのは上品なスーツに身を包んだ男だ。瘦せ型でありながら、黒ぶちの眼鏡。年齢は40代前半の男だ。白髪が見当たらず、染められた黒髪。短めにそろえられていた。よく見れば髪色や肌質に違和感あるだけで、客に不快感を抱かせないよう配慮した格好。
受付から出て、僕のほうへ駆け寄ってくる。スーツを崩さず、品を乱さず、なおかつ駆け寄って見せる姿は品が高い。
僕が軽く目を上げれば、男はすぐ一礼してみせた。45度の角度で頭を下げることを実践された。ルールを守る敬意とは、美しいことを学ばされた。
「私、支配人の」
僕は手を上げ、静止させた。
「貴方の名前を覚えるのは、仕事を終えてからだよ」
遮った僕は、自分の意見を述べて見せた。偉そうだけど、偉いのが僕だ。この場において僕は偉い。少女が調子に乗っていると思われるかもしれない。だけどそんな礼節はこの社会でビジネスにしかならない。
気を悪くした様子もなく、男は愛想笑いで返してくる。
「そうでした、お話はうかがっております。こちらへ私自ら案内させていただきます」
「支配人自ら?」
「勿論、大切なお客様のお客様ですから」
支配人である男は笑みを崩さない。案内と言って手を先へ向けられれば、僕はついていくしかない。男が先へ、僕は後ろを。疑問をもって尋ねれば答えてくれるだろう。でも面倒くさい気持ちもある。好奇心が結局勝つから尋ねることにした。
「どこまで知ってる?」
「必要なところのみをうかがっております」
案内されている中、僕は質問をしていく。支配人は隠す様子がない。だけど表現に気を使っているようだ。僕に対してもだ。僕にとっての客は、ホテルにとっての客だ。でも目当ての客からしても、僕たちは客で、ホテルからしてみても同様。
簡易的、質素な装備だけだ。ホテルの一階層を歩かされ、奥へ奥へと案内される。このビジネスホテルはお値段がはるが、設備自体は崩壊前と何ら変わらない。一泊数千円程度の設備を、崩壊後に何百万、何千万とぼったくっているだけだ。
それを許すのは娯楽でもある。
土地代というものもあるけど、実体は違う。
中立性。
この一点において、この場所は信頼されている。
「なら僕たちの機密はどこまで保持されるのかな?」
「このホテルはお客様の情報を何も残しません。名前、住所ですらです。ご宿泊される際の確認は、あくまで暗号のみです。その暗号ですら使用済みとなれば破棄いたします。メールアドレスから電話番号に至るまで保管しません」
「怒られない?」
「中立ですので」
支配人が語る。中立という強み。代行政府にも悪側にも正義側にも関わらない。ルールに関しては一つ、機密保証。信頼と信用を作る一つの試み、情報を何も残さない。不利なことも有利なことも、何一つ情報を残さない。
安物の壁に囲まれた通路。通路の先に幾つも部屋が連なっているけども、物音ひとつ聞こえやしない。
「監視カメラなどは設置されておりません。盗み聞きするものはおりません。当ホテルが保証した部分以外、お客様自身の危機管理次第。当ホテルはデジタル式、盗聴、盗撮などの対策を重視しております。魔法などの盗聴手段の保証はいたしておりません」
「高いわけだよ」
情報を残す必要性がない。それは安全だからだ。客がホテルを騙さないというもの。信用と信頼がなす中立性。悪質な客の情報を保持し、今後の対策とするとかもない。犯罪者が止まっても、その情報は残らない。悪側が宿泊しても、その事実はない。正義側もそうだ。
代行政府からすれば、宿泊した記録は取るべきと義務化すべきだろうけども。
だけど義務化されようが、守る気はないだろう。
この世に警察はいない。ルールを守るべき法律家は、自己都合によって判決など色々変わっていく。悪に脅迫されれば逃げる。代行政府に圧をかければ無罪でも有罪になる。容疑者が正義であれば、もしかしたら減刑されるかもしれない。
このホテルはそういう場所だからだ。
「僕、このホテルに何度も来ているんだよ?」
「ご存じありません」
支配人は心の底からの意見だろうか。真実などわかるわけもない。
「前回あんないしてくれたの誰か知ってる?前々回も誰か知ってるよ僕」
「それはそれは、何度もごひいきありがとうございます」
支配人は案内しながら僕へ頭を下げていく。そこにあるのは敬意と礼儀のみだ。仕事に忠実で、それ以上のことなどよそ見もしないであろう。
「前回は、支配人に案内してもらっていたんだ。そう目の前の貴方みたいな人にね」
「記憶にありませんが、お客様がそうおっしゃられるなら、そうなのでしょう」
情報を保持しない。僕のことを知らない。前回も前々回も、それ以前から何回も来ている。だから僕のことを受付がみれば反応をしていた。そわそわもするだろう、何度も様子がおかしくもなるだろう。
支配人は微笑んだ。僕も微笑んだ。
このホテルは一泊に凄まじい金がかかる。
情報の重さが、部屋の金額になる。
