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おじさん 魔法少女 19

 瓦礫の山に腰掛ける正義。ヒーローが立ち上がろうとし、苦痛がそれを妨げている。足腰を立たせても上半身が激痛を訴えているようで、全身が震えている。それでも立ち上がり、僕へと目線を向けた。


 満身創痍。



 無理をするのは正義ゆえのものだ。愛しい正義が無理をして、無様をさらす。失態をむき出しにして、命を燃やそうとする。その姿は非常に愛おしい。かわいらしく、汚したくない気高き魂。


 それに対し、僕は酷いやつだ。六同通りでひたすら隠されたカメラに映りこみ、煽り切った。


 数々のビルのモニターに放送され、有名人になる。ダスカルを撃破したうえで、弄び、逃がした魔法少女として一躍有名になることだ。


「やあ、ヒーロー」


 片手をあげ挨拶をした。見た目相応、幸せ満点の笑みをくれてやった。立っているだけで限界のヒーローは反応がない。


 


 


 きっと罵倒されるのだろう。愛しい正義に。あのダスカルに対してやったボール蹴り。番組に対しての煽り行為。ダスカルを逃がしたことも、その部下2体も逃がしたこともある。


 この六同通りの被害だ。正義が守りたかった風景は壊れているし、犠牲者も多い。



 正義が求める行いの真逆を僕はした。


 今か今かと罵倒を待っていた。



 だが予想とは違うものが返ってくる。


「ありがとう」



 ヒーロがやっとの思いで発したものは感謝の言葉だった。一瞬、理解ができず思考が真っ白になった。この惨状を、ダスカルを甚振り、逃がした。番組に対しての暴言。他者の放送に映りこみ、視聴者への煽り行為。


 見ていたはずだ。


 僕が嫌われる行為をしていたことをだ。


 本気で理解ができず、咄嗟の反応ができなかった。


 ヒーローは震えながらつづけた。



「魔法少女、君がいなかったら犠牲者が増えていた。…俺だけじゃダメだった。君がいたから被害は減った。守れた人がいた」



 だからと続けた。



「感謝をしてる」


 そしてヒーローは倒れた。満身創痍の中、力を振り絞って告げたのは感謝。思考が真っ白のため、言葉は返せなかった。倒れる前に僕は駆け寄り、抱き留めることしかできなかった。右手に残るヒーローの重さ。スーツがはがれかけており、マスクだけが残った。


「意味わかんない」


 正義は時に悪を乱す。心を乱し、感情を沸き立たせる。悪がもつ常識は、人間とは自分勝手であることだ。だけど正義に対しての常識は、よくわからないもの。


 このままにするわけにもいかない。意識がなく、僕の右手にヒーローの全体重が乗っかかっている。


 仕方なく、僕は抱きかかえた。膝裏を左足ですくいあげ、持ち上がったヒーロー。左足から左手と抱きかかえる手段を変えた。



「まさかヒーローにお姫様抱っことはね」


 苦笑し、愛しの正義を持ち運ぶ。この六同通りの中、ヒーローの周りにはカメラがない。ほとんど瓦礫の山だ。怪人、ダスカルの攻撃のせいでまともな建物はない。放送局の隠しカメラごと、崩壊したようだ。


 僕の姿すらモニターに映っていない。



 ヒーローのマスクがはがれた。


 マスクの下には好青年の姿があった。肌は若干浅黒く、茶色く染めた癖毛の短髪。青年になりたてといった印象。しわもない若々しさ。服の上からでは見た目はわからない。左手が触れる太ももには鍛えられ上げた張りがある。また右手で支える背中部分にも重質な筋肉。

 

「ヒーローのお姫様か。どうしたものかな」



 僕が抱きかかえて立ち尽くす。やがて背後から一人の気配。振り返ることもなく、僕は口を開いた。



「よく来てくれた」


 この気配は恭しく僕を奉っている。傅くことは人の目がある以上していないだけだ。ダストフォームは僕の本質に近づく姿。そのため、いつも以上に怪人は僕に敬意を示そうとしてしまう。


 気配の正体は前髪に赤のメッシュが入った怪人だ。作ったDランク怪人の中で古参の怪人でもあったりする。


「大首…ロッテンダスト様」


 大首領と言いかけた赤メッシュの怪人。すぐ訂正し、今の姿の名称を慌てて修正した。それすらもこの遊びの中では禁止だ。


「名前よぶの今だけ禁止ね」


 大怪人ダスカルにしか伝えていない。その事実は大切なことだ。両手にもつ正義にも伝えていないのに、誰かが晒して秘密がばれるのも面白くない。僕の静かな態度に気圧されてか、背後の怪人がわたわた動く気配がした。



