おじさん 魔法少女 21
言外にこめた殺意をスラム住人は理解したのだろう。すぐさま媚びるように表情を取り繕っていた。上級怪人2体による鈍足魔法。逃げることは難しく、死を行使することは躊躇わない様子。それがスラム住人たちにとって僕たちの評価だ。
僕は拳銃をスライドさせ、弾丸を吐き出す。そのまま地面に放り投げた。暴発しようとも、弾丸がどこに飛び交おうとも気にしない。雑に扱った。結果としては何も起きず、転がったまま滑っていく拳銃。
誰かの足元で拳銃は止まった。
「拾っていいよ」
僕が呑気に言えば、スラム住人たちはその拳銃を凝視する。このスラムにおいて武力は拳銃だ。暴力団員全員が所持し、この近辺を統治していた武力が銃だ。その次に予備兵力として、汚れ役冒険者やヒーローなどがいた。
蹂躙して今はいなくなった。
ニタニタ意地悪く笑みを浮かべた僕。
固唾をのんで拳銃と僕を交互にみやる住人たち。
「従ってもいい。従わなくてもいい。選択が命運をわける。その選択の結果が暴力団の末路。君たちの想像通りになったのが先に立っていてくれてうれしいね。後悔は先に立たないというけれど、後悔したものたちの末路が先にある」
胸元で掲げるよう両手を広げた。
「拾え」
命じれば、鈍足の魔法がとけた。空気を呼んだ怪人たちが魔法を解除したのがわかった。スラム住人の動きを抑制するものはない。すぐさま目の前の住人が拳銃を拾おうとした。だがその住人の体をを押し手で跳ねのけ、転がしたものがいる。
小太りの男だ。醜悪そうだが、貪欲までに生を求める。
手を選ばない男は他人を跳ねのけ、拳銃を拾い上げた。
そして住人が小太りの男目掛けて駆け出した。
周囲の殺気と命を望むものたちが、拳銃の恐れすら忘れ、奪おうとしている。
だが僕が許さない。
指を鳴らし、再び鈍足の魔法が住人たちにかかる。駆けだそうとした足は鈍足化し、バランスを崩し住人たちは地面に倒れた。慌てて銃を周囲に構えようとした男のみ魔法がかかっていない。
状況の変化に追いついていないのか。きょろきょろとしている。警戒とともに拳銃を握りしめ、必死にチャンスを手にした。
「偉い」
僕は褒めた。
どこまでも汚く、生きようとする。その価値は競争社会の仕組みそのもの。他人を蹴落としてまで生きようとするのは薄汚い。見苦しい。自分勝手。だけど見ている側としては楽しい。
僕は無防備に勝利者のほうへ歩み寄る。拳銃を握りしめた男は必死に震えている。拳銃を僕に対して構えるか、そのまま銃口を向けず抱きしめておくか。その悩みが逡巡しているようだが、僕はもう目の前に立っている。
「君をリーダーとして雇用しよう」
僕は懐から紙を一枚取り出した。
これはコンビニで弁当を買った際に入っていたチラシだ。そのチラシの白紙部分が僕側に向いていたので、男のほうへ白紙部分を向けた。
そして無理やり男の胸元へ押し付けた。だが呑み込めていない男は反応に困っているようだ。
それを無視し手を離した。チラシが下におちかける。僕がチラシが舞って落ちていく様子を目で追いながら、話をつづけた。小太りの男がはっとした様子でチラシをつかんだ。ぐしゃぐしゃとしたチラシの変化もあるけど、まあ支給点ってことでいい。
拾うのに身をかがめた男。
ボールペンをついでに落とした。男の耳元をかすめて落ちたペン。男はペンを見て、僕を見上げた。
「基本給は14万、有給は2か月後に5日、6か月後に5日。合わせて10日を支給。社会保障費などってベーシックインカムの財源とかだっけ。それだけじゃ苦しいだろうから手当も追加だ」
僕は早々と語りだす。雇用条件だ。新自由主義にして経歴主義の社会。新卒主義もないため若者は就職が難しくなっている。学業の終わる前までに経歴をつみ、即戦力として社会に出る。能力がなければ首。一度レールから落ちれば、社会に出戻りも難しい。
