おじさん 魔法少女 28
足りない部分があったので、最後部分に追加文章をいれました。600文字ぐらいの追加です。最初に読んだ方は確認のほう願います。この作品は結構修正を加えたりしますので、時折見返すと新しく発見があるかもしれません。
野田市から坂東市へ入っていく。野田市での運転は常に魔獣や魔物の襲撃の宝庫だったけど、坂東市に入れば無くなる。坂東市は魔獣と魔物を完全制御している。パンプキンのボスによる環境制圧による監視システム。触手を坂東市全土に張り巡らせることで、坂東市は完全管理されていた。
僕たちの車が通る際、道路のわきの土壌に突き出た触手。その触手が車をみて反応したが、何事もないようにたたずんでいた。また魔獣もときおり見かけるものの僕たちを襲う様子はない。そのくせ警戒よりも怯えが見えている
窓側から手を振った。
魔獣どもは大きく目をそらし、逃げ出した。
僕は面白くって、隣の高梨に笑いかけた。
「見てみなよ、魔獣どもが逃げてくよ」
「はい」
疲れて切った様子ではあるものの、生気は先ほどある目線をもって返事をしてくる。僕が指をさせば、覗き込むように外を見てく。見えやすいようにソファーに背を預け、その空いた間を観察していった。
「田舎だと思った?」
「…」
無邪気に尋ねれば、高梨は初めての光景なのか答えることはなかった。魔獣の様子、窓から田舎を見ていく様子。車が進むたびに風景は変わっていく。東京とは真逆。騒々しくも発展した都市部。人々が密集したからこその効率的経済活動。空いた場所などない。田舎は全て逆を行く。
田舎は人がいない。移動コストも高い
崩壊後の田舎には管理者がいない。だけどパンプキンは徹底的に支配下の市民を守り切っている。市街地に入り込んだ。倒壊しかけた建物があったはずだけど、撤去されている。新しく住居が立ち並び、住居の前では家族がゴミ拾いなどをしている。
ふとしたなかで高梨が口を開く。
「ここは悪に支配されているのに」
悪に支配されているわりに、整備されている。家族たちが穏やかに過ごす一幕。動く最中に見えた日常から風景が変わる。僕やティターが荒らした公園は整備され、数少ない子供が無邪気に遊んでいる。その様子を監視するためか公園の端に触手が突き出ている。
「悪の領地であっても、子供は笑うんだよ」
子供が笑えなくなったら終わる。僕たちが支配している場所ではない。パンプキンを生かした理由の一つ。
パンプキンは餓死者を誰も出していない。魔獣の被害者を出していない。仕事を与え、自由を奪って尚笑いを作っている。格差を作りつつも見えないよう工作もしている。衣食住は保証されており、医療も順番待ちだけど用意されている。子供の遊び場、公園も整備している。労働環境もだってそうだ、最大労働時間を設けている。
「…公園の入場料は?」
「いくらだと思う?」
「…300円ぐらい?」
公園を利用するに、今の都会人は金を何故か頭をよぎる。新自由主義が加速しきった場合において公園の整備は税金ではない。民間企業によって維持される。子供の遊び場は金を払って手に入れるようになった。公園内のトイレでさえ使用料が取られる。
「無料だよ」
その言葉に高梨は反応ができずにいた。公園で遊ぶ子供たちに視線を奪われていた。
憧憬が情景を引き起こしているのだろうか。理想と現実の差があって、ここには理想が見えている。僕たちの支配領域じゃないけども。パンプキンの領内だけども。かつてあった幸せの姿。
だけど基本常識を教えておこうと思い、口を開く僕。
「悪は独裁だ」
独裁だから不幸というわけでもない。
