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おじさん 魔法少女 20

 灰にした怪人や殴殺、蹴殺したものたちから魔石を回収。凶悪面の怪人がビルから降りてきたため、魔獣の魔石などを回収させようとしたら、回収済みだった。さすがは八千代町最強の怪人だ。


 僕は関心しながら首を縦に振る。ついでに物陰に隠れていたものたちが動き出す気配もあった。状況を把握したうえで平和が訪れたことを理解したのだろう。瓦礫や建物内、潜んでいたものたちが動き出し姿を現す。僕がその気配に目を向けていたら、視線があった。


 幾つもの視線とぶつかったため、笑顔を返した。そうすると全員が目線をそらし、慌てて逃げだした。



「おかしい」


 魔法少女、ダストフォーム。多少怪人を虐待し、弄び、灰にしただけで恐れられる筋合いはない。命を救ったのは僕だ。むしろ感謝の礼を告げ、喜色の感情でも乗せるべきだ。



 僕はとりあえずリボルバーを引き抜いた。


 そして逃げ出すものたちの周囲へ弾丸をばらまいた。



 慌てて駆け出す一般人。男女問わず逃げ出す、その恐怖の対象が僕。目線が僕をとらえているくせに、必死に距離をとろうとしてた。


 だから逃避する先、がれきの山へ弾丸を飛ばす。破壊とともに小さな爆発が起きた。瓦礫が砕け散り、粉塵がまっていく。逃避のルート近くで起きた破壊劇によって、人々は動きを止めた。


 一人じゃない。周囲に分散し逃げ出す群れの近く全部にだ。


 逃げ出すものの周囲に弾丸をばらまいた。だからあちらこちらで動きが止まり、僕を凝視する。



「君たち死にたいの?」



 そして僕は警告とともに弾丸を人々の先へ飛ばす。この先は通りへ抜ける道だ。瓦礫がすぎて通りの形も壊れたのが大半。壊れていない通りへと弾丸を放った。


 狙いなど何もない。空間を飛びかう弾丸は、はじける音と共に姿を消した。



「あああ」


 何もない空間から声がする。苦し紛れにのたうちまわる音とともに、人々の逃げ出す先から姿を現す。



「お、おのれぇぇ」


 呪詛を絞るかのように苦悶を浮かべる、潜んでいたもの。


 爬虫類であり、トカゲのような顔。アスファルトと同色の外皮であり、とさかのような髭が特徴の怪人だ。保護色と称して環境に溶け込み、姿を消すことのできる怪人。カメレオンの特徴を強化させた怪人だろう。



 それらがのたうち回る。当たった箇所は肩だったり、腹部だったり、尾であったりと怪人ごとに様々だ。


 人々の逃避先それぞれに同種の怪人がいた。それら怪人が僕の弾丸によって、動きを止められ、地面にのたうち回っていた。




「さっきまでいなかったよね、君たち」



 人々は困惑し動揺し、僕を凝視する。恐怖の象徴である僕が凶行をしたと思えば、自分たちの行く先に怪人がいた。この事実を呑み込めないでいるようだ。ダスカルとの戦闘時にはいなかった奴ら。魔石回収のさなかに潜んで現れた。



「今回は助けてあげるよ」


 人々にそれぞれ笑みを向けてやれば、人々は安堵と同じ恐怖をもった感情をむきだしにした。僕はそのまま弾丸をのたうち回る怪人に放つ。動く必要もなく、その場で射殺した。途中弾丸が尽きたからリロードの魔法を唱え、弾丸を補充。


 補充までの時間はひたすら怪人のところまで近づき頭部を踏みつぶした。



 凶悪面の怪人も僕と同じようにしていた。怪人の頭部を踏みつぶしている。



 人々にしっしと手を振り、再び逃避が始まった。



 残すところ一体になったカメレオン怪人に歩み寄った。肩を打ち抜かれ、そこは塵化していた。肩から先がなく、床にへばりつくように倒れている。痛みもあり、塵化の影響で神経が一時的麻痺をしている。


