おじさん 魔法少女 27
撮影を終え、投稿を終えた。野田市に通信インフラが残っているため、スマホが使えたのがよかった。本来ならパソコンで編集とかするんだろうけど、今の時代ノートパソコンがぎりぎり生き残っているのみ。デスクトップパソコンは絶滅寸前。スペックは高く、費用もノートより安い。だけど人気がない。時代に乗っていないからだ。
持ち運びが悪く、場所も固定。持ち場所を制限される物は新自由主義から見れば、コストになる。無駄遣い理論だ。若ければ若いほどデスクトップは買わず、ノートへ行く。値段の有無などもリセールで元を取るため問題なし。新作が出れば下取りに出すなどをして、減価償却の幅を減らす。
毎年乗り換えるほうが、結果的に安い。減価償却からの新機種移行理論が定着した世界。
場所食いに、持ち運び不可などのデメリットがコスト主義によって切り捨てられた。場所は高い。一都三県の土地は高く、どんなスペースも無駄にはできない。
必要なスペックはノートで事足りる人にとって、それ以上は無駄。大手のパソコンでもブランド力をもつ特定メーカーのパソコンのみが売れていく。減価償却、下取りの保証などだ。名もないメーカーのパソコンがいくらスペック高く安くても、売る際の価値はゼロ。大手の価値とは、リセールの単価。リセールが悪い商品や中途半端の商品は見向きもされなくなった。
必要な人のみがデスクトップなどを使う。使い潰しを考えてのもの。
その理論でいけば、ノートよりスマホ。スマホは場所を取らない。大手メーカーのもので人気上位のスマホだ。一年以内で手放すならリセールもいい。
スマホがパソコンを駆逐しかけた社会
院長が運転する車に僕は乗っている。ロッテンダストとしてだ。後部座席の右手側はドアで左側にはスラムで雇用した高梨が座っている。居心地の悪そうであるが、気にする必要はない。僕は楽し気に隣に笑いかけた。笑みを見せるたびにびくつくのだから楽しくて仕方がない。助手席には赤メッシュの怪人だ。
この旅の目的は鵺がとらえた捕虜たちの解放だ。降伏した実力者たちを捕縛し数か所に集めた。その集めた場所をいくつかのチームでわけて解放して回ってる。Dランク怪人がのる魔獣騎兵、数は4。それを半分の数で二つのチームにわけて解放。僕と院長と赤メッシュ怪人。あとは黒狼にのって車の前を先行する凶悪面の怪人。令嬢怪人と魔獣騎兵一機は別任務についていた
そんな解放作戦は終わった。
終われば一人を除き皆朗らかだ。
赤メッシュの怪人も朗らかな表情をしていても、ルームミラーごしに監視する目を高梨に向けている。
「あの男から君の立場は聞いてるね?」
あの男というのはおじさん時の僕だ。
「はい」
緊張と居心地の悪さが高梨を追い詰めている。しょせんは一般人。スラム化したとはいえだ。雇用したおじさん時の僕によって上下関係はわかっているはずだ。少女と院長と赤メッシュ、女性だらけの車内で男一人。だけど問題を起こす気はないのだろう。
問題を起こしたところで殺すだけだ。
「びくつかなくていいよ、従っているうちは無事にすむ」
裏切れば即始末するが。ニタニタ笑う僕は右手で窓の開閉スイッチを開けた。窓から右手を出し、近づく魔獣の群れにむけ、黒炎を適当にばらまく。市街地から外れた国道あたりを進む僕たち。車のエンジン音とエネルギーの熱にひかれて魔獣がやってきた
だが出鼻をくじくのは腐敗。
黒炎が魔獣の群れにあたれば、腐敗劇場が行われる。魔獣の悲鳴がおき、襲撃はすぐやんだ。僕たちから大きくにげていく。牽制もくそもない。仲間が腐敗するのを黙ってみるわけがない。皆必死に生きているんだ、怖ければ逃げる。
「みなよ、あの無様な姿を」