パンプキンは人間のことを理解しており、その強さを恐れている。徹底的に保護し、守ることで、反逆を完全に阻止。また人間の勢力が攻めてきた際には住人自らが防衛を立てるぐらいには信頼されている。なぜならパンプキンの住人は一都三県から逃げてきたものたちだからだ。逃げた先の平穏と安心できる管理社会。競争はあるが過酷ではない。ここを失うには代償がでかすぎる。
代行政府の政策によって苦しめられた人間。スラムに落ちた人間にとって、田舎の光景が信じられないようだ。無意識に握りしめた拳には血管が浮いている。
都会と田舎。本来なら都会のほうが上だと思うだろう。
僕だってそうだ。
だけど定義が違う。
田舎だから不幸というものと、都会だから幸福というのは思い込み。人はそれぞれ適した環境がある。
「田舎だから幸せなんじゃないよ、悪に支配されたからって不幸とは限らないよ。独裁政治は民主政治より維持するのが難しいからね」
独裁政治は一部の権力者が政治を動かす。民主政治は多数の権力者が政治を動かす。民主主義の場合は国民全体が投票をし、自分で権力者を選び政治を動かす。国民の権利のほうが強いから政治にたいし反発はない。それに対し独裁政治は国民の権利を侵害し、国家のために動かす。だから下手なことをすれば国民によって革命される可能性がある。民主主義は自己責任をつげても納得できる。独裁は勝手に押し付けた政策なので反発もある。
上手くいく独裁政治は、大体が国民には優しくできている。優しくなきゃ引きずり降ろされている。
「…独裁は不幸になるのでは?」
高梨の常識には独裁が不幸を呼ぶという意識。新自由主義は資本家や企業が富を独占し、労働を管理する。国家の力よりも寄付などで権力者を操れる分、民主主義など建前になってしまう。建前と化した民主主義は独裁と変わらない。民主主義かこれだからか高梨の反応は重かった。
「なってるかな?」
「…なってないような」
クイズを出すように聞けば、高梨は首を横に振った。
「君に見せたかった。スラム住人で落ちぶれた君に。常識なんて大したことじゃないんだよ。君が抱える闇も環境次第では光に変わる」
独裁は不幸。民主主義が幸せ。押し付けられた概念でしかない。崩壊する前の日本政府の統治であれば、民主主義が幸せなのは同意できる。だけど代行政府の管理になった以上、思考停止では答えれない。
環境次第だ。
「パンプキンはマイナンバーなど必要としていない。扶養義務も介護義務もない。身内はしょせん他人とした、悪ならではの考えをもっている」
家族条項の有無など悪に関係ない。歯向かえば殺すけど、歯向かわなければ保護される。パンプキンから一度だけ脱退も許される。いつだって他の場所へ行くことが許されるんだ。だから革命も反逆もなかった。
パンプキンでは餓死者はいない。かといって見捨てられたものもいない。子供から老人すべてを裏切らない限り保護している。独裁政治ならではの保護政策。そうすると子供や老人の身内が安心して働ける。現役世代を安心させるために、老人、子供の保護をする。日本政府の真似事だ
独裁でも企業や資本家をよくせいし、国民を保護する政治
民主主義でも企業や資本家を優先し、国民の権利を剥奪する政治。
「…悪に負けた?」
高梨が言葉に詰まる。現実を直視し、光景から目をそらせない。
高梨の環境は、人生は。もしパンプキンの支配下領地で物事が起きていればどうなったか。別の人生も歩めたんじゃないかという思い込み。手に取るように苦悩がわかってしまう。
高梨の思いが言葉として表れていく。
「政府は、都会は、弱者を守ってくれない?」
思考が悪いほうへと進んでいく。
窓からのぞく光景に絶句しかけた高梨。その肩を叩いた僕。叩かれたことで僕のほうへ見る。その表情は常識が崩れた、逃げ道を失った男の苦しみにあるものだ。
「僕たちは君を守るよ」
