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おじさん 魔法少女 16

 僕と凶悪面の怪人だけが東京を歩いている。人込みであっても、僕たちに近寄るものは誰もいない。凶悪面の怪人の怖さが人を遠ざけているのだろう。冒険者パーティーや暴力団系の人間もいるのに、近寄ってこない。おかげで歩きやすく、気にしたこともなく目的地へ向かっていた。

 

 新築のビルが立ち並ぶ道路を歩くのは非常に気が疲れる。世間様が働いている中で働かない僕。新自由主義とはいえ社会人が動き出す空間の居心地の悪さ。


 思わず速足だった。


 

「よろしいのですかな?」


 凶悪面がうかがうように顔をこちらに向けてきた。その言葉の意味を理解している僕はうなずいた。


「いいんだよ。女性たちを連れていくのは厳しいからね」


 僕たちだけで歩く理由は、女性たちがビルにいるからだ。女性たちが田舎に来る。その準備としてビルに待機させている。動くには必ず根回しが必要だからだ。


 それに待機する旨を受け入れたのは女性たちだ。


 女性は都会に行きたがるもので、田舎は嫌がる。理由はもちろんある。

 

 田舎に仕事はなく、都会だけしか仕事はない。それは男女ともにだけど、特に女性の場合は田舎での仕事は極端に少ない。ITやクリエイターなど様々なデスク仕事は都会に集まり、田舎には余りみない。大半は肉体労働などの現場仕事だ。稼げる重労働などは男性がメインで、力仕事が難しい女性などは特別技能が必要なものが大半。軽い肉体労働などは女性でもできるが、男性の代わりといった補佐的な要素が強い。事務職員なども男性が取り出し、女性だけの仕事自体が資格に付属するものしかない。


 田舎に暮らしたくないのもあるけど、田舎では女性の仕事がない。だから都会に出る。やりたいこと、やれることも都会にはいくつもの仕事があるからだ。



「しかしですな」


 渋る凶悪面の怪人。この怪人に性欲はない。あくまで僕が女性たちを受け入れた立場で考えているだけだろう。


「都会人に田舎は向くとは思いませぬ。田舎は別の地獄。自分たちだけで生きる意味を知らぬが故の戯言。メリットがあちらにはない。むろん田舎にもメリットもない。かつての田舎であれば別の道もありますれば、今の田舎に来たがる理由は?」



「メリットがあの人たちにはあるのさ」


 女性たちが普通に生きるに必要なこと。それは労働だ。働いてお金を稼ぐ。


 それはもう手に入らない。


 都会での即戦力を求められる労働市場、被害者であっても自己責任の社会。数カ月であっても就職のタイミングを逃し、その理由が性犯罪となれば復帰などはできない。


 新卒市場主義など当の昔。何も知らない人間を教育し、洗脳し、会社の都合のいい駒に育てる。そういうシステムがかつてはあった。新卒を逃せば、ろくでもない人生になりやすい。それでもいい会社に付ける大きなチャンスがあった。


 今は違う。そんなコストは会社は負わない。仕事をあたえ、勝手に育つものだけ大切にする。もしくは他社の人材を引き抜くだけだ。経験のある人間を格安で手に入れる。新卒を手に入れるとしても人材不足、もしくは長期を考えた戦略の中での一つの希望程度。


 新卒より経歴主義だ。


 評判の悪い人間はいらない。事情がある人間はいらない。被害者も加害者もマイナスイメージはいらない。


 都会において居場所は奪われた。働けなくて、生活保護もないなら逃げるしかない。だから代表の女性は頼み込んだ。そうでなければ僕に対し頼るわけがない。


「あれらにメリットはあっても、我らのメリットは?」



「特にない。しいて言うなら人口増加になる」


 見捨てれば別の犯罪者の餌食か、犯罪者になるかの選択しかない。自殺して死ぬか、もがいて死ぬかの違いなら、せめて生きられるだけの環境を選ぶのが人だ。八千代町の人口が90人を切りそうなので、ここらへんで打開したいのもある。


