おじさん 魔法少女 17
僕たちは焦がれている。大幹部ダスカルも僕も同じ感情を抱いている。近くにいる凶悪面の怪人だってそうだ。悪は長く居続ければいるほど、あるものを求めてしまう。強く強く要望し、心の渇きをいやすものをだ。
大幹部ダスカルは現れた。
そしてヒーローの前に立ちふさがった。
劣化ギアとはいえ、大量生産品のまがい物とはいえだ。そこにある形は紛れもなく憧れの光。
「うらやましい、ダスカル、君がうらやましい」
ロッテンダスト状態の僕ですら嫉妬する。フェンスがちぎれては別の箇所を握りしめてしまう。僕の心にある感情は嫉妬。嫉妬の炎がひたすら訴えている。
その輝きを消せと。
己の手で消せと悪が訴えている。
ダスカルはゆったりとヒーローの前へ進み、その剛腕をふるった。たった一撃が劣化ギアのヒーローの装甲に火花を散らす。爪が装甲を引き裂き、衝撃が大きく吹き飛ばす。他の怪人を巻き込み、吹き飛んだ。ヒーローがアスファルトを削りながらバウンドし、ビルを一つ巻き込んだ。緩衝材として倒壊させ、破片が散らばっていく。
がれきがヒーローを下敷きにしていく。落下する破片、がれきがヒーローだけでなく周囲を埋め尽くした。
たった一撃だ。
「ヒーローよ。これが実力だ」
ダスカルが告げる。だが見下すものではない。現実を突きつけたものであって、否定の感情はない。
「ああ、羨ましい」
妬みが僕の心を激しく燃やす。ダスカルに対し強い嫉妬を抱く。激しい感情が僕の理性を溶かしていく。先ほどまでの余裕は僕にない。フェンスに顔を押し付けた僕にはヒーローの次の行動が目に見えてしまう。
「ロ、ロッテンダスト?」
先ほどまでの余裕をもつ僕の姿はない。だからか三船が様子の変化に戸惑っている。だけど無視だ。凶悪面の怪人ですら我慢している。あのヒーローがヒーローとして表れたことに対し、理性を保つだけで精いっぱいだった。
「うるさい、冒険者」
目が離せない。がれきに埋まったヒーローがどうするかなんてわかってる。Aランクの怪人の一撃で敗北したのはわかってる。だけど違う。僕が、僕たちが求めるものは、必ず立ち上がる。
僕たちは相手に強さを求めているのではない。
馬鹿を、この世界が馬鹿と蔑むものを求めている。
瓦礫が動く。埋まったものが表へ出るためにだ。瓦礫の山となっても尚諦めない。
瓦礫が一つずれた。
ロッテンダストの優れた聴覚なら聞こえる。この場を支配するのは怪人でもない。悪でもない。僕でもない。一同釘付けだった。大幹部ダスカル、Aランクの大怪人もその部下の怪人も。
僕も凶悪面の怪人もだ。
瓦礫から腕が一本出てきた。
焦げ茶の装甲をもつ腕がゆっくりと外へ出てくる。瓦礫が大きくずれる。山の頂上が崩れ、上半身が外へ。顔面を追おうマスクは残っている。腹部から胸部への装甲が大きく損傷。装甲下の私服、黒と緑のチェックのシャツが見えていた。見える部分でも満身創痍だ。
瓦礫から下半身を抜き、全身が外へ現れた。人体の急所、胸部腹部の装甲がはがれたヒーロー。足部分の装甲と腕、首、顔といった部分は大きく摩耗しつも残った。
動く姿は幽霊を思わすほどダメージを受けている。
「綺麗、素敵、君は僕たちが愛する馬鹿だ」
心が躍る。感情が高ぶり、思わず恍惚とした表情を浮かべていた。両頬を両手で押さえ、理性を保とうとする。でも僕だけじゃない。凶悪面の怪人だってそう。少し離れた通りにいる悪の組織ザギルツの怪人だって同じだ。
大幹部ダスカルですら興奮を抑えるので精一杯だ。その配下の怪人だって今すぐ動きたいのを我慢している。現に興奮による震えを必死に耐えているんだ。一部怪人が抑えきれず、暴走しそうだったみたいだ。
