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おじさん 魔法少女 24

 準備を終えたら僕たちは野田市へいく。スラムのビルに戻った僕は思い出いっぱいの部屋についた。


 この部屋は僕と暴力団の組長が平和を語り、優しい結末を果たした場所だ。銃痕が壁に残るのは、そういう傷をつけたい年頃の人がいたからだ。血などの飛沫が壁や床に散っているのも、自傷行為大好き人間がいたからだ。


 そういう記憶だったと信じてる。



 

「ねえ院長」


 部屋の中央、窓際のソファーに座る院長。静かに無を見せた視線が僕をとらえた。そのうえで院長はうなずき、肩越しに手を後ろに伸ばす。ソファーの背後にたつ凶悪面の怪人が察し、懐から書類を取り出した。それを院長の手に乗せた。



 院長が書類をテーブルに落とす。


 そのうえで院長は指を対面のソファーに差した。




「ロッテンダスト…さん」



 僕の名前をスムーズに言えるのに、さん付けに関しては間があいた。院長からしてみれば僕は年下に見えるだろう。だけど院長は年下だろうが年上だろうがをさん付けする。敬語は一番安全で安く済む代物だからだ。下手な対等言語は不協和音をこれまた作る。


 年上は年下に対等に扱われることを嫌う。年下は年上に偉ぶられるのを嫌う。対等語など相手から使用されても、使用しても良いことがない。面倒な関係悪化をうむ。


 院長がさん付けを躊躇ったのは、僕が相手だからだ。他の人間が相手なら普通に使う。


 ロッテンダストと院長には並々ならぬ関係性がある



「さん付けはいらないよ」


 そのうえで僕は言う。


「ロッテンダストさん」



 そのうえで院長は無視をした。


 肩をすくめて態度を示す僕。差されたソファーに座る。足をくみ、乗せた足の膝に両手を置く。


 院長が落とした書類に目を落とし、指を向けた。その書類は女性たちのもの。暴力団によって家族を殺害してもらい、一千万ほどの借金を背負った被害者たちだ。曖昧な契約文言のため拡大解釈を許し、性的搾取をされた。


 被害者たちの代表だけが部屋におり、院長から離れたところで別作業中。僕のところからみれないけれどきっとレシートなどをもっていたから出費の計算だろうか。僕がいることでチラチラ視線が届いている。テーブルのほうも気になっているのか視線をむけてたりする。


 僕は書類を手に取り、持ち上げた。

 

 代表に見えるように文面を向けた。チラチラ見ていた視線が止まり、その手は止まっていた。レシートが床にひらひらと落ちた。


 自分たちのことに関する書類だ。燃やされたはずで破かれたはずのもの。それが残っていることに青ざめていた。おじさん時の僕が破いて燃やさせたはずの書類。それが残っていることで色々錯綜しているのだろう。


「ロッテンダストさん、それはしちゃ駄目」


 テーブルに乗り出すした院長が、書類を奪った。


 そのうえでテーブルに書類を落とす。



 誰にも聞かせるわけでもなく、院長は口にだした。



「間違いなく契約書は処分してると思う。浅田さん…あの人はこういう束縛することを嫌う。自由に生きるべきだし、自己責任も自身が納得する形で願うはず。強制された自由と責任を誰よりも嫌うから、こんな書類は絶対捨てるはず」


 被害者である代表に聞こえるよう補足説明を込める院長。安心を与えるようにかもしれない。同じ女性ゆえに苦痛が感じ取れるのかもしれない。

 

 院長は僕の性格を把握しているせいか、見せていない場面を勝手に推測してしまう。ロッテンダストに浅田という名前はわからないはずと説明も付け足した。僕とロッテンダストは口調は同じだけど、別の人間とみている。


 

 院長にロッテンダストは、おじさん時の僕ではないかと疑われていたこともあった。


 口調に反応、全てが同じだと見抜かれかけていた。そのうえで今はない。



「だからロッテンダストさん、聞きたい」



「僕も聞きたいことが」



 院長のまっすぐな視線と僕の冷徹な目がぶつかった。その部屋の空気が一層冷え込み、書類に青ざめていた代表が別の意味で震えだす。目線をそらし、落ちたレシートを拾おうと再開。されど震えた手が何度もレシートをつかんでは、離してしまう。焦りからか背中から慌てるのが見えた。