 下級怪人程度なら一発も当たればこの程度。掠めた程度だから生きているだけ、まともに食らえば塵と化している。


 僕を見上げる顔には絶望が漂っている。



「ねぇ君、元気?」


 銃口を向ければ、怪人は勢いよく縦に首を振る。逆らえば死。答えなければ死。気に食わなければ死。



「どうしたい?」



 僕は前かがみになり、銃口を怪人の額に押し付けた。



「…い、…命だけはお助けを」


 慈悲を願うように絶望した怪人が懇願する。僕を相手に慈悲をこう。無様すぎて笑える。だけどそれがいい。僕は無様でもあきらめないものが好きだ。



「人間を殺しに来たの?」



 銃口を押し付けすぎて、怪人の額がへこみだす。苦痛と苦悶、絶望が怪人の目元から涙となってあふれ出す。



「…殺しにきたわけじゃ」


 僕は銃身で怪人の側頭部を小突いて叩く。軽くしたつもりだけど、怪人の体が勢いよく転がった。途中瓦礫の山にぶつかり、衝撃によって山がくずれだした。瓦礫が怪人の体の上にふりかかり、埋もれかけた。



「嘘は駄目だよ。怪人が人を殺すのは当たり前だよ。君、生き残るために嘘をつこうとしたの?自分の本心を嘘ついてまで、僕が怒らないよう内容を考えたの?」



 がれきに埋もれた怪人。がれきの一部が動き出したのを確認し、僕はゆったりと歩みよる。そして瓦礫に手をつきこんだ。手が瓦礫を砕き、砂利をさらに細かく擦りちぎった。そのうえで怪人の肉体の感触があったためつかんだ。


 そして引きずり出す。


 つかんだのは尾の根元。



 引き上げれば怪人の顔と僕の顔が至近距離だ。



「ねぇ」



 軽く一言発しただけなのに、怪人は慌てだす。おびえだし、震えだし、悪魔でも見るような表情をつくっている。



「怖い?」



 尋ねれば怪人は視線をきょろきょろと動かし、やがて小さくうなずいた。



「正直は良いことだよ」



 僕はそのまま手を離した。地面に顔から落ちたうえで、受け身もとらなかった怪人。僕にすがるように、こびるように足元でへばりつく。



「君の所属は?答えたくなければいいよ」


 どうせ答えたくなるからだ。だけど僕のそんな傲慢な態度を察っしたのか、怪人はすぐさま口を開いた。



「リーズデッド!」



 怪人にとって上位者の性格は把握しきっているはずだ。だからすぐ答えた。従えないもの、使えないものをすぐ排除するのが悪だ。そのため忠誠より恐怖の支配が目立つ。恐怖によって統括するため、上回る恐怖の前にすぐ情報をさらけ出す。



 リーズデッド。


 東京7大悪の一つ。


 ザギルツにとってのライバルだ。ダスカルという魔法の効かないチート。強力な戦闘力を有した大怪人のせいで勢力を落としつつある悪。その理由はリーズデッドの大怪人が魔法使いだからだ。古参の悪は必ず大怪人が1体はいる。


 ザギルツはダスカルがいる。



「君の上司はバレクスかな?」



 大きくうなずくカメレオン怪人。


 リーズデッドはバレクスがいる。バレクスは見たことないけれど、小柄で老婆のごとき姿をしていると聞いた。ダスカルが現れてから、魔法使いのバレクスの立場がなく徐々に勢力圏を失う。そのため組織の中でもバレクスは立場が落ちていると噂すらある。



 

 またバレクスは恐怖をもって怪人を統率する。


 ダスカルは恐怖もあるが、忠誠をもって怪人を統率する。


 現にダスカルの部下は命令違反をしてでも、ダスカルから離れようとしなかった。


 僕という新たな恐怖。ダスカルを蹂躙し、弄んだ強者。それは上位者であるバレクスよりも恐るべき事実としているはずだ。魔法少女はダスカルに勝てないはずなのに、倒した。バレクスの立場は更に下落し、恐怖の名声が僕へバトンタッチした感じかな。



「知ってる?情報を聞き出した後の始末って?」


 嗤う僕と怯える怪人。凶悪面の怪人がいつのまにかカメレオン怪人の足元に回っている。下級怪人であっても本能は確かなはずだ。人間タイプとはいえ、身にまとう魔力、戦闘スキル。表に出す殺気の渦。




