おじさん 魔法少女 25
僕はそのまま迎え撃つ。羽アリ怪人が演じる鵺。僕が演じる魔法少女。それぞれの役割は表向き演出によって繰り出されていく。
「君とやるのも何回目かな」
黒袖を勢いでなびかせた突き。狙いは顔面だが、羽アリは紙一重でかわす。Bランクの性能を生かした鋭い一撃が怪人の眼前を過ぎていく。羽アリ怪人は見送るだけでなく反撃の準備もしていたようだ。その腕の関節部分に羽アリ怪人が突きを合わせ、僕の体は力方向へ流されてバランスを崩す。
「覚えていない!」
反撃と共に返事をする怪人
バランスを崩す僕に追い打ちをかけようとする怪人の魔手。されど左足を軸に無理やり踏みとどまった。僕はその一撃をあえて額で受け止めた。羽アリ怪人が狙っていた場所は喉だ。呼吸系統を乱すことで詠唱を減らそうとする、魔法使い対策の戦い方。
だけど僕の額が受け止めたため、お互いに衝撃と痛みが分かつ。
赤くなった僕の額と、頑丈な額によって羽アリ怪人の腕に鈍い衝撃が残ったはず。
「硬い」
羽アリ怪人は攻撃したほうの腕を振る。痛みによる反射行為だろう。
僕も額を両手で抑えた。
「痛い」
痛いうえで、くすくすと笑う僕。羽アリ怪人は弱いけど強い。肉体性能はDランクの中でも弱いほうだろう。だがその割には衝撃がすさまじい。シャークノバを相手にしたときは片手だけで鎮圧できたけど、羽アリ怪人相手にその余裕はない。
裏ではつながっているけれど、表では敵対者同士。
羽アリ怪人はよい役者だろう。
シャークノバを上司と扱い、しんがりを務めるのも怪人らしくない。鵺の処刑人が上司を撤退させ、その後一体で残るのも悪としてでなく組織として上手く見えてしまう。
仲間を見捨てない、その組織の在り方を演出。
シャークノバが重い体を起こし、撤退する様子をみせる。
配下の部下たちも魔獣たちもシャークノバにつられ、重い体を起こす。怪我をさせないように細心の注意を払って倒したやつらだ。鈍い痛みはあるだろうけど動けないはずもない。
「ずいぶんノロマだね」
だが僕は隣の勢力として演じる。
「処刑人がいつまで持つかわかってるのかな?」
僕を化物として扱う鵺の怪人たち。シャークノバに至っては青ざめて怯え切っている。それを隠そうとしているのだろうけど、大首領である僕を前に努力が続かないようだ。震えた体が僕と鵺の表向き関係性を正しく見せてしまっている。
鵺の下級怪人たちはマッチポンプを知らない。
鵺の上層部と八千代町の武力たちが知るのみだ。
そのマッチポンプをうまく機能させるために羽アリ怪人に丸投げした。だけどシャークノバは暴走した。まあ怪人とは傲慢であり、暴走するものだ。
指示が二つあった。
一つは経済界と決裂した場合、野田市を乗っ取る。
経済界と和解した場合、野田市を開放する。
この二つのうちシャークノバは前者と勝手に思い込んだのだろう。野田市もほぼ攻略しかけだ、それも先手を打つ幹部として来ている。重責と成果を出したい欲が勝手に思考を切り替えた。
野田市を支配するといったほうに切り替えた。
思い込みを本当と勘違いしてしまうのが怪人によくあってしまう。
煽りに夢中で、右側頭部側への一撃の気配に遅れた。迎撃に向かわせた右腕が不自然な形で受け止めた。相手の一撃の重みを完全に殺し切れず、体がのけぞった。
目を向ければ、攻撃手段が怪人の蹴りであったことを知る。上段蹴りによる一撃で意識を向かわせたかったのか。一撃をおえ、再びその足は地につきかけていた。
痛くはない。性能が僕のほうが段違いだ。
「自分を無視されてもな」
「ごめんね」
僕は同じように上段蹴りを放ち、羽アリ怪人を動揺させる。地につきかけていた足を再び迎撃に向かわせる怪人。だが不自然な体制とやり返しの一撃は大きく違う。Dランク怪人とBランクの性能が大きく違うのも加えてだ。
衝撃と爆風によるスカートの裾が翻る。僕の一撃と怪人の一撃。上段蹴り同士が互いにぶつかり、制したのは僕のほうだ。膠着状態すら生まず、そのまま相手の勢いを殺し、蹴りを地面に降ろさせる。
「ぐっぅぅ」