僕が語りだせば、男は察したようだ。ペンをチラシ裏に走らせていく。
学歴で就職先が見つかった時代は終わった。
また政府の中小企業削減政策によって、社会の大半が大企業ばかりだ。中小企業の存在意義とは大企業のダンピング。大企業が行うにはコストがかかりすぎるものを、下請け、別名協力会社にやらせることで商品の価格上昇を抑制する。
大企業の人件費と中小企業の人件費。その差額は非常に大きく、また大企業の影響力の高さのためか動きがにぶい。企業全体が動くほどでもないものの対処が遅い。それを補うための補助、中小企業の役割だ。
ただ政府としては中小企業が多すぎれば効率が悪いと考えている。利益をわずかにしかあげれず、貴重な人的資源を低価格化させている原因。赤字を補助金などで存命するゾンビ企業などは損失でしかない。人的資源を社会に放出させるため、また高齢化による現役世代の減少。それを補うためには現役世代の収入を大幅に上げるしかない。
「福利厚生なんてものは新自由にほぼないけど、住処はただで貸してあげる。あの暴力団のビルって素敵だと思うよね。食事に関しては材料だけなら無料で提供。水道、電気などは手当3000円ぐらいは出す。交通費も多めに出してあげる。交通費は税金の中でも見逃されるからね、そこで低賃金をカバーしよう」
社会全体の低賃金化。
大企業が目指す中小企業化。
税制は大企業の負担が大きい。だけど解雇も自由な社会。人を抱えれば抱えるほど負債ととらえる経営者。人員を最低限まで削減し、資金のみを拡大しようとする路線。崩壊前に大企業が進んで中小企業となろうとしていた動き。
それを阻止しようとする政府の動き。
中小企業の排除だ。
中小企業を排除することで、現役世代の賃金の低下を抑制させ、価格のダンピングすらも抑え込もうとする動き。経験を持った労働者を中小から市場に流し、大企業の利益も拡大させる。
そういう建前。
だが必要な企業もあるし、必要でない企業もある。その線引きが難しい。赤字だから悪ではなく、赤字を利用して税金を減らす努力をしているところもある。
税制や補助金の廃止。資本力の低い企業では対処できないよう様々なルールを加えていった。
中小企業は大企業になりあがりることで生存、それ以外は駆逐された。
自己責任社会の中で、新自由主義が蔓延。
中小の大半が倒産し、優秀な一部の労働者のみが幸福になった。あとは仕事を失い、善良な国民は危険な暴徒と化したわけだけど。世の中の大半は無能だ。僕も含め、皆が無能なのに、それを賛成した当時の若い人たち、50代などに不満をもつ30代の今の気分を聞いてみたい。
どうせ大企業の使えない人員がいなくなれば、自分たちが雇用されると思ったか。上が空けば下のものにでもチャンスが回るとでも思ったのか。もしくは自分より上を蹴落としたかったか。まあ理由は人それぞれだ。
短絡的な思考なんて頭が悪い人の特徴だ。
できない人を基準に無能が自惚れただけだ。
いらない人間を排除して、空いた枠はそのままが大半
人を雇うリスクを補える人材なんて一部。宝石の中でもダイヤモンドの原石。それもカットせずに市場に流せるレベルのダイヤモンド。
それが一部の優秀な人材の定義だ。
大半が非正規。もしくは派遣社員と契約社員、パート。
奴隷生産体制の仲間入りして、中小企業のときより低賃金化したわけだ。
雇用の枠事態も少なく、現場仕事においては学力よりも体力が優先される。若いだけな人間は時間を搾取され、年をとれば首。技術やスキルをもつ作業員、頭脳を駆使するIT関連のエンジニア。コンサルタントなども変わりができれば、すぐ首。