このホテルで表に出してはいけない話をする。その重要度に近ければ近いほど数千万から数億かかっていく。僕はいくらホテルに出しただろうか覚えていない。金額のコストをかけた際の機密は一部残されている部分がある。
だけど流出だけはさせていない。
僕は重要な客の一人だということだ。だけど情報としては残っていない。
「ところで、僕の姿を覚えている人がいた気がするな」
受付だ。受付の反応が明らかにおかしい。何回も来ているから受付も覚えたんだろう。人間として忘れられるわけがない。簡単に解雇すら難しいだろう。客相手とかの業務は、経験者が重要視される。どの業界も経験者は重要視されるけども、秘密を扱うなら、それ以上の重要性などがある。その項目を理解した人材など専門家だけだろう。
「ご安心ください。当ホテルの従業員にはございません。もしご不安なら、次もお越しください。その不安は杞憂だったと確信いただけます」
「大した自身だね」
「それが当ホテルの強みでございます。万が一の場合も、重要な情報事態に従業員が触れることはないようにしています。支配人である私もです。お客様同士の重要な機密もお聞きいたしません。近づきません、約束の時刻まで何があっても、近寄らない保証をしております」
記録はなくても、記憶はある。その記憶をなかったように演じ切ると言い切った。このホテルの存在意義であり、独自中立性にて生き残る。経済連合などにも所属せず、冒険者ギルドにも依頼しない。魔法少女連盟にもヒーロー連合にもだ。
悪から見れば絶好の獲物でも、人間と正義と悪を繋ぐ環境として便利なものだ。
だから壊されない。狙われない。
「まあ、前回聞いた内容と一緒だったんだけどね」
何度も言わせているから、内容はご存じだった。このホテルの方針もだ。変わらず今のルールを残し続ける。支配人は僕を覚えているだろうけど、知らないふりをしている。だから新規の客としてルールを確認した。知っているけど、何度も言わせているけど、次回も言わせるけどもだ。
非常に面倒な客だろう。
でも、知らないっていうんだから恨まれる筋合いはない。
「お客様、こちらです」
案内されたのはエレベーター。一階の奥にあるエレベーターなどもだ。ここまでくる手前にもエレベーターはあったはずだけども、奥側のを使っている。
狭い鉄箱の中に入れば、支配人が階層を押し、扉が閉まっていく。目的の階まで僕たちは無言だった。わずかな静寂と共に到着の電子音がなった。扉が開き、僕たちは通路へ。あとは支配人の案内に任せ、たどり着いたのが一室だった。
三部屋を一部屋にそろえた広さの部屋だった。大広間を各自の部屋に当てはめたというものだろう。大家族、親戚などの会合にお似合いの広さだ。だけど僕たちに必要な規模でもある。
「4階の中でも、ここだけは隔離されております」
他の4階の部屋は一般客などが使える。だけど僕がいる4階は実質ない扱いを受けている。メインの階層とは別の裏階層。大きな壁で隔離されているのか、一般客どころか人の気配すら薄い。
僕がいる4階は規模時代非常に狭く、5部屋ほどしかない。だけども通路が一階よりも大幅に取られている。それもそのはずだろう。客人の体格や規模に合わせたものだ。団体様ようの貸し切り階層だからだ。一つ一つの部屋の感覚も、通路も通常のものより拡大されている。だけど全体規模が小さい。
「こりゃ何かあっても安心なわけだね」
「何事があったとしても、情報は一切残しません」
支配人が僕を案内しおえれば、仕事は終わる。支配人が笑みで扉をしめ、僕は部屋に残された。
「クロウ、鳩部隊はどれほど来てる?」
「私が同行し、残りは外で追従しております」
僕は姿を隠す怪人クロウの答えを聞き、窓側まで歩く。本来4階層などの窓は開かないのが定番だ。自殺防止としてもだ。でも、このホテルは特殊な事情で開けられる。大きく窓を開け、風が部屋に勢いよく入り込んでくる。
また別の気配もだ。
幾つかの気配が部屋に入り込んできたのを確認。風を切る音とともに部屋に静かに着地する気配たち。羽をばさりとしまう音が多く聞こえる。
僕は見もせずに指示を告げた。
「盗聴、盗撮に関しての電子装置の探索。および魔法系の調査術式があれば解除しといて」
どうせ電子装置による監視はない。だけども念のためだ。相手を信用するのは悪らしくない。己のみを信じるのが悪の流儀。
いや、今の時代、己のみしか誰も信じなかった。悪の流儀じゃなかった。
時代の流儀だった。
応じる気配はあっても、見づらい姿の数々。ぼんやりとした魔法による保護色機能。ただ僕の場合は、意識すれば、はっきりとした輪郭すらわかる。意識しなきゃ靄みたいなものだ。
鳩部隊は指示に従い、仕事を遂行しだす。盗聴器を発見するための機器などを使用。盗撮用のカメラがよく設置される場所などの探索。天井から壁の隅。家電の裏側までだ。モニターなどは設置されおらず、通信関係の電波も届かない。窓をあければ、電波は拾う。しまえば電波すら届かない環境になる。
