おじさん 魔法少女 15
僕は両手を後ろに回し、くるりと反転した。変な動作に怪訝した様子の女性たち。ボス部屋にしてデスクの前に立った僕のおかしな行動。おじさんが変なことをすれば不振だろう。
「楽しくて仕方ないんだよ。見下しなよ。そんな余裕があればだけどね」
嘲笑を深めた僕に女性たちが強張っていく。女性としての搾取を思い出したのかはわからない。身を隠すか僕に対し警戒の色を見せだした。
「君たちは選択しなければいけない」
モニターを手にもつ。タブレットサイズのモニター画面を女性たちに見えるようにした。画面を縦に2つに分けた映像。水牢獄と暴行部屋の二つ。疲労、ストレス、痛み、それらによって苦しめられた暴力団たちだ。
今も雑にけられたりする暴行部屋、水が出続ける牢獄。
「こいつらどうしたい?」
にたりと厭味ったらしく笑みを浮かべる僕に、女性たちは後ずさりをする。暴力団にとらわれた原因でも思い出したのか。対価には報酬が必要だ。それを払うには女性たちには何もない。唯一あるとすれば、それは非常に嫌な行為でしかなかった。
「安心しなよ。君たちの体に一切興味がない。そういうことがしたいなら、とっくにできた。しない時点で少しは信用してほしいものだよ」
僕は一呼吸挟む。モニターを左右に上下に小刻みして遊ぶ。煽り行為であり、いたずらである。ただこのビルの現在のトップは僕だ。暴力団をここまでした僕のいたずらに女性たちが怯えてきた。
「こいつらを生かせば君たちは復讐される。再び凌辱コースさ。もしくは借金増額、人生泥沼コースかな。どっちにしたって生かすメリットはないけど、どうしたい?」
「…生かす気ですか?」
女性たちの年長者、つまり昨日から僕と会話していた代表が口を挟む。怯えの中にある憤恕。それが口を挟ませたのだろう。
「君たち次第だよ?」
モニターの画面を僕のほうに向け、わざとらしく表情を歪ませる。何度もモニターを振っては、画面を見えたり、見せなかったりする。
「こいつらを助けよう」
僕がそういえば、女性たちの体は硬直する。あの事件を、あの記憶がきっとよみがえっている。こういう展開には、必ず未来の映像が想像で脳裏をかすめるものだ。想像の未来によって、自分たちがどうなるかを思い描いたのだろう。
「…して」
か細い声。代表からの声は小さく聞こえない。
空いた片手で耳に当てた僕。
「何?聞こえない?生かして?いいよ。生かしてあげよう。これで君たちは復讐され、人生ボロボロコース。泥船に乗ったまま沈んで苦しめばいい」
煽れば煽るほど、心は尖る。
「殺して!!!!!」
代表が叫んだ。僕は嘲笑を浮かべ、他の女性たちを見た。僕の視線に後ずさりをするも、すぐ後ろは壁だった。壁にぶつかり逃げ道はない。
「君たちはどうしたいの?生かす?ご愁傷さまです。もう君たちには未来はない」
「殺して…」「殺して…」
小さくも壁際の女性たちがいう。僕は耳に手をあてたままだ。
「聞こえないのさ。君たちの人生がかかっているのに、小さい声でいいのかな?本当にそれでいいのかな?聞こえなかったとして開放してもいい?」
「「「「「「殺して!」」」」」
代表もそれ以外の女性たちも選択をした。人間を殺す意思を再び持った。自分の人生が台無しになる恐怖が再び彼女らを凶行に駆り立てた。
「うんうん」
僕は何度もうなずいた。
片手を口の周りに当てた。声を出すためのポーズってやつだ。
廊下に向けて僕は叫ぶ。
「水を今すぐ止めて!!暴力を止めて!!」