 周辺を武力で圧倒しても人口がいない。どこかで労働力を引っ張ってきたいのもあった。

 

 人口はいつだってパワーだ。



「あれらは役に立ちますかな?」


「常識がある。直接、人を殺せないぐらいにはね」


 都会人の中でも暴力は震えても、直接殺せるのは意外と少ない。田舎の場合、隙を見せればすぐさま攻撃してくる奴らばっかりだ。怪人、魔獣、魔物なんか特にそう。人も信用できない。そんな環境だからおのずと殺すのが当たり前になる。今の田舎の常識からみて、都会人の常識は貴重だ。


 そういう貴重な普通が生きやすい環境を整えてほしい。


 僕の考えに怪人は思い当たったのか、渋々だが理解した様子だった。


「ならば連れてきたほうが安全では?」


 凶悪面の怪人は八千代町最強の怪人だ。Bランクの上級怪人。また僕の別の姿ロッテンダスト。Bランク魔法少女。強いどころだけが別行動。


 

「護衛を置いたんだ。あのビルほど安心な場所はないよ」



 僕は空を見上げた。青空が広がり、呑気に綿あめが泳いでいる。人間がどんなに苦労しようとも天気は変わらない。


 あのビルはスラムにある。だけども凶悪面の怪人を除き、連れてきた怪人の大半を護衛につかせている。外にも中にも怪人を配置し、スラムの住人を警戒、および排除をしている。スラムの住人では束になっても怪人一体すら倒せない。



「できる限りのことはしてる」


 復讐もさせた。屈辱の記憶から脱却させるため、反撃もさせた。恐怖も苦しみの中、攻撃できる可能性を示した。僕は徹底的に暴力団の心を壊した。壊滅もさせた。女性たちに拳銃を持たしてある。自衛も護衛も完璧だ。



「荒療治は済んだ」



「なればこそ、理解が追い付きませぬ」



 凶悪面の怪人の考えていることはわかる。朗らかな顔をしながらも、眼光は僕の小さな意図すらつかみ取ろうとしている。


 それでいて魔法を使用している。腰回りに当てた手。その手の人差し指が立ち、緑の発光を放つ。熟練者の魔法使いでなければ気づかない瞬間的な動作。


 音が静まる。


 風魔法によって周囲と僕たちの会話を分断した。ここで僕と怪人の声は聞こえない。


 

「なにゆえ、あれらに殺させなかったのでしょう?」


「殺せない常識があるからっていってるのになぁ。怪人の悪い癖だ。すぐ殺すだの何だの」


 凶悪面の怪人が真剣な面持ちで僕を凝視する。その感覚をどこかで味わった記憶がある。


「あれらは親を殺しました。間接的とはいえ殺しました。その差を重視されるので?親を殺せるのに他人を殺せないのはおかしきこと」


「他人すら直接殺せなかったよ?」


 不快だとさえ感じる気配を怪人は出している。受け入れられないといった態度だ。女性たちは間接的に殺害の意図はあった。だけども直接は殺していない。殺せないことより別の部分が気に食わないといった感覚。



「君の引っかかる部分がよくわかった」


 凶悪面の怪人には、親を殺すことが理解出来ない。親とは絶対的立場の存在。僕のことを殺すことと考えたようだ。だから相容れない。親殺しとは反逆になる。


 凶悪面の怪人含む武力集団


 秘密結社鵺


 二つを束ねる本当の黒幕、大首領。生み出された怪人からしてみれば圧倒的支配者だ。殺意すら抱かない。自分の存在意義とは違うものがいるからこそ、拒絶を示すと見た。


「我らは親を殺しませぬ」


 そういう風に作ったからこそのもの。


「他人は殺しますが、親は殺しませぬ」


 何度も繰り返す怪人。自分に言い聞かせるのと同時に僕に伝えている。


「怪人と人は違う。君たちにとっての親と人間にとっての親は違う」


 人には権利と義務があり、怪人には権利も義務もない。


 人は不幸になりがちであり、家族という血のつながった他人に支配されやすい。己の意思を持ち、一方的に命令されると不幸と感じる。自由であっても不幸だし、激務であっても不幸になる。