とびかかろうと足に力をこめている怪人一体。
ダスカルがその怪人まで歩み、首を跳ねた。だが誰も文句もない。僕だってそう、同じ暴走をする怪人がいたら首を跳ねる。
「あれは我の獲物だ。手を出せば殺す」
そう横取りは許されない。でも配下の怪人の気持ちもわかる。
あれは極上の獲物。
大金を目の前にした強盗、最高の武具を前にした冒険者、最高のスペックのマシンを見るエンジニア。立場にとっての最愛は様々な形をもつ。
悪にとっての最愛が満身創痍のヒーローだった。
三船が僕の隣に立つ。フェンス越しに並ぶ僕たち。三船は怪人とヒーローの戦闘を見つめ、僕を見た。
「ねえ、三船、あのヒーローの名前は?」
三船に視線をこめず、僕の関心はヒーローに向いている。夢中、焦がれた相手を前にする。恋をした乙女みたいだ。きっと身を焼くほどの愛が心を突き動かす。
そんな僕の様子に戸惑う三船。だが質問には答えてくれるように空いた口が動いてた。
「ない。数カ月前に現れただけだ。魔獣や組織に属しない怪人が暴れては、現れる。対価も要求せず、礼も求めない。人を救って姿を消す。あだ名も名称もない」
劣化ギアでヒーローになるものは名称をつけない。あだ名も付けられない。大量生産品で正規品より性能が劣る。そんなヒーローは特定の名前を付けようとしても恥とされる。また独自に名声を高めても、同じ劣化ギアを使用するものが悪用したりする。
だから名前を付けない。
「ふうん」
愛しいヒーローに名前がない。
悪の愛は名前もない相手に向けられた。
「なんて素敵なんだろ」
恍惚のまなざしを思わず送ってしまう。
「名もないヒーローは見せしめを行われるか。歯向かった相手を甚振るのが悪の組織だ」
だが三船は口を挟んでくるようだ。その言葉に対し僕は、悪が大きく否定する。本気の軽蔑した顔を三船に向けた。
何もわかっていない。悪をわかっていない。古参になればなるほど焦がれていく相手。悪の前に立ちふさがり、見返りもなく戦うもの。無様で失敗や敗北だらけでもいい。泥くさくて暑苦しくてもいい。どんなに惨めでも必死に立ち上がってくる。
そういう正義に焦がれているのに。
「あほか!三船、君はあほか!!悪があれを相手に甚振る?あのヒーローの気高き魂を汚す?馬鹿いうなよ!人々が理想とする正義と悪が求める正義を何だと思ってるんだ!!!いいか三船、君は悪を何もわかっていない!あのヒーローは正義として倒される!」
思わず感情がはじけてしまった。罵りと共に軽蔑が一気にあふれ出す。
「正義の魂を汚す悪は、もういない!そんなやつは滅亡してるんだよ!!」
正義はけがれない。
この時代に正義はいないからだ。建前の正義とかじゃない。正義のヒーローがいないんだ。新自由主義に汚染され、善意も仇となる世の中。そんな世の中で正義のヒーローになってくれた愛しき存在。
悪が心を揺らし、愛を抱く。
愛を抱き、最上級の敬意をもって倒す。
その気高き魂を汚すものは、長く生きる悪ほど軽蔑する。
僕の気迫にのまれた三船は視線をうろちょろし、やがて下に向く。
「すまない」
三船はそのまま謝罪。だが納得はいっていないようだ。悪の組織は拷問もするし、甚振ったりもする。見せしめも行う。それは常識だからだ。
でも悪からすれば最愛の正義でなければどうでもいい。
この時代が馬鹿とする正義を。正義を持たない相手を蹂躙するのは悪の常識。
「三船、君の要求を呑んであげる。六同社はいくら出すと思う?」