 また部屋の片隅にいる商人が頭を抱えだす。


 最初に切り出すのは僕だ。



「どこにあったの?」



 尋ねた僕に院長は言う。



「このビルの持ち主の家」



 暴力団のビル。その人員の持ち家に行ったわけだ。暴力団構成員の書類関係は処分していない。正式に登録された情報には数人だけの雇用情報しか登録していない。だけど実際には何十人もいたし、その情報がまとめられた書類は残していた。


 その書類が契約書のわきに置かれていた。



「この契約書は表に出しちゃいけないものだと思う」



 院長は有無を言わせない圧をもって、言う。僕もそれにはうなずいた。人の自由と責任は、本人の意思によって決定されるべきだ。誰かが勝手に決めつけていいはずがない。だまし、騙されの世界であれど書類ごときに支配されるのは望まない。




「聞きたいことは何かな?」



 冷徹さを増す僕の視線にも院長は躊躇わない。



「ここにいた人たちはどうなってるの?」



「始末した」


 嘘をつく気もない。院長は僕の答えにうなずき、構成員についての書類を僕のほうへ滑らせる。僕はつかむこともなく、書類に目だけを向けた。


 処分した暴力団の構成員たちの名簿。


 住所、氏名が乗った名簿が一枚。その一枚にボスと片腕を除く、ほぼ全員のものが乗っている。また重なっていて気づかなかったけれど、給料などのものも印字された別紙もあった。



「この書類にある住所全部捜索させろっていいたいのかな」



 そんなの不可能だ。個人の家全部を捜索するには怪人たちの手が足りない。今からする野田市奪還作戦には見せかけの数が必要だ。そんなことに手を回せるほど時間はない。また奪還作戦をした後にはスラムの調査がされることだ。


 構成員の有無は正式書類にないから、権力者にはわからない。


 

 だけど院長は首を横に振った。



「元の持ち主の中でも幹部の家だけ捜索させた。見つかったのがボスの家だけだった」



 下っ端が書類を持つ可能性は低いと院長はつづけた。



「仕事が早すぎるね」


 僕は院長の考えることが想像つかない。陽気さも茶化すような態度も消えていく。冷徹さの中にどこまでも見定める評価の目を作っていた。



 複数の書類に一度目を落としたうえで、僕に問いかける。



「あたしの管理下に置いていいの?」



「院長以外にできる人材がいない」


 そう院長は気づいている。商人の命を救い、被害者たちの栄誉を守るための行動も済んだ。あとは僕が仕込むことに対しうすうす感づいている。


 院長は自分が受け取る管理義務を把握しきっていた。


「後ろにいる人じゃダメなの?」

 

 院長の後ろの人、凶悪面の怪人で院長の代わりが務まるか。


 怪人はそこまで気を配れない。管理しているつもりでも、怪人は想定外のことを起こすものたちを排除してしまう。自由な思想は、複雑な思考がなければ成り立たない。



「ダメ」


 僕の否定に対し、院長は背もたれ部に後頭部を預けた形で見上げた。凶悪面の怪人の様子を仰ぎ見た。凶悪面の怪人は素直にうなずいて見せる。


 怪人はしょせん怪人でしかない。


 人間を理解できるわけがない。



「君しかいない。どんな人間にも興味がなく、権力を握っても平等を作れるのはね」


 人間であればだれでもできるというわけでもない。人間は己の利益を害してでも、他人の利益を望まないものがいる。足を引っ張る人間、自分が気に食わないものを追い出す癖。邪魔することに全力をかけて、他人のために時間をかけるのが無能だ。


 その貴重な時間を自分のために使い、成功するのが有能だ。そんな人間が成功したりすると敵対感情をむき出しにする。


「あたしは普通にしてるだけなのに、変なの」


 有能、無能問わず人間は我儘だ。


 無能は有能を搾取し、邪魔をする。逆に有能な人間に任せたとしても、搾取をする。優秀なものは無能を搾取していいという思想。弱肉強食じゃないけれど、奪うもの、奪われるものを形作ったうえで切り捨てる。