 人はデリケートなんだ。


 怪人は支配されるべくして僕に生み出された。命令を出されなければ不幸になりやすい。権利や義務を押し付ければ押し付けるほど、生きがいをなくす。こき使われると幸せを感じる。


 怪人は奴隷体質だ。


 人にやれば人権侵害。怪人にやれば幸福斡旋。


「なれば院長は?」


 僕は言葉に詰まる。暴力の被害者である女性たちは常識的だ。だから直接殺せない。だけども院長は違う。自分の障害になるものは遠慮なく排除する。怪人や魔獣や魔物と同列に人を並べられる。そのくせ子供を引き取り面倒を見ている。また危険とされる車ですら便利さを理解し使える。



 怪人や僕が相手でもお願いができ、孤児院のルールを適用してくる。


 15歳なのに地獄を見すぎて、堂々としすぎている。この時代の中での異端。



「院長と比べたらすべてが霞む。院長のような人材を集めろとでも?無理だよ。いいかい?僕や君みたいなやつが転がっているかな?魔法少女な大首領で、人間のような怪人が転がってるとでも?そういうレベルが院長なんだよ」



 僕たちの住む街の名物。人間タイプの怪人たちの武力。魔法少女ロッテンダスト。


 将来は院長も名物になってくれることだろう。今は15の子供だからこその弱さがある。だけど人間としての強者になれる逸材。




 僕は凶悪面の怪人を軽く睨む。これ以上は許さないと念の視線に怪人はうなずいた。


「君の気持はわかる。接する人間が院長だから、それを求めてしまうこともね。でも基準にしてはいけないよ。院長はいずれティターと並ぶ人間だ。鵺の首領と同じっておかしくて笑えるけどね」


 あの歪さは弱者であっても輝く。善性をもちつつ、容赦なく排除もできる。地獄を見てきたからこその精神力の高さ。そんな15歳の将来が鵺の首領と同等。この世界はいかれすぎてて、状況の変化が著しい。


 眼光を鋭くした僕の様子に怪人は忠誠を示す。人前である以上、傅くことはしない。だが僕に対しての敬意が手に取るようにわかる。また僕の変化に対しての怯えがわずかに出ていた。


「最初に関わらせた人間が院長だったのは僕の失敗だ。君たちの人間の基準が上がりすぎてしまった。人間は時には親すら殺すと思え。怪人と当てはめるな。院長と比べるな」



 これ以上は必要ない。僕はジャージのポケットに手をつっこんだ。手に触れた魔結晶を発動させる。今の姿では魔法を行使できない。昔は普通にできたけど、事情によって少女の姿じゃなければ魔法は使えない。この魔結晶は魔法少女の時に術式を組み込んだ。魔結晶内の魔力が意志によって自由に扱える。



 魔結晶の魔力が風の魔力を打ち消す。途端に外の音や僕たちの音が周囲と溶け込む。都会の喧騒によって僕たちの口は開いても声がない現象に気づくものはいない。なにより人が僕たちを遠ざけてくれるから簡単に隠蔽も可能だ。


「院長の元へ」


 その瞬間、ビルの壁面に張られたモニターから音が鳴った。東京のビルは通り一つとっても壁面にモニターが設置されている。どの会社にも広告とした特定の番組を流すモニターだ。音量もうまく調整されているのか、ビルに近ければ音が混ざることもない。


 警報と共に映像の中でアナウンサーが慌てている。緊急ニュースとテロップがあるなかで、席からは動かず、アナウンサーへ資料を持ってくるアシスタントの男性。


 その資料を見たアナウンサーがすぐさま顔を上げた。



「六同通りに怪人出現!繰り返します!六同通りに怪人出現!その数16体です」



 その言葉は僕たちがいる場所で混乱を発生させた。モニターの音を聞き、人々は表情を変えた。スマホをモニターへ向けるものもいれば、電話をするものもいる。また混乱している人もいるのか騒ぎ出すものもいた。走り出していくものもいる。避難だろうか。パニックを起こす人もいるし、冷静を装ってごまかす人もいる。


