おじさん 魔法少女 22
片が付くはずだった。
空気が変わる。先ほどとは違う重みのものだ。人間関係や社会構造から成る地獄は、方向性の違う地獄へ変わる。
悲鳴がひびく。
人々が慌てだす。番組にうつる出演者をのぞき、本来は裏方であろうものたちが映像に映りだした。逃げるように、恐れるように前へ前へ、そこしか避難場所がないようだ。
番組が壊れた。映像の中に赤が舞う。渋面をしていた三船の表情がすぐ変化。警戒の色になり、わきに置いていた大剣を握りしめた。ギルド長を庇うよう前に立っていた。
悲鳴が濃くなる。
映像の前に出演者以外出ていけないはずなのに、裏方が出てきた事実。パニック状態で逃げ出し、理性がない。
背に大きな傷をつけたアシスタントが、映像の前で倒れた。スタジオを赤で汚し、眼を開いたまま息だえた。
スタジオ内に姿を現していく。
白い爬虫類の怪人、白蛇怪人。白い肉食獣の怪人、白ジャガー怪人。それらの怪人がスタジオ内に数体侵入してきた。また白の外装とともに、大きな鎌をもつものが映像内に遅れて現れた。
白の外装はローブであり、鎌を握る手は白の外殻にまとわれていた。映像に見えるよう、表を上げたローブの顔にあるのは昆虫の顔。
木の外皮をかみ砕く、巨大な顎。獰猛な昆虫を現すよう、黄色く光る2つの目。触角はないようだ。体全体が外殻にまとわれた。あの特徴はカミキリムシだ。非常に強い顎をもち、常人が持とうとすれば強い抵抗力で手を離すほどの虫。強い顎は人間の指から出血など容易。
カミキリムシをベースにした怪人だった。
その姿を見た人間たちの言葉が重なろうとした。
「「ザギルツ幹部の一体、ローグ」」
三船含めたギルド関係者が同様の内容を口に出した。
ザギルツ幹部、ローグ。上級怪人。ダスカルの次に強い怪人であり、他の悪との外交、人間との交渉によく姿を現すやつだ。ダスカルと違い、人間情勢なども詳しいと聞いている。
Bランクになりたてほどの実力。ロッテンダストよりは圧倒的に弱いし、凶悪面の怪人のほうが強く令嬢怪人では倒せない実力。地方では組織を引き入れるほどの高ランク。
カミキリムシの顎が動く。
「ダスカルを殺せ、殺せと誘導をするお前たちの罪は重い」
ザギルツの怪人のつながりは強い。僕が調べ上げた情報によれば、上司と部下の連携やつながりは重視されている。人間と怪人の関係もしっかりしている。忠誠度が高い人間の雇用、家族も保護する柔軟性。
大鎌を国須へと向けたローグ。
ザギルツの幹部、ローグからしてみればダスカルを殺されてはたまらない。
ロッテンダストの気まぐれが、ダスカルの次につながったわけだ。
ダスカル抜きでザギルツはない。他の七大悪に抵抗できず蹂躙されるだけだ。基本的に悪は吸収をあまりしない。敗北者は皆殺しにし、使える弱者のみを奴隷とする。敗北は死であり、隷属は屈辱の始まりだ。
「お前たちの次なる手はわかっている。魔法少女に莫大な借金をおわせ、操ろうとしているのもだ。ダスカルを倒した者にザギルツは勝てない。魔法少女で脅すことも可能だ。他の悪と戦わせて共倒れでも狙うか?」
白ローブのフードを空いた手で外す。
カミキリムシをベースにしたごとく巨大な顎が衆目にさらされる。
また全体的な白の外殻に黒いまだら模様が頭部全体に点々としていた。
魔法少女を使い、ダスカルを今度こそ倒させる。もしくはダスカルを脅し、ザギルツを魔法少女の支配下に置かせる。そのうえで借金という形で魔法少女を縛り、従う意思にて借金の返済を経済側が放棄する。低価格の年俸で利益を残させ、実質的な返済を低賃金にて行う。
これは奴隷契約方式にも見えた。
ローグは勘違いしている。
僕は借金ごときで言うことを聞く気がない。
言いがかりレベルだ。住所も氏名もわからない相手に要求を突きつけるのは不可能。きちんとした手順によって書類を裁判所が発送しなければいけない。その書類が本人に届いたという証拠も含めてだ。もし偽装された場合は裁判自体がおきない。