誰にも教育をしない環境の始まり。企業側がいくら教育を社員に促しても誰も教えない。教えたら首になるからだ。だから生産性が悪化し、労働者の質も悪くなる。
地獄の社会だ。
「労働時間は一日最大11時間。これは新自由主義の中で、人権改正の中でも好条件だと思うよ。ちゃんと定時は8時間30分だ。それ以降は残業代も出す。週休一日だけど、2週間ごとに2日休みをあげちゃう。他の企業よりはまし。ブラック労働社会のなかでもホワイト」
男は実際に期待に満ちた顔をしている。給料の話をしても大した反応はなかった。休みと労働時間の話をしたら表情が変わった。スラム住人が雇用されるほど社会は甘くない。仕事があるだけまし。生活保護も年金もない社会。労働価値を見出せなければ死あるのみ。
休みと時間が定められているなら、ましだった。
「あと君にはリーダー手当をつける。毎月6万円だ。これで君は基本給14万に手当6万、水道、電気などの3千円の手当。あとは多めの交通費、残業代含め手取り20はあると思うよ」
若者の残業込みの収入よりも多いはずだ。
この時代に手取り20万を超える労働者なんて本当に少ない。男はメモをしながらも希望を浮かべている。崩壊前であれば、この基本給なんて目も向けないことだ。手当で基本給を誤魔化し、残業やボーナスの削減を狙う施策として馬鹿にされていた。
今じゃ慈悲扱いだ。
本当にちょろいなぁ。
この慈悲を前に男は敬うごとき態度を示している。メモを走らせ、そこに書いてある雇用条件の一部。文字が汚すぎてわからないけれど数字はわかる。
「君の上司は、先ほどのボロボロの商人…連れてかれた暴力団の人間が上司になる。君は上司の指示に従って動く現場の人間だ。リーダーである以上、下もいる。地面で抱擁を楽しむ皆が君の部下だ」
鈍足の魔法が強すぎるためか、他の住人が起き上がれない。必死に立ち上がろうとしているようだけど、動けていない。
「僕を前に良い態度だよ。本当に」
動けない状況を知っていて僕は言っている。
「従う気がないというのかな?お掃除の手間がふえるなぁ」
そういえば住人たちが焦った様子をみせた。地面に両手を置いて、必死に上体を起こそうとしている。
「早く起きなよ。起きたくないとか?寝ていたいとか?いいなぁ働きたくても働けない人たちからしたら羨ましい限りさ」
ちなみに僕は働きたくない人間だ。決まった時間に仕事へいき、終わるころには一日の最後付近。
いや、無理。
時間は有限なのになぜ社会に搾取されないといけないのか。小一時間問いただしたい。
そんな社会不適合者の口は止まらなかった。
「早く起きて!雇用条件の説明があるよ!寝ながら聞くのかな?はやくはやくはやく、何してるのかな?」
演出のために足を何度も地面にたたきつける。わざと苛立ちの態度を作れば、住人は顔を青ざめさせていた。
まあこれ以上は必要ないと思う。
「みたところ起きたくもない、働きたくもない。寝ていたいって感じかな。地面大好きな皆さんに残念なお知らせをしようかなあ」
ため息をわざと大きくつく。
「君たちの基本給は12万8000円、最大労働時間も有給も休日も大体リーダーと同じ。手当は危険手当2万円、交通費は規定通り。住居は暴力団のビル一室貸してあげるから無料でいい。水道、電気などの手当は3千円。リーダーの部下として頑張って働いてね。リーダーが絶対だから、従わなければ命は保証しない」
スラムの住人の命などいくらでもできる。
ただ無駄に散らす気はない。
「ちゃんと従って、裏切ったりしなければ、使い捨てにはしないから安心していいよ」
基本的に悪は金を出す。人的資源の価値と情報隠蔽の観点から見たうえでの判断。使い捨ても状況次第ではするけど、進んでしたりもしない。悪にとって人材は命綱。