「怒ってないよ」


 僕は振り返る。些細な誤差だと笑みを浮かべれば、ほっとした様子を見せた怪人。だけど抱きかかえた正義の姿を見た途端、赤メッシュの怪人の目つきがかわる。殺意と共に慈悲に表情をほだされる。


 正義を見た際、悪が悪であればあるほど正義に恋をする。無様で失敗だらけで失態をさらす正義を。強さとか弱さとかどうでもいい。その精神は汚してはいけない。大怪人ダスカルですらそう、僕でもそう。鵺の首領ティターでもそう。


 正義の心は汚れることなく、倒すべきだ。拷問もしないし、名誉を傷つけたりもしない。脅迫もしない。


 美しいものをめでる僕と赤メッシュの怪人。


「僕のだよ?」



「わ、わかっております」



 大首領である僕の獲物。その言葉に赤メッシュは名残惜しそうにしてもいた。逆らうことはしないし、僕の邪魔をしたりもしない。だけど正義を見てしまうと怪人は倒したくなる。それを大首領権限で僕のものにした。


 凶悪面の怪人ぐらいになると僕の獲物だと知ってるから、表情にすら出さない。




「いつもなら君たちにあげるけど、正義だけはあげない」


 僕が念を押し、強く意志をこめれば怪人は勢いよく顔を縦に振った。


 正義に性別はない。男性であれ、女性であれ、心が異性のものであっても正義は正義。それは性欲でなく正義という気高きものに魅了されただけのこと。


 悪は決して正義を見逃さないし、汚さない。



「君が来たってことは、ビルは安全なの?」



 尋ねた僕に、赤メッシュの怪人は僕の様子をうかがいながら、恐る恐るといった様子で口を開く。



「い、院長が来ました。状況を院長はわかったようで、護衛を強化しました。また囚われた犠牲者たちの護衛も強化いたしました。連絡するために自分をロッテ…あなた様の元へ送り出した形になります」


 大首領でも、ロッテンダストでも呼べない赤メッシュの怪人。その苦肉の策があなた様といった発言だ。男性でも女性でもない僕に対してのニュアンスがそれ。だけど僕の関心はそこでもない。



 院長が訪れたということだ。



 僕は唖然とした。


「い、院長が?」


 この僕ですら唖然とする。あの環境において院長が訪れることは予測していなかった。スラムに訪れるなんて誰にも予測できやしない。


 院長があのビルに来た。


 それで状況を把握して行動をした。


「どうやって?」


「わかりません!」



 赤メッシュの怪人が激しく首を振る。何度も横に振り仰々しくも慌ただしい。僕の疑問と懸念、漏らした感情を赤メッシュの怪人が察し、即座に否定したようだ。生み出された怪人は僕に逆らうぐらいなら死を選ぶ。


 その怪人が激しく否定するなら、信用に値する。



「我らは決して、院長に情報を漏らしておりません」


 強く断言する赤メッシュの怪人。僕の様子を伺い、それでもなお自分の立場を主張するのは素晴らしいことだ。なすがままに受け入れる存在なんて求めていない。自分の意思を持ったうえで、従うのを求めている。



「院長だからね、仕方ない」


 あの院長は弱者だ。だけど弱者なりに生存政略がある。僕を観察し、赤メッシュや令嬢怪人、凶悪面の怪人の性格も把握している。



 院長は格別の弱者だ。



「君たちの予想を超えるのは仕方ないよ」



 僕がいくら手をつくしても院長のような人間は生まれない。人間は怪人よりも思考力が高く、予想と反した行いをいくつもする。




 Cランクの令嬢怪人ですら院長をつかみ切れていない。普段から一緒にいるというのに院長の性格すら掌握できない。凶悪面の怪人ですらできていない。



「院長の将来はティターと並ぶもの」



 僕が生み出した怪人の中で最古参。ティターノバ。この国においても最古参にあたる大怪人ティターノバ。それに将来とはいえ対等に並べる弱者。魔法も肉体戦闘も使えない、ただの一人の女性。