新自由主義は裁判を重視する。国民の権利が国家が自由に決めれる社会。国家が定めたルールは無条件に効果をなすわけじゃない。社会システムを国民が従わなければ国家は力を発揮できない。
国民が無理だと暴動を起こせば、国家の力は減少する。
国民の暴動と国家側からの弾圧行動を後回しにする手段。
それが裁判だ。
国家が国民に。国民が国家に。血を流さず、知恵と言葉と感情をのせ、国民が選んだ裁判官と裁判員制度によってえらばれた国民が判決を下す。
国家と国民が裁判を通し、事態の決着をつける。
もし裁判が起きれば、僕は負けるだろう。ダスカルを見逃し、煽りまくった。国民情緒も既得権益側からの印象も悪い。経済側が僕を借金漬けにして、手駒にしたい気持ちもわかる。ちょうどいい時に失態を見せた。
武力のコストを引き下げるため、僕を利用したい。
悪から身を守るために僕を利用したい。
三船はそれがわかっていたから、黙っていた。
ロッテンダストに住所はない。
氏名もない。
だから踏み倒す。裁判は起きないし、起きたとしても無視する。
だが上級怪人ローグはザギルツを守るために、無理をした。
「ダスカルを倒した魔法少女に告ぐ」
殺気が番組を包む。三船が大剣を構え、身を低くする。沈黙も悔し気な表情も消え去り、冷酷な戦士の表情へと変化していた。
三船の殺気、ローグや手下の怪人たちの殺気。
この番組に人間側の力は三船だけだ。だが三船はロッテンダストに及ばずとも、生身で怪人に渡り合えるほど実力はある。
「こいつらを殺してやろう。凄惨な光景と命乞いの姿を見せてやる」
ローグの狙いがわかったとたん、僕は行動を起こしていた。
一度路地へ戻る。表通りの監視カメラ環境から逃れるためだ。表の明るさや喧騒が暗闇に消えていく。完全に消えない位置、ぎりぎり表のモニターが見えるぐらいで停止。
懐から銀の物体を取り出した。それはアルミホイルに巻かれたもので、中身を取り出せば入っていたのはスマホだ。
僕のスマホじゃない。
商人のスマホだ。
電源を付けた。暗証番号など本人から聞き出しており、すぐさま解除。時代が古いのか動きは遅い。何年前のものだろうか、電子端末の進化も化物たちの出現によって大きく遅れた。
カメラ部分はつぶされている。またこの機種は物理simカード搭載のものだ。通信を負えればsimカードを抜き、電源を切っておけば最新情報を抜かれる心配はない。カメラ部分が内緒で持ち主の環境、声、行く場所、マイブームなどを隠れて収集する。
社会問題になってなお、人はスマホを愛する。プライバシー懸念のため一度法案で規制されたけど、新自由になって解除された。
便利さには勝てない。
僕は登録先にある三船の名前を見つけた。
仕事の依頼をした以上三船の電話番号を登録か履歴が残っている。そうだと思って商人のスマホを預かっておいてよかった。
あとは別の手を打つだけだ。
令嬢怪人を見た。平然としているがロングソートの柄に手が置かれている。僕への敵対意志を見たからか、排除思考が生まれてしまっている。敵対者はつぶし、潰した体を土足で踏みつけろ。これが地方ルール。
令嬢怪人に指示を出す。
「今から言うことに従ってね」
そして僕は命令を下し、一瞬渋った表情をした令嬢怪人。無表情で見つめていれば、命令違反と理解したのか。常に冷静な怪人が怯えた様子を見せた。遅れながらの反応にして、怪人は頭を下げ謝罪の意思を示した。
怪人が様子見のためか視線を上げた先。
僕と令嬢怪人の顔が至近距離にあった。
「信じてるよ?」
疑問形にして僕は顔を離す。右手にもつスマホを弄びながら、左手でしっしと追い払う。令嬢怪人がそれでもなお動かず、恐る恐るといった感じに乞うてきた。
「…そのご指示は御身を危険にさらします…ご再考を」
忠誠度が高いのは良いことだ。
「さあ急いで行くんだ」
怪人の願いを無視し、僕は考えを貫いた。大首領の命令に逆らえるほど令嬢怪人は強くない。凶悪面の怪人ですら大首領には逆らえない。言い返してくるのはティターと院長ぐらいだ。Dランク怪人であれば思考放棄をしてる。