 その中でも冒険者らしきものたちは仲間内を見渡し、この場を立ち去った。


 その中で誰かが言った言葉。



「冒険者ギルドの更新切れジャスト」



 足を止め、モニターに釘付けだった僕。モニターの中ではカメラの前だというのにアシスタントが右から左へと激しく移動している。情報の錯綜や連絡事項の数々などリアルタイムで動く現場。



「冒険者ギルドの更新日が切れたことによる、怪人の出現です。画面の前の皆さまは六同通りには近寄らないでください。繰り返します。六同通りには近寄らないでください」


 そして映像が切り替わる。


 六同通りの映像が映された。


 六同通りとは、崩壊後に生まれた企業、六同社の始まりがある通り。六同社の資本が使われた通りは、車道や歩道や周りのビルに至るまで影響力を及ぼす。広告などを周りのビルのモニターに流させたりする。華やかな都会らしいショッピング通りといってもいい。ほぼ一社の独占的市場。




 六同社は小売り販売の大手だ。東京や埼玉などに出店しデパートや量販店を様々な業種の店を持つ大企業だ。特に食品やファッション、冒険者の装備も一部取り扱っていることから、色々な人々を集める。


 そんな大企業も更新が切れれば、悪に狙われる。


 怪人が列をなし、通りを我が物顔で暴れている。その通りから逃げる人々の背から牙をむく、白い爬虫類をモチーフとした怪人。全身が白い鱗で覆われ、長い舌を伸ばす、丸みを帯びた顔の蛇。


 人をかみちぎっては呑み込んでいく。買い物客を狙ったものか。品物をもち逃げ出すものを狙う他の怪人。一心不乱に逃げだす人々を襲う蜘蛛型の怪人。魔獣も一部混ざっているのか、黒さをおびたアシダカグモによく似た魔獣が飛来している。慌てふためく人々の真上に飛来する魔獣。魔獣の重さに地面に倒れた男性の首筋に針を打ち込む姿。アシダカグモのような魔獣が口先から針を出し、首から吸い上げていく。魔獣が吸い上げれば上げるほど、針を刺された男性がしぼんでいく。




 

 緊迫した空気がモニターから僕たちのいる通りへ。浸食し、崩れていく平穏。東京ではよくあることだとはいえ、混乱が起きている。だけど慣れているか混乱は小さい。




 凶悪面の怪人に語り掛ける。


「東京の怪人は動きが早くて何よりだよ」


 皮肉気味にいう僕に対し、凶悪面の怪人はモニター越しを見下す表情をしている。


「冒険者ギルドの更新が切れてすぐとは、ふがいない。更新切れる前に怪人なら攻撃してみるべきですな」


「冒険者ギルドの強さがよくわかるよ。たぶんギルドはヒーロー関連組織にも魔法少女関連にも談合している。六同社を見捨てる関連の談合あたりしてるね。冒険者一人一人は弱くても、組織力とマネーパワーはけた違いだ。そうじゃなきゃ悪がすぐ動くわけがないから」


 東京の悪は、軍隊を攻撃しない。

 

 軍隊もまた悪を攻撃しない。


 冒険者ギルドや魔法少女を本当に管轄する魔法少女協会には手を出さない。魔法省なんて一都三県が作り上げた張りぼての箱は攻撃される。ヒーロー連盟ですらそうだ。相手の拠点を攻めて落とせると考えるのは三流のすること。


 


 危険な敵には手を出さない。


 ヒーローは過剰な武力を、魔法少女は過剰な砲撃を、冒険者はチームワークで動き、組織で潰しにかかってくる。


 ヒーロー、魔法少女、冒険者の組織らは談合し協調している。あくまで他人の土地で戦闘をするのだ。



「このままじゃ倒産するね」


 本気で六同社をつぶしにかかっている。僕の足は動き出す。院長の元へではなく、六同通りへと進んでいく。大企業一つを潰しても構わないと思うほど武力は権力を手に入れた。経済界から始めたとしても、報復が過大すぎる。


