おじさん 魔法少女 18
田舎者宣言の後、向けた銃口の先にいるのは殺気をまとう大怪人。気迫が僕を襲う。さすがに煽りすぎたと思うほどのものだった。殺気が僕の視界をぶらす。殺気の影が眼前を迫った感覚。
ダストフォームは殺気において敏感になりすぎる。殺気がぶれ、それに対し意識をとられた
一瞬見失い、気づいたときには目の前にいた。
瞬間移動と思うほどの加速で正面に立ったダスカル。指がちぎれた腕が僕の腹部へ。重い衝撃が体をくの字にさせる。反応はできたけれど、間に合わなかった。
「ぐ!!」
衝撃による悲鳴をこぼしてしまった。
大怪人相手に煽りは駄目だなと本気で思った。
ダストフォームだからこの程度。前のフォームなら再び貫通芸を見せていた。
痛みはあるが貫かれるものでもない。これは殺し合いであり、喧嘩でもある。お互いの肉体性能は大きく離れていない。若干相手のほうが性能は高い。だけど魔法少女と似ている時点で怪人の立場はない。
くの字の状態にて両膝と腹部で相手の腕を締め上げた。右腕は相手の肘をつかんでもいる。
体の力を使う。
ダスカルが腕を引き抜こうにもすぐには無理。相手のほうがパワーは上、多少劣るとはいえ、腕一本と体全体のパワーならこちらのほうが上。すぐ引き抜こうにも時間はかかる。銃口だけをダスカルの腹部へ押し付けた。
発砲。
連続で引き金を引いた。
同じ個所への連続射撃。僕から離れようと、離してないから無理だ。空いた腕が僕の顔面を体を殴打する。ときにリボルバーを持つ腕すら狙われる。だけど体勢が僕側に有利なため、相手は力が入らない。
血が流れる。僕にもダスカルにも降り注ぐ緑の血。
弾丸が尽きる。
「リロード」
魔力が弾丸を形成するのに数十秒。その間僕はひたすら銃身をたたきつけた。同箇所への物理攻撃。僕の体が地面にたたきつけられた。挟み込んだ腕が振り回され、地面へ空へと上下に振られる。だが目を回すこともないため、離すこともない。
弾丸が補充され、ひたすら射撃。
お互い喧嘩をして、殺し合いをしている。
「いい加減離せ!!」
ダスカルが煩わしそうに叫んだ。
「嫌なこった!!嫌がることをするのは気持ちがいいんだよ。悪のくせに知らないのかな!!」
僕が楽し気に叫ぶ。
リロードをしては射撃。ダスカルは強い。魔法が効かないチートをもち、ダストフォームよりも僅かに上の肉体性能。さすがは古参の悪。ザギルツの大幹部だ。
だけども僕も大首領なのだ。鵺と孤児院の武力集団を束ねる黒幕だ。
たかが大幹部に負けることはない。
リボルバーに残る最後の銃弾が放たれ、同箇所の腹部へ当たった。相手も相当のダメージを負っているはずだ。通常の怪人ならば一発、上級怪人でも8発もあれば過剰攻撃。ダスカルの拳が僕の顔面を叩き、頭が揺れる。
だけども拳の威力が弱く感じた。
その直後だった。
「なんだこれは?なんなんだこれは?」
ダスカルが動揺し、声を荒げた。状況の変化が焦りを生んでいるようだった。それもそのはずだ。ダスカルの腹部にあるのは腐敗した肉体だった。強固な肉体が腐敗し、悪臭を漂わす。白の毛皮が腐敗の緑へ色を変えた。
このリボルバーは塵化現象を引き起こす。だけどその根源はロッテンダストの源、腐敗だ。
腐敗魔法は腐るという過程。
過程の腐敗が、結果の塵を引きおこす。栄養として吸収されるとか微生物に食われるというのもある。でも腐敗した死体は塵となって消えていくのが道理。
ロッテンフォームは腐敗の過程と結果を引き起こす。腐敗魔法特化による器用さがある。
ダストフォームは結果のみを引き起こす。肉体性能特化と塵化の結果のみしかできない。