 新自由主義とは弱者を搾取して、切り捨てていくことが定番だ。より強いものへ富を集約させていき、ルールがなければ最終的に勝ち上がるのは数人のみ。その数人まではいかずとも数百人程度が支配する社会システムはできてしまっている。


 一部の優秀な人間のために大勢の無能な人間を搾取し、社会の機能を回すか。

 

 大勢の無能な人間のために社会を回し、一部の優秀な人間を搾取するか。


 様々だけど、崩壊前は後者の考え方だ。だけど一部の優秀な人間が搾取もしていた。ここが崩壊前の政府のバランス感覚だ。この僕ですらそんなバランス感覚を取ることはできない



「社会は競争が必要だよ。だけど、できる限り平等にしなければいけない」


 価格競争もある。人件費の安い国と高い国。製造業からサービス業などいかなるものも価格競争があった。高いものを許されるのは付加価値がついたブランド。崩壊前の経済が目指していたのはブランド化だ。価格競争も目指していたけれど、人件費が格安な国家や人件費を払わないブラック企業にはかてない。


 ブランド競争もある。市場に多く影響力を及ぼす企業のみが生き残れる。



 競争をしない市場や労働力に価値はない。



「難しいんだよ、競争社会に平等を持ち込むのは」


 そのバランスを崩壊前の政府はよくとっていたと思う。優秀な人間だけを上手くいかせれば、無能が邪魔をする。無能だけを活躍させれば、有能な人間は逃げていく。逃げかけたものたちを繋ぎ留めるように制御をし、全体から薄く広く搾取をしてごまかす手腕。


 競争社会に平等はない。だけど疑似的に作り上げた。


 搾取を上手くつかい、人々の所得や生活水準を平等にさせてきた。競争も裏では加速させたりし、上の世代と下の世代の対立を作ったりとか、凄まじい手腕だと感心する。足りない部分は構造対立を作ることでごまかすこともうまい。


「院長、平等の建前を使えるのは君だけだよ」


 院長に崩壊前の政府と同じことはできないだろう。国のエリートたちが集まってなりたつ、バランス調整。様々な専門家を交え、官僚や政治家が己の職務を果たす。高学歴の人間、スキルを特化した専門家の考えを参考に上手く実情に当てはめていく力。


 さすがの院長もできない。


 だけど別手段を用いれば別。


 

 平等の裏には、過激な排除がある。院長は商人の命を守るために拷問もする。命を守りたい人を相手に拷問とかが思いつく時点で異常者だ。


 平等社会に競争はない。誰もが平等なら頑張る必要もなく、怠けるのが常だ。だけど恐怖を加えていくと凄まじいことになる。利益は平等で、労働は全力でという搾取構造が裏で発生。



 平等の裏に恐怖をしみ込ませる。


 弱者による、強者を利用した圧政。


 名目上の飾りのはずが、実権を持っている


 政府と異なる手段、院長は武力による暴力が実行できる。平和的でなく、過激的な対抗措置。



「あたしは貴女たちの邪魔をしないだけなのでした」


 そういう院長の目はどこまでも鋭く、僕を貫かんとばかりだ。



「近いうちに大金が手に入る。報酬はそこから抜きなよ」



 僕は通帳を手に出現させテーブルに置いた。院長はじっと通帳を見た。そのうえで通帳から手を離しかける僕の手をつかんだ。座面から腰を浮かし、膝をテーブルにつける院長。



「なに?行儀が悪いよ」



「ロッテンダストさん、あたしは金じゃ動かない」



 強い非難の意思を向けられ、自分の判断が正しかったことを思い知る僕。



「知ってるよ」



「なら教えて、これは誰の通帳?」



 院長なら気づくだろう。通帳名義が雲白空くもじろ そらとなっていることに。商人の名前でもなければ院長の名前でもない。




「…浅田さんの本名?」


 僕はちっちっちと音を立てて指を振る。



「僕の本名さ」


 魔法少女は少女しかなれない。それは共通の常識だ。


 だから僕は建前を作る。常識を疑うことは簡単だけど、信じさせるのはもっと簡単だ。



 ロッテンダストの変身前の少女。その建前でつくった名義のもの。


 政府が崩壊した直前に仕込んだ名前。一都三県でのみ通用する戸籍を80ほど持っている。崩壊寸前にマイナンバーや戸籍情報の流出。保管する機器の物理破壊などの混乱に乗じて仕込んだものだ。現在は規制された手法なので他人はまねできない。