 その余波は大きく動くことだ。



「どこの組織だろう」


 通り過ぎるビル群、その壁にかけられたモニターは皆、六同通りの姿を現す。怪人に虐殺される人々、魔獣に食い殺される買い物客。たまたま情報を得忘れたものたちの死体が映像にでてくる。


 更新切れの怖さ。


 怪人の出現により、いつの間にか人はいなくなった。六同通りに近づくにつれ人は消えていき、いつしか姿は見えない。気配が奥のほうでする。殺気に満ちたものだ。


 僕は六同通りへ一番近いビルへ入り込む。通常なら警備も従業員もいるビルだ。だが今は人の気配がしない。今の時代、労働者は自己責任によって危険を感じたらすぐ消える。仕事中であっても、すぐだ。職務怠慢以上の我儘を利かす。それを資本家や企業は問題視しているが、制御することはできていない。



 だから入り込めた。


 ビル内に監視カメラがあるが気にしない。僕はその前に表情を変えている。姿を変えている。ビルに入り込む一瞬の暗闇、歩道橋とビルの僅かな影にて変身を終えていた。



 黒基調がベースのドレス。膝まで伸びたスカート。中身を隠すためのスパッツが履かれており、黄色のボタンが三つ胸元についている。赤のかわいらしいリボンが胸元に一つ。


 頭上についた灰色のくすんだ王冠


 ロッテンダスト。




 今までのルートに監視カメラはない。正しくは監視カメラが設置されている部分は急にバグった。凶悪面の怪人が電気系統の魔法を使用し、耐電性の機械でない限り停止するようにしていた。


 だから僕の姿は映っていない。


 六同通りに方針を切り替える前の姿は映ってるかもしれない。でも問題はない。正体バレはしない


 おじさんのときの僕が急に魔法少女として表れても不都合がないようにしてる。



 魔法少女の姿となりて、僕はビルの上階へ進む。駆け出した速度にて、階段を4段飛ばしほどして進む。その隣を並走するは凶悪面の怪人。階段を8段飛ばし、凶悪面も合わしていく。2階、3階、4階へかけて抜けていく僕たち。次第には13階段飛ばしもしているため、階段の意味がまるでない。


 屋上へたどり着き、落下防止のフェンス側へいく。見下ろせば通りの先に怪人の群れだ。虫型のモチーフの怪人から獣型の怪人などを15体。アシダカグモに似た魔獣が怪人より先行しており、人々の逃げ惑うビルの壁面に張り付いている。壁面から飛び跳ねては、通りの人へのしかかっていく。


 捕食。

 

 怪人が暴力で人を殺す。抵抗するため殴り掛かる人に合わせていく怪人もいる。だけども人では怪人にかなわず、そのまま怪人の剛腕と拳が衝突。勢いそのままに人の腕を破裂させた。悲鳴すらあげれず、返しの拳が上半身を穿つ。爆散した血肉。


 

 この通りだけでも数千人はいたはずだ。更新切れを知っているものたちは近寄らない。いつもより少ないけれど、東京の場合、知らない人だけで数千人は軽くいる。


 通りの血しぶきの数。逃げ惑う人々よりも肉片のほうが多い。生存者より死者のほうが多い。



「東京は規模が大きいね」


 被害がケタ違いだ。八千代町の場合は、下手な魔獣や怪人は生活圏まで到達しないようしてある。だからかここまで被害が出るのは久しぶりだった。国家動乱、地方分裂などのときは数万人が半日で死んだけども。死体の処理がすごく大変だったけども。



「これが都会の日常だ」


 背後からした声。


 僕の声でもなく、凶悪面の怪人の声でもない。だけども確実に来ると確信していたし、きっと僕に会いにくることだろうと思っていた。


「知ってるよ。都会の日常ぐらいね」



 僕は振り返る。達観した態度で見る先には、屋上へ姿を現す男の姿。



「おひさ」


 20代前半の男だ。髪を赤く染め、戦場で生き残り続けたことを証明する眼光。ぎらつくまでの獰猛な戦士の気配を持つ男がいた。大剣を手にし、刃に赤が付着したことから戦闘してきたのだろう。血が下にたれている。


