おじさん 魔法少女 23
その日野田市民は絶望した。
「人間よ戦え、我ら相手に本気で抵抗しろ!!」
戦争宣言。侵略宣言。野田市を奪うために鵺が動き出す。最強格の大怪人が首領を務める鵺。怪人が怪人を生み出す能力。大怪人ティターノバ。上級怪人を3体もち、一流怪人を一体所有。下級怪人も多数そろえた勢力。
東京7大悪と比べれば見劣りするが、地方であれば巨大な武力。
パンプキンと手を組むことで、政治力の弱点を補ってもいる。
「お前たちに感謝しよう!お前たちが我らを解放した!我らは抑えられてきた。下妻から動けないよう縛られ、坂東市ほどが手を出せる範囲だった!それも憎き隣町の勢力がいたからだ!」
羽アリ怪人が叫べば配下の怪人たちがわめき立つ。殺気を隠しきれず、下級怪人たちが叫ぶ。怪人が叫べば魔獣たちもつられて叫びだす。鵺の怪人、魔獣たちはパンプキンから誘導されたものたちだ。鵺と10カ月も同盟関係にあるせいか、魔獣と上下関係ができつつもある。
其の凶行に野田市民は強く不安を覚えることだ。地元愛で募った強者たちですら、戦況の悪化を理解している。
「ロッテンダストは何もしない!昨日の放送は見たか?経済界よ感謝する!東京のものたちにも感謝してやるとも!お前たちのおかげだ!」
羽アリ怪人が大げさに叫べば、鵺の怪人や魔獣がつられて吠える。
「ロッテンダスト以外何もしない!八千代の束縛から解き放たれた!この意味がわかるか!」
羽アリ怪人は手を挙げた。
「我らは自由だ!!」
怪人たちが叫びだす。発狂に近い熱意が野田市を包む。その熱意を聞いたものたちは戦意を喪失し、武器を手放す。千葉軍隊2000は敵前逃亡をし、わずかに残った冒険者たちも気力を失った。勝てない戦い。
野田市は坂東市の隣だ。坂東市の悪パンプキンの魔獣を単独撃破し、独立を維持した自治体。10カ月前の大侵攻を退け、反撃とばかりに坂東市へ逆侵攻。途中で腐敗魔法の残り香や魔獣の死骸を見つけ調査。調査中、魔獣が大幅に激減し、残った存命種が繁殖活動に本能を発揮。種族の危機をさとったのか魔獣が狂暴性をまし、その時点での侵攻は戦力不足と判断した。
その後警戒を重ね、坂東市へ頻繁に調査もしていた。パンプキンが同盟を結んだこと、その相手が下妻の鵺だということを知った。坂東市へ調査した部隊が同盟関係情報を手に入れた。それも鵺の幹部、ダガーマンティスノバが暴露し、調査部隊は撃退され撤退。
パンプキンの魔獣が野田市に侵攻する数は減った。魔獣が漏れてくることはあっても、大軍がくることはなかった。坂東市に入り込めば、鵺の怪人が撃退しにもくる。されど野田市に鵺が手を出してくることはなかった。
ロッテンダストがいたからだ。
野田市の住人は皆しっている。パンプキン、鵺に挟まれて尚、独立を果たす地域があることを。衰退地域や危険地域、廃退地域など散々な評価をうけてはいるが、生き残っている。
八千代町のロッテンダスト。地域最悪の評判をもつ魔法少女。上級魔法少女でありながら、性格は無慈悲で外道。腐敗魔法という不快と恐怖を駆り立てる地域強者。
ロッテンダストが八千代町にいて、鵺とパンプキンを牽制したからこそ野田市は平穏だった。野田市よりも脅威度は八千代町のほうが上。平穏を作るうえで脅威があると団結するのが組織の流れ。鵺とパンプキンの同盟もロッテンダスト対策と考えられていた。
鵺とパンプキンの戦力は八千代町だけに向けられいると考えていた。だから野田市に攻めてくる余力がなかったと判断されていた。
ロッテンダストが外道すぎるがゆえに動けない。隙をみせれば腐敗魔法や非道な行いにて地獄を再現してくるからだ。どの地域組織も油断ができず、戦力を他に回せない。
ロッテンダストの拠点が襲われないのは、報復を恐れているからだ。またロッテンダスト以外にも強者は数十ほどおり、一人一人が化物クラスに強い。武力特化勢力、それが崩壊後の八千代町だった。