 そのうちの一つが雲白空だ。

 


 院長の珍しい驚愕の表情を記憶に収め、僕は立つ。



「本当なら、あの男を使うつもりだった」


 商人を指さして言う。あの男の口座と情報で動かすつもりだった。だが上手くはいかない。国須という男は思った以上に動きが軽い。もう少し粘って、金額を減らしてくるか。もしくは野田市を切り捨てていくかと思った。


 だが国須は建前も利益も残した。


 国須は3000億を出費してでも、僕とつなぎを作った。3000億払わなければ僕は見捨てていた。そのまま鵺とパンプキンに野田市を支配させるのも有りだった。野田市は千葉、埼玉、茨城がつながる要所だ。千葉は柏があり、埼玉は春日部、茨城は坂東。


 別に悪い手段ではなかった。


 咄嗟の判断ができた国須を絶賛するしかない。一刻一刻と変化する状況で最適な判断をした。

 

 商人では国須相手に分が悪い。院長でも経験年齢の高さをもつ国須相手では厳しいだろう。院長でも商人の口座でもよいけれど、それでは別口から責められかねない。


 僕なら無視できるし、排除するには相手のほうが力不足。



「計画が狂った」


 ロッテンダストはこれからも顔を出し続け、影響力を保ち続けることになった。



「院長、僕たちは一時間後、野田市へいく」



 だからねと妖艶に表情を作り上げた僕。



「鵺を追い出したら東京へ戻らないから、帰宅準備を進めておいてね」


 






 野田市大侵攻は終盤を迎えつつある。羽アリ怪人は懐中時計を見ながら怪人たちの指揮をとっていた。柏方面にはシャークノバ、春日部方面の野田市はダガーマンティスノバ。自分より偉い上級怪人を先行させる。ダガーマンティス部隊は器用な怪人たちを率いる部隊。シャークノバは力に自慢の怪人を率いる部隊。


 

 時間的には野田市の攻略は8割がた進んでいるはずだ。



 大隊長である羽アリ怪人は、3幹部より立場は低い。シャークノバ、ダガーマンティスノバ、蝙蝠ジャガーの3幹部。Dランクの中でも蟻ということもあって、種族的に弱い。大隊長と名前はあるものの、直属の部下に怪人など一体もいない。


 だが羽アリ怪人はそんなことに情景を抱かない。動揺も抱かない。


 必要なのは鵺に対する忠誠。


 首領に対する忠義と忠誠。


 大首領に対する忠義と忠誠。


 羽アリ怪人は一人と一体の親がいる。大怪人ティターノバと大首領の共同制作によって生まれた一流怪人。一人と一体の親が生み上げた鵺という組織。その二つの存在が羽アリ怪人にとって大切だった。

 

 羽アリ怪人は今回の侵攻作戦の中で指揮権をもっている。


 シャークノバもダガーマンティスノバも羽アリ怪人の指揮下に入っている。


 大首領による贔屓でもなく、首領による我儘でもない。



「引かせろ」


 引き際をわきまえているからだ。



 羽アリ怪人に直属の怪人はいない。だが部下はいる。周囲に隠れ潜むものたち、人間に命じた。その言葉と共に気配は霧散し、伝達の仕事をはたさんと動く。



 鵺で全人間の管理を任されている。


 人々からは守り蟻と称される。怪人が人間に対する横暴を許さず、すぐ処断することからついた名前。鵺に首領に忠義を尽くし、従う人間にはどこまでも向き合う。そんな仕事人に対してつけられた名だった。