新自由主義と違い、悪は独裁主義か社会主義が多い。
支配下のものたちに飯を食わせること。監視もするし命も軽いけれど、雇用は安定させるし、金も生きれる程度には出す。また支配下の企業や金持ちが労働者を搾取すれば、教育という名の弾圧もする。
恐怖の名のもと、労働者に還元することもある。
この時代、悪のほうがましな部分が結構ある。
「君たちが一番敵に回しちゃいけない相手も説明する。先ほどの髪をまとめた女性がいたよね。無表情でありながら、強い人を束ねる弱者が。あれを敵に回すことだけはお勧めしない。敵に回せば、ただじゃすまない。あの元暴力団だった人間の姿を見たよね。命乞いじゃなく、死を望む態度をとる羽目になるよ」
それにと僕はつづけた。
「僕に対して、反論も反発もできる怖い人間さ。従っておいたほうがいい。誰よりも怖いからね」
そういって僕は背を向けた。
「リーダー、君の名前は?」
「高梨、豪」
背を向けたまま尋ねれば、小太りの男が震えた様子で答える気配。
「じゃあ高梨さん最初の命令だ」
財布を懐から出した。適当に2万と千円札6枚ほどを抜き、背後に放った。コンビニで弁当を買った際にATMでお金を引き出しておいてよかった。財布の中に10万ほどあるから多少は無理が効く。
「身だしなみを整えてから、食事をしてくるといい」
僕はビルを指さした。高梨の視線が僕の指につられてビルへ動く。身だしなみはビルで行い、その後食事をするというものだ。
「中に入れるよう指示は出しておく。だけど余計なことはしないでね。誰よりも怖い女性が君たちを排除命令を出すから」
茶化すように言っても空気は重いままだ。
「食事をして、余ったら皆で少しぐらい遊んでいいよ。おつりはいらない」
スラム住人の強制雇用。ただまあ窮屈で生きるだけの地獄よりは、働いたほうがいい。搾取をしているけど、今の社会から見ればホワイト条件だ。
踵を返す僕。ついでに怪人に目くばせをした。鈍足の魔法を再び解除させ、住人に自由を返す。高梨以外行動を制限されていたものが、自由になった。今なら高梨を襲えば拳銃と金銭を奪える。
また背後から僕を襲えば勝てるかもしれない。
だけどまあ馬鹿じゃない。スラムといえど落ちる前は一般階級の労働者たちだ。
分別はついているのか、従う様子しか気配では探れなかった。
残念だった。
踵を返し、凶悪面の怪人を手招きする。凶悪面が僕の隣に小走りにかけより、耳を差し出す。ビルの手前で僕は足を止めた。令嬢怪人も凶悪面怪人も足を止め僕の動向を待つ。
「事情を院長に伝えておいて」
「はっ」
凶悪面の怪人が答え、僕はつづけた。
「あと院長の護衛も君が担当しろ。万が一、住人が暴走したら皆殺しにしていい」
「はっ、ですが万が一はないでしょう。雇用も好条件を提示し、何より院長がビルにいる。院長が暴走をする前に鎮圧することでしょうな」
その答えは決して院長をひいきしているものじゃない。事実として怪人は告げている。僕も納得している。抑止力は過剰にある。そこに八千代町最強の怪人を置くのだから問題はない。
「他の悪が手を出して来ても同じことだ。院長の手によってスラム住人は職を得た。暴力団も完全壊滅じゃなく、再機能する」
本来の筋書きとしては、暴力団は壊滅。スラム住人は僕たちを見た者の排除。情報隠蔽のため汚いことをするつもりだった。殺したりはしないけど、口封じはするつもりだった。皆排除で、すっきり展開をするつもりだった。壊れた商人はそのまま置き去りにし、どうなるかはことの顛末に丸投げしようと思っていた。
「院長は次なる仕事も請け負ったんだよ。自分の意思で」