「野田市民に礼といってなんだ。殺さないでやる。歯向かってもいい、抵抗してもいい、そのうえでお前たちを倒し、生かしてやる!!慈悲をもって我らの感謝を知るがいい!!!」
野田市は前線だ。鵺とパンプキンの同盟。2つの組織の共同戦線、大勢力と化した相手に単独で立ち向かわなければいけない。同じ県であっても皆、野田市には協力をする気はないはずだ。
誰だって余計なことをしたくないし、被害を抑えたい。助ける気もないのはわかっている。
されど野田市は陥落すれば、前線よりも平和を築く人々の生活が脅かされる。柏だって前線は緊迫としているが野田市ほどではない。他県と接する地域で野田市は防衛が甘く設定されている。それには理由がある。
野田市は生き餌だ。崩壊した茨城からの流入する敵対者。それを防衛が甘い野田市に集結させることで、他地域の安定を保つ。
その代わり、野田市民はベーシックインカムなどの支給が7万円ほどと高く設定されている。医療保険も安く設定されており3割負担で済む
住めば命の危機がある。
だが生きるには最安で済む。
それが前線だった。
始まりの合図。これを許せば野田市は攻略される。
「行け、鵺の怪人たちよ。我らの自由を刻みこめ!!」
そして羽アリ怪人の腕が降ろされた。
鵺の怪人たちが駆け出し、目の前の獲物を標的とした。地元愛で戦う意志を選択したものたちは、降伏するもの多数。冒険者たちは武器を手放し、両手をあげ降伏。腕を負傷した女学生も、悔し気にしつつ、無事なほうの手を上げた。降伏だ。
千葉軍も敗北。やる気がないのは強制されただけのもの。地元愛でつのったものたちはやる気はあれど、戦力が圧倒的に不足。
勝てない。
怪人は強い。魔獣より怪人のほうが力は上だ。同じランクだとしても怪人には知恵がある。体力もある。本能やわずかな知性しかもたない魔獣ごときでは格が違う。
制空権も魔獣にとられ、陸も怪人たちが多数。
新自由主義で自己責任の社会で、誰が危険を冒せるのか。怪我しても自己責任だ。死んでも自己責任、誰も保証してくれない。自分の身は、自分だけのものじゃない。死ぬだけならましだ。もし動けない状態で生き残れば家族に迷惑がかかる。
降伏したものは怪人たち無視をされる。残念そうな怪人の表情を前に、皆不安すら感じていたことだろう。
だが降伏した以上、拘束はされる。鵺の怪人が人間に怪我をさせないよう注意しつつ、腕を縄で縛る。人間の弱さをしる手つきだと気づくものもいる。口にはだせず、なすが儘。
野田市は戦って敗北した。だが全力じゃない。
ほぼ不意打ちによる奇襲だ。正々堂々と戦えば、勝ちもしないが負けもしない。一都三県からの援軍を待ち続け、籠城もとい耐久戦をする。他地域には強者が複数いるし、野田市の陥落を認めれない一都三県は必ず援軍を差し向けてくるはずだった。
逃亡を選択したものたちは他の地域へ逃げ出した。野田市民の安全を担保する武力は逃亡、降伏をはたし、メディア関係者や命知らずの撮影者のみが現場に取り残された。
怪人に取り込まれたメディア関係者。命知らずの撮影者を囲む怪人たち。野田市民が物陰にかくれながら見つめれば、怪人たちは手を出す気がない。
上級怪人2体を控えさせた羽アリ怪人がその場に訪れた。
「我らを映し続けろ、情報を一都三県すべてに伝えろ。従わなければ殺す。お前たちは野田市民でないため殺す」
羽アリ怪人が伝えれば、メディア関係者はうなずくしかない。撮影を許可されている以上、職務放棄をするわけにもいかない。命知らずの撮影者の処遇も同様。野田市民が見守る中、羽アリ怪人の裁定が続く。
「安心しろ、野田市民。お前たちの安全は担保される。さもなければ我らは再び閉じ込められるからな」
羽アリ怪人がいう閉じ込められる恐怖。提供相手は外道魔法少女ことロッテンダスト。
野田市民は前線で住んでいる以上、ロッテンダストに感謝していた。経済的負担が少なく生きれて、保証も手厚い前線。そのわりに安全は担保された環境。ロッテンダストが周囲の悪全ての敵意を買ってくれたからだ。敵意を買い、悪の戦力が八千代町に向いたからこその平和。