 下妻の鵺。


 その中で羽アリ怪人は支配下の人間に強く支持があった。羽アリ怪人抜きでは支配戦略が成り立たないほどに人間は敬意を示している。隠密行動スキルを特化したものたちが羽アリ怪人に付き従っていた。


 Dランク怪人という一流怪人。3幹部よりランクは低い。それ以外は羽アリ怪人相手に勝てる怪人などいない。力による支配は怪人、人間問わず実施。


 強者も弱者も羽アリ怪人の前では皆平等。


 故に支持された


 羽アリ怪人は懐中時計を後ろに放る。放物線を描きながら、意図しない軌道に変化。そのまま脇の茂みに時計は流れた。



 野田市の街路樹に囲まれた通り。人々の住宅地が密集し、そこに連なる商店も軒並み並ぶ通りだ。



 その道路の中央にたつ羽アリ怪人。



 羽アリ怪人は横暴をせず、略奪もしない。住宅地のためか、気配を感じていた。野田市民が自身の家に隠れながら、侵略者を監視しているといったところだろう。




 この距離で気配も隠せない人々の集まり。


 だからか羽アリ怪人は小声で伝えた。



「野田市の侵略路線は終わったようだ」



「そのようです」


 会話を発展する気のない冷めた声が茂みから届く。風魔法によって音が羽アリ怪人にのみ届くよう調整されたもの。



「残念だ」


 少しばかり残念な気分になる怪人。下妻の現在人口797人。徐々に減っていくと思われていた人口も羽アリ怪人の労働時間削減政策。家族持ちに対する優遇。独身に対しての結婚政策が功をなし、わずかに回復の兆しを見せていた。減少より上昇が二人ほど。出産された赤子の数だ。


「鵺の処刑人らしくないでしょう」


 そんな羽アリ怪人を蔑むような声。



 安全と自由のバランスをとる難しさ。


 野田市の莫大な人口を取り込めば、もっと発展するとすら期待した。下妻が拠点のため野田市から何人か連れて行こうとも画策していた。この際連れていくのは親のいない子供だ。親と子を引き離す気もなく、恋人同士も夫婦同士も引き裂くこともしない。



「お前にはわかるまい」


 羽アリ怪人は二つの期待を背負っている。


 ティターノバと大首領の期待をだ。



「大首領のそばで体たらくを発揮するお前にはな」


 羽アリ怪人が侮蔑をもって返し、茂みの先が殺気を飛ばす。羽アリ怪人はその殺気すら気にしない。大したことのないものだと見下していた。



「大首領からの指示は以上です。処刑人、いずれ潰します」



「Cランクもあるくせに一流怪人ごときに時間をかけるとはな」



 声の持ち主の決意を皮肉で返す。



「…院長の許可さえあれば」


 茂みから飛び出すことはできないのだろう。羽アリ怪人に伝達することと、作戦のための準備が受けた命令だ。それ以上の行為は命令違反。


 大首領でなく院長という名前が出るのは、直属の上司が院長だからなのだろう。



「大首領が許可を出さないから、人間の上司に丸投げか?」



 茂みが大きく動く。大きく突き出された切っ先が一瞬隙間をうむ。茂みの中の緑に隠れた二つの鋭い眼光。


 その目は八千代町の上級怪人。令嬢怪人のものだった。



「見えるぞ、人間たちに」



「気配から見えないようしています。お前のような奴に見下されるのは気に入りません」



 羽アリ怪人は時刻を把握したうえで、人間たちの様子が変わっているのを感じた。住宅地で隠れているとはいえ、初めにあった絶望した空気は消えている。今は歓喜を隠し、その時をまつ空気に転じている。


 隠れ潜む人々の気配から状況の変化を察した。



 羽アリ怪人が気づくのであれば、より上級の令嬢怪人も気づいているはずだ。




「お前はとっとと準備をしろ」


 羽アリ怪人はそういい動き出す。シャークノバもダガーマンティスノバも上級怪人だが空気の読み方は下手だ。羽アリ怪人の部下である人間には手出しはしないだろう。だが良い顔をしない。