院長が手を出したことで、暴力団は別の道を手に入れた。構成員を商人が全員殺している。その不足分をスラム住人にやらせることで補う。商人の命運もスラム住人の管理として価値が生まれた。
その商人の管理は院長がする。
凶悪面の怪人が朗らかに嗤う。
「院長のおかげで我々は楽しくて仕方がありませぬ」
院長が望む、八千代町と東京を行き来するパイプライン。物資や資金などの行き来、それを暴力と恐怖と安定した環境を作ることで構築させたわけだ。
「院長が来ると手間が増えてしかたないんだけど」
この僕に働かせたわけだ。
それに暴力団、いや今では暴力団としてすら機能しない。それができるものは誰もおらず、数の差でスラム住人が暴走を起こしても、武力で蹂躙できる。
圧倒的武力が平穏を作る。人間関係も皆同じ。
東京から地方に来るには社会に身を置かなければいけない。管理された環境であり、都市の行き来は行政の管轄。立場がなければ表向き東京から出ることも難しくなる。そのためきちんとした形で商売を作る。
建前は商社として再編。
スラムを改変することになった。だから雇用条件と税金関係を住人たちに提示したんだ。
「院長は僕を誘導したからね。お好きにどうぞって言いつつ、雇用させる方向で進めてた。血を流させないためでもあるし、僕たちが最大の利益を得るためでもある。二つの利益を乗せて院長は手を打った」
院長は血を望まない。善性からなる発想だ。僕がしようとすることに先行して手をうち、平和的解決策をほのめかす。邪魔をしないが策は練ってくる面倒な相手。また僕がどんな手段と結果を用いても非難はしない。結果を受け入れる。
院長は僕に利益ある提案をほのめかした。
八千代町に行くコストの負担は赤字だろう。現在人口が90いるかどうかも不明な状況。そんな人口で作物もなければ工業製品もない。イベント事業もないし、あるのは武力のみ。武力を動かすと不安定化が進むため、あまりしたくない。
だけど僕たちの赤字ではない。
再編する暴力団、もとい商社の赤字だ。
下請けを搾取して、大本が設ける。大企業から見た中小企業理論。
僕たちが大本で、下請けが商社。責任は商人が負い、実務は高梨率いる住人たちが行う。その商社の代表を統括するのが院長。
現時点では赤字なだけだ。
Dランク怪人40体計画が発動すれば、東京へ武力を輸出できる。また魔物や魔獣を殺して、素材を提供することは可能だろう。八千代町、下妻、坂東市以外から奪っていけば、こっちの負担はない。
八千代町の野生の魔獣や魔物は調教してある。住宅地と交易路には出現しないよう教育した。独自に生み出した魔獣も徘徊させ、野生の魔獣や魔物たちの監視もしている。ルール違反は即座に排除するよう作った魔獣に指示を出している。
蛆虫くんが進化した姿が監視要員の魔獣だ。進化する姿が複数あるけど上空タイプがほぼメインだ。陸上タイプもそろそろほしい。材料の魔結晶と食料が怪人ばっかりで上空タイプになりがちだ。
せっかく調教したのだから、殺すには惜しい。
僕が生んだ魔獣監視システムも無駄になってしまう。敵が進撃してきた場合の防衛策。野生の魔獣や魔物を一次防衛線として機能させ、二次防衛線として蛆虫が進化した魔獣で補う。その時間稼ぎのなかDランク怪人による脅威の排除。それで難しければ時間を稼ぎ上級怪人によって排除。
それでも難しいならロッテンダスト。
周囲を圧倒している武力のため選択肢は沢山だ。
どうせ他地域の魔物や魔獣を奪って、素材にするだけだ。僕たちに損失はない。よそが放置もとい数をそろえた魔獣や魔物を奪うだけの簡単な仕事だ。どうせ管理できているのは周辺では鵺と僕たちとパンプキンだけだ。
それ以外は搾取しても問題はない。
令嬢怪人がぼそりと告げた。