ロッテンダストを擁立する八千代町が動けば、このありさまだ。
殺されないのも、ロッテンダストが背後にいるからだ。
野田市民が絶望する中、怪人たちの進撃は続く。坂東市から野田市の境界線。その先まで進み埼玉と野田をつなぐ国道まで鵺は進出してきた。戦力のみを撃破し、経済的被害だけを残す。
野田市の住宅地に怪人が出現し、様々な建物を取り壊す。それは破壊活動だ。ただ民家を壊しているのでなく、企業側の寮をぶちこわしたりしている。また大手企業の施設などを破壊。野田市の経済活動が大幅に減少していく。税収が、コストが増えていく。
それでも野田市民は他人事だった。
野田市民に増税をかせば、人は離れる。前線から人が離れれば、魔獣たちの興味は他の地域に行く。どうしても押し届けなければいけない周辺地域は援助をしてくれるだろう。
野田市のインフラは無事だ。
生き残った者たち、怪人に破壊された地域の人たち。全ての人たちに自由が与えられている。スマホをいじる自由から何までも束縛はない。だから皆スマホをいじり、情報を共有している。
リアルタイムで野田市の攻略具合が見えてしまう。野田市の主要地帯に怪人が進出情報から、野田市にばらつく武力たちの敗北情報。強者の逃亡情報から、他市民が逃げた情報。安全な避難先から全てネット上に上がっていく。
鵺とパンプキンは悪政をしかない
なぜかはしらないが野田市民は知っている。まるで誰かに情報操作でもされたようにだ。実際虐殺もされず、自由を許された攻略地域の人々が情報を上げている。鵺の怪人は市民を殺さない。その理由がロッテンダストが怖いからと理由をつけてだ。
八千代町を非常に恐れる鵺とパンプキン。
魔獣ですら人を殺さない。
野田市の大半が攻略され、その情報が市民によって上がっていく。
市民はスマホをいじり、明日を心配する。仕事はどうなるか、収入はどうなるか。今後はどうなるか。見えもしない不安が人々を駆り立てる。だがどうもできない。
その中である情報が流れた。
経済連合の国須代表がロッテンダストに賠償請求、その額2800億。
そのニュースが野田市民の目に入った瞬間、炎上した。
前線に生きる以上、ロッテンダストは必要な存在だ。平穏を作り、格安な税金で済むのはロッテンダストが身をはって、外道行為をしてくれたおかげ。
ロッテンダストと、八千代町の勢力が何もしなくなれば、それは鵺が動き出すに決まっている。パンプキンが暴走するに決まっている。
野田市民が過剰に国須を叩きだす。経済界をたたき出せば、それにつられた他の有識者もとい、他地域に住むものたちも重ねて炎上に参戦。
SNSのランキング一位にまで乗る騒ぎ。
ロッテンダスト騒動、国須に対し賠償請求する声が上がる。
ロッテンダストに2800億の請求をした国須。一都三県の現在法律解釈において正当な行為である。だが正当な行為が常に正しいわけじゃない。状況によっては最悪をうむことだってある。
法律は悪関連において、逃がすことは処罰と明記されている。倒せない場合や逃げた場合の過失は設定されていない。逃避行為や倒せないまでの状況までの損失などを設定すると、誰も動かなくなる。そのため努力した場合の失敗は、損失を請求してはいけないとまで記されている。
故意に悪に有利に動いた場合は、将来の損害まで含めた1割までを請求してもよい。
2800億がその金額。
ロッテンダストがしたことは悪かといえば否だ。六同通りの人々を救い、怪人をほぼ撃滅している。その報酬は想定被害額で打ち消されるくせに、善意だけ押し付けるのは間違っている。
野田市民の知恵による炎上。
現に野田市は攻略されかけている。野田市民がネット騒動を起こし、国須を叩きまくっている。野田市民は他サイト、動画サイトまで進出し、国須関連のものすべてに知識をたたきつけていた。
ロッテンダストの善意を金で仇つける悪魔。