必死に生きて、必死に襲撃して、腐敗する。
僕は逃げる魔獣の群れに対し、黒の炎を球体化させた。魔弾とかした腐敗魔法を群れ目掛けて放つ。群れの先頭が逃げる速度より早く届き、逃亡する先頭を腐敗が包む。混乱が起きた。僕たちから近い先行組と逃避する先行組、ふたつの出鼻がくじかれたことで動きが止まり、絶叫がコールする。
魔獣の習性は腐敗を非常に恐れる。死の匂いだからだ。敵対者や他の種族の腐敗しかけのの匂いは絶好の獲物、自分たちがなる腐敗の匂いは死そのもの。敵対者から狙われ、食われる恐怖、死ぬ恐怖。逃げ道をふさがれたパニック。
もはや群れとして機能しない。
僕は窓をしめた。
そのうえで腐敗魔法を、僕におびえる元スラム住人に尋ねた。
「どうしたの?」
顔を近づけ、匂いが届く至近距離。
普通なら可愛らしい少女が近くにいることで、ドキドキイベントなのだろう。だけど腐敗魔法という生命からすれば本能が嫌う魔法。魔獣に地獄を与え嘲笑する魔法少女。そんな僕を前に死をよぎらせたはずだ。
怯えがまし、震えがました。
「寒いの?火をつけてあげようか?」
左手に黒炎の灯を出す。じっくりと見てもらえるよう、ゆっくりと高梨の顔面に近づけていく。灯を近づけるたびに、高梨は大きく遠ざかる。狭い車内、僕から離れたドア側に背を押し付け、避けていた。
何度も死を覚悟し、泣いた男の目元は赤くなっている。そのうえで再び涙があふれ出している。
「暖をとってあげようと思ったのに」
残念そうにして、僕は灯を右手で握りつぶす。
嫌がらせでしかない。
あの魔獣の末路と悲鳴は車内に届いている。速度が遅いため、一向に視界から消えていく様子はなかった。
車の後ろからは馬車がついてくる。黒狼に乗せた怪人、魔獣騎兵6の左右に3騎兵ずつわけた護衛体制。現在の速度20ほどだ。車の運転手とすれば20ほど難しいものはない。即座に限度速まで引き上げたいのが信条だろう。僕は絶対に20で運転したくない。屋内とか駐車場とかじゃない限り、絶対無理。
なので院長に丸投げした。
「高梨さん、きみの役目はね」
炎を消したけど、恐怖は残っている。
「裏切り者がいれば報告することも業務だ」
この車に乗せたのは内緒の話をしたかったからだ。この時代に車という死の箱。一度乗れば魔獣や魔物の大襲撃を受ける代物。それに乗せたうえで魔獣の侵攻を肌で感じてもらい、死を覚悟してもらう。その群れをロッテンダスト一人で叩き潰し、魔獣の末路と悲鳴を聞いてもらう。
死の車旅行。
「君は裏切る心配ないから大丈夫だよね?」
にっこりと微笑めば、高梨は大きく何度もうなずく。
おじさん時と違い、少女姿だと油断するというか上目線になるやつが多い。なので魔法少女時は手心を加える。そうすると絶対に油断も見下しもなくなる。
でも追加で念を押しておく。
「そんな遠くだと聞こえないよ」
無理やり手を伸ばし、高梨の襟をつかんで引きずった。僕と体がふれあい、密着。足と足、体と体が触れ合ったところで耳元に顔を近づける僕。
「君の上司を監視しろ、裏切りの予兆をみれば絶対に報告しろ」
囁いて脅す。僕の上半身が高梨の肩越しの側面に密着。きっと少女に密着されてドキドキしているはずだ。決して別の意味でドキドキしているわけではないだろう。汗がすさまじく、触れ合うところが高梨の汗で汚れていくけども。
「はい」
高梨の表情から生気が消えて行っている。涙が自然に流れ続け、死が身近にある病人みたいだった。
すぐに僕から離れようとしているのか、逆側のドアに体が誘導されているようにも見える。
高梨の首付近に片手を回し抱く。そのうえで空いた手で高梨の目の前に指を一本立てた。