最愛を悪の組織ザギルツにあげたくはない。大幹部ダスカルなんぞに倒させてはいけない。
「契約していないから出すかはわからない」
契約がなければ無償の労働になる。契約書を交わしたうえで対価を差し出す。口約束の対価の受け渡しはほぼない。大体が反故になるからだ。
「出させるのさ」
僕は肩を回す。首を回し、足を軽く振る。準備体操のようなもの。怪人を前に満身創痍のヒーローが激しい呼吸をし、ゆっくりと構えようとしている。
僕は六同社の報酬がなくても動く。報酬があれば万々歳。だけどそうじゃなくても別の報酬が得られるなら最高だ。
求める報酬は一つ。
僕はフェンスを飛び越え、そのままビルから落下した。
僕の体が一瞬光ったけれど、これは屋上にいる凶悪面の怪人の魔法だ。風がスカートを巻き上げることもなく、重力に逆らう形。風の魔法だ。地面に着地する際には衝撃も何もない。落下音すらしなかった。
そして魔法が消える。
僕は全力で駆け出した。気配をなるべく出さず、だが間に合うよう全力だ。
大幹部ダスカルが相手に敬意を抱いている。必死に構えたヒーローは今にも倒れそうだ。だけど悪にとっては美しく見えてしまう。気高き相手を前に悪は心が澄んでいく。
「正義のヒーロー。久しぶりだ。我はうれしく思う」
歓喜に震え、興奮にのまれるダスカル。周りの怪人も本当ならヒーローを倒したがってる。それを譲るのはダスカルが強いからだ。悪では力が優先される。またヒーロー以外が相手であれば話が通じる上司なんだろうな。現に欲求はあれど不満そうには見えていない。
ダスカルが前へ。
ヒーローが構えた。
右腕の筋肉が振り絞られていく。一撃でヒーローを殺すものだ。正義を汚さず、きれいに終わらせる。相手への敬意が見えてしまう。
そして終わる。Aランク怪人の脚力がヒーローの前へ肉薄。その速度は常人に対処できるものでもない。後ろへ助走つけた右腕が前へと突き出された。
その右腕は途中で止まる。横手から肘をつかんで止めたものがいるからだ。黒い裾が目に入るだろうし、そう最初に見えるよう仕組んだ。
僕がダスカルの一撃を止めた。その爪がヒーローへ至る60センチほどの距離。それでも爆風のごとく衝撃が周囲の瓦礫を粉にする。直接当たらずとも、破壊力がある。またヒーローの残された装甲がはがれていく。マスクが割れかけた。満身創痍だったヒーローに衝撃は耐えれるわけもなく、そのまま後ろから倒れこんでもいる。
「大幹部ダスカルだっけ、君ずるくない?」
無理やり止めたため、ぐきりと鈍い感触があった。右腕の骨が一部折れている。苦痛を感じながらも僕は取り繕った。痛みには慣れている。骨が折れる程度日常だ。
僕とダスカルが正面に向き合う。
「ずるいというのは、正義を倒すことだろうな?」
それでいてダスカルは興味深そうに僕を見た。だがすぐに興味がそれたようだった。僕が正義でなく、妥協と利益を求める存在と気づいたからだ。
悪は純粋な正義を求める。
善意をもって行動する馬鹿を求める。
腕が止められていることをそのままに、お互いの関心は倒れたヒーローのみだ。
「正義を正義のまま倒すのが流儀」
僕が抑えているまま、その腕は更に前進する。全力で止めているのにもかかわらず力が追い付かない。肉体戦闘系とはいえ魔法少女。ヒーローの真似事では追いつかない。
倒れたヒーローが必死に身を起こそうとしている。立ち上がった瞬間に倒すつもりだろう。
「失せよ。魔法少女」
その抑えた右腕に力がこもる。僕の右腕が更に膨張した怪人の腕を握りしめられない。急激に膨張したために指の骨が二本ほど折れた。振り払われた怪人の右腕、僕はバランスを崩し宙に浮く。手を放してしまったこと、だが僕は左手を向けていた。