 それが大首領である僕を誰よりも理解している。下手すれば長い付き合いのティターよりもだ。


 僕の邪魔をしない。意図を察し、手配をする。



 15歳のくせに末恐ろしい。



「君は悪くない」


 赤メッシュの怪人に優しく告げ、愛しの正義を手渡すよう意志を示す。慌てて手を伸ばし受け取る体制をする怪人。



「相手が悪かったんだよ」


 正義を手渡し、赤メッシュの怪人が僕から受け取った。僕が抱きかかえたように、受け取った赤メッスの怪人。抱きかかえたまま心配そうに僕の顔をうかがっている。




「院長だよ?この僕に文句をいえる人間相手に立ち向かえるわけないさ」



「申し訳ありません」


 抱きかかえた正義を揺らさず、頭だけを下げた怪人。


 院長相手に赤メッシュの怪人が相手になるわけもない。強さとか考えれば別だけど、理解力や把握力、人間がもつ強さを見せれば怪人は立ち向かえない。



「あれに対抗できるのはティターと僕だけ」



 

 愉快な気持ちになる。そう人間とは自分の意思で行動しなければいけない。行動の上には失敗もあるし、成功もある。だけど挑戦は素敵なことだ。院長は己の意思をもって、僕の邪魔をしないことを選択した。



「院長は何をしてるの?」



「壊れた不届き者を治療中だそうです」


 一瞬意味が分からなかったけれど、僕の様子をうかがう怪人の態度を見て思い出す。


 壊れた不届き者、あの商人のことだ。同僚や上司から死を望まれ、自分の危機と周囲が敵に回る重圧から壊れた人間。壊れちゃった以上どうしようもなく、生かす意味も殺す意味もなくなった。だから扱いに困っていた。あの程度で心がやられるとは思わなかった。なにせ院長を相手に騙そうとし、武力を支配下におさめるか、もしくは院長自体にろくでもないことをしようとした。


 悪事を働くなら相応の精神は持ち合わせるべきだ。肉体的拷問をしていないのだから。




「治せるの?」


 疑問に思った僕が尋ねると赤メッシュの怪人は目をそらした。



「…院長の考えることですので」



 Dランク怪人古参でも院長はわからない。僕でもわからない。お互いが疑問に思ったまま時間が過ぎた。無駄な時間と判断した僕が背を向けた。



「ありがとう。君の役目は正義を安全な場所へつれていくことだ。正義の身バレは避けるんだよ」


「はっ」


 礼を告げ指示を出す僕。それに対し勢いよくも返事を返す怪人。そのまま気配が遠ざかっていく。また僕も動き出していた。先ほど待ていたビルの屋上へと戻っていく。また通りのカメラからは映らないように位置を変えている。六同通りの中でも周囲に建物がない道を通った。



 


 ビルの目の前までくれば僕は飛んだ。足場にしたアスファルトを大きくへこませ、空へ勢いよく打ちあがった。途中魔力を消費し、勢いを加減し着地。ついた先は先ほどの屋上だった。衝撃を緩和したおかげで屋上のコンクリートは壊さずに済んだ。


 もし壊すと賠償請求とかかかりそうだ。


 凶悪面の怪人が無言で立ち尽くし、三船が着地した僕を凝視していた。



 僕は片手をあげた。



「これでいいんだよね、三船」



「…ああ」


 陽気な僕に対し、三船は怪訝な表情を浮かべている。鋭い眼光が僕をとらえているけれど、あいにく怖くはない。もし三船が正義として覚醒しているのであれば僕も態度を変える。だけど冒険者Aランク程度の強者なんて、強いだけしかない。


 言いたいことはわかっている。



 姿が変わっていることよりも大切なこと。



「ダスカルを倒せとまでは言われてないからね」


 僕は陽気な態度をしつつ、左手はリボルバーにおかれている。三船も大剣を引き抜いた状態で隙がない。このフォームは殺気に敏感だ。三船がいくら優秀な冒険者でも一人だ。魔法少女、しかもダストフォームには近接戦闘で追い付かない。



 三船はダスカルを逃がしたことが気になっている。



 その証拠にダスカルの名前を出したら表情が更に物騒なものになった。



「あそこまで圧倒しておいて何故だ」



「殺せと?無料で?」



 リボルバーを引き抜くと同時に三船の大剣が僕の首に。刃の到達速度の合間に三船の額に銃口を突き付けた。三船の一歩は僕の二歩以下だ。三船の腕では僕を殺せない。仲間もいない冒険者なんて、ただの置物だ。