自身の一撃が無理やり捻じ曲げられた怪人。僕の一撃による激しい痛み。方向を意志とは違うほうへ向けたことによるダメージ。小さな苦痛が悲鳴を作り上げる。
足を踏みつけ、動きも封じる。
足裏で怪人の動きは制限された形になるわけだ。
「で、なんだっけ?」
僕はのろのろと動く怪人たちを見て、羽アリ怪人を交互に見た。
「君を無視しちゃいけないんだっけ?」
軽く封じ込めていく状況。羽アリ怪人の虚勢を否定するように問う。
拳を握りしめ、軽く振るう。踏みつけた足そのままにお互い制限上の戦闘へ。横なぎに振るわれた僕の拳を身をかがめ回避する怪人。それも間一髪という速度でだ。
羽アリ怪人は虚勢を保つよう腕を引き絞った
「簡単に負ける気はない」
お互い足技は使えない。
片足がお互い封じ込められている。怪人からすれば足を抑え付けられてるから逃げ出せない。怪人を足で抑えてるから僕も使えない
互いの攻撃は腕のみだ。
怪人お反撃が僕の顔面を打つ。回避と同時に後ろへ助走をつけた掌底が僕の顔面をとらえた。衝撃があり、一瞬足を離しかけた。だけど耐える。
「…やるね」
踏みつける力も増加できない。足に気を配れば、攻撃を受けてしまう。攻撃をうけても痛みはないが、のけぞりはある。
愉悦が感情を支配していく。たかがDランク怪人相手にだ。
軽くステップを刻むように掌を振るう。何度も何度も向けた僕の連続の突き、羽アリ怪人はぎりぎりを交わし続けていく。顔面、首、腹部、腕、肩など様々な場所を狙い続けた。迎撃されたり、受け止められたりと肝心のダメージは与えられない。
「全然届かないね、すごい凄い」
僕の戦闘スタイルは猛獣のごとくだ。肉体性能を生かした過剰な暴力。一応体術として武芸レベルの技術ぐらいはある。だが羽アリ怪人には届かない。
技が上手い。
羽アリ怪人は逆に肉体性能がない。だから技を磨くことで補っている。弱点を補うための技。弱者だけができる手段をもって、ここまで生き残ってきた。
しかも羽アリ怪人の技ベースは僕の武術だ。
悔しいことにコピーされてしまっている。
「長く生きてるものでな」
羽アリ怪人は生まれて数年以上。これを人間基準で考えれば大したことがないことだ。
だけど怪人からすれば1年生きれれば一人前だ。それを満たせない怪人は運命というレベルで切り捨てられる。シャークノバもダガーマンティスも生まれて数カ月程度の年齢。蝙蝠ジャガーだってそうだ。鵺で一番の長生きはティターをのぞき、羽アリ怪人だろう。
怪人の平均寿命一年未満。生まれてから大半が一年以内に死ぬ。力におぼれたり、暴走したりと大体が駆除されるか、上位者に狩りたてられて殺される。生きること自体が命として当然なのに、怪人は自ら危機にさらしてしまう。
本能が死へと向かっているのかもしれない。
演じる羽アリ怪人には余裕がないようだ。
そんな姿にすら、愛着がわいてしまう。頑張るものは好きだ。失敗しようが、惨めであろうが関係ない。努力する姿はいつだって美しい。
なので僕も演技をつづけた。
「偉そうにいう」
羽アリ怪人による拳を裏拳ではじき、返すように逆側の手による拳をうちこんだ。そうすれば僕の拳を羽アリ怪人が裏拳ではじき、逆側の腕によって拳を向けてくる。それを裏拳で使用した手をカーブさせ応用で、叩き落す。
だがその最中に肉薄されている。
上体を使った頭突き。
コピーしたうえで、勝手に技を追加している。
むろん迎え撃ち、そした互いに額に重い衝撃を残した。
ただ勝るのは僕のほうで、怪人はふらついている。
「真似事はね、適した体で行うべきだよ」
いつの間にか怪人と魔獣たちは撤退している。いつからか夢中になっていた。楽しくて仕方がない。単純な技の競い合い、自分と戦うような感覚。性能差を覆そうと技を鍛える怪人が愛おしくて仕方ない。
だけど演出として僕は右手に炎を宿す。右手全体を包む、腐敗の黒炎。
「君では僕に勝てない」
肉体でも魔法でも、ロッテンダストに勝てるわけがない。殺したりする気もないけれど、必要な演出というのはある。シャークノバが撤退しなかった時点で責任があると思っているのだろう。戦闘を本気で繰り広げた怪人の苦悩がうかがい知れる。