その立てた指に黒炎の灯を出す。高梨が突如慌てわめく。発狂しかけたいたけれど、首を抱くほうの指が無理やり閉じさせた。指で防がれているとはいえ、口内で暴れる空気の量は凄まじい。命がかかった発狂を防がれたんだ、
「おくちにチャック」
いくら暴れようが、ロッテンダストの身体能力は軽く押さえつけられる。
灯を徐々に近づける。その炎の怖さは今まで見てきた。片目付近すれすれで、近づけるのをやめた。
そして灯を消す。
口を抑え込んでいた指も離す。首付近に回していた手を上へ、頭部へ回し撫でた。
「怖い思いをさせてごめんね」
僕は表面上取り繕って謝る。頭をなでながら、正面から覗き込む。
「お偉いさんから言われているんだ、絶対に裏切らせるなってね」
お偉いさんというか僕。僕にとって僕が最高の権力者だ。
そして手を離し、自由にさせた。自由にさせた途端、逆側のドア側まで勢いよく引く高梨。怯えた小動物のようにだ。
「君の犯罪歴は知った。強盗未遂、殺人未遂、強姦未遂」
今度は静かに告げる。高梨の犯罪歴。それを聞いた途端別の意味で青ざめだした。絶望が漂いだし、全てを失ったような姿で意気消沈しだした。
「…まただ」
悟った男の絶望が濃くなっていく。
雇用される際に提出させたマイナンバー。
マイナンバーに登録された情報はいくつもある。免許証から保険証。経歴などもだ。学歴から職の内容まですべてだ。転職、就職なども全部のっている。このカードに記された番号で企業側が本人の情報を知ることができる。代行政府に開示請求をすると、より詳しくのってくる。借金歴から結婚歴まで探ろうと思えば、いくらでも探れる。
犯罪歴は大体が請求せずとも、簡単に調べられる。これは雇用関連の法案に、犯罪歴はマイナンバーに記し、自動的に開示されるよう義務付けられたものだ。
だから一度でも犯罪すれば、再起はない。
不慮の事故でも同じことだ。
「安心しなよ、スラム住人に犯罪歴がないやつなんていないよ。再起ができるなら、落ちぶれたりしないからね」
僕は調子よく言った。されど蛇のように獲物を捕らえる目で高梨を見る。
「君の場合、未遂で終わっていることが素敵だよ」
そういっても高梨の顔が晴れることはない。
殺人未遂は、自分の命を守るために相手を過剰に攻撃したこと。
仕事からの帰宅中、路上を歩いていた高梨は何者かに襲われる。刃物をもった男が財布をだせと脅迫をしてきて、高梨は素直に財布を出そうとした。その最中に刃物がふりかぶられ、必死に生きようとして男を両手で押した。勢いよく押してしまい、男は地面に頭から倒れこんだ。打ち所が悪く意識不明の植物状態。
高梨はその事件ですべてを失う。仕事を失った。過剰防衛と判断され、殺人未遂に指定される。
第一の犯罪によって高梨の経歴は終わった。一度でも犯罪を起こせば、ナンバーに記される。ナンバーは企業側が情報を引き出せば、自動的に犯罪歴が乗る。いくら刑罰をうけようとも償いをしようとも、永遠に犯罪歴は付きまとう。
結果仕事は首だ。解雇が緩和された新自由主義。企業の悪評につながる前科持ちはいらない。犯罪者の更生も社会復帰も企業には関係ない。そういうのは国の仕事だ。民間営利団体にとっての仕事はそんなことじゃない。自分たちの利益を拡大することだ。
職を失い、自宅は会社が用意していた寮だ。仕事を首になった直後に寮からも追い出された。荷物は実家に送られたが、実家は高梨の荷物を全部処分。絶縁状態となった。まだ警察と憲法が国民の手にあり、怪人や悪が出現してきたころの事件。
第二の事件
強姦未遂は、性欲を金で発散させようとし、成年と信じた相手が未成年だったこと。