 

「本気でダスカルを殺せといってるの?」



 僕は屈託のない嘲笑をくれてやった。あのときダスカルを倒してもよかった。だけどダスカルが悪の大幹部らしさを見せたことで気が変わった。そのほかにも理由はあった。


「ああ」



「Aランク大怪人を相手にさせて、倒す善意を強要するの?」


 東京においての常識、善意は仇となる。優しさは強要されるくせに見返りはない。自己責任と自由が支配し、人々の心は蔑み、妬みによって歪んだ。


 自分より優れた年収をもつ人間を引きずり下ろしたい。強い人間に善意の行為を押し付け、自分たちは怠慢でありたい。労働者と労働者の対立、経営陣への激しい敵対心。政治家に対しての強い憤り。ヒーローと魔法少女に対しての強い当たり具合。


 そんな環境でAランク大怪人を善意で倒せ。



「…お前ならしてくれると思っていた」


 自由と自己責任に染まった三船は悔し気に言う。環境は人を変える。どこまでも環境に適応し、それ以外のことができなくなっていく。



「僕が救うのは、居場所だけだよ」



 僕がすむ八千代町だけだ。人口なんて90人を切りかけているけど、でも居場所は居場所。徹底的な平穏を生み出すために、悪名をこれからも立てる。過激な行為が影響力を生み出し、影響力が平和をつくる。



「ここは君たちの居場所だ。余所者に頼らないでよ」



 リボルバーの引き金に指をかけた。


 三船の大剣の切っ先が首を強く押し付ける。だけど傷ができない。倒せないし、三船もわかっている。ただ諦めないだけだ。正義のようにはなれないだけで、諦めない大人の姿は美しい。だけど自由と自己責任に染まった姿は魅力がない。


 自己責任と自由に染まりつつ、だけど環境を変えたい。そんな三船は苦悶の顔をしている。



「ずるくないか!お前がいる町だけ平穏で、ここには地獄しかないんだぞ!」



 まるで子供の姿。誰もが善意で動けない都会。人はいっぱいいるのに、誰も助けてくれない地獄。Aランク冒険者という強者でも動けない雁字搦め。高ランクが善意を働けば、その善意を強要され、下のランクが生活を圧迫されていく。だから動けない。


 この国の首都がこのありさまで、北関東の一つの町程度が平穏を保っている。


 地方にBランク下位とはいえ上級魔法少女がいる。町の規模に対して人口はいないといえるぐらいの過疎地。そのくせ武力だけは一流だ。Dランク怪人20体、Cランク怪人、Bランク怪人もいる。悪の組織で隊長クラスのDランクが一般兵扱いだ。下手したら悪の組織を率いる上級怪人ですら転がっている。



 

「その平穏を作るのに」


 一呼吸を挟んだ僕。



「どれほどの血を流したと思う?」



 僕が尋ねれば三船は答えれなかった。平穏は無料ではない。平和は当たり前じゃない。崩壊前の政府が治安を維持するのにどれほどのコストをかけたか。警察がどれほど苦心したか。暴動を起こさない環境を生み出し、報道を駆使し、人々の精神的教養を高めた。家族間の監視システムを残したまま、近隣住民との相互監視システム。田舎であればあるほど、プライバシーの概念が薄くなる。それを利用した安心システム。




 崩壊前の政府は優秀だった。政治家も優秀であるし、官僚も優秀だ。認めない人間だけが無能といっているだけで、狙った形を作る能力は非常に高い。公務員だって問題を起こせばニュースになる程度に自浄作用があった。狙った通りに持っていく能力。政府のレベルの高さが国民にも備わっている。



 問題を起こさない。行動も挑戦もしないけれど、犯罪も起こさない。一つの犯罪が全国的なニュースになる程度に規律のもった国民性にまで育った。これを無能と馬鹿にするものもいるけれど、一つの形として正解だと思っている。