相手の属性耐性が上であればあるほど、結果は訪れない。だけども連射したことによって、結果でなく過程を引き起こした。
それが腐敗だった。
「我には魔法は効かないはずだ」
多くの魔法少女の攻撃を防いだ能力、それを疑うことが大怪人はできない。魔法は効かない。
ロッテンフォームは魔法で腐敗を作る。
「魔法じゃないからね」
ダストフォームは呪力で塵現象をうむ。その塵をうむ弾丸の属性こそ呪い。霊力側に属するものだ。
「怪人ごとに耐性は様々。君は魔力特化なだけだった」
ダストフォームの武具、リボルバーは魔力を霊力に変換して弾丸を作る。
怪人は種族や生まれた環境によってさまざまな耐性をもつ。魔力耐性が低いものは、魔法少女相手に狩られること多数。魔力に弱いやつは逆に霊力、気力に強い耐性をもつ怪人の場合がほとんどだ。
霊力、気力を使うのはシャーマンやヒーローなどのもの。怪人の相手は東京においてヒーローが相手をする。そのためヒーロー側の属性を補填する生産工程を悪は組むこともある。自然的に生まれる怪人は環境次第。
東京において、絶対的な魔力耐性をもつ怪人はあまりいない。
魔法を使える存在自体が希少だからだ。魔法少女は都市において数は多いけれど、ヒーローはもっと多い。魔法少女は田舎にはほとんどいない。都市に集中していて、なおヒーロー割合が圧倒している。
だから悪側も魔法対策をおろそかにする。ヒーロー対策にいってしまうほど割合が偏ってる。
ダスカルは希少だった。
魔法を使いこなす魔法少女にとっての天敵。しかも東京一極集中で女性は集まりやすく、魔法少女も多くいる。魔法少女が多くいて活躍すればするほど、ダスカルの価値はあがっていく。
ダスカルは魔法がきかずとも霊力は効く。実力や性能が高すぎて、下手な攻撃が効かなかっただけだ。
「君は魔法以外なら届く」
魔法少女相手に無双し、高い性能のためヒーローすら駆逐する。
ダストフォームは肉体性能が高いけど、魔力を霊力に変換してしまう。そのため上級怪人相手だとヒーロー対策が強化されていて無双できない。ロッテンフォームは大多数の怪人弱点をつけるから無双できる。
今までダストフォームは使ってこなかった。戦闘性能が肉体性能特化、しかも魔力が霊力に変換されてしまう。戦闘自体は近接戦闘に限れば圧倒する。だけども八千代町の周辺は怪人だらけだ。零細、中小規模の悪の組織が入り混じった環境では様々な怪人がいる。腐敗魔法に耐えれる怪人を作れるものはいない。
ニッチな魔法ジャンルで、使い手が僕と数人だけだ。そんなものを作成できるほど、地方の悪は生産システム、工場は優れていない。大多数の常識に対応できる怪人が優先されてしまう。世間では腐敗魔法はいまだ謎が多い魔法だ。大手の悪ですら腐敗魔法の対策は難しい。
ロッテンフォームは使い勝手がいい。
「何をいってるんだ貴様は!」
理解しがたいといった反応を見せたダスカル。僕が言っていることは通じていて、わかっているはずだ。腐敗している事実が、魔法以外の現象で引き起こされていることをだ。
だから僕は教えてあげることにした。
「これはね、魔法とは違う力、霊力による呪いだよ」
ダストフォームは使い勝手が悪いけれど、魔法とは違う力が使える。時折いる魔法が効かない相手に対して接近戦特化は非常に役に立つ。呪いの弾丸も選択肢としてはありだった。
「貴様は魔法少女だろう!!なぜ貴様は」
霊力を、呪い属性を使えるのか。魔法少女は霊力を一切使えない。魔力を消費した魔法のみしか使えない。
ダスカルの悲鳴にも似た叫びに、嘲笑を返す。
「女の子には秘密がいっぱい」