仕事がなくなり、パートでつなぐ。ナンバーに記されていたパート仕事の内容。現場の人手不足もあり、警備員の仕事につく。前科があってもなお、受け入れる数少ない仕事先。そのなかで稼いだ金を使って性欲を発散しようとした。ネットで出会った女性とホテルにいこうとしたが、警察によって職務質問をうける。そのなかで女性が未成年としり、現行犯逮捕。
未成年への性的行為は強姦扱いで、まだ警察がいたときの話
二度の逮捕によって高梨の人生は苦境に陥る。パートにもありつけなくなった
3度目の事件。
強盗未遂は、生活苦のため物品を奪おうとしたが、相手のもつ金が入院費としって奪えなかったこと。
事件として、路上を歩くOLから有り金を奪おうとし、刃物をむけて脅迫したことだ。相手が刃物におびえ、高梨の顔が追い詰められていた様子もあって、すぐに封筒を出した。高梨は封筒の中身だけにしか注意がいかず、中身が大金であったことを確認。それで封筒の表を確認した際、入院費と書いてあった。
その際、転落した事件を思い出したそうだ。自分が命を守るためにやったことが裏目に出た。二度目もそうだ。自分が転落した事件の犯人とやっていることは同じ。
そうして封筒の中身に手をふれず、返却した。謝罪したうえで、その場を立ち去って自首。
3度目の逮捕につながった。この事件の被害者からは減刑の嘆願も出ている。
「4度目はいつするの?」
4度目の逮捕、現在は警察もいない。逮捕されること自体が珍しくなっている。ここまで運がないと次もありそうだ。
全部未遂ということは、常識があった証明だ。全てを失ったうえで、仕事にたどり着く高梨の強運を褒めるべきか、どんなにあっても落ちぶれる男の人生に同情すべきかだ。
3度も事件に巻き込まれた。
「それとも今が4回目かな?」
首をかしげて高梨の顔をみても、反応がない。絶望の中にさらなる深い闇が見える。社会の管理社会、マイナンバーも行きつく先にたどり着いたということだろう。
「逮捕が4回でも5回でも、何回されても一緒に頑張ろう」
僕がそう声をかけると高梨が恐る恐るといった感じで振り向いた。絶望顔を向ける大人の男。スラムで悪にもなりきれない。拳銃がたまたま足元に転がり、そのうえで誰も打てなかった人間性。その時点で僕は雇用するのを決めていた。
「…首にしないので?」
死にかけたような細さの声だ。命がけの車旅行で存分に怯え、先ほどの脅迫などで涙も枯れた。声もかれているのか、声がはきはきとしない。
「なんで?」
理由はわかっているけど、わからないふりをして首をかしげる僕。
「…犯罪歴があるので‥。それで採用が」
高梨自身から口に出させる。事実を口に出したとたん、後悔が増したのか表情が更に暗くなる。
「過去ごときが今を奪えるとでも?」
問う僕は真剣だ。
相手がドア側でうずくまっているため、無理やり引き起こす。手を伸ばし、腕をつかんだ。そのまま隣へ戻す。対面した僕と元スラム住人。絶望した顔を俯かせようとしたため、無理やり両頬をつかんで引き上げた。
「今の君はどうしたいの?}
穏やかに尋ねた。急かすこともない。高梨の両頬をつかんだまま、じっと見つめた。目をそらし、絶望する表情の中でも口をあけた。開けて閉じた。言いたげな思いを閉じては開く。
やがて声になる。
「…はたらきたい」
声は小さいけど、聞こえた。
だが僕はあえて言う。
「聞こえない、もっとはっきり言わなきゃわからない」
一瞬のためらいを高梨はみせ、口が震えながらも再び言う。
「働きたい!」
企業や会社などが雇用する条件は正しい。
リスクもない正しいやり方だ。