上級怪人ゆえに悩むのだろう。自分の生まれた意義、立ち位置などを加味して、必死に己を説得している。その様子が見て取れてしまう。苦悩の表情をうかべ、目をキッと鋭くして誤魔化したようだ。
令嬢怪人は僕を一瞥し、頭を下げる。そして背を向けて走り出した。
「ごめんね」
謝る感情など一切ない。礼儀として令嬢怪人にあてたのみ
三船の番号をタップした。
周囲には僕だけ、表通りの監視カメラもここには届かない。
三船は電話に出ない。表通りの壁面モニターも切迫とした状況が続いている。怪人と三船の殺気が小さな平和を作っている。三船はロッテンダスト相手に負けたけれど、それは僕が肉体戦闘特化型だったからだ。腐敗魔法しか使えず、そのほかを肉体戦闘能力に振り分けたパワーバランス。
ローグ相手なら違う。
肉体戦闘特化でもあるけれど技量型でもある。技の器用さ、気力を込めたスキルなどを多用する怪人。三船の相手に不足はない。冒険者は弱い。ヒーローより肉体戦闘力は低い。魔法少女よりも魔法は弱い。だが持久力や生身で行う戦闘経験は過剰に本能を刺激する。
生きる能力はヒーロー、魔法少女より高い。
冒険者として生き残るやつが弱いはずがなかった。
三船の殺気に惑わされた下級怪人が一体、背後へとびかかる。白蛇の怪人だ。三船が目を向けずに放つ背後への一線。それが下級怪人の胴体を両断し、返しの刃が頭部を裂いて殺害する。
最高峰の冒険者。生身で怪人を殺害できる人間。
三船十四郎。
ローグは三船しか見ていない。国須は眉を細めるだけで、六同社の部長は気絶しかけている。郡司は三船から離れず、三船自体は周囲を牽制及び把握につとめている。
そんな三船の様子を無視し僕はタップを繰り返す。タップして、モニター上の三船の懐が振動しては通話を切る。一度、二度、三度。何度もタップしてはすぐに切る。
やがて三船の集中が切れたのか。
8度目のタップに、三船はスマホを取り出した。モニター上の三船は警戒を怠っておらず、殺気を飛ばし続けている。三船が殺気をやめれば番組のものたちは皆殺しだ。
経済界がいなければ冒険者は成り立たない。ギルドも同じ。
ギルドや冒険者がいなければ経済は成り立たない。
三船は一つの体で二つを背負っている。
三船はスマホを耳に当てていた。郡司は様子を見るだけで何も反応はなく、国須とかも一瞥したまま無言を貫いた。
「今は遊んでいる場合じゃない。要件がなければ」
切るぞといった暗黙のもの。僕は楽し気に思いながら、電話口に語り掛けた
自分の喉に指を強くおしあて、無理やり形をかえる。
「三船さん、折り入って相談が」
商人の声を捏造した。僕は声真似が得意であり、男性であれば高い声でない限り真似事ができる。三船の耳には商人の声が届いているし、それは声質だけならば特定できないものだ。
だが三船は見抜いたのか。
モニター越しに電話越しに苛立ちをみせる姿があった。
「お前は誰だ。依頼主は俺を名前呼びしたりしない」
三船は冒険者の最高ランクだ。僕は弱者扱いしているけど、常人からすれば冒険者は異常者みたいなものだった。能力があるのに危険なことを自分から進んでする。化け物とふれあい生き残ったやつを人間扱いするのも少ない事実。
忘れていた。三船ほどの実力者なら差別も受けていたはずだ。強者ゆえの差別を。
「事と次第によっては…」
電話にも注意を配り、周囲にも気を配る。油断もできない環境なのに、僕が邪魔をしている。
「三船十四郎。僕だよ僕」
商人の声で正体を明かす。名前も告げない。口調だけならロッテンダストと僕の差はない。声質だけで気づかなければいけない。
「…っ」
三船の表情が変化した。モニターに映る三船が初めて殺気を忘れ、動揺をみせた。その瞬間怪人が国須や郡司に狙いを定め襲撃をしようとした。三船の殺気によって抑制された、暴力行為。それが一瞬でも途絶えた瞬間攻撃しに来た。
だが三船は大きく叫んだ。
「待て!ザギルツ!」
下級怪人もローグも含め、三船は静止につとめた。必死の様子に怪人たちですら呑み込まれ、攻撃を停止。下級怪人の停止すら咎めず、ローグは三船の様子を見つめていた。
僕は三船に語りかける。