 政府が一度動けば、国家全体が動く。



 これは民主主義の形をした社会主義国家の日本も同じ。



「ねえ、答えてよ」


 尋ねた僕に対し三船は黙った。


 そこに至るまでに流した血や税金の重みが作り上げたものだ。




 無料ではない。ちゃんと対価を皆払ったうえで、それを許容している。


 税金も閉塞感による息苦しさもそう。見える形と見えない形で対価を払っている。



「ほら、答えれない」




 嗤う僕に三船は悔しさを出すだけだ。


 この国の流れと一緒。



 崩壊後に狂ってしまっただけだ。元々支援者目線であった政治家がより、国民から遠ざかっただけだ。憲法改正権を国民から奪取し、暴走しただけだ。


 国民の所得改善より、企業の利益改善のほうが上。


 人口改善より、手軽な移民政策のほうが上。


 国民の所得を改善すれば支援者が損をする。金持ちや企業が損をすることをさけ、人口改善なども移民でカバーするつもりだった。表向き官僚相場によって賃金を引き上げているものの、大手のみで中小はあまり影響がない。賃金が上がらず、税金だけ増えているのもある一つの施策のもとになっているだけだ。



 政府の思惑はかならず成功する。


 日本は昔人口が増えすぎて、管理できなくなるといった風潮があった。かなり昔だ。僕も調べたあたり今の高齢者が若者だった時の風潮だ。そのとき人口を減らし、管理しやすくするといった流れがあった。また日本経済や人口が上向きだったころ、成長によって管理もしづらい意見があった。またある大国の立場を脅かしすぎるとした時代もあった。


 経済がある大国を超えそうなあたりで、大国内で日本への強い叩きが始まった。経済成長が増加するにつれ大国の干渉が強くなり、国家は企業の国内製造から海外製造へ方針を切り替え、利益だけを国内に残す政策をとった。そのおかげで海外生産が主となり製造技術も海外に流れた。流れた技術が海外を育て国内企業と対立を作り上げた。


 国内における既得権益的立場を脅かし、企業の力と労働者の力も削減した。



 



 また政府は別の考えももっていた。


 人口削減、経済停滞を。


 人口増を抑制するために、色々な政策を立てた。デフレ、スタッグレフレーションなど有名な言葉も幾つもある。給料は変わらないのに物価だけが上がっていく。物価だけが上がっていくうえで税金も上がっていく。国債発行による円の市場投入。だけど誰も円を使わず、貯金ばかり。インフレ率だけが上がり、消費税などを増税して抑制するしかない。


 企業の利益を国債によって負担し、その発行した分を税金として国民から回収する。


 増税だ。


 増税すれば消費が減る。金持ちほど金を使わず、増えた収入を投資に回し、市場には流れない。だから労働による時間を搾取されたもののみが負担をした。


 労働収入の減少という形に動いた。


 庶民には金が回らない。


 人口抑制が旨くいく。





 いくら国債を発行しても年収が高いやつは貯金や投資しかしない。消費がなく個人が個人のために収支を増やす。されど市場に金が流れないため、賃金の増加もない。お金を使う層には金が回らず、何も考えない人間だけが結婚をでき、子供をつくって国家の利益になる。だけど金がないから生活苦もある。その姿をみた独身が結婚をさけ、個人主義が始まった。


 これが国家の想定外の出来事だった。


 知性が高いほど己の利益を求めてしまい、そ国家が窮地に陥っただけだ。


 政府が優秀すぎて、己の実力を過小評価していただけだ。


 政府が優秀なら国民もまた優秀だ。なぜなら平和だからだ。平和と平穏は無料じゃない。そのコストを維持するために知性を手にした国民が無能なわけがなかった。



 やがて若者が高齢者になっていく。


 その時政府は気づいた。



 高齢者が増えれば政府は負担がふえ、国家は成り立たなくなる。介護や年金だけで埋め尽くされ、現役世代の負担だけが増えていく事実を。あくまで国とは人口増加によって成り立つ市場主義であるということをだ。


 これは政策の失敗だ。


 そのとき政府は主権者である国民に対し、あることを考えた。


 政策非難を避けるための一手



 対立を作った。


 労働者と労働者の対立。


 現役世代と高齢者の対立。


 年収が高い労働者と低い労働者の対立。これは効果があった。年収1000万クラスの労働者が300万の労働者を自己責任で片付け、税金が安いと否定。低年収も同じぐらい負担すべきといった問題を作り上げた。


 そうなると低収入の労働者も高年収の労働者を叩き始める。


 世の中数が多いほうがルールを作る。1000万クラスなんて国家の数パーしかいない。逆に低年収は国家の労働者層の大半。低年収による高年収労働者の虐め政策が通ったわけだ。基礎控除の削減や教育費の過剰な負担。低年収だけが負担を減らすような見た目の政策がだ。