僕は拘束を解除した。相手の腕が自由になる代わりに、別の行動を移す。握りしめた拳を振りかぶる。狙いは腐敗した腹部。大幹部とはいえ、大怪人とはいえ、腐敗した箇所は誰だって脆い。むろん大怪人は動揺しても抵抗はする。
されど今のダスカルに僕の拳は防げない。
僕の拳がダスカルの腹部を貫き、背中へ突き抜けた。
腐敗した感触と悪臭を感じるけれど、僕は嗤ったままだった。
「僕の勝ちだね」
腕を引き抜き、腐食した肉片がへばりついている。腕を振れば、肉片は振り払えた。
「おのれ、おのれぇぇぇぇ」
ダスカルはそのまま両腕をもって僕を締め上げようと動き出す。痛みもあるだろうが、屈辱のほうが上のようだ。大幹部には大幹部としての見栄と意地があった。
だけど僕のほうが早い。
片足を軸にその場で回転。勢いつけた回し蹴りがダスカルをとらえた。ぐしゃりとぐちゃり、水音が混ざった重い音がした。
腐敗した箇所が一撃に耐え切れず、ちぎれた感覚。支えを失った上半身は腐敗した部分から分離して別行動を開始。
ダスカルは一部を残し吹き飛んだ。大きく飛んだ上半身、その場に残る下半身。下半身とお別れをしたダスカルはビルへたたきつけられる。その寸前、凶悪面の怪人が大きく跳ねており、空中上でダスカルを蹴り上げた。
ダスカルの体が再び方向を転換。
僕のほうへダスカルが勢いよく飛んでくる。
迫ってきたダスカルの体を再び蹴り上げ、凶悪面の怪人のほうへ飛ばす。飛ばされたダスカルは再び凶悪面の怪人が僕へ蹴りやる。足元に飛んでくれば再び僕は返す。その繰り返しだった。
「きさ、きさまらぁぁぁぁ」
ダスカルが吠えているが、もうどうにもならない。僕は無表情でひたすらパスしていく。
「ボール蹴りしようよ、ボールは君ね」
蹴られるたびに、ダスカルの体は傷が入っていく。抵抗しようにも僕も凶悪面の怪人も頭を狙って蹴っている。脳震盪とまではいかずとも思考がままならない。ボールをパスするようにダスカルは僕たちの間を行き来した。
無表情な僕と苦笑している凶悪面の怪人。
「大怪人をボールにする遊びはいかれておりますな」
その速度は常人には反応できない。高速で飛び交う大怪人の姿をみれば他の人はどう思うのだろうか。きっと楽しいことになる。東京の7大悪、その大怪人ダスカルが弄ばれている。それをしているのは誰か。
「いかれているのはボールのほうさ、何せ進んで遊ばれてくれるんだから」
誰もわからない。地方の魔法少女。ロッテンダストの悪名を知るものであれば納得する。悪名を知らないものであれば、探ろうとする。ダスカルは魔法少女に負けない能力を持っていた。その能力をもってしても魔法少女に負けた。
その魔法少女の正体は一体何なのか。
好奇心が人を駆り立て、僕を探し出すだろう。そして憶測をたて、風評を生み、思い込みによって判断がつけられる。本当の真実なんてどうでもいい。都合がいいものが正しいとした空気の完成だ。
数の差で起きる、押し付けられた判断結果がすべてになる。
ダスカルはパスされながらも、腕を伸ばそうとする。僕のほうへ飛ばされる中でも抵抗をしようとしていた。その腕をリボルバーで打ち抜き、抵抗を阻止。再び蹴り上げた。
だけど今回は趣旨をかえた。ダスカルはお互いの間を行き来せず、空を舞った。
気づけばビルの壁面のモニターには僕たちが映っていた。大怪人ダスカルを蹴りあう僕たちに対し、モニター側の皆さまは反応に困っている。番組の中で解説席にいる複数の著名人、番組の顔としている司会者と隣に立つアナウンサー。
皆が口を開いて何も語っていない。
放送事故だ。
いかれた奴らを見る表情の出演者もいる。
僕はモニターの映像から、カメラの位置を適当に探り出す。具体的な場所はわからないけれど、大体の場所がわかった。