経済界の賠償請求論を反転。国須による正当な行為が被害を生んだとして賠償請求論が打ちあがったというわけだ。
正当な行為として請求するなら、野田市も請求すべき。
夜中だというのにも関わらず、ネット上は炎上。野田市は大方攻略が進み、人々は自由を許されている。ただ人々は明日を恐れた。明日の仕事の行方もわからない。家族をもつものの将来への不安。独身のものたちの嘆き、老人たちが望むいつもの日常。
この時代、大抵はスマホで事足りるし、皆ができる。
不安が人々を国須叩きに駆り立てた。
深夜1時半ほど、経済界連合の国須代表が動画を投稿した。深夜であり、60を超える年齢でありながら、眠そうな様子は見せていない。服もきちんと着こなしたうえで語る動画だ。
魔法少女に対し賠償請求したことは間違っていない。このような事態になることは想定しておらず、心苦しくあるといったもの。ダスカルを逃がした請求によって、魔法少女のやる気をそいだことが今回のことであるなら、我々もできる限りのことをするといった内容。
国須代表も馬鹿でなく、今回のことがロッテンダスト関連であることを理解。更なる賠償を要求することなど言及していない。2800億を撤回するとも言っていない。
今後の話し合いを強調した動画だった。
SNS上にも釈明をのせ、今回のことは想定外。経済界はできる限り協力をし、事態の打開にかかる。野田市の皆様の安全を祈るといった言葉を残した。
事態の鎮圧にかかる。番組などの放送メディアなどは今回の騒動を黙秘。金の力によって無かったことにされていた。その事実を面白がった都民などが、野田市民に提供。野田市民が炎上行為を加速させていく。
これは野田市民の戦略でもある。
崩壊後において前線で生きる野田市民は、知識を最初に学ばされる。情勢から環境においての適切な対処法など全部だ。学校でも家庭でもなく、地元の冒険者、ヒーロー、魔法少女などの現場の知恵を叩き込まれる。
また人口も多い。
崩壊前は約十万程度の人口。崩壊後は他所の人口が流入してきて、30万人ほどに膨れ上がった。人口増加による税収、
一都三県からの前線補助金含め、野田市民は知識に時間を置けた。
ベーシックインカムが7万もあり、その分労働を減らすことで勉学をつめたからだ。
10万以上の人口が、地方ルールをネット上で繰り広げた。
この炎上が次の日の朝になってもやまない。事態に気づいた他所の人々が国須をたたき出す。新自由主義は市場によって左右される。一都三県の市場とはつまり、人々の営みだ。日本政府が崩壊し、代理的立場として首都圏が代行している。政府を代行する以上、人々の過剰な反応に対処をしなければいけない。
ロッテンダスト騒動は再び別の展開へ行く。
次の日の午前11時。
国須は動画を再び上げた。
スーツを着こなした姿で、頭を下げる。
ロッテンダストに対しての賠償請求を取り下げるといった内容。ただし野田市の原状回復を条件としたものだ。本来なら妥協すべきでない所を国須が妥協したであろう理由。
ロッテンダストが見つからない。
独自交渉をしようにも、ロッテンダストを誰も知らない。一都三県の監視カメラ網を利用しても見つからず、似たような容姿の人間を探しても見つからない。情報を知っているだろう三船十四郎も何故か姿がない。
そのため独自の交渉ができなかった。
ロッテンダスト本人と交渉すらできない。減額という建前も経済界の手駒にする妥協もできない。そのくせ炎上が進み、番組などに騒動が流れない。情報操作とまで言われ、人々が炎上に参加しだす。市場が歪みだし、次の株主総会においても、このままでは話がつかないほど悪化する懸念。
それらを瞬時に理解できるのが国須だった。
疲労は多少あれど、焦りも多少あれど、国須の様子は変わらない。経済界の代表である以上、うろたえたりもしない。2800億を請求停止を前に事態は進展するという考えもある。
踏み倒されることも考えた。一都三県に身をおくのであれば、踏み倒すことは容易ではない。こちらから歩み寄り、相手にも妥協させる策。