 どちらにも勝てない。その事実が怪人を追い詰めていく。だから必死に僕へ媚びをうっている。



 そして情報を抜き出しおえた後なんて、悪ならば考える。


 始末すること。




「許してあげる。君は馬鹿じゃないからね、さあお帰り」


 僕は思いっきり蹴り上げた。殺さないよう、倒さないように蹴り上げた。恐怖はさらなる恐怖によって塗り替えられる。蹴り上げられ、転がり、無様にも砂利まみれとなった怪人。だがそこにあるのは逃避の意思のみ。これぐらいの屈辱など怪人にとって日常。


 仕返しを考えることすら忘れた弱者の日常。



 必死に立ち上がり、僕たちに注意しながら逃げ出す。動かない肩を抑えながら、急いでだ。



「あの怪人は処罰されるね」



「でしょうな」



 僕はそういって再び魔石回収を行った。今倒した怪人の魔石も含め18個ほど。魔獣の魔結晶も含めれば36個。



「大収穫!」



 煽って笑って、そのまま僕たちは後にしようとした。もちろんまだ潜む怪人はいた。崩れかけたビルの壁面にへばりつく怪人もいたけれど、倒さなかった。皆倒すと情報が流れない。一部は残さないといけない。


 だけど気づかないと思われるのもむかつく。気づかれずに済んだと安堵しているかもしれない。間抜けだと思われているかもしれない。


 僕は知らぬ顔してリボルバーをぶっぱなす。それは見えない気配のすぐ間近にあたり、壁面を大きくゆがませた。そして落下。壁面と同時に滑り落ちた見えない怪人。着地したかも、無様に転がったかも興味がない。



 

「とっととお帰り」


 僕が踵を返しながら、告げれば気配は去っていく。



「東京は怖いねぇ、強敵がいなくなるとすぐ情報を獲得してくるんだもん。田舎なんて情報伝達速度遅いのにね。近所のプライバシー拡散速度はすごいけど、こういう情報なんて一切はいってこないし」



「田舎の拡散速度が悪の情報速度みたいなものですな」


 八千代の残った90人ですら、近隣の情報を誰もが持ってる。孤児院の情報ですら持っている。教えていないのに、知られている。この僕ですら少し怖くなるぐらい、田舎のプライバシー収集能力は高い。


 廃墟と化したスーパーで昼寝していたことも知ってたし。

 


 僕たちは喋りながら、ビルのほうへ戻っていく。スラムのほうだ。まだ東京に来て3日目だというのに、戦闘まみれだ。充実した数日を送っていた。



 監視カメラがなくなる。スラム側の入り口付近、通りと比べ薄暗さが場所を包む。


 変身を解除した。ジャージ姿のおじさんに戻った。凶悪面の怪人が念のため、スラムに入ったときから暗闇の魔法を使っており、僕たちを黒い靄が包んでいる。



 そしてスラムに戻れば悲鳴がする。かすれたほどに叫ぶ悲鳴だ。スラムの人々がなぜか傷だらけで、倒れていたりもしている。また無事なものはある場所へ近づかなかった。悲鳴がするビル、暴力団のビルを避けている。


 僕の姿を見ればスラムの人は怯え切っていた。


 黒い靄があるものを見れば、怯えるか。



 ただまあ、ビルから丁度外へ飛ばされたものがいる。スラムの住人が数人、ビルからたたき出された。地面にたたきつけられ、額や腕などに血を流している。殴打したあとも見えるところにあったため、Dランク怪人あたりに痛めつけられたのだろう。



 この場にいるスラムの住人が男だらけ。


 院長が入ったからか。女性だらけだからか。凶悪面の怪人と僕がいなくなったからかは不明。まあスラムの人間なんて弱者がいたら基本襲うだからだ。暴力団がどうなったのかも確認したかったのかもしれないし。弱くなれば襲うなんて素敵すぎるね。



 黒い靄を解除させた。凶悪面の怪人に目くばせし、魔法を解除。僕はニタニタと意地悪く見下す。



「やあやあ皆様、ご機嫌いかがかな?」



 凶悪面の怪人が殺気を立ち込める。周囲を突き刺す殺気の痛みがスラムの住人へと向けられた。がたがたと口をぱくぱくし、弱者は怪人を見た。そのうえで僕を見た。




「次、ビルに入ろうとしたら楽しめるよ?」



 僕が優しく告げれば、スラムの人間が逃げようとした。だから僕は懐から拳銃を抜き出し、空へ発砲。暴力団から奪った拳銃だけど、玩具としてはいい。



 聞きなれた発砲音にスラムの住人は立ち止まり、僕の様子をうかがっている。冷や汗をしているし、ケガだらけでありながら強さは把握するぐらいはできるはずだ。



 