「出演者全員に聞こえるようにしてくれないかな」
商人の声を利用し、三船に願う。手段は三船に任せた。僕がするのは優しい提案だ。楽し気に下手な口笛を吹く僕。そんな口笛のなか、三船は周囲を睥睨。そしてローグの視線に真っ向からぶつかった。
「ローグ、お前が恐れるやつの飼い主からだ」
スマホの画面をローグへ向けた。依頼主の名前は載っていない。特定の記号にごまかされた連絡先の名前。
「皆も聞いてほしいそうだ」
三船の言葉にローグは悩むことなくうなずいた。良くも悪くも三船は信頼性がある。悪からも人間からも誠実なやつだと評価されている。自由主義に染まったロマンチストであっても、そこに嘘を混ぜたことはない。
時間稼ぎとしても見られず、ローグが部下の動きを止めるよう手で制す。
そうして舞台は整えられていく。
まだ傷も負っておらず、死に直面した番組関係者。アシスタントなどが番組の中央にテーブルを設置している。そのテーブルにはマイクが置かれていて、スマホがたてかけられている。スピーカーとマイクが重なるよう斜めだ。
「初めまして、皆様」
商人の声で語りだす。
「ザギルツの幹部ローグさま、経済界の国須さま、ギルド長の郡司さま、負け組の六同社の人。哀れな羊の三船さま、このような場を整えていただき感謝いたします」
嘲る調子で飄々と語れば、番組の人間たちの表情は変化する。郡司や国須は警戒心をスマホに向け、六同社は憤りを見せていた。三船は周囲を睥睨しながらも、電話先の僕に対し心配そうでもあった。
「ローグさま、この場を皆殺しにしても魔法少女は止まらない」
悪は結果をもって事実を作る。ロッテンダストの敵を一方的に殺害することで、恩を着せようとしている。賠償金を請求するものを殺し、2800億ほどを水に流させる。ザギルツはそれを対価に手を出させないよう交渉をするつもりだった。
既成事実による一方的な承認。
むろんローグはとぼけた。
「なんのことだろうな」
上級怪人はとぼけたまま、油断も隙も見せてくれない。
「あの魔法少女は野良ですが、フリーじゃない。僕たちが管理する大切な資源。貴方たちの努力によって敵が消えることを望まない」
一呼吸あえて置き、僕はつづけた。
「ローグさま、一々皆殺しにしなくても大丈夫。今の予定には、ザギルツ関連は入っていない」
「今の予定を今後の予定までつなげるにはどうすればいいだろう?」
僕の言葉にローグはすかさず口をはさんでくる。ザギルツの外交などを担当し、上級怪人ながら人間を理解する幹部。
「ザギルツらしくない」
煽れば、ローグは一瞬口ごもる。だがすぐ返そうと顎を開いた。
「…知ってるからだ。あの魔法少女の名を」
ローグは幹部であるし、人間情勢をよく知っている。ダスカルはザギルツの看板ゆえに地方を知らない。ローグは外交などをこなすため知っているようだ。
僕はその言葉に少し驚いた。
東京7大悪が地方を知るはずがないと思い込んでいたからだ。
「…とある地域における悪夢…周囲の悪を圧倒し、過剰な暴力で地獄を作る…地域強者…」
ロッテンダストは地方でしか名が売れていない。北関東の崩壊した県。危険地域、衰退地域に廃退地域。非常に残念な呼ばれ方をする場所。そんな場所での名声でしかないはずだ。
ローグはロッテンダストを知っているようだ。
そのうえで名前を出す気がない。
出せば人間と僕の裁判が行われる可能性があるからだ。名前を知ることで、場所を知ることができる。
本当に僕の敵を殺しにきて、利益を邪魔しないようにしに来たようだ。
ザギルツのために、ローグは献身を尽くしている。悪のくせに律義だ。
だが非常に残念だ。
商人の声を利用したまま、僕は番組の皆に伝えた。
「魔法少女の名前はロッテンダスト」
紹介をした瞬間、ローグと三船が動揺する。僕の正体をしるローグは、顎を何ども交差させ反応にこまっているし、三船も視線をうろちょろさせている。
一人と一体の努力を無視したうえでの暴露。
僕はスマホ越しで笑った。
「秘密事項じゃない。教えてあげたんだ」
この状況で、名を明かす。