だけど僕が求めるものではない。企業を今後立てるけど、そこに犯罪歴の有無などどうでもいい。人によって事情があり、縛りがある。一つ一つの過去を追求しても価値がない。必要なのは今をどう生きるか、未来をどう期待するかだ。絶望しっぱなしの人生なんてつまらない。
絶望人生だった高梨の振り絞った勇気。その勇気に僕は歓迎する明るさを示した
「ようこそ!わが社へ!この僕を相手によく言った!!君の人生で最初で最後の就職だ!」
そして両頬を離す。逃げることは許さないが、高梨は逃げようとしなかった。戸惑いをみせ、僕を見る。
「首にしない。君に求めるのは裏切らないことだよ。仲間を裏切らせないことだよ」
そう飴と鞭は両立させなきゃ意味がない。鞭だけでは痛苦いだけ、飴だけでは甘ったるいだけ。甘さと痛苦さは両立して完璧となる。
最初の甚振りは鞭で、今の雇用安定は飴だ。
「就職して最初にしたいことはあるかな?」
からかうように僕は尋ねた。給料も時間労働も搾取しているけど、首にしない。安定雇用。犯罪歴があっても、これから逮捕されたとしても首にはしない。営利目的だけど目指すべき道は通常企業とは違う。
高梨は状況が読めないのか落ち着きがない。だけど必死に取り繕ってきた我慢が途切れたのか、振り絞るように声を出す。
「…家族の墓を作りたいです」
その言葉は重みがあり、僕はそっと目線をそらした。
「そう、頑張りなよ」
人によっての目指すべき道は違う。僕は認めてやる。社会の誰もが犯罪歴をもつ人間を否定してもだ。自然とこぼれた肯定の意思。
新自由主義における家族条項の憲法改正。扶養義務、介護義務や住居選定、結婚の相手などの規制強化された社会。その中で犯罪歴がある身内がいる場合の将来は悲惨さ。それを知る僕は茶化すこともしなかった。マイナンバーから代行政府に請求すれば家族情報も手に入る。だけどする気はない。
誰だって知られたくない、自分だけの思いがあるはずだ。
社員の気持ちをそぐ気はない。元犯罪者、スラム住人。だけどリーダーの立場になる人間の選定は間違っていない。僕は正解を選んだ。
「やっぱり希望がないとね、誰だって自暴自棄になる」
独り言ちた。
恐怖だけでは意味がない。鞭だけでも痛いだけ、飴を上げなければ鞭の痛みはわからない。死の車旅行をしたのは鞭でもあるけど、覚悟を知りたかった。事情を知りたかった。自分の選択が間違っていたかどうかを確認したかった。
車内の主役は高梨で、僕は導き手。運転手である院長も助手席の赤メッシュ怪人も口を出さなかった。抗議もなければ、声も出さず置物に徹した。どうせ院長あたりは察したんだろうし、赤メッシュ怪人あたりは僕の邪魔をしたくなかったのだろう。
高梨を連れてきた理由がほかにもある。東京に企業を置くのと同時に、僕たちの本拠を見せたかった。東京の現状と地方の現状。管理された地獄と、管理されない地獄。東京が前者で、後者が地方。その中で管理された、地方より安全で文化的な社会の楽しみを教える。
僕なりのやさしさってやつだったりする。
一都三県はディストピアのようになってるけど、地方はそれよりも悲惨ということを。
そうした車内とは違い、後方の馬車では空気が凍っていた。大首領ことロッテンダストが上手く事態をまとめたことと反している。
商人たる男が座る場所と、対面するのは女性たちだ。暴力団の性的被害者である女性たち。商人の隣に座ることを拒否し、一部の女性は立ったままだ。座席は少なく、全ての女性が座れるわけじゃない。商人の両隣どころか列が開き、かろうじて座っているのが令嬢怪人のみ。あとは誰も座らない。
対面側の席は全て埋まった状態。ぎゅうぎゅうに苦しそうに座りつつも商人と近寄ろうとせず、憎々し気に睨みつけていた。