 1000万クラスを守る政策がなく、負担だけが増えていく。



 高年収を削減した後、今度は低年収クラスが搾取されていく。


 上が下がれば下も減る。



 その中で高齢化が進み、労働者は減っていく。税収が減る。医療費が増える。国家内での産業による医療費負担ならばいい。だけど医療費、薬品などは外国企業が主に特許をもっている。国内に増える需要でなく税収が外へ流れ始めた。


 また企業や金持ちの負担が増えることを危惧したものたちが手を打った。


 国民全体への負担の許容が税金を増やす。金持ちの負担を減らし、国家全体からむしり取る政策。


 消費税だ。



 高齢化によって減った労働者の賃金が上がることもない。消費税が消費を落ち込ませ、労働者の雇用と賃金を奪っていく。


 上がったとしても税金がむしり取る構造ができた。



 



 そうして低年収の労働者が搾取され、再び高年収の労働者が搾取されていく。





 下が減れば、上も減る。上が基準に下の年収があり、下の年収があるから上もまたある。お互いが敵対したために、お互いの足を引っ張ることを認めた。


 その結果現役世代の貧困がはじまった。また高齢化や人口減少が加速したため、政府は責任回避のために一つの考えを持ち出した。


 自己責任。



 そのうえで支援者への利益として新自由主義をプレゼント。


 政府も国民も賢いがゆえに、馬鹿に見える。だけど一つ一つは優秀なのだ。平穏と平和を作れるぐらいには優秀なのに、まとまると動けなくなる。自己責任と新自由主義を拒絶しながら受け入れられるぐらいには優秀すぎた。



 労働者を対価に企業や金持ちが有利になった。


 

「君たちは外圧がなければいけないほど、落ちぶれたんだよ」



 東京にとっての外圧は地方。


 東京は地方を見下すが、一部の地方よりも危険な場所になった。


 見下した地方に負けた。その事実が都会人を苦しめる。



「さあ答えてみなよ三船。僕たちの住む町はどれほどの血を流したと思う?」



「…わからない」


 煽れば煽るほど、三船の表情は険しくなっていく。


 平和は無料じゃない。崩壊前は、政府の涙ぐましい努力によって、生み出された国民性によるもの。多大な対価を払ったうえで成り立つ平穏のものだ。



「崩壊前のの人口は8000人ほど、今じゃ人口は90人を切りそうだ」



 たった数年前の人口8000人が今じゃ90人近く。



 人数として東京の一区域にも満たないだろう。だけど割合としてみれば割合どころの問題じゃない。壊滅状態だ。その減った人口をもって生み出した平穏。



 現地人は東京など行き、いまいるのはほぼ余所者。



 

「優しさは無料じゃない。君たちもちゃんと対価を払わないと」



 

 僕は口端をゆがめたまま続けた。




「それにダスカルを殺せばただではすまないよ?」



 

 挑発すれば、三船は強い目線をもって僕に抗議する。だけど視線は微弱に横をむいている。



「ダスカルは今後十年の間に100万人を犠牲者にする」



 ダスカルが生きれば十年の間に100万人の犠牲者がでる。民間人の生死を問わない形であり、経済的貧困を含めた犠牲者。それが100万人。



 三船は僕の言葉に強く感情をあらわにした。僕のせいではないけれど、強い威圧の感情だ。


「なら!!」


 なぜ倒してくれなかったという意志がこもっている。


 だけど僕は遮った



「だけどダスカルを殺せば一年以内に100万人が死ぬ」



 ダスカルが生きれば十年という猶予の間に100万人が犠牲になる。だけど経済的貧困を含めた犠牲者であって、生死にかかわるものを限定すれば数十万人程度だ。その点ダスカルを殺せば、確実に一年以内に100万人が死ぬ。



「ダスカルの死は東京を不安定にする。悪は暴れだし、制御は効かなくなる。一年以内に100万が死ねば、次は?その次は?どのぐらい死ぬ?」


 ダスカルが死ねば古参の悪、ザギルツは大幅に弱体化する。その支配地域を狙う他の悪、ヒーロー、魔法少女、冒険者、政府による対戦が勃発する。血は流れ、流したものが多いほど誰も止めれなくなる。


 流した犠牲者以上の元を取ろうとするからだ。


 