自殺行為でしかない。人間社会において名前を知られることは、全てを知られることだ。
「ロッテンダストは賠償金を払わない。いくらでも請求していいよ、払わないから」
僕はついに嘲笑を初めてしまう。口調が変わっていく。いつもの嫌がらせに特化したものに戻る
「あっはっは、経済界の皆様、ザギルツ、ギルド長と三船に教えてあげよう」
商人の声で、商人のスマホ。どうせ僕につなげる情報を持つのは三船だけだ。僕のことをばらしてもいいし、ばらさなくても好き勝手やる。
「ロッテンダストは何もしない。僕たちも何もしない。自由と自己責任の結果を君たちは大切にするんだろう。2800億の賠償金を請求する以上、僕たちも代わりに何もしないをプレゼント」
この意味を理解したものはどれほどいるか。
一人、いや一体だけしか理解していない。
地域情勢を知る悪、ローグのみがそれを理解したようだった。
「…ザギルツはお前たちと敵対する気はない」
「君たちの意思など関係ない。僕たちは何もしないだけだよ」
僕たちは何もしない。
ローグと僕だけが理解し、わからないまま物事が進みかけた。だが経済界の代表、国須は口をはさんできた。
「何もしないからといって賠償金を逃れるつもりでしょうか?」
国須は事態が読めないものの、自分たちの利益を持って来ようとしているようだ。だけどローグの様子も観察しており、物事が思い通りに進まないとも理解しているはずだ。
現にローグを非常に見ている。
「この場の皆を助けてあげる。それが賠償金代わりさ。君の命は2800億より軽いかな?六同社の部長は軽いかな?冒険者ギルド長は軽いかな。三船だけでも2800億は安いと思うけど、どうだろうねぇ」
命は重い。
金よりも重い。金はあくまでツールでしかなく、命はかけがえのない一つだけの奇跡。
「こちらには三船さんがいる。他にも安全を担保する力はある」
「三船だけで安全は手に入ればいいね。安全を担保する力がほかにも?上級怪人相手に命をかけて君たちを守る人材がいるとでも?7大悪に目をつけられて平気な人材を教えてよ」
僕が保証するのは命の安全。
それを国須はローグ相手に三船や他の要素で安全を担保できると信じている。実際はできるのだろうけど、それは不可能だ。
国須は知っていたうえで、嘘を吐いた。言い返したことに対し反論もでなかった。ただ言い負かしたわけとかじゃなく、会話での人間性を把握するためのテストみたいなもの。お互いテストをして、しゃべることがなくなっただけだ。
今の時代に命を懸けて他人を守るやつはいない。そういう社会に作り上げたのが自己責任。
新自由主義と自己責任を持ち、かつての国民性を求めるのが上の願い。
崩壊前の政府が必死に作り上げた保証の数々。
それらが崩れた今、人材は自由に身勝手に、独自の自己責任をもって生きている
「ローグへ、手を出さないであげる。条件としてはこの場のものを見逃すこと」
ザギルツが求めるのは、ロッテンダストが手をださないことだ。冒険者ギルドが防衛契約を結ぶ番組にまで襲撃して得ようとした。それを手にするチャンスを前にローグは逡巡。時間をかけることの意味も大切さも、無慈悲さも知っている。
だからこそローグは受け入れるしかない。
「…ロッテンダストは来ないのだな?」
「何もしないからね」
ザギルツも僕も口約束など信じない。他人の前だからといって口約束が実行をもつわけがない。契約書を交わしたって、悪は平気で破る。自分の支配下のものに対しては意外と誠実でもある。だけど支配外の他者などどうでもいい。
悪はそういうものだ。
そして話を終えかけた。
その際に意外な人物がスマホの前にたつ。三船の警戒さのうえに成り立つ安全。その人物はギルド長だ。
「貴方の声は聞き覚えがある。しかし印象が違うようだ」
三船を動かすほどの依頼人。ギルド長は商人の所属を知っているはずだ。暴力団ということもだ。そのうえで受けたのは、八千代町の武力詳細を知りたかった。経済界は知らずとも、7大悪の大半が知らずとも、ギルド長は地方を知っている。
「お年頃だからさ。対面じゃなく、電話越しだと偉ぶるやつと一緒一緒」