魔法技術を応用した遮断構造。
コンセントまでも丁寧に解体し、中身を見ている靄たち。
また一部の部隊は魔法を展開し、部屋の隅から隅まで索敵を行っている。伏兵などの危険性から、魔法での盗聴なども調査。また防御魔法なども展開している。一定時間、情報が漏れないよう空気の振動を外へ漏らさないものだ。
やがて捜査が終わり、鳩部隊は僕の前まで終結した。ソファーでくつろぐ僕だ。皮ものだけど、動物ものじゃない。殴れば、振動を吸収する、これは魔物のものだろう。人間の技術は凄まじく、魔物の皮膚ですら装飾品の一部だ。
ソファーも電波調査、魔法調査、情報防衛魔法などの対策済み。
クロウが一歩前に出て傅いた。
「問題ありません」
「そう、なら半分は部屋の隅と中央に2体ずつ展開。残り半分は外だ。通路の経路を計算した等距離で待っててね。あっ、エレベーターから客人を迎えるのはクロウに任せるよ」
あぐらをかき、背もたれにぐでっと上体を預ける。態度が悪いといわれる僕だけど、仕方ない。教育された記憶など一切ないからだ。礼儀なんてものは知らない。犬に常識は食わせておけばいい。
必要なのは流れをくむことだ。
そして時間がたった。
部屋の空気が変わる。だらけきった僕の態度も、ホテルの空気が変わったことを察した。僕が通ったルート全体に仕込んでおいた探知魔法。魔法熟練者でなければ気づけない感知する技法が壊されていく。無理くりなエネルギーが術式を粉々にしていっている。存在は一つ。それから重苦しい強いエネルギーを感じ取った僕。
白衣のしわを直す。客人用の紅茶を用意することにした。事前準備はクロウにさせていた。動物に飲食物を触らせるのもどうかと思う。でも面倒くさいからさせた。
衛生管理は大切だ。大切だけども手間を減らすほうが大切
急須にティーバックをいれておいた。中身は紅茶だ。意外と良いお値段。蓋をあければ、香りが漂ってくる。紅茶の香りなどよくわからないけども、透き通ったものが、びこうをくすぐる。嗅いでも落ち着きはしない。そもそも茶葉の香り自体苦手だ。
コーヒーのほうが個人的に好み。苦いし、黒いし、変な泥みたいな味するけど。でも癖になる。
3部屋を告げた一つの部屋。敷居がないだけで、扉は3つあった。壁だけを切り抜いたのだろう。中央の扉が開く。開いた隙間から支配人が笑みを浮かべて僕へ一礼。その後客人を促した。
クロウが先行し入室後、通路の客人へ向かって席へ案内を担った。
そして僕は驚愕に陥ることになった。
客人が入り、その姿にだ。その存在にだ。扉の先から出た枝。植物としての枝が部屋に先に入り、莫大なエネルギーが部屋を満たす。生きているだけでの生命エネルギー。その圧力は凄まじく、この僕ですら息を呑んだ。
予想と違う。
いつもと違う。
ルーチンを、流れを完全に持っていかれた。僕が凝視する先に、現れたのは化物だ。
カズラの化物といってもいいだろう。怪人である以上、人型だ。丸みを帯びた、ひょうたんの形状が胴体。白い小さな花弁が頭部付近に咲き乱れている。カズラの花びらであり、華冠のように列をなしていた。また頭頂部における小さな森が生えている。大小不揃いな木々が育っており、幹の下に生えた草花が乱れ、伸びた茎が垂れている。垂れた茎の先には小型の蛇目がついている。蛇目に花弁がついていた。一つじゃなく茎の数だけ沢山の蛇目花。
また本体のひょうたん型の胴体を支える太幅の両足と両腕。緑色のそれらは若木を思わせる外皮だ。
また人を呑み来ぬほどの巨大な唇が胴体中心近くにあった。
その真上に小さな唇。
頭部の華冠の下に3つの眼。左右対称の両目とその中心の上に第三の目。
何とか出せたものが、相手のことを咎める口調になってしまう。
「…立場をわかっているのかな?」
東京7大悪、フォレスティン。領地にして、7大悪最大の規模を誇る。今回の客だ。この僕、雪代香苗の姿になってまで出会う相手。ホテルに大金を支払った理由だ。機密中の機密。
悪の中での大物中の大物。
「あっらぁん、雪代ちゃん、おひさー。おひさなのにーひっどいー」
カズラの化物の小型唇が動き、語るのは、親しき中への挨拶みたいだ。
僕は思わず、唇をかみしめた。その際、口元を手で隠している。白衣の裾で口元を遮断するよう持ち上げた手。紅茶の入ったカップを丁度握っているため、下手な動きはできなかった。淑女のごとくだ。かみしめた姿を隠した後、ついでに握っていたカップを口元へ運んだ。
「おひさしぶり、フォレスティンのボス、ラフシア様」
鵺の立場として、僕はあくまで最高科学者でしかない。幹部ではないし、相手が大物だ。演じるならば下手に出る。されど悪であり、軍事力だけなら、そう大きな差はない。だから挨拶は対等に、だけど相手を重んじるよう名前に敬意を出してみた。
「貴方が来るなんて暇なんだね」