通りに接するポスター付近だ。六道通りの中で目立つ電光掲示板。黒板によく似た形でありながら、右側だけ淵が大きくとられている。掲示物を張るための淵で、磁石などを張り付けて固定するタイプのものだった。
そんな緑色のふちに大型のポスターが何枚もはられている。そこの一部を凝視すれば、美人な女優の巨大なポスター。その目元がくりぬかれ、代わりの目がレンズになっていた。
また電光掲示板と重なるように、背後のビルの壁面にモニターがあった。
モニターに映る拡大された僕の瞳。
六同通り近く、もしくは場所にカメラをあらかじめ設置していたんだろう。通りのどこかにはきっと音を拾うマイクもあるはずだ。
更新切れがどうなるか。それを放送局側がわからないはずがない。事前に準備をして、この日をまった。リポーターもカメラマンもいない。
遠距離操作などインフラの整った都会ならではの工夫。
カメラから離れ、上体を軽く側面側に傾けた。
僕は満面の笑みでカメラにピースをした。そして背後で地面にたたきつけられる音がした。ダスカルの体が落下しただけのことだ。僕はカメラに背をむけ、上半身のみのダスカルのほうへ行く。ダスカルが息も絶え絶えで睨みつけていた。
「ここまでやるか貴様」
「このぐらいいいじゃん、けちけちしない」
剣呑とした表情のダスカルとカメラの前で笑みを浮かべる僕。
「それに君たちも僕をボールにしたよ?」
ボール扱いした怪人は皆殺しにしたけど。報復は徹底したし、それを後悔させるぐらい絶望は与えたけれど。
生き残った怪人は隅に縮こまって僕たちを見ている。2体の怪人、白ジャガーと白蛇の怪人。ザギルツの主な怪人の生産個体は白ジャガーと白蛇なのかと思った。複数の怪人を作るより、固定したほうが生産効率高いからいいのだけど、面白みがない。
面白くないことを真面目にやったから生き残ったんだろう。7大悪にまでなったのは真面目な生産計画ゆえのものかな。
2体の怪人だけは人を殺していないし、僕をボールにもしていない。このまま大人しいなら手を出さない。
これが悪の組織の生き方。殺す役と何もしない役を振り分けて行動を起こす。何もしない役は行動した仲間が全滅した際、情報を組織に持っていく役割。殺す役は人々を殺し被害を生み出す。情報を必ず残させようとするために、冷静な組織管理の賜物といえる。
ちなみに魔獣は全滅させた。凶悪面の怪人が皆殺しにしていた。また民間人も100人ぐらいは生きていて、物陰に隠れたり、がれきにかくれたり、通りのビルの内部にかくれたりしてる。僕たちを遠くから見てるから気配でわかる。
大体モニターの中の皆様と同じ反応だろう。経験上、そうなると分かったうえでやってる。
「君もみんなといっしょに放送されようよ、生放送だから!田舎者にとって生放送は刺激的だからね。人見知りだから、都会っ子の大怪人さまが一緒なら安心だ!」
僕はそういってダスカルの鬣をつかみ、引きずった。抵抗しようと僕の腕をつかんでくる。その腕をリボルバーで迎撃し、緑をまき散らす。衝撃が抵抗をねじふせた。
貫通すらしない。頑丈な体なことだ。
「僕も君も皆も楽しいよ。だって魔法少女の天敵が、無様な姿をしてるんだから」
その光景はさながら異常にしか見えないだろう。魔法少女やヒーローを苦しめ、被害の大きさのために本来出動されないはずの軍隊まで投入。それらに大きな被害を出した大怪人ダスカル。
民間人の死傷者など確認できる限りで19万4560人。企業を物理的に破壊し、倒産させた数98社。様々な理由込みで間接的に倒産させた数190社。中小企業がほぼメインであり、大手は冒険者ギルドの護衛契約をしているため、被害はあまりない。大企業としての被害は1800億程度だ。