茶化す僕にギルド長は目を閉じた。きっと思考しているのだろうけど、これ以上は無意味。
僕は締めくくりにかかる。
「賠償金を請求したければどうぞ。2800億より君たちの命は軽いと評価ができるなら、どぞ。ローグに願うのはこの場の安全だけだ。ザギルツの善意を信じているよ」
そして電話を切った。
モニター越しにスマホを見つめる一同。僕はこれ以上いる必要はない。スマホの電源を切り、simカードを抜く。そのうえでアルミホイルをスマホに巻いていく。隙間がないよう覆い懐へしまった。スマホはGPS機能もあるし、ネット上に端末をつなげば居場所すらばれてしまう。
きっと調べるはずだ。通話の履歴から居場所までだ。
そんなことすら愉しみで仕方ない。
路地へ、暗闇へ逃げていく。スラムへ戻る手順、愉快さが心の我慢を打ちくだいてしまった。
「あははは」
狂ったような笑い声が喉から漏れ出す。
ビルに戻った僕。いつもとは違う僕の様子に院長が訝し気に観察をしていた。だけども反応する気もない。僕の背後や周囲を観察し、誰かいないことにも気づいている。それでいて院長は沈黙で返した。
令嬢怪人がいない。凶悪面の怪人も赤メッシュの怪人も気づいていて、口に出さなかった。
僕が愉快気だからだ。この気分の良さを崩すことを恐れ、また令嬢怪人の実力であれば危険なこともない。
院長も怪人たちも僕には触れず、日数を過ごすこととなった。
僕たちが東京に来て三日目。その一日は終わりをつげ、四日目とつながった。だけど事態は大きく変わることになる。四日目の夜9時、大きな警報が鳴り響く。一都三県におけるどんな出来事も事態が重ければ警報がなる。
道路に設置されたスピーカー。鉄塔の上に設置された放送スピーカー。いくつものスピーカーが同等の警報を鳴らした。
警報の中、甲高い金属音の始まりと共に放送が流れた。
緊迫しているのか、放送の中でも罵倒が漏れてしまっている。
「千葉県野田市近辺に怪人約50体。魔獣がおおよそ200ほど出現!現地の戦力で迎撃中ですが、戦況は頻拍しています。また現在の死者数は…0.」
放送を読む中の人が緊張の中情報を伝えている。。怪人50体も魔獣200体も東京ですらお目にかかれない大軍だ。東京7大悪それぞれが持つ怪人数は100近いが、それでも50体規模を戦線に投じることは余りない。そんな数の中、死者が誰もいない。
夜の9時でも人の動きは止まらない都会。
誰もが放送を聞き入り、足を止めていた。
モニターが娯楽番組から、報道番組へ切りかわる。
警報を流しながら、映像を流す。
現地情報。インフラやネット環境が整備されている野田市。ネットを通じ現地民や現地に急行した放送局のカメラ。それらの努力によって東京のモニターで現地が映し出された。
野田市上空には魔獣の大群がいる。巨大な顎と獲物を瞬時に見つけ出す複眼。丸みを帯びた頭部。樹木を思わせるような太い棒状の体。筋肉からか膨張した棒状の体はしっぽまで一直線にのびている。その背には顎を上とするなら、上2枚は大きな羽、下2枚は上の羽よりわずかに小さい。
日本名トンボ。トンボの魔獣が列をなし、空を我が物顔として支配している。通常のトンボの魔獣より体格が拡大され、飛行能力から認知能力も向上している。専門家が見れば新種のものと気づくことだ
その数50体。列をなし、群れを成し、チームのように動き回る。昆虫のトンボと違い仲間という意識がある。
野田市の夜景を独占した化物。空へ舞い上がろうとするものたちを襲撃しては叩き落す。魔法使いが飛行魔法にて空を上がろうとすれば集団で襲い、腕や体をへし折って地上へ落としている。殺害する気はないようで、ケガをさせることはあっても死者はいない。
トンボの魔獣ランクはF上位からE下位ぐらいのもの。個体ごとに体格が違うだけで種族は同じ。
地上は怪人と魔獣のコラボレーション。狼型の魔獣、ムカデのような魔獣、カマキリのような魔獣。様々な肉食の魔獣が怪人と列をなす。触手が地上に突き出ており、誘導するように先行している。また怪人の力を理解しているのか、魔獣は強者に従う意志を見せていた。