粉塵が舞う。
土埃がまっていく。
お互いの姿は見えないほどの濃いものだ。
だが位置はわかる。気配もわかる。
左の手に暗黒の炎を収縮し、黒玉を解き放っていた。
腐敗魔法。
最大の一撃をもって、ダスカルの胴体へ。相手を腐敗が浸食する。その様子がイメージとして流れ、勝利を確信していた。粉塵の嵐をぶちぬき、確実な感触と共にそれは腐敗音を立てた。
だが危険信号が本能を刺激する。
思わず飛び跳ねた。先ほどまでの位置を通過する剛腕。粉塵の嵐から僕へ肉薄する獅子の顔。獅子の左手が後ろへ。力を込めている。しなった弓が矢を放つごとく勢いよく腕が解き放たれた。
ぐしゃりと腹部から音を立てた。
口元から液体が垂れる。赤。痛みと臓器がつぶれた感触。背中まで突き抜けた獅子の腕。
「魔法少女、残念だったな。我に魔法は効かない」
古参の悪の組織。その大幹部ダスカルは嗤っていた。僕が普段する笑みだ。
「チートずるくない?」
痛みがあるくせに、冗談をこぼす。これも久しぶりだった。死が目の前に迫っているのに何も思えない。
腕がちぎれたこともあるし、両足が吹き飛んだこともある。麻酔なしで歯を怪人に削られたこともある。僕は拷問を経験済みだ。しかも魔法少女のときじゃなく、おじさんの時にだ。
だから冗談がいえる。
獅子の腕をつかむ手に腐敗の炎をまとわせた。だが効果がない。体毛が一部腐食するが、すぐに元にもどっていく。
「我は今までに魔法少女を200は殺してる。その中には上級もいた。お前も上級魔法少女だろう?大半の魔法少女の名前は憶えている。だがお前は知らん。この実力があって知らぬといえば、最近覚醒したばっかりかだろうな?戦闘経験は豊富にも見えるが才能かもしれん」
愉快気な大幹部だ。口から血が垂れ、獅子の腕を汚す。
「お前は死ぬ」
腕が引き抜かれ、僕の体をダスカルは蹴り飛ばした。軽くだろうが、僕の体は地面を大きく削り、バウンドしてビルの上層の壁面にぶつかった。大きく壁をへこませ、落下した。
ダスカルと僕の戦闘によって出来た瓦礫。そこに勢いよくたたきつけられた。
「ああ、痛いなぁ。久しぶりだよ。やっぱりAランクはいかれてるね」
腐敗魔法が効かない相手は少ない。腐敗魔法は怪人のほとんどに弱点を付ける。この魔法において相手の肉体がいかに強固であっても、腐敗を耐えれるほどのものはない。防御力の高い怪人ほどそれが自慢できずに腐っていく。貫通よりもえぐい浸食。
嫌がらせの魔法だった。
僕の周りをダスカルの怪人が囲んでいく。白ジャガーや白蛇怪人、同種族の怪人ばっかりだ。別の怪人もいるけど、その怪人の同種もいる。型番や生産体制を同一種にすることで製作コストを下げているのかな。
殺気だった怪人たちであるけれど、僕が嗤えば怯んでしまう。だがダスカルのほうが強いことはわかっている。自分たちのボスが強いのであれば、僕相手に遠慮はしてこない。
この程度の雑魚怪人ごときに狙われる。僕は血を垂らしながら必死に起き上がる。その状態を背後から迫る怪人が邪魔をしてくる。
背中を圧迫する蹴りが僕を瓦礫を転がす。またずれた位置には白蛇の怪人がいた。仰向けになった僕の腹部を怪人が踏みつける。何度も踏みつけてくれる。
痛みはあるが、死も目前だけど、怖くない。
僕が白蛇怪人の腕をつかもうとすれば、すぐ足を離される。ダスカルと僕の戦闘にて、特性を見抜かれているようだ。
「優秀なことだ」