経済被害1兆9千億の大被害。また存在しているだけでリスクが生じるとし、潜在的被害想定は1兆3千億とされている。何もせず、ダスカルが生存するだけで1兆3千億が失われる。
積極的に動かない大怪人だからこそ、この程度で済んでる。
今日の被害総額を考えれば頭が痛くなりそうだ。
僕には関係ないけど。
電光掲示板のポスターの前にたつ僕。女優のポスターのレンズにむかって角度を調整。
凶悪面の怪人はこの場から離れた。見えない場所で僕を見守っていることだ。たぶん先ほどのビル屋上だと思う。配慮というか僕がわかっているから邪魔をしないようしている。
僕は鬣を引き上げ、ダスカルの体を持ち上げる。カメラレンズに映るように位置を調整した。
「こちらの怪人は、ダスカル君っていいます。得意なことは、おもらしです」
ロッテンダストのダストフォームの見た目にそった声を出す。もともとかわいらしい少女の姿だ。だからそれに沿った声を作って演技する。こういうのは得意だ。人を煽るときによくやる。
だが、ダスカルが非常に暴れた。
暴れて腕が鬣をつかむ手に妨害を仕掛けた。
だからリボルバーを押し付け、発砲。貫通しないのはわかっているので、背中あたりを銃撃。何度もうって痛みを味合わせた。その結果かわからないけれど、暴れるのだけはやめた。僕を横目で見る殺意がやばいけど、仕方ない。
僕はダスカルの耳元でささやいた。
「悪いようにはしない」
そういって僕は再びカメラ目線に戻った。
「ダスカル君はお布団に世界地図をつくる仕事をしています」
僕が発言した瞬間、抵抗が始まった。抑えていた怒りが爆発したかのようだ。
非常に暴れてくれた。内容に対し、強い反発を見せてくれた。だから仕方ないので、鬣をつかんだまま、上下に大きく振った。
振るたびにダスカルが上下に激しく動く。
「ねーむれー、ねーむれー、いいこよ、ねんねー」
子守歌を音程ずらして歌う。慈悲の笑みを浮かべたまま、口端をゆがめた僕。それを見たダスカルは強い憤激を示している。
あまりにも強い殺意をむけており、モニターの皆様の様子が怯えている。モニター前でも大怪人の殺意は怖いようだ。ただ僕を見る目線のほうがメインな気もする。なんでだろうなと僕はとぼけて見せた。
「番組のかたが怯えちゃうじゃん」
僕はぷんぷんとわざとらしく肩をいからせた。そしてリボルバーをダスカルの口に突っ込んだ。ボールにされた影響で牙は減っており、その隙間に突っ込んだ形だ。
さすがの大怪人もここまでされると様子見をするようだった。憤恕の表情でありながら、警戒をする視線、高い知性が働いている。
小声で、番組の連中に聞こえないように調整。
「いい子にしようよ。悪いようにはしないから」
僕が片目をつむってウインクをすると、ダスカルは渋々おとなしくなった。
そのままレンズから見える位置で、僕は口を開く。
「いつか自分が作った世界地図を使って、世界を旅することが夢だそうです。よかったでしゅねぇ、ダスカル君。君の夢をみんなにしってもらって」
今度は抵抗しない。
そうなる前に対策をうった。
わざとらしく引き金に指を置いたからだ。
満面の笑みを浮かべたまま、告げた。
「ここまで屈辱を受けて、君は何を考える?教えてよ。おもらし大怪人。お布団マッピング選手権代表ダスカル」
リボルバーを引き抜いた。答えさせるためにだ。ここまで屈辱を与えたんだ。大幹部で大怪人、そのプライドは非常に高いはずだ。部下の手前、組織の手前。きっと挽回するためか、次の機会をえるための言い分を。