僕を相手に本気で戦うことの苦悩。
だけど僕が望むからしているだけ、本来なら絶対に羽アリ怪人はしない。
余裕綽々と向けた腐敗魔法を帯びた右手。その右手で猛撃を開始。羽アリ怪人を殺す気もないし倒す気もない。どうせ届かない。
相手の行動を更に制限するインチキをしただけだ。
大きく右手を突き出した結果、僕の体は宙に浮いた。一瞬わけがわからず空っぽになる思考。
「え?」
宙に浮く僕が、地面から足を離している。一瞬右手をつかむ何かがあった気がするけれど、その前に予期しない変化に反応が遅れた僕。気づいたときには飛ばされており、地面にたたきつけられていた。
腐敗臭が混じる空気。
一瞬の動きの中にあったもの、羽アリ怪人を踏みつけていた足が下から持ち上げられたこと、右手がつかまれたこと、腹部に怪人の掌が添えられたこと。その動作は武術の一つ。
「柔術」
僕の勢いを生かしたまま、それを利用する柔道。背負い投げにはいたらず、踏みつけられた足のため技は未完成。
疑似的な柔道を前に自由を許してしまったわけだ。
地面にたたきつけられて尚、ダメージがほぼない。
腐敗臭がすごいのは、きっと右手に触れたからだろう。現に羽アリ怪人の片手はだらりと垂れている。掌からは腐って溶けた皮膚が見えている。僕の腕に触れた怪人の手はボロボロだ。片手一本を犠牲に足の自由を解いた。
苦痛に満ちた怪人の様子。そのくせ警戒心を捨てず、僕に対し臨戦態勢を保っている。
「さすが」
愉悦が漏れる。
「さすが」
喜悦があふれ出す。
「さすが」
恍惚とした表情が止められず、地面に転がったまま怪人をいつくしむ。一歩でも踏み込めば腐敗魔法をばらまく準備もできている。覚悟がある相手に手加減などできるわけがない。
僕はすぐ両手を片腕の地面に置き、跳ね上がる。
腐敗魔法による魔力をばらまくが、羽アリ怪人はすぐに後方へ飛び下がり回避。腐敗の炎が渦となり僕の周囲を旋回する。
「鵺の処刑人、さすがだよ」
渦が止まり、羽アリ怪人目掛けて触手となって襲い掛かる。膨大な魔力を浪費した攻撃。黒炎がしなっては羽アリ怪人のわきへたたきつけられた。じゅわりとアスファルトすら溶かし、それを横なぎに振るった。地面を蹴って、宙へまって回避する怪人。
足元を通過し、熱によって溶けた地面に足を着地させる。
じゅわりとした腐敗の魔力によって溶けていく。残り魔力のため動けないわけじゃないだろうけど、動きづらいのは確かだろう。
そして殺到してくる。
羽アリ怪人が腐った片手を前へ突き出した。
僕の技をコピーし、柔術を付け加えた一流怪人。
この状況でもあきらめない強さは、怪人らしくない。さすがは僕とティターが生んだ怪人だ。いや、僕もティターも作っただけで何もしていない。
羽アリ怪人本人が努力して、頑張った結果だろう。それを親目線の成果としてはいけない。子供の努力は子供だけのものだ。経験も結果も全部子供のもので親は奪ってはいけない。
だから褒めてあげよう。全てが終わればだ。
触手を殺到させる、殺す気はないけど油断をすれば死ぬ。
愛が重いがゆえに滅ぼさんとする力。腐敗魔法に手加減はない。発動すれば相手は腐敗する。
だが触手の群れをかいくぐり、ときに右手を更に盾にし、迫る怪人は美しい。
満身創痍のまま左手を振りかぶっている。触手の群れは遥か後方。今さら追いつけやしないだろうし、この魔法を使用中、一つの魔法以外使用できない。
だけど遅い。
「その名は」
小さく告げていた呪文。
頭上にある灰の液体が球体となっている。
「ダスト」
球体が割れ、僕の体に灰が降り注ぐ。怪人が降りぬいた左手と僕を灰がそめていった。
左手を受け止めたのは二本の指。中指と親指その僕の腕は灰色の軍服に変わりつつある。フォルムチェンジ、衣装替え、人それぞれの呼び方。数秒たって完全にダストフォームへ変化させていた。
二本の指に軽く力をこめる。
「ぐっ」
羽アリ怪人はそれだけで痛みを上げる。ただの一流怪人相手にダストフォームを使った。そんな大人気ない僕は慈しみをもって接する。