 生まれて一年もない上級怪人たちに求めることでもなかった。




「準備は終わっています。あとは大首領次第です、お前も早くしたほうがいいでしょう?」




「自分も終わっている」



 

 そうして一匹と一体は仲違いのように場を離れた。



 春日部方面のダガーマンティスは撤退を承諾。その連絡を伝達した人間が羽アリ怪人の行く先に現れた。羽アリ怪人に報告。羽アリ怪人は派遣した怪人たちが散らばった大体の場所あたりに再度伝達の指示。


 その後帰還命令を出した。


 そうしているうちにシャークノバに派遣した部下が戻ってくる。伝達した人間の反応が芳しくない。それだけで察した羽アリ怪人。額に手をあてて、人間に別の指示を与えた。帰還命令だ。帰還中の道順にいる鵺の怪人に撤退命令と怪人同士撤退命令の共有を伝達指示。



 羽アリ怪人は柏方面へ歩みだす。

 

 その道中で寄り道をする。


 野田市の廃棄された工場。崩壊後に倒産し、経営者は自殺。抱えた借金が多く、親族も財産放棄をし誰も受け取らなかった。そのため国庫に入った。


 その敷地内に置いたバイク。250ccのバイクだ。崩壊前では車検のなかった排気量のもの。青い頭部に丸みを帯びたライト。速度計もデジタルで、規制が強化されたタイプのエンジン。回らない、速くない。


 バイクは次代を進めるたびに加速が落ちていく。


 排気ガスの規制が進んだバイクは、羽アリ怪人の私物だ。



 エンジンにキーを回し、どんどんと音と振動をもって伝えてくる。ハンドルを握り、アクセルを回す。心地の良いエンジン音が高鳴っていく。羽アリ怪人はバイクにまたがった。



 クラッチを握りながら、一速。



 そして走り出す。速くはない。下手な怪人より遅いが、羽アリ怪人の脚よりは早い。


 時折、鵺でもパンプキンの所属でもない魔物たちによる襲撃があった。ゴブリンと呼ばれる小鬼の魔物だ。そのなかでも赤い肌をもつ、上位種。その数20ほどだ。


 魔物の中でも上位種といっても、怪人の相手ではない。バイクを乗り回しながらでも応対できた。速度を落とし、ぐるりと回る。道路にタイヤの奇跡をえがきながら、最中に一体の首を左手でつかまえた。


 腕力でも、羽アリ怪人に勝てず、一匹がとらえられた。様々な抵抗やこん棒による抵抗をみせるが、羽アリ怪人にダメージを与えられない。



 強靭な顎で頭部をかみ砕いて殺害。そのごバイクの加速を生かし、一度離れた。また再び戻り、群れの列を分断。数匹で孤立したものを一体、すれ違いざまにつかんだ。バイクの加速と持ち上がる自身の体。どういう展開になるかは仲間の姿をみてゴブリンはわかっているはず。


 首をかみ砕いて殺害。殺したあと、頭部から牙の部分を落とすようにつかむ場所の変更。ゴブリンの牙を引き抜いて、死体を放り捨てた。牙を利用して、投擲。孤立したゴブリンたちの腹部を貫通させたり、首を牙でぶちぬいたりもした。様々な殺害方法を見せつけた。群れも残り6体ほどになれば、失禁して命乞いをする始末だ。



 羽アリ怪人は淡々としていた。


 何の脅威も抱かず、軽々と排除。



「失せろ」



 一瞥し、背を向ければ魔物たちは一目散にさっていく。野田市には人口30万いても魔物を根絶するには至らない。地元を愛する冒険者、ヒーロー、魔法少女、軍隊をもってしてもだ。



 数が多いのか潜伏しているのか、理由はそれぞれだ。



 羽アリ怪人は野田市を進む。バイクの速度は100を超えている。法定速度を無視した加速。250CCでなく大型バイクがほしいこの頃だ。燃費問題もあるが、加速がほしい。怪人ゆえに250ccの加速では普通に走ったほうが早い時すらある。