そのやられた以上の罵倒が来るはずだ。
だが違った。
「貴様は何者だ」
大怪人は屈辱よりも、未知を探求することを選んだ。古参の悪、ザギルツの大幹部。真剣そうに、僕を睨みつけるのは、風格の有様を見せつけた。上半身だけとはいえ、恥すら我慢する。
一時の屈辱より、未知を恐れる。
僕がただの魔法少女じゃないこと。
正体、名前、所属組織、様々な情報をダスカルは知ろうとしている。
古参の悪は非常にしたたかで、相手にすること面倒くさい。新規の悪なんて適当に屈辱あたえとけば、復讐することばかり考える。古参の悪と新規の悪との差は明確。古参はすぐ対策を打とうとする。
「さすがは大怪人。君のことを本気で見直した」
リボルバーをしまった。
僕は笑みを浮かべたまま、隠されたレンズへ顔を向ける。
「この大怪人、皆様どうしたらいいか教えてね」
レンズは掲示板、モニターはその上のビルの壁面。目を上げれば見える。硬直した番組が僕の問いによって動き出す。会話のようなものが、硬く始まった。
「倒すべきでは?」
「大怪人、ダスカルは被害総額が」
「生きてるだけで害を」
番組の出演者の会話では倒すべきとした意見が主だ。客席も大体が倒すべきとした空気と意見をもらしている。その様子はなぜか放送されている。
「その答えは性急では?」
「私たちの一存で決めることは」
倒すべきではないといった反応はないが、渋る出演者もいる。その理由は責任を負いたくないから明言を避けた。
番組一つで大怪人の行方がきまる。
それが倒されるだけならいい。だが悪は必ず報復してくる。それを込んだ大人の事情によって責任回避の一策がうたれた。
緊急としてSNSなどを番組に送って大怪人の今後を尋ねる試みも開始。視聴者に丸投げした。視聴者の意見によって答えを打ち出すものにしたようだった。
大怪人ダスカル。倒すか倒さないか。
番組の視聴者も番組もネット連動しているのか、結果が表にあらわされる。
しかも画面の下半分を埋め尽くす表だ。明言をせずに表にして察しさせる手法。
責任はどこまでもとらないやり口。
倒せ。
圧倒的1位だった。トレンドの勢いによって赤と青のバーが動いている。赤が倒すべきで、青が倒さないバーだ。それが交互に反発した一つのラインとして映る表。
赤が88パー青が12パーまで来ている。無論視聴者の数によって今後下がることはあるだろうけど、今の状況だけでわかった。
だから僕は、何度もうなずいてみせた。
心の中に大きな失望を抱いたまま、表情には出すことはしない。
悪のほうが責任をもち、役割をこなそうとしている。その事実が心を影に落とした。
ダスカルに一瞥 。耳元に顔を近づけて告げた。大怪人にしか聞こえないように配慮。
「ロッテンダスト。僕の名前さ」
ダスカルが大きく目を見開く。地方でとどろく悪名で驚いた様子ではない。別のほうで驚愕したようだ。
「なぜ教えた?貴様は教えないと」
今までの態度をみれば、答えないで終わると思ったのだろう。
だから僕は意地悪くニタニタ笑った。
そして、鬣を大きく振り上げ、放り投げた。投げた先は通りの隅で縮こまった2体のもとへだ。ダスカルの部下にして2体の怪人。その二体のもとへ放り投げれば、すぐさまキャッチする姿勢をとった。どすんとした音とともに白ジャガーの怪人の手元に入り込んだ。
部下からの忠誠は高い。
なにせ2体は逃げる役だというのに、逃げていない。命令違反であり役割放棄。その理由は簡単。ダスカルに忠実だからだ。
「皆様の結果は逃がせだったから、ばいばーい」
僕はそう大声で怪人たちに言った。