 Aランク冒険者、三船十四郎。



「既得権益を持つ者同士の潰し合いだ。経済界が始めた戦争がこの被害をもたらした。冒険者ギルドは妥協しない。魔法少女連盟もヒーロー連合も冒険者ギルドと協力して、事に当たると声明を出した」



 つまるところ何もしない。


 六同社が倒産するまで被害がどれほど出ようともだ。



「怖いねぇ、経済界も君たちの値段が跳ね上がりすぎたことを規制したかっただけだよ?」


「命を懸けて戦わされるのに、安全圏にいる奴らだけが儲かっていく。富の分配がないのに、誰が規制を受け入れると思っている?」



 煽る僕に対し、淡々として返す三船。自分たちだけの富の独占。その政治的攻撃を放置することで叩き潰す。武力側が政治力をもっていることが、経済界の優勢を大きく崩す。


 その真上にも中間にも真下にも、悪はいる。どんな状況であっても悪が弱まることはない。



「さすがは自由に汚染されたロマンチスト。自由主義がこびりつき、それでいて君は僕に夢物語を押し付けようとしてくる気だ。僕に何を頼もうというのかな?」



 三船は逡巡し、口を開く。



「この悲劇を止めてくれ。冒険者は動けない。魔法少女もヒーローも動かない。俺もそうだ」



 僕は中指を立てた。嘲笑と首を少し傾けての煽りだ。



「君たちは動かないくせに、要求だけは高いね」



「俺たちは依頼がなければ動けない。金がなければ動けない。Aランク冒険者は好き勝手に動けないんだ。俺が好きに動けば、報酬を受け取らず働けば、どうなるかわかるはずだ。ランクの低い冒険者は俺のせいで、報酬が減額され、足元を見られていく」



 三船は沈痛な面持ちだ。空いた片手が作る拳には悔しみが残っている。影響力の高い人間のボランティアは下にも及ぼす。影響力が高いからこそ余裕がある人間。影響力もないからこそ余裕がない人間。その差は報酬に強く影響する。


 影響力の高い人間のボランティア活動を社会はほめたたえるだろう。


 そして押し付ける。


 影響力のない生活が苦しい者たちへ、ボランティアを。無報酬を押し付けていく。そうなれば貧困が下から生まれ、やがて上へ波及する。下の者が苦労しているのだから、上も犠牲になれという流れだ。


 だから手を出さない。自己責任によって放置する。



「善意が仇となる時代ね」


 思わずつぶやいた。僕はフェンス側へ向き直る。善意をもつものを誰もが欲するくせに、自分たちは何もしない。善意を持つものが失敗すれば自己責任と否定する。助け合いもなければ、ただ批評されて否定される。

 助けなければ人でなしといわれ、金を要求すれば守銭奴といわれる。


 だけど報酬を受け取れば、弱者から否定されても大金が残る。


 感謝だけの言葉の裏には非難の声もある。


 だから強い人は選択した。


 非難をされて実利をとっていく。感謝なんか必要ない。


 正義とは馬鹿のすることだ。善意とは馬鹿だけが実践するものだ。



 馬鹿なことや失敗をしない。その風潮と社会的閉塞感が生み出す無個性のものたち。社会の歯車としては正しい。平穏な世界、誰が働いても同じ結果を作るシステムは優れている。国家が担保してきたシステムは国民全体の情操教育に大いに役立った。


 今はシステムがない。


 学校も行けるものと行けないものの格差がある。収入にも大きな格差がある。働く気力を失い、質の悪くなった労働者たち。それを嘆く金持ちは、誰も金を出さない。労働者に原因があると下に責任転嫁をする企業たち。自己責任として片付けるものたち。人間の心の質も格差がある。隣人を攻撃するものとしないもの。二分化するほどになった。