普通の人間ならそこで妥協する。
ロッテンダストのことも調べ上げている。鵺のこともパンプキンのこともだ。地方在住であることもだ。外道行為が目立つが、大体の行動には条件がある。最大限の利益があるよう、非道を行っている節。
状況把握能力が高い。
国須はロッテンダストをそう評価した。
戦闘能力はあくまで目立つ評価、実体は把握能力によって、環境に適応した手段をとるタイプ。
ここらが引きどきだろうと国須は事態の収拾に走ったわけだ。
だがロッテンダストは更に上を行く外道だったことを知らない。
ロッテンダストは六同通りに現れた。電光掲示板のカメラのレンズを覗き込んでいる。その情報は一都三県のカメラ網がとらえ、国須の電話に届く。カメラ網を監視する人員からの連絡。
自宅にいた国須は表情を変化させた。
ロッテンダストも妥協案に気づいた。
相手の能力の高さに関心をもつ国須は、次の要求も予測していた。
六同通りのカメラが全て稼働する。電光掲示板のカメラは起動していなかった。周囲のカメラも一部を残して起動していなかった。それを稼働させ、遠隔操作でレンズをロッテンダストにできる限り向けた。
東京のビルがロッテンダストまみれになる。六同通りからモニターの大体がロッテンダストばかりを放送。緊急番組と称した内容で物事は進みだす。
それに気づいた映像先のロッテンダストが両手でピースをしだした。
国須もテレビをつけ、ロッテンダストが映っていることを確認。現地の音も出ていることを確認。あとは現地のスピーカーと国須の通信をつなげるだけだ。すぐに部下に連絡をとり、放送局と交渉。
現地のスピーカーと国須のスマホがつながった。
「どうでしょう、音は届いていますか?」
国須は穏やかに尋ねた。テレビの先のロッテンダストは笑みを浮かべながら、頷く。見たところ可愛らしい少女である。だが裏にあるのは賢さをもつ大人のものだ。油断をせず、国須は会話をした。
「この前のお礼から先にさせてください。ザギルツの幹部相手に生きて家に帰れたことを感謝いたします。ありがとうございました」
「命を助けるのは人として当然」
ロッテンダストが胸を張り、答えた。国須は声は優しくしつつも、相手を観察している。
「我々の妥協案はご存じでしょうか?」
「当然、だから来たからね」
ニタニタと笑う魔法少女。可愛らしさが一瞬、薄気味悪さをもつ。だがすぐに可愛らしく取り繕う姿。
「野田市の被害もご存じだと思います。我々はロッテンダストさんの活躍を知らなかった。この事態は想定外でした。ダスカルを逃がしたことへの損失のみに動かされた我々の落ち度。そちらの事情をしらず、一方的に賠償金を請求したことをお詫びさせていただけませんか?」
「国須さん、貴方は正しいことをしたんだよ?なぜ詫びる必要があるのかな?」
可愛らしいくせに、説明をさせようとしてくる相手。国須は強い警戒心をもって、説明を果たそうとする。息を吸い、目を映像の魔法少女へ向けた。
「我々は正しいことだけをした。世の中正しいだけでは物事は進まないことを忘れていました。状況は一刻と変化するのに、我々はそれに置いてかれてしまったんです。損失は補填をしなければいけない。その損失が将来のものであったとしても、補填を用意しなければいけなかったのです」
国須は語る。必要なのは言い訳でもあり、立場の説明だ。
「その経済の常識を、貴女に、ロッテンダストさんに押し付けてしまった。その後悔がようやく感じてきたことです。野田市の惨状をしって、我々は正しさの上にある誤りに気づきました」
第三者の視点と自分の視点を国須は交互に合わせていく。こんな言葉すら咄嗟に思いつくのが経済界の実力だ。正しいことをするだけで、落ち度は一切ないのが今回の出来事。
「賠償請求を撤回いたします」
そうして詫びを告げようとした
「大変…」
それをかぶせたのは魔法少女だ。
「詫びなどいらない」