そう常識が崩れたあとで毒をぬりこむ。都合の良い搾取された環境をだ。その代わりに保護するし、奪われない。奪わせない。雇用ごときで人の心は奪えない。幻想を打ち砕き、リアルをたたきつけ、絶望の中に毒を塗り込むのが一番。
保証するは強さ。
ロッテンダストは強い。僕たちの勢力は強い。
「君は僕たちにゆだねればいい」
雇用は保証する。
安全も住居も保証する。
そういい、僕は優しく微笑んだ。僕へと向いていた視線をずらし、窓の外へ再び向く。そっと近づき、肩に顎をのせるようにした。
「ぜんぶ守ってあげるから」
耳元でささやいた。
猛毒を前に、抵抗はできやしない。
とろんとした男の目には屈服があった。横目で確認後、そっと離れる僕。
高梨の心は完全に落ちた。より深く僕たちに傾向するようにのめりこんでいった。パンプキンの支配地の現状。働く住人がこぼす笑み、引きずり落とすための画策もない。労働者通しの潰し合いがなく、仕事を協力して進める姿。
悪は自由よりも幸せである。
行き過ぎた新自由の社会は、パンプキンに負けた。その事実を更に上乗せしていく。社会情勢の勉強ついでに周囲の知識を与えていく。
「パンプキンの首領は人間じゃないよ。人間よりも人間を恐れた弱虫だよ?」
人間が管理しないからこその社会システム。
一都三県のように物資も企業も人口もないけど、この地にいる人間は幸せだろう。
パンプキンは軍事力がない。だがボスの能力である環境変化を使った食料生産力。これは鵺や八千代の食料問題を改善していた。職人を多数抱えている。職人は鵺にも八千代にも派遣され住居であったり倉庫であったりを建設してくれる。坂東市が生産した食料は鵺に回され、鵺から僕たちにも回る。また鵺が独自に持つ市場ルートを通せば、食料は大金になる。大金はパンプキンで消費され別の市場へ。別の市場から僕たちへ。
僕たちは暗黙のうちに支え合っている。
鵺も八千代町もそれで回る。パンプキンは鵺の武力で身を守り。八千代町の生活基盤を援助しているから、攻撃もされない。僕たちは僕たちで他地域からの防波堤となっている。筑西、結城方面、古河市方面からの悪が手を出せない。パンプキンに手をだす悪があれば、僕たちも勝手に排除したりもする。
八千代の僕たち、下妻の鵺、坂東市のパンプキン。この3つは上手く回っていた。
高梨は無言だった。だが僕たちに完全屈服している。下手な人間より裏切らない優秀な駒の完成。
窓から外を、坂東市内を集中して観察していた。
そうして坂東市領内を進んでいく。
八千代町につけば平和があった。魔獣の姿はみるが僕たちを襲わない。狙わないし、邪魔なものを進んで撤去する姿も見させた。野田市を攻めたトンボ型の魔獣は僕が作ったものだ。魔結晶からできた低コスト進化型魔獣。蛆虫魔獣の飛行進化だ。その魔獣は上空をとび、地上を監視している。野生の魔獣や侵略者に対し排除、もしくは発見の有無を素早くするためにだ。
むろん高梨は上空に指をむけたりした。
東京にはいない新種の魔獣。
野田市を攻めた魔獣にそっくりだという反応。
モニターでみたのか、スラムのビルのデバイスから見たのかは不明。野田市でトンボ型の魔獣をみたのかもしれないけど、反応が少し騒がしかった。だが僕は否定しなかった。車内でいくら騒ごうと、新しい発見は心をわめかせるからだ。
「八千代町は魔獣に襲われない」
理由はという高梨の疑問に満ちた顔。
「僕たち一人一人が強すぎるから」
その言葉に高梨は自然とうなずき、落ち着いた。
完全に屈服をはたせば、この通り。大したことのない言葉でも簡単に信じてもらえる。裏切らなければ、切り捨てられない。その余裕が僕たちにあるからだ。実態は僕が作った魔獣で野生の魔獣や魔物を完全監視しているからだ。僕自らによる恐怖を野生の魔獣、魔物どもに与えてもいる。仕組まれた行為だけど、どうせ深くは考えない。