「院長は素晴らしい人間です。我らの上にたつには弱弱しく、油断をしない。他者を見下さず、見上げず、同等の立場としつつも上に君臨する精神力」
令嬢怪人は普段と変わらず、胸を張った物言い。そのくせ毒気があるのか表情に闇を見せた様子。それに合わせるように凶悪面の怪人も毒気を表に出している。
「副長の言う通りですな。大首領相手にも物怖じもしないのは我らと違う」
八千代町の上級怪人2体は大首領である僕に対し、配慮をしすぎる。遠慮をしすぎ敬意を示してしまう。一歩踏み込むこともできず、従う奴隷の姿を見せてしまう。
僕がおかしな立ち位置にいることを気づいている。気づいたうえで知らないふり。立ち位置を確保した人間。
八千代町の怪人からすれば異常に見えることだ。
凶悪面の怪人の肩に手を置いた。
「ここは任せた」
「お任せを」
僕が気軽に笑えば、胸元に手を置き恭しく頭を下げる怪人。怪人の気配を背で感じながら、動き出した。
令嬢怪人を引き連れこの場を後にする。
スラム住人の視線があるし、凶悪面の怪人が念のため住人を監視している。令嬢怪人と僕はスラムを抜け、再び表へと姿を現した。
東京のビルは大抵がモニターを張っている。お互いの音がかぶることはあるけれど、基本干渉しないようスピーカーは別の場所へ設置。番組ごと、スポンサーごとに映る映像は違う。企業ごとにも自社製品などを発表するモニターもある。
通常ならそうだった。
だけど今回は皆同じ番組を映していた。
番組の中心からみて左側のゲスト席に気難しそうな中年が座っている。席の前には六同社部長と紹介されている。眼鏡をかけ、右側の向かい合う席を睨みつけている。
対する右側の席にはオールバックの髪型、サングラスをかけた中年、郡司新。冒険者ギルド長が平然と座っている。
またギルド長の隣に見知った顔。
「三船じゃん」
三船十四郎が座っていた。三船の右側には誰も座っていないため、床に大剣を置いている。
二者の間に立つ男。白髪に白髭を生やした60代の男。国須隆清。経済界連合会長だ。
国須が六同社の部長を朗らかに右手で何度も抑えるようジェスチャーをしている。
左手では冒険者ギルド側を歓迎するようにもしている。
「六同社さん、我ら経済連合会も今回のことには憂慮しております。遺憾の意をもって冒険者ギルド側に抗議いたします。ですが、冒険者ギルド側の意見もまた理解できる。自分たちの利益を守るのは商売も武力側も同じことだ」
ぱちんと両手を組み合わせた国須。
「お互いのことを知らなかった。我々は配慮がたらず、ギルド側は短慮がすぎた。どうでしょう。ここらで和解いたしませんか?」
国須はギルド長、郡司新に問いかけた。番組というものは、情報伝達速度がすさまじい。この見せびらかすように作られた環境。経済側の失態として認め、相手側を非難するきもない。ギルド側のやり方は短慮が実際すぎているし、経済側も手をだしすぎた。
ここらで手を引く。それは後回しにする政策みたいなものだ。
「経済界は資格制度の有無を強制することはない。自由にしてもらって構わない。そういう制度があればわかりやすく、金額も明確だと具申しただけのこと。ギルド側の抗議もやり方に対しても我らは納得している」
冒険者ギルドが手を引けば悪は手を出す。経済界はしょせん金が稼げるだけだ。政治的に強くても軍事的に弱いため、ギルド側が本気を出せば潰せてしまう。されど経済界側がいなければギルドは経営がなりたたない。
勝つだけならいくらでもできる。暴力で経済側を支配することも可能だ。
されど自由な競争ができず、腐敗する環境が出来上がるだけ。
結局じり貧になってしまう。
その統制と管理は国家がやるからこそ、誰もが納得する。今は国家の代理的立場が首都圏であるけれど、それに任せようとする流れだろう。