僕の叫びに廊下から駆け出す音が聞こえた。わざとらしく音をたて、それらは女性たちにも聞こえるようだった。叫んだ内容が女性たちには信じられないのか、呆然とした様子で僕を見ていた。
飄々とした僕は女性たちに向き直る。
呆然とした女性たちは何を思ったのだろう。
「僕がなんで殺さないといけないの?人殺しは犯罪なんだよ?君たちは頼むだけで、殺すのは僕たちかい?あくまで僕たちの責任にして、君たちは悪くないことにしたいの?逃げたいの?酷いなぁ、さすがは自己責任大好き世代。あくまでお願いで、頼みで、責任を押し付けていくスタイル嫌いじゃないよ?」
モニターの画面を女性たちに向ける。僕は歩みだし、女性たちに近づく。代表も女性たちも後ろには逃げれないのに、壁にむかって必死に後ずさりする。
ただソファー付近で僕は止まった。コードが短く、これ以上は近づけない。
デスクに置かれたスピーカーの音が止まる。水が止まった様子と暴力部屋の悲鳴が聞こえなくなった。それを聞き、画面を見ずとも状況は理解できた。
「僕たちが殺すんじゃない。君たちがするんだ。君たちの悪意がこいつらを殺す。君たちの思いと責任によって、行動して殺すんだ。殺さなければ君たちは終わり。その時点で僕はこいつらを助ける」
簡単だといって僕は嗤う。文句が言いたそうでありも、逃げたそうである女性たち。代表が勇気を振り絞り何か言いたそうだった。
「もちろん今の君たちには勇気もない。覚悟もないだろう。だから僕から君たちに最高のプレゼントをあげよう」
僕は指を鳴らす。その音ともに部屋に入ってくる凶悪面の怪人だ。凶悪面の怪人は銀色のアタッシュケースを一つ持っていた。それを持ったままソファー側まで来た。
女性たちが凶悪面の怪人を見て、非常におびえた。容姿の怖さもあるし、見た目に返り血が付着しすぎており、恐ろしさを搔き立てた。
ソファーにアタッシュケースを降ろし、開ける。蓋とは言わないのだろうけど、閉じる部分の先端が床につき、窪んだ部分はソファーの背もたれに預けられた。
その中身を見た瞬間、女性たちは狼狽した。
凶悪面の怪人をみて、僕を見て。
恐怖を浮かべた。
置き終えた怪人は女性たちに一礼し、再びこの部屋を後にした。静まり返った部屋、恐怖が増長しどうにもならなくなった空間。
「使っていいよ?」
ソファーの背もたれの後部を蹴った。振動でソファーからアタッシュケースが落ちる。中身が下におち、転がっていく。
「使えば勇気も出るし、元気も出る。頭がすかっとして、罪悪感なんて吹き飛ぶよ?」
転がった中身。
代表が口をパクパクし、がくがくと震える体を必死に抑えていた。
「…こ、これ、…私たちを無理やりしたときに…使われた・・・・」
「平和になるための手段の一つでもあるよ?悪いことばっかり考えるから君たちの人生は不幸なのさ。気楽にいこうよ」
汚らわしいものを見る目で中身を見る代表。いやこの場の女性全員がそれを嫌悪する。
「できるわけないでしょう!!…これ、これ」
怯え、震え、僕を見て恐怖したうえで確認をする代表。
透明な袋に入った白い粉。
「うん、麻薬」
使っちゃダメ、持っちゃだめの代表名。麻薬だった。暴力団御用達であり資金源でもある。それを僕は怪人に持ってこさせた。それでいて女性たちに渡したわけだ。
「人を殺すにはね、ただじゃすまないんだよ。いきなり人を殺せるやつなんていないのさ。人を殺すための気付け薬。じゃないと頭おかしくなっちゃうでしょ?一般人が銃撃する音に心を壊さないと思うの?そうしないための予防薬」
文化が成熟すればするほど、人は人を殺せない。新自由主義と自己責任が流行ったのは、あくまで人を直接殺さないからだ。じわじわとなぶり殺しにして、苦しめる。