落ちたやつは素直だなとほくそ笑む。
農道と田舎。僕たちの本拠である孤児院が見えてきた。地方ならではの余った土地。その土地をふんだんに使用した豪邸。下手な学校よりも大きく、校庭なみの広さをもつ場所を囲う塀。市街地から少し外れたところにある本拠の周りには黒狼や人間タイプの怪人が常に警戒している。
上空にはトンボ型の魔獣もいる。
その姿をみても高梨は僕を一瞥してくるだけだった。僕がうなずけば高梨は納得し、本拠に車が入っていくのを見守った。魔獣の有無も警備の有無も僕たちの管理下にある。だから高梨は自然と納得したのだろう。
巨大な敷地に、大きめの駐車場。
そこの一角に車を止めた。
僕はドアを開け車から降りた。降りたうえで地面に大きく着地。手を伸ばし外に出たことをアピール。そのうえで車内にいる高梨に言う。
「ここが本拠だよ」
高梨に向け手を差し出した。
「さあおいで」
そして高梨は手をとり、ゆっくりとスライドするように座席を移動。外へ姿を現した。体を動かし、ほぐす高梨の様子を見守る。ほぐしおえれば周囲を観察しだし、自然とこぼした意見があった。
「…何もない、家だけ?」
高梨の感想に否定ものせない。田舎には何もない。農地と広い土地があるだけだ。馬車があとから入ってきて、被害者である女性たちが怪人によって外へ誘導。僕たちを一瞥したのち、案内されるまま本拠へ戻っていった。
女性たちがいなくなれば、商人も一度外に出て体をほぐしていた。
他所への本音と感想。
「君が失ったものはそういうものだよ」
手を握りしめた僕は、高梨に顔を向けたまま言った。思わず僕のほうを見る高梨は余裕があるのだろう。決して僕を疑う様子ではない。素直さによる反応だった。
「ようやく周りが見えたね」
追い詰められた人間は周りを見えない。自分の立ち位置が見えない。環境が見えない。心が荒めば荒むほど、周りを攻撃して、居場所をなくす。何もないやつが何もない事実を見つけることは容易ではない。
「…っ」
高梨には余裕がある。就職もできた。安全も保障された。衣食住もできた。居場所ができて、ようやく普通を取り戻した。後悔も反省もできるほどの、先が見据えるようになったんだ。真っ暗な闇から希望の光が差し、よそに向ける意識がよみがえった。
自然と流れた涙、辛い思いをこめた感情は雫となって下へ下へと流れていく。それを僕は見ないふりをした。
「今まで大変だったね」
苦労を認めてやった。あとは高梨が決壊しただけだ。必死に高梨自身も涙を止めようと両手で抑えているが、無理のようだ。当たり前だ。必死に耐えて、生きてきたものの辛さが簡単には止まらない。
泣いている様子を見られたくないだろう。だから僕は院長と赤メッシュの怪人に目くばせをした。一人と一体は静かに車内からおり、こちらを見ることなく本拠へ去っていく。
僕はもちろん見ないようにしつつ、背中をさすってやった。
泣き止むまで背中をさすり続けた。やがて泣き止んだ。爆発した感情を吐き出し、落ち着いたのだろう。気恥ずかしさで顔を少し赤らめている。
「少し周りを見ようか?」
泣き止んだ顔を見られるのは嫌だろう。手を取ったまま、敷地内へ入っていく。豪邸は実は孤児院で、庭とかの環境整備は子供がやっている。掃除も子供。できる限り自分たちでするルールや設備を教えていく。子供の落書きから疑似的な運動場所も全部だ。男の子から女の子まで生きる、環境を教えていく。
むろん汚い部分も豪邸には含まれている。
泣き止んだ顔が、いつもの顔に戻れば豪邸を案内した。子供の部屋からリビング。院長の部屋、遊び場、疑似的な図書室などもだ。いろんな要素をもつ部屋を幾つも紹介した。
「…」
絶句し、黙る高梨。