「数なら君たちのほうが上、さあ遊ぼう?」


 銃口を向ければ、その射線上のものは慌てて左右に避けだす。嘲笑と共に僕は銃口を凶悪面の怪人に向けた。



「今からイリュージョンするよ」


 

 銃口を凶悪面の怪人の額に押し付けた。



「引き金を引いても、誰も怪我をしない安全なお遊び」


 そして発砲。銃弾が怪人の額に当たるけれど、痛みもないだろうし、ダメージもない。けろっとした態度だ。銃声だけは本物であり、弾丸はどうなったかは不明。そうスラムの住人は思うはずだ。



「これは音だけがなる玩具さ」


 安全性を怪人で試したことで、拳銃に対しての警戒心が薄れた人々。怪人を見下す様子はないけれど、僕を相手に嘗めるような態度を見せたものがいた。だからそいつに銃口を向けた



 骨と皮しかなさそうなスラムの住人。顔に怪我も負っているし、ビルに入ろうとして排除されたうちの一人だろう。



「この音だけが鳴る拳銃」


 

 強調するよう銃を上下に揺らす。



「これが今から人を撃ち殺します。人を殺せないはずの玩具があーら不思議、さくっと一人殺しちゃいます」



 その言葉にスラムの人々はお互いの顔を見つめだす。玩具の銃、安全性の高い銃と怪人で試した。だけどスラムの人々の虚弱な体で試していない。僕はニタニタと笑う。


 凶悪面の怪人がロングソードを引き抜き、僕の背後で警戒する。殺気と魔力。傲慢な僕とそれを警護する怪人の姿。どちらが上かはスラムでもわかることだ。


 僕のほうが立場は上。


 

「誰が遊び道具になる?」



 適当に歩き出し、倒れていた人の体を踏みつける。僕が来る前から伸びていたものの体を踏みつけた。




「こいつ?」


 蹴り上げ、転がす。別のものの場所へ行き、踏みつける。柔らかい感触、栄養が取れていないような太った男の体を踏む。



「こいつ?」


 蹴り上げることは体重的に無理だった。だから何度も踏みつけた。動けないのはたたき出されたダメージが多いからだろう。体格差的におじさんの僕じゃ勝てなそう。まあ手段を選ばないから残酷的に殺せるけど。



「誰がいい?しょせん玩具の遊びさ」



 誰も答えなかった。玩具だというけれど、玩具の証拠がない。そもそも凶悪面の怪人のほうがこの場で一番強い。それが僕に従っているし、またビル内の新勢力は僕と共に来たものだ。気づくやつは僕がこの場で誰よりも危険だと気づいているはず



 現に僕の姿を見て、即座に距離を取ろうとしたものもいた。



「残念、候補者がいない」


 数の差では上回る。僕を相手にスラムの人々は周囲にいるのに、手を出してこない。凶悪面の怪人が警戒を強くするし、僕は嘲笑しているし。協調もできないものたちは、お互いを戦力としてみなさない。




「全員、つぶすかな」


 その軽い一言に戦慄を覚えたのか、顔が青ざめていく人々。


 できるかどうかではない。僕はするし、凶悪面の怪人は血祭りにあげてくれるだろう。



 そんな僕の様子に、来場者が現れる。ビルの扉が開き、そこから最初に出てきたのは銀髪が肩口まで伸び、目元がしゅっとした令嬢の姿。令嬢怪人が先に現れ、周囲を確認。その後、手で安全とジェスチャーをした。


 首筋まで伸びる髪を輪ゴムで止めたポニーテール。幼き容姿でありながら、表情は無。感情をこの場でそぎ落としたかのような女性が姿を現す。スラムに現れてなお、表情の変化はない。