人は人を殺せないけど、殺したいと願う生き物だ。
罪悪感を抱かず、他人を始末できるならそのほうがいい。その人間の殺害意欲と忌避感情の境界線をあいまいにする。
それが麻薬だった。
「殺せないなら使って殺せ。殺さなければ奴らを助ける。ああ、安心していいよ。殺すのであれば僕は君たちがいた痕跡を消してあげる。殺さないのであればご自由にどうぞどうぞ」
指で護衛を呼ぶ。赤メッシュの怪人が隣に立ったので、モニターを渡す。受け取った怪人を背に僕は女性たちのもとへ進んだ。
落ちた中身を拾い代表のもとへ差し出した。片膝をついた僕が差し出す麻薬。それに対し嫌悪、激しく首を横に振る代表。涙交じりに化け物を見る目が僕をとらえた。
「殺せないなら使え。殺しても君たちは悪くない。悪いのは暴力団で、君たちをおかしくした麻薬だ。奪われたままでいいのかな?尊厳を奪った相手を許していいのかな?奪われたら奪い返さなきゃ、このままずっと搾取され続けるよ?やり返せ、殺し返せ、恐怖を相手に与えてやるんだ」
他の女性たちにも視線を向けた。怯えなど恐怖など見飽きている。何も思わない。
「水部屋にはね、ホースが6本たまたまあるんだよ。君たちの人数分あるのさ、どうする?蛇口をひねるだけで水が出る。水が出たら奴らはどうなるんだろ?君たちは幼いし、蛇口をひねるぐらい簡単だよね。一人でひねれば怖いかもしれない。でも6人で6本の蛇口をひねれば?」
僕は立つ。ぱんぱんと片膝をたたく。
「全員で渡れば怖くないよね?それとも勇気の出る薬が必要かな?」
そういえば女性たちの一人が動き出す。麻薬に対しての嫌悪、暴力団に対しての恨み。僕への恐怖。どうにもならないし、幼いゆえに感情のほうが優先されている。理性より感情が行動を促したみたいだった。
全員涙交じりだけど、一人が動き出せば続くのが数人。最後に残った人間を僕が嘲れば、それも動き出す。
代表を残し、女性たちが部屋を後にする。
怪人には付いていくよう事前に命令済み。蛇口のひねる回数も怪人の管理下で調整することだろう。
残った代表に僕は再び片膝をつく。
「君は悪くない。悪いのは全部暴力団さ、麻薬が怖いだけだもんね」
優しくいう。片手にもった透明な袋の重み。軽いけど効力は社会的に重い。
赤メッシュの怪人が持つモニター。その画面から再び水が出始めた。デスクの上のスピーカーが再び音を立てる。水音、悲鳴。いったん水が止まったことで助かる希望が見えた先での再開。悲鳴が助命を呼ぶ。
画面から目をそらした女性は、床に顔を向けた。
「大人の君より、彼女らのほうが実に行動的だよ。理性とかいって、できない言い訳をするより行動が一番さ」
代表の涙が床に垂れていく。
僕は手を鳴らした。鳴らした音にびくりとし、顔を上げた代表。
その音とともに凶悪面の怪人が再び入室。その際片手で何かを羽交い絞めにして連れてきた。
それは僕が商人と呼んだ男。
それは女性にとって宿敵の一人。
商人を羽交い絞めにし、苦しい悲鳴が部屋を満たす。口元を布でしばり、声を出せないようにしてあった。また両手は手錠で縛られている。
部屋の中央までくると、そこでストップした。モニターをもつ赤メッシュの怪人が少し、横に移動。だけど位置的には同じぐらいだ。
赤メッシュ怪人と凶悪面の怪人が並ぶ。
「君にとって因縁の人間だよね」
暴力団に騙された切っ掛け。だましてきた相手が商人だった。また代表を無理やり手駒にしたやつでもある。
僕は懐に手を伸ばす。握りしめた無骨の感触。それを取り出した。