笑みを消し、冷酷さを示す。状況把握能力にたけた少女が牙をむく。牙をむいたうえで口端を大きくゆがめたロッテンダスト。
「君たちは間違っていない。僕も間違っていない。お互い間違っていないのに、謝るのはフェアじゃないよ」
ロッテンダストの本性。状況把握による、環境に対しての適切な対処。
「商人‥‥代表が電話で告げた通りだよ。僕たちは何もしない。賠償も撤回されなくても、払う気がない」
必要なのは、と口を動かす。ロッテンダストの動きは想定を上回る。お互い妥協して誤魔化す場面であったと考えていた。経済界と完全敵対をするにはリスクが高い。それを踏まえたうえでの妥協案だった。
野田市がこのままで終わるとは思えない。戦線は拡大する。野田市が陥落、柏から流山市、松戸だって落とされる可能性がある。市川市だってそうだ。あの怪人たちは占領を目的としていない。情報を収集した国須はわかっている。
経済の破壊活動が目的だ。
「…賠償の撤回と、私の謝罪が必要であればします。貴女に見えるよう土下座をしろというのであれば致しましょう」
ロッテンダストが首を振る。
「君が謝罪をしても、助けない。何もしないを選んだ僕たちに、何をさせたいんだろうね」
ロッテンダストが挑発気味に表情を作る。自分の指先を口元にあて、目線はレンズ。その先にいるだろう国須を前に堂々と立ち向かっている。
番組は一都三県全体に放送されている。
経済界と敵対しても、怖がらない。
ロッテンダストの有無が、鵺とパンプキンを抑制する。経済界がいくら激怒したとしても、それ以上の被害を生み出す手段が相手にはある。国須は目をつむり、さらなる被害を計算する。
人死にがないのは、ロッテンダストの動向を探るため。悪による配慮をさせる外道。
ロッテンダストが経済側、国須に求めているのは別のこと。
賠償請求撤回したから、即解決。現状回復に動くなど調子が良すぎるということだ。国須はそう判断し、別の方式に変えた。
「わかりました。経済界はロッテンダストさんと協力者の皆さまに依頼を出しましょう」
ここで国須が入れた含み、協力者。この前のザギルツ幹部との番組に出たときの男。最高ランク冒険者三船が会話の最中にいれたワード、飼い主。
組織集団の可能性がある。
「野田市奪還を依頼します」
ロッテンダストは何度もうなずいた。わざとらしく何度もだ。そのくせ挑発的な目線とともに油断する気配も見せない。
「報酬は賠償請求の撤回含めた、100億でいかがでしょうか?」
とたんにやる気をなくしたように肩を落とす魔法少女。わざとらしく、中指をたてつつ、目は鋭くレンズをみている。
「未来の損失の1割。その金額が2800億だったよね?」
やる気もなさそうにするくせに、目が輝きだす少女。邪悪さを隠しきれずに、どす黒い炎を体全体から噴出。
「賠償請求されて心痛めたなぁ、慰謝料もいれなきゃなぁ。損失の1割が未来まで続くなら、救った未来の利益も1割加算されるべきだよね!!」
だからとロッテンダストは指をレンズに向けていた。国須へ向ける指先。目が輝き、邪悪さを嘲笑が生み出す矛盾。見た目は可愛らしくても中身が外道。
「賠償撤回含めた、未来の利益1割。慰謝料こみの報酬2800億で手を打とう!」
未来の損失の1割が2800億。善意と人々を救った報酬を引いた金額。
救った未来の利益1割が2800億。賠償請求撤回とそれに通じる慰謝料を加算した金額。
最低がいた。
外道がいた。
国須は非常に苛立ちを覚えた。だが否定できない。そんな法律解釈はないが、これを否定すれば状況は悪化する。法律にないことを契約しても撤回は後でもできる。だが撤回して、再び同じ事態になればどうしようもなくなる。
この状況、番組も放送したのは、ロッテンダストと取引を表向きにするためだ。
また放送中であれば多少はロッテンダストも遠慮すると思った。賠償請求の撤回だけで済むよう放送を手配。人は人々の前だと自分をよく見せたがる。善意もそう、悪事アピールもそう、自分に都合よく思わそうとするのにだ。