 僕を見て、じろっとした睨み。


「…浅田さん」



 今のところの名前を呼ばれたので、僕は手を振った。



 院長はこの惨状を見て、眉をひそめた。それだけで終わる。またビル内から続々と人が現れていく。美男美女の勢ぞろい。全員がロングソードを引き抜いており、院長がそれを手で止めている。Dランク怪人が勢ぞろいだ。全員はおらず、この場にいるDランク怪人は4体。令嬢怪人1体を連れている。



 令嬢を、院長を見た、Dランク怪人の中でも女性タイプを凝視。スラムの人々は欲望の視線を向けた。女性日照りが多いのか、性欲が強いことだ。



 それに気づいているくせに院長は無だった。



 道端にいる石ころでも見る表情だ。



 だけど、これらに追い出されたものたちは欲望よりも、悲痛なものを浮かべている。欲望をむけるのは、あくまでビル内に入っていないものたちだけだ。



「浅田さん、これもらうね」



 院長が出てきた扉から、別のものが姿を見せた。


 赤メッシュの怪人だ。ただ一体だけじゃなく、誰かを支えるように現れた。



 ただ遠目からは無理やり支えて、引きずっているようにも見える。自分の足で動いている分ましだけども、支えられたものは必死に抵抗しようともしている。



 ボロボロの姿の商人が苦悶の中、スラムへ。服がやぶけており、ところどころ裸がむきだしだ。またむき出した皮膚には強い痣がみえた。顔には傷がないけれど、普段は服で隠れるところに痣がある。



 暴れたくても恐怖が勝るのか、抵抗を表情だけでした姿。僕はこんなにボロボロにしていない。両手は手錠で拘束されているし、なんか違和感がある。指の爪が一つ突き出ている。針のようなものが指と爪の間に刺さっている。



 

「許してください。許してください。殺してください。殺してください。逆らいません。決して貴女に、院長さんには逆らいません。慈悲をください」


 赤メッシュの怪人が商人を引き連れ、そのまま押せば、地面に体がつく。両手をのばして衝撃を緩和したのはさすがだけど、すぐ商人は院長を見上げて媚びをうっている。


 それは必死さが勝るものだ。



 何度も頭を地面につけ、謝罪を繰り返し、命乞いならぬ死を望む。


 その様子をスラムの人々は見ていた。僕も見ていた。



 欲望を院長に向けていたものたちが、目を思わずそらす。命乞いはあっても、死を望むことなど普通はしない。強いものを従えるやつが、まともなわけがない。美しいものや可愛らしいものが無事でいる。その事実は強者の証そのもの。