麻薬の袋を指の間で挟みつつ、女性の手をつかむ、男に触れられて拒否反応が大きく出たようだけど、無視。暴れる手を開かせ、無骨なものを握らせた。その正体を見て、女性は大きく目を開く。
無理やり握らせた無骨なもの。
「あの男を撃ち殺せ」
拳銃だった。暴力団が使用した拳銃。弾は10発ほど入っている。
代表の耳元まで顔を近づけた。
「君より若い子が殺す選択をしたんだ。君もそうしなきゃフェアじゃないだろ?君の悪意が奴を殺す。奴を殺せば君は自由。あとは僕が全部処理してあげよう」
ささやいた。その言葉にハッとし、僕を見ても状況は変わらない。誰もやらない。自分の行動が相手を殺す。拳銃を握る女性の手に合わせる。男に対しての拒否反応があろうとかまわない。銃口を持ち上げ、引き金に指をのせさせる。
「やだやだやだ」
銃口を商人のほうへ向けた。
拒絶し銃口を必死に下げようとする代表と持ち上げる僕。
「ん゛ん゛ん゛!!!」
その様子を見た商人は必死に首を横に振っている。暴れ、逃げようとしている。布が口元をふさいでいるため声がでない。だが籠った声が漏れている。
「これはおもちゃだ。誰も傷つかない玩具だよ?」
商人も代表も恐怖をうかべ涙を流している。拒絶の感情を必死に出し、アピールをしている。僕に対して命乞いをしているだろう商人。自分では何もできず、状況を変化させたい代表の拒絶。
「しょうがないなぁ」
僕は女性の手から拳銃を奪いとり、そして赤メッシュの怪人に銃口を向けた。
赤メッシュの怪人と目が合い、僕はにこりと笑う。怪人も僕に対しにこりと笑う。僕と怪人がお互いを見つめ笑みを共有した。
そして発砲。
音が鳴る。放たれた弾丸は怪人の腹部をとらえた。人間であればエネルギーによって血しぶきあたり出るんだろう。でも人間じゃない。怪人は無事だった。痛みに震えることもなければ、ケガをした様子もない。服の一部に焦げた跡と、大きな穴が開いただけだ。
代表はその様子に愕然とし、目が点となって僕と怪人を交互に見た。
「ごめん手が滑った」
「よくあることです」
僕が謝れば、怪人も打たれた箇所をぱんぱんとたたいて終わる。
再び僕は女性の手に拳銃を握らせた。硝煙が噴き出てる拳銃そのままに、代表はなすがままだった。
「玩具だったよ?」
拳銃と僕に対し、困惑した様子だった。
「あ、あたまおか…しい」
か細くこぼれる声。代表が僕を化物としている。この拳銃が偽物、本物以前に僕を人間として見ていない。
「僕がおかしいからこそ、君たちは解放された。普通なら君たちは奴隷のままさ」
拳銃ごと代表の手を包む。麻薬を指の間に挟んだままだったため、そこにも代表の関心が向いている。
「使う?」
「…使いたくない」
それでも勇気を振り絞ったのか。拳銃を持ち上げた。ゆっくりとだが商人のほうへ銃口を上げていった。
代表なりに照準が商人に向かったのだろう。
動きが止まり、息を大きく吸った。その様子に商人が大きくわめいているようだけど、聞こえない。暴れたくても凶悪面の怪人が身動きを封じてるため無理だ。逃げたくても逃げれない。
拳銃が本物だと知っているのは商人だ。怪人に銃弾が通じないのを知っている。
この場で商人だけを殺す舞台となっている。それに気づいているのだろう。
「お、玩具、なんですよね?」
恐る恐る尋ねる声に僕は屈託のない笑みを浮かべた。
「勿論さ」
引き金をゆっくりと絞り、発砲。衝撃が代表の体を大きく揺らす。手が大きくぶれ、弾丸は狙いとは違うほうへいく。凶悪面の怪人に当たった。右足の太ももだ。服が焦げて、一部穴が開く。凶悪面の怪人も笑みを浮かべて、弾丸が当たった右足を元気に回す。