触手が市街地に一定の間隔で突き出ている。
怪人が己の体をもって、野田市へ入り込んでいる。制空権はトンボ魔獣にとられている。地上は千葉軍2000人ほどが怪人や魔獣の侵攻先に展開中。上空と地上、両方が戦場となった野田市。
上空を奪われれば勝ち目はなく、対空兵器もない。あるのは突撃銃だけだ。銃口を上にむけ発砲しようにも、弾丸が当たって体液をわずかにこぼすだけだ。魔獣にダメージはあれど、撃墜にはいたらない。それどころか発砲した際の灯りにつられ、上空から大軍が襲撃してくる始末。
銃弾は怪我をさせることはできても、殺すことはできない。
そのまま軍隊が再起不能まで追い詰められていく。
ただ新兵の軍隊であったため、魔獣にしてやられただけでもあった。また徴兵制による若者の搾取。搾取で強制的に戦闘をさせられるものたちにやる気はない。放送されている中でも逃走を開始しだした。自己責任と新自由主義。それでいて徴兵制といった強制。
ビルのモニターを見るものたちは現場を知らない。
逃げるな戦えという声が通りから聞こえた。
税金泥棒という声も聞こえた。
若者はこれだからという声もあった。
言いたい放題だ。命をかけたくないのにかけさせられる。この場にいる人間は徴兵制を経験していない。経験したとしても安全な場所にいただけのものたちだけだ。
実戦経験がないからこそ、好き勝手に理想を押し付けれる。
若者が望んだ徴兵制ではない。上の世代が勝手に愛国心を発揮し、持ち込んだ命の賭け事だ。
敵前逃亡をした部隊だってそう、自分の意思で戦闘をしているわけじゃなかった。
この国の若者は年上を非常に毛嫌いしている。若者の数は圧倒的に少ないが、体力はどの世代よりも上。だけど社会構造的に上の世代には数もまける。民主主義である以上数には勝てない。上の世代によって若者は命も仕事も時間も全部奪われた。
上の世代が敵を殺したければ、若者が殺しに行く。
敵を殺したければ、自分で殺せと若者は思うことだ。
愛国のために命をかけることを上の世代が強要。
国のために命をかけたければ、自分の命をかけろと若者は感じている。
若者は、上の世代に対し常に怒りを覚えている。
だから若者は悪になる。悪になり、上の世代から奪っていく。奪われたものを取り返すために、必要以上に甚振って人生を壊そうとしてくる。
「自己責任だよ、君たちのね」
僕は東京のものたちを一瞥し、通りをすぎていく。野田市が怪人によって侵攻されていく。上空に飛び出た現地の魔法少女が魔獣の群れによって撃墜していく。一匹も殺せず、数の差によって負けていく。
怪人の侵攻が一旦停止した。
放送局のカメラがある市街地。一般人が逃げ出している中、命知らずがスマホのカメラを向け放送もしている。その放送していることに気づき、怪人たちは列を組んで停止したのだ。
その映像の仕上げといわんばかりに野田市の抵抗力がそろう。
地上を守る千葉側の勢力は、現地のヒーロー。腕を負傷しながらも、必死にたつ女学生。冒険者たちと一部の地元愛をもつ一般人。それらが隊列を組み、怪人側の対面に立つ。
怪人の列が分かれる。左右に分かれ、間から出てきたのは三体の怪人。
サメの顔をもち、強靭な肉体をもつ怪人。シャークノバ。
カマキリの顔をしつつも、腰のベルトに短剣二本を装備した怪人。ダガーマンティスノバ。
透明な羽二枚を背にもつ、羽アリの怪人。見た目相応の名前、羽アリ怪人
ダガーマンティスノバ、シャークノバの上級怪人2体。魔力も気迫も上級怪人と説明せずともわかるほどのもの。逆に羽アリ怪人の場合は説明をしなければ一流怪人とすらわからないほど気配は薄い。
羽アリ怪人が上級怪人2体の前へ歩み出た。Dランク怪人が命令もうけず、上級怪人の前へ出るなど他の悪では考えられないことだ。
だが羽アリ怪人が一流怪人と知る者は東京にはいない。怪人の流儀をしるものもいない。
片手を前に出し、顎を動かし声に出す。
「我らは鵺!鵺とパンプキンは手を結び、野田を支配下に置く!」
物事はどこまでも急変していった。