 エンジン音につられ魔物も魔獣もついてくる。だが羽アリ怪人が排除に動けば、それらは数を大きく減らし逃げ出した。



 そうして進むうちにバイクを止めた。



 ある地点から魔獣や魔物たちの襲撃がなくなったからだ。それもそのはずだ。周囲に漂う不吉な魔力。この魔力に覚えがある羽アリ怪人はバイクを手押ししていく。進んでいくうちにうめく声が聞こえた。魔獣たちの悲鳴も聞こえた。


 見えるのは鵺の怪人が倒れている光景。死んだものはいない。怪我をしているものは僅かにいて、全員が痛みによって地面に伏せていることだけだ。


 魔獣も同様だ。



 魔獣自体は怪我をしていないが、上位者である怪人が倒されたこと。自分よりの強者がいともたやすく倒され、なおかつ魔獣たちも本能によって戦闘意思をみせたものの、容赦なく倒されたとみるべきだ。



 倒れた怪人数おおよそ15体。


 魔獣40体。


 羽アリ怪人は仲間を踏まぬよう進む。住宅地のフェンスに上半身を預ける怪人。街路樹に埋め込む怪人。元々壊れていたインフラの突起に沈む怪人など様々だ。魔獣は比較的ましに倒されている。生きているが動けない。


 羽アリ怪人を見たのか、倒れていた怪人の視線が届く。怪人たちが痛々し気にこぼす。


 悪魔がいると。


 魔獣の悲鳴がそれに合わせて届く。





 やがて見えたのは青白い鱗の怪人、鵺の上級怪人シャークノバ。そのシャークノバがか細い片手によって胴体を持ち上げられていることだろう。そのまま片手を軸にシャークノバを回す。腹部の中心に添えられているためかバランスよく回りだす。



 容赦がない。


 鵺の幹部も子供のごとく扱われている。



 それを弄ぶのは少女だ。


 黒基調のドレスを着こなす魔法少女。頭部にのせたくすんだ灰色の王冠。




 大首領こと


「ロッテンダスト」


 羽アリ怪人は演じる。


 バイクを止め、倒れないように固定。大首領はシャークノバを回転させたまま、羽アリ怪人に気づけば凝視している。



「これはなにかな?」



 シャークノバを回しながら、時折浮かせては拳で受け止める。何度もしては苦痛の混じった声がシャークノバから漏れる。



 これはどういう展開にしても真意を誤魔化せる。


 シャークノバはミスをした。羽アリ怪人が撤退の伝達をしたことを無視。もしくは否定してそのまま侵攻を続行。計画の変更に適応も難しいのかもしれない。人間が伝達のため、従うことに否定的なのかもしれない。


 シャークノバでないからわからない。


 それを許せない御方もいる。


 大首領は許さず、本人による懲罰。





「鵺による襲撃だ。ロッテンダストの宣言をうけ、我らは野田市を攻略しにきた」



 誰が聞いているかわからない。鵺としての会話を続け、できる限り物事を進めていく。



「ふうん、鵺の処刑人なら状況はわかっていると思うけど」



 なぜシャークノバは撤退しなかったのか。引き際をわきまえていないのか。その差を明確にしろという圧だ。


 大首領は見られていることを知っているが、必要情報を手に入れようともしてる。



 羽アリ怪人は直接答えるわけにはいかない。



「お前が来るならシャークノバ様も間違えなかっただろう」



 含めた答えは、シャークノバの独断専行という意味。理解したのか大首領の表情が歪む。愉悦さを混ぜた狂気。大首領は羽アリ怪人のことを見下さない。今回の総指揮を執る羽アリ怪人の判断を疑っていない。


 だから自然とシャークノバへ向けられた興味。



「へえ」


 シャークノバを思いっきり打ち上げた。そのまま受け止めず足元に落とした。どすんとした重い音とともにシャークノバは地面に受け止められた。


 その時初めて見えるのはシャークノバからの恐れ。


 涙交じりの鼻水混じりの恐怖のもの。


 八千代町の悪名を築き、人間タイプの怪人集団を一人で作り上げた。Dランク級の怪人を数十所有し、Cランク上位、Bランク中位の上級怪人も一体ずついる。


 その偉業をなし、鵺の首領ティターを生み出した御方。



「君の諫言を無視できるほど、こいつは偉いんだ」


 命令違反を強調し、シャークノバの腹部を軽い踵落としでたたきつけた。体がくしゃげるように曲がり、ケガはないものの衝撃がすさまじいのだろう。悲鳴が大きく流れる。


「上級怪人だからな」


 羽アリ怪人はそういい、大首領から目を離さない。足蹴にされるシャークノバのミス


 羽アリ怪人の指示を無視、人間による伝達を軽視。

 