嗤う。怪人はおびえるが、攻撃をやめない。僕の右ひざを白蛇怪人の足が踏みつける。痛みがあるし、それに反応していると隙が僕にも生まれてくる。左腕が別の位置に動いた瞬間に、脇腹に衝撃が走った。脇腹を思いっきり蹴られ、再びバウンド。別の怪人の元へ宙に浮きながら向かっていく。白ジャガーの怪人の両手を組んだ一撃によって再び地面へ。
視界の端ではヒーローが立ち上がるのを待っている。
ヒーローが僕を見ている気もする。
僕の様子をみて、ヒーローは必死になっているようにも見えた。
「人の心配をしてるなんて、正義はなんて美しいんだろうね」
変わらない。
こんな雑魚ごときに僕は殺せない。死にかけているけれど、殺されない。
体がダメージを受けている。踏まれる、けられる、飛ばされ叩き落される。それの繰り返し。
また別の場面では見知った顔が魔獣を切り殺しながら駆けてくる。凶悪面の怪人だ。僕がされている状況に我慢できなくなったようだ。憤恕で青筋を立てた凶悪面は絵面が恐ろしく見える。怪人が撫で切りにされながら、魔獣が惨殺されながら、血の道をつくって僕の元へ。
しょうがない。
本気を出そう。
「心はくすむ」
それは自分への祈り。ロッテンダストの別手段。別の怪人に蹴られ、僕の体に傷がつく。魔法少女の外装が破けていく。スカートすら破けすぎて、もう少しで下着が見えそう。上部分も破けててお腹が見えてる。真っ赤だけども。
「誇りは塵となり、身を溶かす」
僕の顔面を踏みつけられる。鼻が折れたきがする。
「腐敗の器は変わり、塵の器を作り出した」
顔面に押し付けられた足。それを僕は嚙みついた。歯が怪人の足をつらぬき、血液が喉にこぼれてくる。怪人が反射で足を引き上げようとすれば、僕はそのまま引きあがった。途中でかみちぎって、肉片は捨てた。
「器は新たな芽吹きを待って、世に生まれいずる」
両足は折れているが立つ。バランスも悪いが、立っている。
最後の言葉を嘲笑をもって唱えた。
「その名はダスト」
僕の全身が発行する。黒い炎が鎮火したように生れ出たのは灰色の塵。全身から吐き出される魔力の粒子。粒子が塵をつくり、僕の頭上へたまっていく。それらは粘土をこめるように誰の手も使わず混ざっていく。
混ざった塵はやがて液体となった。
そして僕へ降り注ぐ。
僕を灰色が包み、大きく発光。強烈な灰色の光に怪人たちは思わず目をそらした。そのエネルギーは僕の魔力量による光源だ。灰色の発色を終え、光が急速に消えていく。怪人たちが目を開け、そらした視線を僕のほうへ。
そして驚愕の様子を見せた。
今の僕は五体満足で立っている。先ほどの満身創痍はない。
「どうしたの?」
僕は左手に持つ大型のリボルバーを向けた。黒鉄によるきらびやかさはなく、マッド加工を施されている。シリンダーには8つの穴があり、弾丸は8発ほど込めてあった。
視線にあるのは灰色の裾だ。手首までのびた裾はルールに縛られた服でもある。視線を舌にむければ、黒のスカートはなくなった。太もも部分はふくらみをもつズボンになっている。脛まで伸びた黒の軍靴。腰に巻かれた黒のベルト。ベルト左側にホルスターがあった。
僕がまとう灰色の軍服。黒基調のドレスから灰色の軍装へと変化を遂げた。
ちらつく髪は黒から灰色へ。
ダストフォームに変化した。
先ほどの黒基調のドレス時はロッテンフォーム。腐敗魔法を特化した姿。肉体戦闘をほどほどに様々な腐敗魔法の形を生み出せる姿。
今の灰色の軍服姿は、ダストフォーム。この姿は魔法を一つを除き使えない。肉体戦闘特化型だ。
「なんだそれは」