二度目の発砲。
大きくぶれて、外れる。
三度目の発砲。
赤メッシュの怪人の肩口に当たる。その部分が一瞬衝撃でぶれるが、痛そうにもしていない。弾丸がぶつかった箇所が焦げて、服に穴があくだけだ。むろん赤メッシュの怪人は笑みを浮かべてた。
四度目外れる。
五度目は凶悪面の怪人に当たる。
6度目に商人の肩口に掠めた。血が飛び散った。また弾丸の痛みからか商人が大きく騒ぎ出す。激しい痛みは口に布を抑えられても表情は隠れない。
「ああああああ」
のたうち回りたいのを凶悪面の怪人が無理やり封じ込めている。
その様子に代表が拳銃を凝視している。硝煙が漏れる銃口を見つめ、手が震えていた。
「お、おもちゃじゃ」
自分の手で人に発砲する。怪我をさせる。この行為の怖さは文化的な人間ほど激しく怖がる。だから代表はそれに基づいて怖がっている。
「僕たちにとっては玩具だよ?」
拳銃の怖さ、発砲の重さ、人を殺しかけた事。それらが急激に代表の感情をわめきたてている。だけども一度引いた弾丸は戻せない。
「さあ次をするんだ」
「で、できな」
その拒絶の言葉すら聞き飽きている。だから僕はかぶせた。
「君が助けるなら、このビルの奴らは全員生かす」
この言葉に代表は絶望し、激しく首を振っている。だけど涙をかみしめながら必死に拳銃を持ち上げた。麻薬の袋を僕はちらつかせた。
「使う?」
代表は今度は否定しなかった。
こういう常識を誤魔化すための武器、麻薬とはそういうものだ。だけど麻薬は人を生かす治療にも使われるし、人を殺すためにも、守るためにもつかわれる。基本的に激しい戦闘がある場合、麻薬を使って己の心を奮い立たすこともある。
これは世界の常識であり、この国にとっての非常識でもある。
代表の指が麻薬にのびかけた。そのときには女性たちが戻ってきた。扉を開け、この部屋の仰々しさを見て、動作が止まる。表情が止まり、状況把握に固まっていた。
拳銃を握る代表。拘束された商人。
そんな代表に片膝をついて麻薬を振る僕。
「よく戻ったね。そこは危ないからこっちのほうが安全だよ。今から君たちの年長者があいつを撃ち殺すからね」
僕がかけた言葉によって状況は変化する。麻薬に伸ばしかけた指を降ろす。年下の前で麻薬を使用するわけにもいかない。そんな常識で誘惑を消したようだった。
女性たちはようやく理解したのか、動き出す。逃げるという考えはないようだった。
ソファーのほうへ、僕を避けるように壁際へ回った。僕たちから見て背後の壁だ。
「さあどうぞ」
麻薬を差し出し、代表は背後の女性たちが気になって仕方ないようだった。一度緩んだ緊張はもう戻らない。拳銃を震えた手で握りしめたまま、沈黙。
限界だろう。
僕は判断し麻薬を放り捨てた。代表から拳銃を奪い取った。
「別の方針にする」
立ち上がった僕は廊下側の扉まで歩む。その歩みに商人が大きく騒ぎ出したが、うるさかったため拳銃を向ければ黙った。女性たちが入ってきた扉を開け、僕は叫ぶ。
「今すぐ水を止めて。作戦を切り替える」
そしてスピーカーから漏れる隣部屋の音は止まる。水牢獄の水は再び止まった。安堵のような声も漏れている。
代表に視線を向けた。
「弱虫」
一瞥し、僕は商人まで近寄った。拳銃を向けたままだ。うるさかったら殺すという視線も込みだ。肩口についた血跡。そのえぐれた傷口に触れる。
傷口をえぐる。指を入れて肉片をつまんで捨てる。
「!!!!!!」