「つまんないな」


 僕はそう思った。


 人々の心はさび付き、行動しなくなった。



 被害が、悲鳴が大きくなっても心は動かない。目下では人が殺され、食われていく様だけど感じるものはない。退屈さが満たす心は、拒絶を選択してしまった。



「三船、悪いけど」


 僕は断ろうと顔だけを向けようとした。その瞬間下の通りから悲鳴がする。だけども人間のものじゃない。アシダカグモのような魔獣が死んでいる。死ぬ前の断絶魔が僕の耳に届いたようだった。



 人混みが割れていく。混乱の中でも希望が現れたというもの。



「‥‥まさか」


 僕は思わずフェンスを握りしめた。ぶちりと途切れたフェンス。額を押し付ければ、勢いに負けて穴があく。



 魔獣が死んでいく。ビルの壁面から人々へとびかかろうとするものを寸で止めたものがいる。大木を思わせるような焦げた茶色のボディ。全身を覆い、生身の部分が見えない装甲。手に握りしめる銀のショートソード。関節部分のみ薄くした黒の生地。だけど布ではないし、耐久性も耐熱性も優れたもの。


 顔を覆うヘルメットは、丸みを帯びた卵のようだ。


 ショートソードを振り切り、両断。地面におちる魔獣の頭部と体。


 ヒーローが一人いた。



「…劣化ギア」


 ヒーローが装着する正規品。変身ギア。ヒーローの数だけ変身ギアがある。だから特定の形に限定されるわけじゃない。だけどシリーズというものが変身ギアの中にもある。くくりとしては正規品でなく非正規品。


 ある変身ギアを参考に作り上げた大量生産品。


 それが劣化ギアだ。正規品よりエネルギーの効率が悪い。肉体負担も正規品の数倍。そのくせ正規品より圧倒的に弱い。強くてもEランク怪人に対応できる程度のものだ。あの焦げ茶のボディを持つのは一つのシリーズのみ。


 劣化ギア、ボルトシリーズ。体術および剣術しか使えない。



「劣化ギアで戦う気なの?」



 怪人を相手に、魔獣を相手に。そんな装備でいけば殺害される。それは勇気でも何でもない。蛮勇でもない。無謀なことだった。


 白蛇の怪人が迫る。急激に肉薄する怪人に対し、劣化ギアのヒーローは慌てていなかった。ショートソードをもつ腕のひじを後ろへ、左手を胸部より前へと構えている。伸びる白い腕を左手で受け流し、ショートソードを袈裟切りへと転じる。その際の足回りも腕と同等に動く。ショートソードをもつ腕と同じ側の足が踏み込まれる。


 だが怪人はそれを受け入れ、肉薄。断ち切れることもなく、体で食い止められた刃。劣化ギアの弱さが装着者の能力を生かしていない。装着者の一連の動作は、正規品であれば怪人を切り殺せた。



 白蛇の口が開き、大きな舌が勢いよく伸びる。弾丸のごとき速度が狙うは頭部。劣化ギアの装甲では怪人の一撃すら耐えれるか怪しい。


 だがヒーローは予測していたように、身をかがめ、頭上を舌がぬけていく。かがめるのと同時に前へ踏み込んだ。両足に力をいれ、両腕で怪人の背を回す。体全体をつかった押し込みだった。一度押し込めば、あとはそのまま押し込まれていく。


 舌に力をこめた怪人はそれを予測していなかったのか、なすがままに運ばれていく。舌が戻るころには怪人の群れへ戻されていた。ヒーローは自ら怪人たちの群れへ飛び込んだ。強く押し、体制を崩した白蛇の怪人。その口先にショートソードを突き刺し、振り払う。


 長い舌が飛ぶ。空中に打ち出され、それを目で追う怪人たち。口内から血液をあふれ出す白蛇怪人目掛けて、再度の剣撃。口を抑える怪人の手ごと剣を突き刺した。首の裏側まで突き出た切っ先。それを頭上に掲げるように振り上げた。頭部が割れ、白蛇怪人は絶命した。