被害者女性の代表は立ったまま睨みつけて言う。座れなかった女性だ。年下に座席を譲り、なおバチバチに立ち会う代表。
「許さない」
商人は居心地の悪さを感じつつも言う。
「わかっている」
立場が逆転したのかしていないのか、それは状況次第。都会から田舎へいくこと。田舎での女性の活躍の有無の心配。都会じゃなければ、できないことはある。都会であればあるほど社会的弱者のものたちは活躍できる。
だけど女性たちが全部正しいかといえば違うし、間違っていないというわけでもない。
家族の殺害を依頼した時点で落ち度はある。
だが24条の家族条項の改正さえなければ、こんな屈辱は味わずにすんだ。
都会にいるままの商人と、都会から離れなきゃいけない被害者たち。その恨みは商人にむき、永遠とむしばむ。商人がしたわけじゃないが、関係者である以上受け止める義務がある
その被害者たちに手を出すことも許されない。
なぜなら被害者たちも与えられた役割がある。あのジャージ姿の男によって、仕事を振り分けられている。恐怖の象徴、化物じみた武力を支配し、ロッテンダストすら扱う稀代の外道。
商人は知っている。
野田市を二日以内で攻略しかけた鵺を、撤退させたのはジャージ姿の男、浅田の手腕。
八千代町が独立を保つのも浅田の手腕。地方悪を受け止め、はじき返す策略を立てた。そうじゃなきゃ暴力団は壊滅し、こんな屈辱を味わったりはしない。武力だけで成り立つほど社会は甘くないからだ。
「…恨みたきゃ恨め」
商人に反省はない。己の利益と立場を確保するために被害者たちを地獄に落とした。この被害者たちを騙し、地獄に落としたのは商人だ。契約書の条項をあいまいにし、性的搾取をした。ただ言えるのは性的搾取をする気はなかった。
労働力として搾取する気はあったが、性的搾取をする気はみじんもなかった。
だが被害者からすれば関係ない。いくら家族を殺されようとも性的搾取など望んでいない。労働力として搾取されたほうが、ましだった。
されど商人からしてみれば対価は払ったあとだ。払えない見込みが立ったのは被害者の能力不足だ。ローンを組んで、しっかり払える見込みがあるのは正社員の安定性が保証したからだ。正社員の解雇は崩壊前ではできなかった。流動市場による経歴主義が起きる前までは、ローンは一つの手だった。
そんな時代でローンを組まされれば、女性としての立場を利用されるに決まってる。
今じゃ社会は自由。全部自由。
規制を取り払えば、弱者が犠牲になるに決まってる。
弱者になりたくないから、より弱い立場のものたちを犠牲にするのだ。
商人と被害者たち。その対立が治ることは難しいだろう。
そんな対立を無言で冷めた形で見守るのが令嬢怪人のみだ。冷めていく環境でも変わらず、落ち着いて無言のままだった。
高梨の設定。
犯罪者になったことで実家と絶縁。その上で家族条項の改正。二つの要因のせいで絶縁してきた家族が崩壊します。絶縁した家族の一人、姉が好きだった相手と結婚できず、自殺。自殺直前に高梨に会いにいき、恨みを吐き出しています。お前が被害者にならなければ、犯罪にならなければ、好きな人と結婚できたという恨みぶしです。その恨み節のあと自殺しました。結婚は相手家族と自分家族の話しあいと妥協によってなりたちます。家族条項は親戚関係の強化も含まれており、文字通り結婚は本人の意思ではできないのです。
姉が自殺したことで、家族は崩壊。両親も狂いだし、病気で父が死に、母は精神を病んで行方不明。高梨自身は被害者なだけなのに罪悪感を抱いて生きています。自殺する勇気も社会の不条理さも含めて、スラムに落ちてなおしぶとく生き残っていました。その中で主人公と出会い、就職をはたしました。