僕は怪人たちに背を向けた。見逃すという反応を示した。ダスカルに忠実な怪人たちはこの場を後にした。今からでも追いつけるけど、追いつく気がないから姿は遠くなっていく。
魔法少女もヒーローも冒険者もこの件には口を挟めない。
きょとんとした顔をレンズに向けた。
「モニターの皆様へ、ちゃんと言葉じゃなかったからわからなかった」
文句をいっていいのは、この場で必死に戦ったヒーローと僕。表の下にはSNSなどの反応が映っていた。今気づいた。それには僕がしたことに対しての罵倒が沢山あった。
ダスカルは非常に恐ろしい怪人だ。
その被害は誰もが恐れる強者ゆえのもの。
責任を取れといった反応も出ていた。
また番組に抗議があるのか、すぐさま出演者が声を出していた。司会者である年配の男性が手を挙げていた。それに対し僕は首をかしげていると、モニターから声が出た。
「そちらの魔法少女に聞きたいことが」
「どぞ」
壁面のモニターでありながらスピーカーは道の隅に目立たないよう設置されている。だから僕にも聞こえるし、答えてあげる
「貴女の名前を、またなぜダスカルを逃がしたのか、お答えください」
「名前?秘密。教えない。あとダスカルを逃がしたのは、君たちがそう判断をしたからだよ」
僕は肩をすくめてみせた。僕の反応はレンズ越しに番組に映し出されている。またその映像は一都三県に放送されている。
僕の答えに、すぐさま司会の男性は口を開く。
「番組の下枠の表を見ていただけましたか?それが答えになっていると」
自信満々気さもある視界。絶対的立ち位置にいるからか少しばかり高圧的さが目立った。番組であり情報の支配者、放送局。それでいてダスカルには勝てないくせに、それに勝った魔法少女あたりには勝てると思い込んだ。
その傲慢さは素敵。
「僕は君たちの判断に任せるといったはずだよ。表任せなんていってない。誰がみんなの意見をまとめろっていったのさ」
高圧的な態度には挑発を返す。眉をひそめた司会者や出演者。それらの姿に嘲笑を浮かべる僕。
「君たちが明言を避けた。答えを言わなかった時点で、逃がす一択だよ。文句があるならちゃんと責任を負って明言しないと」
僕はリボルバーを構えた。レンズに向けてだ。
司会者は慌てることもなく、強い態度で僕へ挑んでくるようだ。それが見て取れる。リボルバーを構えても直接向けられていない。対峙をしておらず番組と六同通りという距離もある。現場に出るものと安全な環境にいるものの差。
「明言をするまでもなく、現場が判断することもあると思います。常識的に考えれば私たちに責任を負わせるのでなく、自己判断が優先されるのでは?それにダスカルを逃がすことは東京の大損失。倒せるべき時にに倒すべきでした。逃がしたせいで今後被害が出たら責任はどのように取るつもりで?」
「明言もなしに自己判断もするわけないじゃん。責任もとるわけないじゃん。馬鹿かな?ここにいた被害者は自己責任で片付けるんでしょ?更新切れなのに六同通りにいた奴が悪いって。なら今後の被害者も自己責任だよ。文句あるなら、君たちがダスカルを殺せ。あの大怪人強いだけだし、拷問も普通にしてくるし、虐殺も平気でするけど、怖くはないよ。僕にとっては相手じゃないから、困らないよ」
司会者が僕を異常者として見ているし、その表情をむけている。それでいて説得も説教もできないとわかりつつ、口を開こうとしている。残念煽るやつは口が早いのだ。
「僕の責任じゃない。六同社が契約更新できなかった。冒険者ギルドに喧嘩を打った。だから正式な冒険者や魔法少女もヒーローもこなかったんじゃん。六同社の自己責任だよ。それを見世物にした君たちの自己責任だよ。見世物にしなければ責任論が出なかったんだ」