「僕たちは平穏を望む。上が理想とする平穏は、ありふれた日常だと思ってるんだよ」
子供が子供らしくあり、大人が大人らしくある。
「…平穏の中に自分なんかが」
自己嫌悪、高梨自体は悪くないけど犯罪者になってしまった過去。その負い目が居心地を悪くする。
「大丈夫。平穏を求める限り、ここは君すら受け入れる」
そういって僕は微笑んだ。もう完全に落ちた高梨はうなずくだけだった。理屈もない、ただの信用によって安堵感を見せた。負い目があろうが知ったことではない。どんな事情があろうとも関係ない。
そして田舎を紹介しきった。住人の数から何までだ。紹介して豪邸の客間に案内。商人と高梨が同じ部屋。連れてきた女性たちと合わせないよう院長が画策。スムーズにことが進んだ
一泊後、高梨と商人は馬車にのって東京へ戻っていく。その直前まで高梨が名残惜しそうにしていた。社会人となった以上役割を果たさなければいけない。その自負を持って名残惜しさを断ち切った。
失っていけない人材のため、魔獣騎兵の護衛をつけて送り届けた。松戸まで送り届けるよう指示をだしたあと、僕は一息ついた。
庭を除ける縁側。僕は足をぷらぷらさせながら座っていた。おじさんでジャージ姿の僕だ。
子供が外で遊んでいる、ボール蹴りなどをしている。端のベンチでは読書をしている子供。豪邸近くではままごとをするものもいる。
「子供は元気だね」
僕がつぶやけば、隣からの気配があった。
「浅田さんも元気そうだけど」
僕の顔を覗き込むように、院長が軽く上体を曲げて立っていた。僕は目線も合わせず、足を勢いよく振った。
長い髪が顔にかかるのを指で耳にかける院長。
「子供のおかげで、信頼のおける手足ができた」
子供は無邪気だ。
どんなに感情的で、大人ぶってもだ。子供の姿は大人の心をかき乱す。理屈と建前で自分を殺す大人には、子供の素直さがよく届く。
「悪い顔してる」
思わず邪悪さが混じる歪んだ表情をしていた僕。
「東京は魔界みたいなものだからね、裏切らないように、信用できるように落としておく必要があった」
もう僕たちの言葉で疑念を抱かず、働いてくれることだ。鞭も飴もくれてやった。必要なのは労働だ。衣食住から環境の居場所もあるんだ。
「高梨さんを最終的代表にするの?」
スカートを手で押さえたまま、隣に座った院長。商人は現在の代表、最後には高梨を代表とした組織にする。そう院長は考えている。
「いや、特にそこは考えてないよ」
ここでようやく僕は院長に向く。外では院長は無表情だけど、孤児院では明るく演じている。その証拠に微笑をもって見せているからだ。
邪悪な本性を見せる僕。微笑をうかべて偽る院長。
「商人…あれも中々に賢いからね、裏切ったりはしないし能力もそこそこある」
商人は裏切ったりしないだろう。東京の新企業。その代表にしてやるからだ
東京7大悪、ザギルツの大幹部ダスカル。それを倒したロッテンダスト。僕たちはロッテンダストを擁立する地方組織として見ているはずだ。東京に企業をおいて進出するのは、侵略行為として見ているはずだろう。立場づくりから、資金集め、第二の拠点として影響力を拡大する。
またロッテンダスト以外も強い。
Dランク怪人20体を基軸とした武力。上級怪人2体もいるし、下手な勢力では手も出せない。僕たちを裏切ったところで弱者になるだけだ。共にいれば仮初でも偉い立場になれる。
「浅田さんの次の目的は、仲間を増やすこと?」
「そうだよ」
院長が僕の次なる手を予測している。人材確保だ。Dランク怪人を40体まで作成し、周辺組織から更に上回る武力。同時進行で東京でも労働者の確保をしたい。
東京の労働者確保に関しては、信用ができる人材に丸投げする予定。
高梨に丸投げしよう。あれは完全に僕たちに落ちている。裏切りそうな人材は決して雇用したりしないだろう。