冒険者ギルド長、郡司がうなずく。
「我々は売られた喧嘩を買っただけです。しかし確かに我らも大人げなかった。多数の被害者を生み出したことは大変悲痛に思っております。責任はこちら側には一切ないが、被害者の方々には冥福をお祈りします」
郡司は変わらず堂々と相手が悪いと言っている。
国須は笑って誤魔化し、対面の六同社側が強い憤りを見せた。
「経済側も責任はない。我々は我々のできることをしているだけです。冒険者ギルド側の短慮が引き起こした事実。だが冒険者ギルド側に責任もない。我々とギルドのいざこざが被害を生んだだけです」
そう国須は締めくくりに入った。
お互い責任はなく、相手を攻める気もない。
どうせ勝てない戦いだった。
「被害者の方に対し経済側も冥福をお祈りいたします」
国須は頭を下げた。この番組は経済側からのアプローチでなった番組だ。国須が番組をリードし、郡司がゲスト枠。六同社は今回の被害者だから連れてきたということだろう。
ギルド長が三船を連れてきた理由はなぜか。
話が終わり、別のものへ変わった。
国須が今度は三船に視線を向けた。
「あの魔法少女は何者ですか?」
国須は表面では笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
空気が変わる。凍っていく。我慢ができないのか、六同社の部長が指を三船に向けた。
「あの魔法少女はどこの所属だ。魔法少女連盟にも魔法省にも登録していない。ヒーローでもなければ冒険者でもない!」
知るのは三船ということ。
その事実をなぜ知っているのか。
国須が部長に対し右手で抑えるよう振る。国須の抑えのジェスチャーにて部長は憤りの様子を我慢していく。
「経済側は一都三県の都市部に安全的要素をもっています」
武力はない。経済側が武力を手に入れようとも、過剰に上がっていく武力の値段が、競争を加速させ、手元側の武力が優遇される場所へ逃げてしまう。正社員雇用もきかず、派遣も契約社員としても動かない。冒険者ギルドや魔法少女連盟、ヒーロー連合などに流れてしまう。
強いものは、より強い環境にて育つ。
だが経済側もできることなどいくらでもある。
資金に物言わせて情報を買う、手に入れるとかだ。
都市部のいたるところに監視カメラを設置するぐらい普通だろう。
三船の表情が変わる。口元を閉じ、両膝の前に握りこぶしを強くする。その様子を郡司は見たのか、三船に代わって口を開いていた。
「監視カメラなど趣味が悪い」
郡司の言い分に国須は反論を返す
「我々の自衛策ですよ」
そして国須は言う。
「あの魔法少女は三船さん、貴方と一緒にいた。映像でも貴方と魔法少女が一緒にいるところが証拠として、こちら側にあります。我々の企業がもつビルに入り込む映像がね。魔法少女がビルに入り、隣の黒い靄も気になるところ。そのあとに三船さんがビル内に入ったところが」
三船の表情が険しくなっていく。
「ご安心を。三船さん、貴方に対し我々は思うところなどない。不法侵入など訴える気もありません。経済側としては、貴方の善意があったことで被害を減らせた。あの魔法少女は野良だ。野良の魔法少女をどう見つけたのか。あの魔法少女は何者なのか。本当はどこかの所属なのかを知りたいだけ」
郡司が三船を庇うのかすぐ迎撃へと動き出す。この場面で三船が口を出すことは許されない。あくまで国須の独断場であり、郡司だけが口を挟める。
「こちらの三船は冒険者側のもの、魔法少女の動向などわかるはずもない。一緒に映ったところの証拠を見せていただきたい。ビルへの不法侵入は、こちら側の不備だと認め、詫びではないですが、六同社の護衛の更新を再開したいと考えています」