 強者は強者らしく振舞えば、この通り。



「浅田さん、これ使えると思う」



 指を商人に向けて院長は言った。



「使えるかな?」



「使えるようにすればいいだけだと思う。どうせ浅田さん、使い道なかったんでしょう?丁度、東京から行き来できる人がほしかった」



 冷酷な目線が商人を見下ろし、その目に商人は激しく怯えた。必死に地面に頭を押し付けた。勢いよくたたきつけたようなものに、痛そうと思った。



「殺してください」



 必死に殺してくれと懇願する商人。かつてはスラムの中でも暴力団として影響力を持っていた。スラムの人々ですら顔をしった人間が、ここまで無様になる。



「いや」


 院長が即座に否定。前かがみになった院長の指が、商人の前髪をつかんだ。そのまま優しく持ち上げた。抵抗もする気もないようで、院長のなすがままの商人。


 顎に指をおかれ、商人は院長を化物でも見るようだ。



「死にたいって言えなくしたほうがいい?」



 院長の言葉に目元からわずかな涙をこぼす。商人の涙は枯れ切っているのか、量が少ない。だが間違いなく院長に対し恐怖をしているし、そこに偽りは一切ない。



「…死にたいっていいません」


 商人は先ほどまでの言葉を躊躇いながら否定。掌握された人間はそのまま院長のなすがまま。



 これが15歳とは、とんでもない逸材だった。



「使われてくれる?」


 院長の問いに、逡巡したうえで商人は口を開く。もう逃げ場はないと悟ったのだろう。



「…誠心誠意をもって」




 その言葉を最後に院長が上体を戻す。赤メッシュの怪人に首で合図をした。怪人が院長の意図を理解し、商人の肩に手を回し、引き上げた。そのままビルへ戻っていく。



「浅田さんやりすぎ」



 抗議の目線が僕をとらえた。だけど僕も反論する。



「院長もやりすぎじゃないかな?壊れた人間を治療って、あれのことかな?」


 痛みと恐怖による洗脳だ。元が弱者の院長だからか、甘くみつもった相手を苦しめる手段。弱者が実はいかれていて、強者を支配する人間だと知る。


「壊しすぎるから、ああいう治療になっただけだから」



「年頃の女の子なのに、堂々としすぎさ」



「それに」



 院長が僕をじろっと見つめ、嗤って返す僕。



「あたしはやってもいい立場だから」


 無茶苦茶な理論。だけど正しい。院長だって下手すれば毒牙にかかっていたかもしれない。まあ万が一もないけれど。院長ほどの人材を操るなんて不可能だ。


 ただの15歳の女性じゃない。権力者の一人だからだ。



 院長は八千代町の怪人の命令権をもっている。


 僕の命令が最優先だけど、院長はその次につぐ命令権だ。



 令嬢怪人までに対して絶対的命令権を有し、それを駆使した生存権を立てている。凶悪面の怪人の場合は特殊な立場なので、院長は命令でなく頼みという形で指示をする。


 そして怪人は疑問を思わないぐらいには、掌握している。


 孤児院ルールで僕に対して意見をいう弱者を見下すものはいない。



 大首領であり、ティターを生み出し鵺を作った。また隣町に独自の勢力をつくり、怪人たちの生みの親。



 そんな僕に文句を言えるのがティターと院長のみだ。


 他の怪人たちは僕に意見をいえるほど、強くはない。従うことが忠義と思っているのもある。院長とティターのおかげで楽しめてもいる。一人だけの独裁政治はつまらない。



 仲間がいないと。


 僕にとって院長は頼りがいがある仲間だ。だから子供を保護し、孤児院を作った。そのうえで武力も与えた。それを院長は勝手にくみ取り、僕の邪魔をしないよう立ち回った。


 

「そういえば」


 言葉の膠着状態を打開するため、口を開いた僕。


 僕が知りたいことをわかっていたのか、先回りするよう院長が答えようとしている



「あたしがこの場所を知ったのは簡単」



 院長が笑う。15歳の少女らしい幼き笑み。



「発信機をつけてたから」



 とんでもないやつがいたものだ。自分の袖をまくるような行動をし、そこに指を向けた。


「さっきの人の袖に仕込んだ」


 それを回収したのか、広げた手にはボタン電池のようなものが一つ。あのタイプは100メートル以内にしか反応できない小型タイプ。探知機と発信機の接続の関係で100メートルのものだ。微弱すぎる信号しか発しないため気づかなかった。


「あとは被害者たちを連れていくんでしょ?」



 院長は勝手に理解しており、その前提で物事を進めている。暴力団の被害者たる女性たち。それを八千代町に連れていく。そこまで把握しているのは驚きだ。



「まあそうなるね」


「なら治療してよかった。車に乗り切らないし、だからといって歩かせるのも無理だと思う。あの人の馬車と一緒に連れて行きましょう」



 院長の提案は合理的だ。乗り物がないけど、歩いていける距離でもない。地方と都会の行く道順には危険生物の巣窟だ。怪人も現れるし、魔獣も魔物も出現する。そのなかで生身で歩けば食われるだけだ。



「加害者と被害者を一緒にする気かな?」



 僕が疑問に思ったことを口にすれば、院長は指を立てた。性的搾取を受けた女性たちとその加害者である商人。それを言外に例えてみせたのだけど、院長は堪えていない様子。



「どちらも加害者で、被害者でしょう?」



 ならこの場合は関係がない。そういう態度だった。


 暴力団が搾取したとはいえ、身内を殺してもらった。対価と報酬の流れがあり、過剰な利益が暴力団にはあっただけだ。この事実は知らないはずだ。


 その差額も女性たち自らが暴力団に危害を与えたことでなくなった。僕が力を貸したとはいえ、復讐は復讐。やられたことと同じことはしている。これも知らないはずだ。


 

 知らないだけで女性たちが答えたというのだろうか。聞かれたくないことを答えるほど人間は他人に甘くない。何もしていない人間相手に突然危害を与えるほど院長は腐っていない。