「院長はさらに忙しくなるよ」
「知ってるのでした」
両手を大きく広げ、感情のこもらない声の院長。孤児院の管理から怪人たちの管理。僕がいないときの責任者は院長だ。商人の命も守り、それも管理することになった。高梨は僕が管理するけど、院長はいろんな立場と責任をもっている。
されど院長は覗き込み、内心を見透かそうとする観察をしてくる。作った微笑の裏には、地獄をみてきた経験による組み合わせ。僕の考えることは、どういう事象とあわせられるか。15歳の少女が得てきた実体験からなる情報の統合。
「無理だよ」
僕は院長と同じように微笑してみせた。悪の経歴が違う。重みが違う。いくらティターと並ぶ逸材であろうと、この僕の心は見透かせない。
「そうみたい」
院長はあきらめた様子で覗き込むのをやめた。僕たちは互いに庭を縁側で見ている。退屈だけども平穏な田舎。ここに侵略者は現れない。悪名を作り維持するほどに武力があるからだ。
平穏だけで終わるほど僕の悪は腐っていない。
より強い欲望が掻き立ててくる。
「でも、悪いことは考えてるでしょ」
こちらを見ることなく、院長は言った。感情を載せない言葉であるけど、僕は否定しない。
「うん」
間髪入れず答えると、静寂が訪れる。数十秒会話が途切れ、切り出したのは院長だ。
「浅田さん、次はどのぐらいいないの?」
僕は何も言っていない。次することも何もだ。だけど勝手に推測し、尋ねてきた。僕が次することは簡単だ。
「半月ぐらいいないかな」
「そう、必要な人いるなら後で教えてください」
院長は要件をおえたとばかり、立ち上がった。スカートのしわを叩いて直すと、前髪を指で救い上げた。
「おっかないやつが一人ほしいかな、他は院長に任せるよ」
おっかないやつとは凶悪面の怪人のことだ。別に必要ないけど、一応最強戦力を連れておかないと院長あたりが口を出してくる。これはあくまで確認だが、決まった答えをいうまで相手は納得しない。
「はい」
僕たちは互いに決まった質問と答えを言う。だけど事前に内容を確認することはない。わかり切った関係のため、そういう馴れ合いがあるだけだ。
「半月ですが、さようなら」
院長はそういって踵を返す。僕は院長の背をいなくなるまで見送った。
「弱いやつも油断ならないね」
院長のような奴がいるから弱者は怖い。どんな相手でも油断せずにする。高梨相手に徹底的に落としたのは、こういう事情があるからだ。
仲間を増やす。院長ですら知らない事実。仲間は作るものだ。勧誘でもなく、文字通り新規作成。
八千代町郊外。僕たちがいるのは廃工場の一つ。建物が崩壊し、屋根も半ばが外れかかかった工場。食材を加工する工場だったようだ。コンベアがライン上に伸びた生産機械。崩壊前は従業員が業務に従事していたのだろう。
生産ラインも、壁がぶちぬかれたことで外から丸見えだ。
僕はその工場内で怪人を数体作成しきった。院長と会話して20日後、合間に休日を含みながら作り上げた怪人は人間タイプのものだ。魔力がすっかり切れかけており、息も絶え絶えの僕。連続生産はあまりしない。体力の消耗と魔力の関係がある。僕の魔力はティターよりも多い。大怪人よりも多い魔力だけど、さすがに連続生産は体力上で大きな負担だった。
疲労によって、僕の肩を支える凶悪面の怪人。黒基調のドレスが維持できるかの瀬戸際まで点滅。傅くのは4体ほどだ。作成期日が4日でできたとしても、休憩が必要だ。一体ごとに一日程度の休息しかとっていないため、ほぼ限界だった。
魔結晶を砕いて、呑み込んで魔力は補充しながらの突貫作業。