声にもでない悲鳴が商人から漏れる。痛みが理性を消し飛ばしている。状況把握していただろうものが本能によって壊れていく。
血で濡れた指のまま、赤メッシュの怪人からモニターを受け取る。代わりに拳銃を渡す。画面方式を切り替える。モニターをもったままデスクのほうへいき、スピーカーとマイクを最大にする。また小型のカメラと線でつないだ。
カメラを商人のほうへ向けた。
画面が縦に二つから三つの映像に切り替わる。3分割された画面の映像には水牢獄、暴力部屋、ボス部屋が映っている。商人の痛がる様子、水が止まったことによる僅かな希望をもつ者たちの様子。暴力が止まって動かせる部分で反応する様子。
それぞれの様子を映し出し、商人や代表含む女性たちに見えるようにした。
赤メッシュの怪人が僕の意図を察し、歩み寄ってくる。そのままモニターを手渡した。
このとき拳銃は再び僕の手に戻った。またマガジンを別のものへと交換した。
この部屋の全員に見えるようにし、僕はマイクをつかんだ。マイクに接続された線を踏まないように持ち出し、カメラに映りこむ僕。
僕は指を商人に向けた。
「この男が今から自殺をすれば、君たちを全員生かす。無事を保証する。この男一人が死んでくれれば自由になれる。ただし僕たちに関わらないことだ。また君たちが手に入れた戦利品、失礼、女性たちは一応解放すること。ただそのあとは知らない。僕たちに手を出さなきゃいい」
僕は宣言し、モニターの映像に映ったものたちに希望が満ちる。疲労を忘れたようにはしゃいでいる。誰かのために死ねるやつはいない。でもそう騙される状況まで追い込んだ。
凶悪面の怪人に目くばせをし、拘束を緩めた。また口元の布を取った。痛みがあるが、それよりも自分の命が駆けられたことに対し、表情が変わりすぎている。慌てふためく商人の様子もカメラに映っている。
スピーカーから漏れる声。
「自殺しろ」
この声は権田だ。カメラに向かって権田が命令している。片腕の田村も希望を逃さないと声を荒げている。
「死んでくれ」
「お前がしねば俺たちは助かる」
暴力部屋たちの声も入ってくる。かすれた声だ。だが間違いなく言われている。
「死ね、自殺しろ」
水牢獄の声も暴力部屋の声も全員が商人の死を望んでいる。その声にとらわれ、首を横に振って必死に拒絶する商人。
「死ね、死ね、死ね」
「お前が死んだら墓を作ってやる。悪いようにはしない。だから死ね!!!」
ボスの権田も片腕の田村も混ざった暴力団のコール。死を望む声が複数届き、商人は自分の命を捨てたくなくて必死に拒絶する。
「いやだ。死にたくない」
凶悪面の怪人が拘束を緩め、商人はその場でうずくまる。手錠があるからできないだろうけど、たぶん耳をふさぎたい行為はしていた。手錠のせいで両耳に両手が届かない。片耳を必死に抑えて、首を激しく振っている。
そんな商人に僕は近寄った。前かがみになった僕は笑みを浮かべた。
「君一人が死ねば皆助かるんだよ?」
首を傾げた僕に対し、涙も恐怖も織り交ぜた顔の商人が言う。
「悪魔!!お前は悪魔だ!!」
商人がこの状況を作り上げた僕を前に叫ぶ。理性も壊れ、感情が爆発し、本能が死を拒絶する。生きた人間の劇場だ。この壊れ具合にこの場の常識人たちは口を挟めない。女性たち全員は己の口元を手でふさぎ、僕を化物として見ている。
「悪魔なら東京にいたるところにいるじゃない。僕だけじゃない。君たちだって、僕の後ろにいる女性たちにとって悪魔だよ?たまたま自分たちにとっての悪魔がいるからって喚くなよ」
手錠の鎖をつかんで引っ張る。抵抗すらできないのだろう。僕に恐怖し、理性も感情も抑えられないやつが僕に逆らえるものか。