 教えてもいないし、知ってもいない。この場所と状況、女性たちの様子をみて推察した。



 過程のなかで答えを想像で描いた。それが当たっていると判断して院長は堂々としている。




「生きるって屈辱の連続だから。理不尽を耐えれないなら死ぬしかないの」


 無が僕を見る。冷徹なまでの無を浮かべた院長。地獄をみた人間の特徴、常識の欠落。



 さすがの僕も訂正をしようと動く。


「自分ができることと他人ができることは違うよ?」


 この常識を、院長は欠落している。自分の得意と他人の得意は違う。院長の現実すぎる思考に他人は追いつけない。自己責任の思考がある人々と、そもそも自己責任といった概念を持たない院長。


 この二つの差が大きい。自己責任を知らないけれど、誰よりも現実的な院長。自己責任を知るがゆえに夢想家が多い人々。夢を見るのはいつだって、今を変えたい人が主だ。


 院長の目が僕の内心を探るように感じた。



「浅田さんはそれがわかるから、無意識に押し付けない。人を虐めることはできるくせに、考えを押し付けれない。人の自由と責任を嫌うくせに、尊重してる」




 院長は僕を観察し、そう本質の一部を見抜いていたようだ。



「尊重したうえで、叩き潰すのが浅田さんのやり方」



 僕は目を閉じた。院長はこれができるから使える。人を理解し、そのうえで邪魔をしない。あと一歩踏み込めば逆鱗に触れることを察し、引いた。



「あたしは浅田さんのやり方ができない。弱いから。強い人みたいに余裕がないから必死。誰かの強さを利用して、生きてるだけだもの。だから押し付けるし、尊重もしない。相手の意見に合わせない」



 院長がスラムの人々を見る。無が支配し、環境を蹂躙する。院長の態度がこの場の支配権をえている。僕は譲った形になる。



「そうしたほうが都合がいいでしょ?」



 そう自分の価値を理解した15歳の女性。



 僕は降参といったポーズで両手を挙げた。


 自分と他人は違う。僕と院長は考えも違うし、やり方も違う。発言したことを利用された形で思わず苦笑した。



「大正解。僕には院長が必要だ」



 口端をゆがめた嘲笑をもって、降参した。いずれ優秀な駒になる。まだ15歳なだけだ。大人になれば更にしたたかになることだ。



 僕と院長の会話を聞いていたものたちは、どう思うのか。


 余計なことを聞いたと思うのか。理解ができないと思うのか。まあ僕が必要と考えるものは、常人には理解ができない。今さらスラムの住人に聞かれて困る内容はない。



 殺伐としたことを考えていると院長はまたしても察した。




「浅田さん、ご自由に。あたしも好き勝手にしてるから」


 そうして院長はビルに戻っていく。引き連れた怪人が周囲を一瞥し、睥睨する。そのうえで全員がビルへ戻っていった。だけど戻る瞬間、令嬢怪人にだけは手招きしておいた。


 だから令嬢怪人がこの場に残った。





「余計なことを聞いたやつを君たちならどうする?」



 魔法が発動する。令嬢怪人が魔法を唱え、凶悪面の怪人も合わせた。スラムの人々の体が鈍足とかす。魔法による行動制限の魔法だ。見えない魔力がスラムの人々の体にまとわりつく。



「抹殺ですな」


 凶悪面の怪人が面白おかしく言う。



「排除です」


 令嬢怪人が常識といったばかりに言う。



 その答えに大きくうなずく僕。その姿を見た人々が慌てだす。動けるけど極端に遅くなっているため、逃げるのが難しい。ならばどうするのが正しいかだ。あの商人の姿、かつての影響力を保つ人間の無様さ。




 僕はスラムの人々に語り掛けた。




「君たちに二つの選択肢がある。ここで逆らうか、従うかだ」



 残酷なまでに現実をつきつめ、そのうえで相手の意思を尊重する。院長の言った通り、尊重したうえで叩き潰す。相手の意思を僕は重視してしまう。数少ない弱点なのだけれど、直せない。一つの方向から見れば性格が悪いやつだろう。



 でも人間の意思は大切だ。


 そうじゃなきゃ生きてる価値が見えない。価値がないものを相手にする時間は惜しい。



「おすすめは逆らうだよ」


 

 逆らえば死ぬ。言外に込めた意志を眼光で演出した。








 



 







 

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