 シャークノバを勢いよく踏みつけた。顔面を踏みつけた。ぐりぐりと踵を押し付け激痛による悲鳴が強くなる。


「お助けを!!」



 その言葉を聞き、大首領は首を傾げた。



「侵略しにきたくせに、被害者面かな?」



 侵略の内容ではあるが、実態は命令違反の懲罰。誰が聞いてもおかしくないようにする




「我らはロッテンダストに閉じ込められてきた。そう考えるなら被害者だ」



 羽アリ怪人はそのうえで進言をしなければいけない。会話を合わせていくのもそう、羽アリ怪人にとってシャークノバは上司だ。建前上でも上司なのだから、部下は庇わなくてはいけない。


 そういう協調性を見せることが、鵺の利益につながる。


「君たちを閉じ込めることで平和があったから」


 八千代町の安定。鵺の安定。どこかを侵略するには武力を派遣しなければいけず、動かせば動かすほど本拠が手薄になる。


 その隙を狙う他所の地域が邪魔だった。影響力を拡大させ、戦争自体を回避させる目的。現状かなりの無理をした演劇だ。いまだ周辺勢力は下妻や八千代を落とそうとしている


 大首領が表情に暗みを付ける


「閉じこもってれば、こんな悲劇は起きなかったのに」


 撤退していれば、こんな懲罰は必要なかった。そういう口調でシャークノバに対しての圧が増していく。

 

 即座に羽アリ怪人が返す。


「ミスぐらい誰だってする」


 シャークノバだって怪人だ。人間ほど器用にはいかない。ミスを強調しつつも、それ以上のことを認めれない。



「庇うの?処刑人の甘言も聞かないのに?君よりランクは高いよ?庇ったところで傲慢な性格は治らないよ」



 踏む、踏みつける。何度も足を上げてはたたきつけた大首領。



「傲慢じゃない怪人は怪人なのか?」


 怪人は傲慢だ。力におぼれて、暴走を時にする。支配も虐殺もそれぞれの怪人の個性で選択だ。鵺は支配を選び、シャークノバはその仕事をしたにすぎない。



 

「なるほどね」


 大首領の足がシャークノバの顔面すれすれで止まる。



「でも君たちからしたら違反だよね」


 思いっきり顔面を踏みつけた。頬が圧によって地面へ押し付けられていく姿


「これ以上認められない」



 羽アリ怪人は拳を前へ向けた。


 大首領に向けた拳。


 始まりの挨拶だ。



「鵺によって裁きは行われる」



 越権行為だと大首領に告げ、羽アリ怪人は身も震える思いだ。馬鹿な怪人のミスを庇い、これ以上の懲罰は許さない宣言を含めた。




「へえ」



 足をあげ、そのまま腹部を蹴り上げて転がす。衝撃によって宙に浮かんでは地面と何度も行き来する。転がったシャークノバが羽アリ怪人のそばでとまった。ただしくは羽アリ怪人が尾を使い、止めた。



「撤退を、シャークノバ様」


 そう告げ、視線は向けない。


「羽アリ怪人、君の勇気を買うよ」


 好奇心が羽アリ怪人のほうへ向く。大首領による実演は羽アリ怪人によって取りまとめられた。



 大きく息を吸う羽アリ怪人。



 意を決した怪人が叫ぶ。



「鵺の怪人たちよ我らは負けた。本拠に戻れ、しんがりは自分が勤める!!」

 

 所詮はマッチポンプ。だがお互い手を抜く気もない。



「おいで」


 大首領と一流怪人による演劇は今始まった



 



 

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