僕と一緒にいることが冒険者側にとって不利になる。三船が黙るのは冒険者側であり、ロッテンダストの情報を流さないためでもある。自分の善意が二つの責任を背負う。
ロッテンダストを沈黙で庇い、冒険者側が不利にならないよう郡司に任せる。
三船は本当に苦労してるなぁと思った。
ギルド側も護衛の更新を再開することで、これ以上の詮索を阻止した。
これを無視すれば報復をすることもギルドはできる。
肩をすくめた国須。
「あの魔法少女に対し、我々は慰謝料および、被害額の請求を行います」
これは経済側の別口の攻め方。ギルドを攻めるのでなく、三船を叩くのでもない。
僕を叩き、引きずりだすことが目的。
「請求額としては、あの魔法少女の善意と結果も含めた額2800億ほどです。もし7大悪の一つ、大怪人ダスカルを撃破していたのであれば、被害と報酬と天引きしてなお500億は渡しました。ですが見逃した。これも実力でなく、故意でだ。我々としては許せるはずもない」
国須は嗤う。
この首都圏の経済は国須たちが握っている。国民に悪意を持たれようと、敵意を持たれようと既得権益の前には敵はいない。
「ダスカルが今後引き起こす、被害額。責任問題は魔法少女になくても、見逃すことは許されることでもない。首都圏の法律で定められた、悪の排除法案にのっとった対処を行います。今回の功績割引含めた2800億。魔法少女に請求します」
もし隠すのであれば。
「冒険者側にも請求できますが」
郡司が国須に正面を向けた。
「そうなれば第二の六同社が生まれるでしょう」
郡司が反論し、国須はうなずいた。
ならばと国須はつづけた。
「魔法少女にはもちろん選択肢を与えます。経済側のために協力をしてくれるなら、請求を撤回いたします。また年俸10億は用意いたします」
お互い悪くないでしょう。ギルド側も経済側も責任はない。ただ経済側がダスカルを撃破した魔法少女を確保すると問題でもある。ギルド側からすれば、過剰な武力を経済側が手にしたことで、今まで通りの殿様商売が難しくなる。
また上級魔法少女が10億で飼いならされれば、武力の価格は全体的に引き下がる。
それでなお、表向き反論はできない。三船の失態を見逃し、護衛の再開をすることで手を打った形となるからだ。
東京は善意を見せれば、引きずり降ろされる。これが実証だ。
国須が六同社の部長に視線を向けた。映像にも映る弱者を見下す目。六同社は落ちぶれた。あそこまで被害を受ければ、再起しても商売が軌道に乗ることは難しい。
六同社の部長が目線を降ろす。
直視できないようだ。
「これは六同社側が自前で防衛できなかったことが悪い。自己責任です」
国須が改めていい、郡司に同意を促すよう左手を向けた。
「異議なし」
郡司も合わせた。
「あの魔法少女が独善的に動き、故意にダスカルを見逃した。未来の被害額の一部を負担する義務がある。それは首都圏の悪に関する法律にのっとったものです。これに関して異論は?」
「異議なし」
国須の言葉に郡司は唱えることもない。三船は悔し気であり、大人として沈黙をする。あくまで正当性は相手にもある。ロッテンダスト側の情報を流さない限り、追及もできない。請求にしても裁判にしても情報を知らなければ何もできない。
住所がわからなければ訴えれない。
素性がわからなければ制裁もできない。
沈黙が正解だ。国須は三船に強制できない。魔法少女の情報を引き出させるための力もない。金しかないものに力は脅せない。郡司は冒険者を庇うし、余計なこともさせない。力と経済の対立は常に行われ、引き際は制定された。
国須は三船の沈黙の意味を知ったうえで、シナリオを立てたのだろう。
「六同社の自己責任、あの魔法少女の自己責任として」
片が付く。国須はそう告げた。