僕の姿の変化に怪人は戸惑った。僕は嗤う。そして隙だらけの連中相手に発砲。銃口を向けられ、怪人はやたら反応した。銃弾も効かない怪人ですら、銃口を向けられれば動揺を見せた。放たれた弾丸はそのまま怪人の腹部をぶちぬいた。
そして塵となる。一瞬で肉体が塵とかし、積もった山を形成。
「え?」
怪人が仲間が塵とかした姿をみて、僕を見た。
直後、怪人が悲鳴を上げる。僕を化物として見た。
殴りかかる怪人、白蛇の怪人だが。僕は二本の指でそれを受け止めた。また掌の形に移行し、白蛇の腕を握った。手加減したが、握りつぶした。悲鳴をあげかけたため、発砲。腕部分が掠めただけだが、全身を塵とさせていく。
白ジャガーの怪人が涙まじりに後ずさる。僕は銃口を向けた。
「僕をいじめて楽しかった?」
ぶんぶんと怪人は首を横に振る。暴力を楽しむ怪人のくせに、僕を甚振っていたときは本気で怯えていたから、嘘じゃない。でもやられたからやり返す。
リボルバーをホルスターにしまう。
作った拳を胸部分付近に構えた。
「来ないの?」
「た、助けて」
白ジャガー怪人は僕の姿をみて、戦う気もなさそうだった。命乞いの見苦しさが鬱陶しい。拷問すらする価値もない。ため息をこぼし、僕は移動。命乞いをする怪人の頭部へ拳を振りぬいた。
破裂音とともに白ジャガーの肉体は倒れた。
再びリボルバーを構えた。
「もういいや、君たち全員死ね」
背を向け、逃走する怪人たち。その背に弾丸を容赦なくばらまき、ホルスター内の弾がつきた。
「リロード」
僕の魔力が消費され、リボルバーの穴に魔力がつまっていく。つまった魔力が灰色の弾丸へ姿を変えていく。ダストフォームが使える魔法が弾丸補充のみ。
僕へとびかかるものを踵落としで、頭部を粉砕。逃げる者には弾丸を。塵化と暴力が雑魚怪人を地獄に叩き落す。その悲鳴も嘆きもすぐやんだ。
できたのは死体の山。塵の積もった山だ。
僕は銃口を別の方向へ向けた。ヒーローが僕を見ている。ダスカルが僕を凝視している。部下の怪人が殺されていく中、手を出さなかった理由は何か。ヒーローの視線が僕に釘付けだったからだ。ズタボロで、暴力を受けていた黒のときの魔法少女。
正義のヒーローは少女とか少年とかが暴力を受けると勇気を出す。
だから怒りをもって必死に立ち上がろうとしたんだろう。それを待っている間に、僕が灰色に姿を変えた。そしたら先ほどの様子が一変。大虐殺だ。
助けるべき少女が実は強かったという展開かな。助けてくれた少女が強かっただけという話でもあるけど。
「大幹部ダスカル、待たせたね」
僕は銃口を向けながら、歩み寄っていく。ダスカルの先ほどまでの様子も一遍。警戒をする面持ちをしており、全身に力がこもっている。
「その姿は何だ?」
ダスカルが静かに、強い警戒をもって尋ねてきた。
「スタイルチェンジ、フォームチェンジ、衣装替え、どの言葉がいい?」
「魔法少女が姿を変えるなぞ、聞いたことがないわ!!」
答える気がない僕に苛立ちを覚えたのだろう。気づけば肉薄している獅子顔。振り上げられた剛腕を右手で防御。前腕に大きな衝撃が走る。だけども怪我も負っていない。
獅子の左腕の一撃が届く前に、銃口を向けていた。
「知らないの?最近は魔法少女も変化するんだよ?」
そして発砲。弾丸が獅子顔をとらえ、大きく吹き飛ばす。体液が僕の顔に降り注ぎ、右手でぬぐう。相手が流した血の量は少ない。
ダスカルは転がることもなく、強靭な両足でこらえながら、吹き飛んでいく。無様な姿はない。額が割れていて、緑の血液が垂れている。
「我には普通のようだな」
その言葉の裏には、塵となった部下のことが含まれている。僕が持つリボルバーの能力、塵化。下手な怪人であれば掠めただけで塵となる。上級怪人相手だと全身は塵にならないけれど、当たった箇所は無事では済まない。