煽る。
「人の死にざま、この通りの状況を生放送しといて君たち何もしなかったじゃん。番組を見ているだけの奴らも同様だよ。自己責任、自己責任。じーこーせーきーにーん」
ひたすら僕は煽る。
「し、しかし。魔法少女ならやるべき道義があるでしょう?」
「一切ない。僕は正規じゃない。魔法少女連盟にも、張りぼての魔法省にも登録していない。そもそも東京の人間じゃない。田舎者だよ?観光しに来て、怪人に遭遇した可哀そうな人間なんだ。あっ、田舎者が怪人に遭遇したのも自己責任だった!都会ルールは自己責任だもんね」
司会者が僕に言葉が通じないのを理解しているけど、職務上対抗しようとしてくる。
「それじゃあかわいそうだから野良の僕が助けてあげた。なんてやさしいんだろう。人もちゃんと生き残ってるし、被害も抑えてあげた。責任を要求するのは君の責任かな?番組の責任かな?スポンサーの責任かな?SNSで文句だけをいう視聴者の皆様かな?僕が言うのは何だけど」
煽って笑って。
「番組の連中が自己責任で明言しなかったのが原因だ!!」
そう答えてリボルバーを空へ向けて発砲。
「番組が悪い。ダスカル倒せたんだけどなぁ!!番組がなぁ!!ちゃんと明言してくれたらなぁ!!」
こういう時に命懸けをアピールしてはいけない。魔法少女やヒーローも冒険者も、危険な現場にいることをアピールしちゃいけない。
安全圏にいる奴らは危険な現場を自己責任といってくるからだ。文句があるならやるな。でも自分たちがピンチのときは助けろ。大怪人は倒せ、自分たちは何もしないで文句だけを言う。
この連鎖だ。
だから命がけの現場アピールはしない。
責任とは押し付けるべきだ。上から下へ押し付けるのが常。だけど今回は下から上へ押し付けた。
強いやつが偉そうにできる。大体議論の始まりをつくれば、僕側につくやつと、番組側につくやつ、中立ぶった様子見の連中で大体が分かれるはずだ。他にも派閥はあるだろうけど、僕が被害を減らした事実もあるため強くは言えない。
結局六同社が所属する経済界が始めた喧嘩。冒険者、魔法少女、ヒーローは何もしていない。ただ魔法少女とかヒーローとかはダスカルを倒すべきだったというかもしれない。魔法少女の天敵だし、ヒーローにとっても天敵だ。
その組織連中が僕を叩くかもしれない。だけど無視する。責任は負わせられないし、負う気もない。
「番組が悪い!表じゃわからなかった!上京したばかりだから!!僕とヒーロー。あとは協力者の怖い顔したおじさん一人。この3人で頑張ったほうだよ。疲れたなぁ。大変だったなぁ。ダスカル強かったなあ。体力の限界だったなぁ。女の子だもの、か弱い女の子に倒せとか非道な番組だ!!」
ひたすら番組のせいにして、突然番組がモニターから消えた。一つの番組が終わり、別のモニターでは僕が映っているけれど、誰も質問をかけてこなかった。だからひたすら別の放送局のカメラがあるところに映りにいった。
他のビルのモニターに映って好き勝手する。
「自己責任!自己責任はいかが?今後ダスカルが復活して、大被害をもたらすだろうけど、君たちは自己責任大好きだから我慢してね!安心して!次は僕手を出さないからね。東京の強い人たちや弱い人たちが協力して倒すんだよ?」
責任を押し付けたところで、それを実行させる力はない。
警察がいないのに、誰がするというのか。
ダスカルの影響力の高さをしり、それを弄ぶ僕に手を出す奴がいるとは思えない。
僕が何者なのかを知ろうとするほうが先だろう。
「調べるといいよ、僕のことをね」
どの放送局もこの場所の音をとっているはずだ。だから聞こえる音量でこぼした。