 悪は暴走もする。


 だから大勢が犠牲者になる



 二年後には更に死ぬ。


 5年後にはもっと死ぬ。


 10年後には東京があるかわからない。




「ダスカルは良くも悪くも強すぎる。東京7大悪を見くびりすぎだ。今がベストなんだ。拮抗した中で東京の人々は一時の平和を味わっているだけだよ」



 この地獄の中で平和が一時のもの。そもそも治安が悪化してるくせに、これが最善の平和だという僕の言葉。悪は拮抗し、正義はおらず、警察もいない。金によって強い人間たちが雇って対抗できる。その一時的平穏と人並みの生活を営める時間。


 人間も悪もそれぞれが拮抗し、薄氷の上でバランスを保った形なだけだ。


 ダスカルの死はそれを大きく覆す。魔法の通じない大怪人の死によって魔法少女は増長。悪もまたザギルツの弱体によって増長する。このバランスが崩れればすぐ戦争だ。



 理解しがたいといった反応を見せた三船。


 ただダスカルが役割を放棄した振る舞いを見せてたら倒すつもりだった。だけど予想以上に悪をしており、役割を果たした。だから抑制装置として生かした。



「ダスカルが大幹部であり、古参の悪の中でまともだった」




 だから10年の間に100万人しか犠牲者はいない。




「倒したいなら君の責任で倒しなよ」



 僕は銃口を上げた。三船の額からずらし、空へ向けて発砲。銃声に三船が大きくびくつくも切っ先は首から離れない。




「東京壊滅の一歩を踏む覚悟があるならね」



 そう告げれば三船は大剣を降ろした。柄を握りしめる手が悔しさからか震え、目線は下だった。




「じゃあね」


 僕がそう告げ、凶悪面の怪人に指で合図をする。軽くジャンプをすれば、フェンス側の向こうへと移動した。ただ屋上からは折りておらず、フェンス前の段差があるためそこに飛び乗った形だ。




 凶悪面の怪人は屋上から、来た道を戻り返すようだ。


 階段を下りていこうと姿を消す直前。



「お前なら、お前たちならどうしてた?」


 三船の震えながらも、同調するかのような声。まるでお前たちも自分とかかわらないといった音程。




「気まぐれによって変わるかな。今回は逃がしたけど、次があれば倒しているかもね」


 逃がしたのは悪として生きたからだ。大幹部らしさをみせ、僕に屈しなかった。だから見逃した。そうじゃなければ倒しているし、魔石も奪ってる。



「壊滅してもか!!」


 僕の答えに強く反発されるけど変わらない。


 三船は、自己責任が自分以外に左右すると思っているようだ。



「自己責任っていうのはね、他人の責任を負うことじゃないよ。自分のことだけを負えばいいのさ」




 だから倒すかもしれないし、見逃すかもしれない


 

「僕は誰の責任も負わない。自由に生きるし、責任も自分の分しか抱えない。君みたいに他人の自由を守るために重圧を抱えたりしない」




 そのためにはどうするか。


 簡単なことだ。



「考えないことも必要さ」



 被害者も犠牲者も余計なことは考えない。僕は選択をしている。三船はまだ若い。20前半ぐらいだから人生に迷っても仕方ない。


 そのうちわかることだ。




「町に来た時の依頼人、そいつが騙そうとした院長は僕よりも悩まないよ」


 僕は飛び降りる。僕の体が重力によって下に導かれて、三船の目線から建物が遮る。


 その直前に叫んだ。



「僕以上に開き直れる奴がいるってことをね!忘れないでね!」



 開き直れるやつは勿論、院長だ。



 弱者のくせに堂々としすぎだ。


 だけど、そうじゃなきゃティターと並び立つことはできない。




 地面に急加速をもって向かっていく僕の体。この程度の高さは怖くない。両足が地面にたたきつけられる。大きな衝撃があるけれど痛くもない。


 地面に着地した僕は見上げた。




 屋上からフェンスに体を押し付ける三船の姿。



 それに手を大きく振った。



「三船、君は院長になれるかな?」


 15歳の女性と比べられても不快かもしれない。だが僕の人生にとって院長との出会いは最大のものだ。あの人間は確実にティターと並び、下手をすれば超えていく存在。弱者のまま強者と並ぶ。


 


「無理だろうね」



 即座に否定した。僕は三船の視線を背に感じながら後ろに手をまわす。後ろに回した手の親指が下に向けられた。



「自己責任が自由だということに気づかないうちはね」


 三船は自由に汚染されたロマンチスト。自由が他人に影響することを恐れた自己責任主義者。



 院長は自由に責任を決めるし、他がどうなろうと何も思わない。





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