「お見事だよ、処刑人」
肉体戦闘性能のみに特化したスタイル。Aランク怪人あたりに追いつくぐらいは肉体性能は高い。その代わり魔法が補充魔法しか使えないのが欠点だ。臨機応変する能力に欠けている。
羽アリ怪人にとっては、こちらのほうがやりづらいだろう。
常人の武芸が猛獣に届かないように。ダストフォームに羽アリ怪人の技は届かない。怪人の左手をにぎりしめたまま、後ろへ引く。軽い動作だけで怪人のバランスが崩れた。そして肘打ちをもって、大きく後方へ飛ばした。
たった一撃で、羽アリ怪人は地面を滑っていく。身を衝撃にゆだねたまま、僕から目をそらさないのはさすがだろう。
「泥臭い戦いだこと」
泥臭く、暑苦しい。そのくせ楽しいのはすごいことだ。思わず条件でリボルバーを引き抜いてしまった。いつもの癖だが、さすがの僕も自分に驚いた。
羽アリ怪人を相手に油断ができないと本能が言っている。
ダストフォーム状態の僕は怪人のように傲慢になるのだけど、ロッテンフォームみたいな考えになってしまっていた。油断大敵、残虐といった思考を軸に動くのがロッテンフォーム、傲慢、見下しといった思考を軸に動くのがダストフォーム。姿ごとに思考の軸がずれてしまう。
本能が銃口を怪人に向けていた。打つ気はない。
「言いたいことは何かある?」
殺す気もない。
地面から必死に身を起こす羽アリ怪人。泥臭い姿を前に心が揺れる。惨めであればあるほど心が高まってしまう。馬鹿にするのでなく、尊敬を持ってしまう。自分の作ったものに敬意を抱くとは思わずに笑みをこぼした。
立ち上がった羽アリ怪人は、僕を見据えた。
「ない!」
吠えた。
打つ気はないが、引き金に指を置いてしまっていた。その覚悟を見せると本能が動いてしまう。倒せという理性。敬意を向ければ向けるほど攻撃に移行する本能。
その腕を横手からつかむものがいた。
羽アリ怪人に夢中で気づかず、つかむ腕に方向を変えさせられた。銃口が上空へ向けられた。分厚いつかむ腕、斑点模様を点々と残した姿に見覚えがあった。
「へぇ」
猛獣のような牙をもちながら、蝙蝠の頭部。虎の体を怪人ベースにしたような見た目のくせに、ジャガー性質をもつやつだ。その腕力に身をゆだねながら、上空に向けた銃口。引き金を引く。誰にも当たらないが銃声だけが響く。
何度も響かせる。
動揺もみせず、僕を制御する怪人の腕。
「蝙蝠ジャガーまで来たんだ」
「大…ロッテンダスト、我らの仲間を回収しに来た」
蝙蝠ジャガーが一瞬、大首領と言いかけたけど。何とか言い直した。演技の下手くそさが目立つけど、それも個性だろう。この状況で、ここまでしてマッチポンプなんて思わせない。本気でぶつかりあったんだ。腐敗魔法も発揮させ、ボロボロにした。
これを演技と思えるやつは誰もいないはずだ。
そして僕の背後で巨大な魔力がとどろく。熱い熱波とともに周りが夕日のようなオレンジ色に染まっていく。
「…この魔法は!?」
この僕ですら驚愕する。こんな演劇に出演するほどの奴ではない。蝙蝠ジャガーが腕をはなし、すぐさま離脱。巨大な図体とは裏腹に素早い両足。一瞬で羽アリ怪人のもとへかけより、片腕で抱きかかえた。
「リロード」
すぐ背後に振り替える。補充魔法の詠唱をし、準備を整えるのも忘れない。
上空で炎が怪鳥となっていく、爆炎とともに姿を現す不死鳥フェニックス。魔法による原始的生物をかたどったもの。
その術者は宙に浮いている。フェニックスから離れた場所にいる黒いシルクハットをかぶっている。黒のローブを羽織った姿はマジシャンそのもの。シルクハットを指で持ち上げ、隙間に見えるのが人間の姿じゃない。
口端が極端に吊り上がった化物。両生類の中でも蛙の姿をしている。泥のような茶肌をもち、ブラックホールのごとき瞳の怪人。手にもつステッキは、渦の巻いた飴玉の棒そのもの。
地方の悪の中で大物の一体。
「ティターノバ」
大怪人ティターノバ。鵺の首領であり、僕が最初に生み出した怪人だ。
茶番はより真実味をもって加速していった。