材料もつきた。作成期日を4日にするには貴重な魔石が必要だ。今回は鵺から搾取したDランク魔石数個を使用。令嬢怪人から鵺に指示を出す際に、ついでに魔石も回収させておいた。野田市の野良怪人もついでに潰しておいてくれたようで、おかげで魔石は回収できた。
僕たちが所有する魔石と搾取した魔石。合わせて4体分のもの。
人間タイプDランク怪人。男女比率も同じにし、容姿も似たようなものにそろえている。髪質から色まで男女ごとに統一。相方として組み合うよう調整して作り上げている。
「はぁはぁ」
息が絶えかけの僕。背を預けるように体重をのせ、凶悪面の怪人が両手で丁重に支えてくれる。さすがに連続生産は体力の摩耗が激しい。乱れた呼吸を整えていく。
「誕生おめでとう」
疲労の中でも僕は祝福する。怪人としての本能と人間タイプとしての理性。最低限の知識は与えてあるけど、これ以上学ぶなら本人の経験しかない。怪人は長くいきれば強くなる。経験をつんでいく経験が長ければ長いほど、より優秀な化物だ。
「君たちにも期待してる」
「「「「はっ」」」」
傅くDランク怪人たちの重なった返事。勢い良くもあり、事前にいれた知識通りにはできている。もはや限界の僕。意識も目線もずれている。この状態の僕をみて誰も動揺しないのは、そういうものだからと認識しているからだ。
「より強く、誰にも負けない力を」
これから周辺は物騒になっていく
生き残ったものたちが経験を積んでいく。鵺や僕たちの怪人が経験を積み、数を増やせる。周辺勢力も一部の怪人が生き残り経験をつむ。
この怖さは僕しか知らない。まだこの世界は経験を積んだ怪人の真価をわからない。
「どんな命も見くびるな」
そうして僕は気絶した。ロッテンダスト状態は気絶したぐらいじゃ解除されない。だから黒基調のドレス状態で意識をうしなっていく。凶悪面の怪人が僕の体を抱きかかえたところで途切れた。
目を起こせば、廃工場で寝ていた。下には大きめの布地がしかれていて、僕の周りには新規作成したばっかりの怪人が4体護衛している。、はがれた屋根の隙間から見える上空。上空ではトンボ型の魔獣が周回している。一体だけじゃなく群れでだ。
入ってきた壁をみれば、外にも怪人や僕が作成した魔獣、黒狼なども数匹待機している。
気配をさぐれば、廃工場の周囲にも怪人や黒狼の気配があった。
「過剰すぎるけど」
寝ていたおかげか魔力は半分ぐらい回復している。手を動かしても違和感はない。黒基調のドレス。それも点滅状態から通常へ復帰していた。新規作成した怪人は別に心配そうにもしていない。上空を飛行する魔獣も外を護衛するものたちもだ。
この程度で僕は死なないからだ。
だが無防備なので護衛をしている感じだろう。
やりすぎたことを後悔する。大手の悪の組織が魔法職や生命系の技術者などの専門家を駆使したうえで、機械などで後押しする。そのうえで組織全体の生産能力をフル稼働したうえで月一怪人を制作する。
組織ですることを、個人でしている。
個人でするなら月一ベースにすべきだった。
魔石を使っているとはいえ4日で一体。20日で4体。一体作成するのに魔力の大半が消えてしまった。魔結晶で補給していたとはいえだ。体力が続くわけなかった。生命創造のエネルギーは僕一人の魔力で足りるぐらい。
命の重さは疲労をもって実感させられた。
「次はもう少し適当にやろう」
教訓は得た。だけど次も同じ失敗をする気がする。僕はせっかちだからだ。
八千代町の武力。表向きは怪人数のみ、裏の武力は魔獣含めての数。
Dランク怪人24体。
Cランク怪人 1体
Bランク怪人 1体。
Dランク魔獣、黒狼8体
トンボ型魔獣 FランクからEランク 58体
その他詳細不明。
周辺勢力から見れば過剰すぎる戦力。質が高いのにも関わらず、数もいる。全体数の武力としては周辺より低いが、質が圧倒的すぎるため周辺は手を出せない。