ここまで人の心がないのは初めてだった。
国須だって放送中は言葉を選ぶのに、ロッテンダストは選ぶことすらしない。
「2800億だよ、びた一文まけないよ!あと十秒で3000億になるよ、1、2、3、4」
そのくせカウントダウンをし、焦らせて来る。過剰請求だが、武力の値段はインフレをおこしている。野田市の救済はあくまで建前。これ以上の被害を許せば、請求先は経済側に向けられる。
人々の数と一都三県の代行政府を前に、いくら経済界でも好き勝手はできない。
「…わかりました」
早急に回復を望む以上、国須は飲むしかない。放送中であるし、正しいことだったとはいえ、請求をしたのは経済側だ。自分がやって、やられたら払わないは通じない。ロッテンダストと同じ立場になれば、市場からの評価が下がる。
「5,6,7,8」
カウントダウンが止まらない。ロッテンダストは愉快気に続けていた。
「2800億払います」
「9、10。残念時間切れ」
ロッテンダストは指を三本立てた。立てた指一本につき一千万。
「払うといったはずですが」
払う意志を断言すれば止まると思った国須。抗議のため声をだせば、ロッテンダストは首を傾げた。
「どこに2800億があるの?」
首を傾げたまま、親指を下に向けた。挑発行為と同時に、何度も地面を親指で指す。
「見えない2800億なんて聞いたことないよ?はやく見せて2800億」
国須は頬がひきつっていくのを感じた。ロッテンダストはたった10秒の間に2800億を用意して、目の前に置けといっている。
「2800億ほどの大金を10秒で用意できるわけないでしょう?」
「じゃあ払う気がないとみなして、何もしないようにしよう!」
ロッテンダストが踵を返そうとする。本気で背をむけ、帰ろうとする。嘘ではなく、本気で帰ろうとしている。
愉悦気味に横目でレンズをみる魔法少女。
こいつは外道だと本気で国須は思った。
「2800億を用意するのは数日ください。振込なら1時間以内に」
外道相手に怒りにのまれそうになった国須。だが必死に大人として必死に自分をなだめた。
「3000億だよ」
「…2800億」
国須が間を開けるが、即座にロッテンダストは反応がなくなり、立ち去ろうと歩き出す。
「3000億出しましょう。ただし現金なら数日ほど必要ですが」
この場の優先度はロッテンダストにある。気分屋にみえるが、状況把握能力が高いため、利益を最大限に伸ばしたように見える。
足を止めたロッテンダスト。
小馬鹿にしたような表情をレンズに向けた。
「3000億を現金で用意されても迷惑だよ」
正論を相手に言われ、国須は殺意を覚える。2800億をこの場に用意しろと言ったのは誰だと叫びたかった。
だがひたすら耐えた。
「口座番号は」
ロッテンダストが告げる番号。まさか放送中に流すとは思わず、紙とペンを慌てて用意し、メモはした。
この口座番号からロッテンダストの素性が割れるのか。
いや割れない。
きっとダミーのものだ。
もしくは組織の表向き代表の口座か。どっちにしたって口座がある以上、マイナンバーがある。素性を探るのも、納税するのもマイナンバーで管理されている以上、戸籍がある。誰のであっても、どこかにつながりはあるはずだ。
情報など簡単に手に入る。
「その口座番号は、新しく東京に作る会社のものだから、仲良くしてね」
新企業の資本金。
3000億の資本金とは何か知りたいものだ。今は新自由主義でインフレが金持ちの間では加速している。だから3000億というのは大金であって、払えない金額ではない。経済連合に所属する企業と資本家から一部を寄付してもらえば、割り勘といった形にはできる。
今回の出来事は経済連合の総意。
国須が動けば全員渋々払うはずだ。
それに東京に企業を置くなら、必ずロッテンダストと組織構成員も探れる。そのうえで引き抜くか、手駒にするかの選択肢が増える。
3000億は先行投資だ
そう思い込むことで、苛立ちを必死に抑えていった。