そのことに触れている。
僕は肩をすくめた。
「怪我をしてるなら、十分さ」
連続で発砲。弾丸が怪人の体をぶちぬき、破壊を残す。緑の血液が垂れ、散っていく。衝撃にたえ、ダスカルは僕を認識していた。先ほどの様子では考えれない態度。引き金を引いても弾丸は出てこない。シリンダーから弾丸が尽きていた。
弾丸が尽きれば、ダスカルはすぐさま僕の元へかけてくる。
「リロード」
魔力がシリンダーの穴へ流れていく。そのままホルスターへリボルバーをしまった。放たれていた蹴りを裏拳にて迎撃。拳を掌底で跳ね返す。肉弾戦における連続攻撃。僕にリボルバーを持たせないための容赦のないものだ。
片足を軸に放たれた回し蹴りを上段蹴りが迎え撃つ。両者の足が互いに勢いよくぶつかり、空気がさく裂。爆発音に似た空気の渦が発生した。お互いが衝撃によって吹き飛ばされた。僕は宙をふたたびまうが、目線はダスカルにむいている。ダスカルは地面に両足を突き刺し、滑っていく。
お互い正面はずらさない。
着地する寸前にはリボルバーを手にしていた。またそのころにはダスカルの掌が迫っている。その掌目掛け、発砲。ダスカルの指が飛ぶ、弾丸によって衝撃が掌をつらぬき、指を吹き飛ばしていく。
「うぬぅぅ」
「リロード」
弾丸補充の魔法を唱え、すかさず次の動作へ。
弾丸が尽きた状態でリボルバーをしまう。僕は肘打ちにてダスカルの顔面を打つ。ダスカルの顔面からひしゃげる音がする。見た目に変化はないが、口元から垂れる緑をみて判断。
「口でも切れた?」
「牙が折れたわ!」
ダスカルが開いた口からは牙がいくつかぬけており、舌の上に載っていた。
「魔法少女、貴様は何者だ?二つ名はないのか?魔法少女名は?これほどの実力があるものを我が知らないわけがない!」
魔法少女236名、ヒーロー390名。冒険者2800人。軍隊2万6431名。
この人数をダスカルは殺している。またダスカルは自分の敵を調べるくせがある。それは先ほどの戦いの様子から見てもわかることだった。大幹部になると状況把握能力が高くなる。僕の塵化能力もそう、姿が変わったことへの疑問もそう。
姿が変わるタイプの魔法少女は今のところ発見されていない。これが新規で覚醒されただけなら納得してくれるんだろう。だけど大幹部にして大怪人クラスとまともに渡り合うのは、才能だけでは無理だ。
熟練度が高い大幹部相手に時間稼ぎすら無理だ。大幹部もまた才能をもち、経験を積んだ化物だからだ。優れた才能を持つ者同士なら経験が差を作る。
僕の戦闘経験は非常に長い。魔法少女としてなら4か月後には11年目になる。最近名前が売れているけど、それは一部生き残ったやつが僕を噂してくれたからだ。その前は敵は皆殺しにしてたから名声も何もなかった。
「知りたい?」
小悪魔的な微笑みを作る僕。その驕り高ぶった態度をよそにダスカルはうなずいた。経験によって知識欲を育んだ大幹部。
崩壊した地方の魔法少女を調べる手間は誰もかけない。だから知られていない。地方に関わるタイプの組織であれば知ってたかもね。暴力団とかは知ってるところもある。地方で麻薬栽培をして東京へ持ち込むタイプであれば知ってると思う。
東京でも僕の名前を知ってるのは冒険者ぐらいだ。複数の悪とかかわるから、どこかで僕の名前が出てくる。
「なら特別に教えてあげる。僕は」
ロッテンダスト、その名前は告げず。
「上京したての田舎者だ」
まともに答えず、親指を下に向けた。