「あはは」


 馬鹿がいた。


 劣化ギア、非正規品で戦う馬鹿だ。



「正義が非正規を使ってる。あはは」


 人々は賢くなりすぎた。


 この時代には馬鹿がいなすぎる。誰もが自己責任といって、何もしないことを美徳とする。でも挑戦してもいい。失敗してもいい。他人なんか気にしない。そういう奴らがいなくなってしまった。


 そんな馬鹿削減思考にうんざりだった。


 


「弱いくせに、無理をする」



 白蛇怪人を倒してもなお劣化ギアのヒーローの敵は尽きない。周囲を囲む怪人たち。背後、左右、上空から迫りくる脅威。


 先ほどとは死んだ怪人と同種族の怪人が一体背後から舌を勢いよく射出。


 左右からは拳を振り上げる怪人、白ジャガーの怪人。八千代町に出現した黒ジャガーよりも剛腕であり、脚力がその分劣る怪人。それらが二体左右交互からだ。上空からはアシダカグモのような魔獣が飛来。


 劣化ギアのヒーローはまず背後からの一撃を大きく飛ぶことで回避。上空から迫る魔獣を拳で迎撃。拳が魔獣の顔面を叩き、バランスを崩させた。その体の頭部をつかみ下へ引きずり下ろす。おろした先にあるのが左右から迫りくる剛腕の一撃。魔獣の体を左右からの圧力が潰し、体液を周囲にばらまいて終える。


 着地する際、振り終えた拳の肘分にショートソードを降ろし、引き裂いた。一体分の腕を奪い、痛みに震える白ジャガーの怪人の首元に突き刺す。首筋をやられ呼吸が難しくなる体を見届けることもしない。劣化ギアのヒーローは突き刺した怪人をそのまま右へ振り払う。別種の白ジャガー怪人が回転に巻き込まれ、その崩れた体制を襲撃。


 体制を崩された後の腹部への蹴り。白ジャガー怪人が勢いにのまれ、後ろへ。体全体が後ろに流れかけたところを戻す前に、ショートソードが首を跳ねていた。



 黒ジャガー怪人より白ジャガー怪人のほうが弱い。でも複数の怪人相手に劣化ギアで応戦する実力。


 だが倒しても別の怪人が現れていく。


 そして空気が変わった。


 怪人の群れが割れていく。劣化ギアのヒーローを囲んでいたものたちが、一つの穴を作った。



 そこに現れた怪人。


 金色の鬣をもち、全身が白い肉食獣の王。獅子顔であり、巨大な牙が主張する強者の波動。絶対的種族値からなる膨大な筋力。白い体毛は美しく、気高すら感じる。汚れがあったとしても不潔には見えない。そういう雰囲気すらあった。また全身からあふれる熱が蒸気を作っている。顔筋一つとっても筋肉質、その容姿は獰猛さと知的さを兼ね備えた強者そのもの。巨大な腕は獅子に相応しき剛腕。伸びる爪は怪人タイプとしては非常に短く、人間としては切るべきラインのもの。見下す様子もあるが、劣化ギアのヒーローを見つめる様子には関心すら抱く。



「東京7大悪の一つ、ザギルツの大幹部、ダスカル・ド・ザギルツだ」



 東京7大悪の組織、ザギルツ。古参の悪の組織であり、現在も人類に被害をたたき出す巨悪。


 大幹部、ダスカル


 ランクはA。上級怪人より格上。


 大怪人だった。




 だけど僕はそんなのどうでもいい。


 必要なのは劣化ギアのヒーローが馬鹿かどうか。



「見せてみなよ」


 興味なんてそこにしかないんだ。勝敗が決まり切ったのにも関わらず、釘づけだった。


 大怪人が姿を現したのと僕が釘付けになっている理由は同じはずだ。


「灯りに引き寄せられた虫みたい」


 欲望が引き立てられ、思いをこぼした。凶悪面の怪人は聞こえているだろうけど、三船には届かない。


 この感情は僕たちにしか共有できないからだ。


「そうだろ、大幹部ダスカル」



 


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