拳銃を握らせる。そのまま商人の口元へ運ばせた。抵抗しようとしたが僕が睥睨すれば従った。
商人の口内に銃口が入る。
暴力団にとって上司の命令は絶対だ。とくに今の時代はそう。激しく絶望と嘆願の目がモニターをみている。僕に対してしないのは、無理だとわかっているからだ。
スピーカーから聞こえる。
「早く死ね」「死ね」「今すぐ死ね」「撃て、撃て」
誰の声かもわからない死ぬ希望。その言葉を聞き、モニターの様子を見ている商人はどうしようもないのだろう。
だけど僕は優しい。
握ったマイクを再び口元へ運ぶ。
「特別条件。この男が死ななければ、全員殺す。でもこの男が君たちを殺せば、この男の命だけは助ける!!」
その僕の言葉にスピーカーから悲鳴が漏れる。連投される助命の声、死へのコール。
一人と全員の命。どちらが数的には大切か誰でもわかる。それを必死に訴えるモニターの人間。それを見て、己の命だけは助かる方法を知った商人。
僕は商人の鎖を引く。銃口が口から離れ、そのまま下におろさせた。手錠のカギを差し込み、開放する。ついでに別のマガジンもポケットから取り出し押し付けた。
「わかるだろ?皆、君に死んでほしいと思ってる。でもね。僕は君だけが生き残るべきだと思ってる。だって約束したじゃないか。君だけは無事で済ますって。この出来事を見届けるのが君の仕事だ」
怪我をしていないほうの肩を軽く叩く。
「やるべきことをすればいい。ところで蛇口をひねれば、水部屋の皆はどうなるんだろ?暴力部屋の皆は?普通なら銃弾が効かない冒険者やヒーローもいる。でも皆都合よく銃弾が通りやすいように大きな傷があるね。まるですぐ殺せるようにだ」
そして商人は壊れた。壊れて絶望にひたりながら、本能によって希望を手にする。凶悪面の怪人に目くばせをした。
凶悪面の怪人がそっと商人をの体を起こす。拳銃を握りしめ、体をふらふらしたまま動き出す。おこしたあと支えながら外へ。扉は開けっ放しだ。
時間がたったあと水部屋の水が再開される。スピーカーから悲鳴が届く。自殺しろという声も鬱陶しくなり、スピーカーの線を引き抜く。マイクの線も引き抜く。
発砲音がする。廊下から聞こえる発砲音。複数聞こえた後、音がやんだ。
僕は女性たちに向き直る。代表も含めて皆が僕の行動を見ている。
両手を広げ、自信満々気な態度の僕。
「これで君たちは自由だ。人殺しじゃない。好きに人生を謳歌しなよ」
誰も無言だった。葬式のように冷めていく空気。
自由になっても生きられるかは不明。女性たちは社会から離れすぎた。社会復帰のための時間など、即戦力を求められる時代にはない。どこまでも未来を暗くする地獄が浮かびあがっていることだ。
もしかしたら暴力団の件で何かあるかもしれない。いくつもの不安要素を抱えて、社会に出なければいけない。その間の金はどうするのか。
自由なのは僕だけ。そんな態度を見てか代表が勇気を振り絞ったようだ。
「…私たちの面倒を見てくれませんか?」
「やだ」
僕はすぐさま拒絶。そんな態度に下唇をかみしめ、握りこぶしを作る一同。背を向けて、踵を返そうとしたけど、足を止めた。
「どんなところでもいいのであれば、ふさわしい場所を紹介してあげる」
指を鳴らし、赤メッシュの怪人が魔法を発動。モニターを風がバラバラにし、マイクが壁にたたきつけられる。デスクが赤メッシュの怪人の剣撃によって分断。廊下にいた怪人たち、別部屋にいた怪人たちも行動を開始。痕跡の破壊だ。
「田舎になるけど、それでいいかな?」
破壊の動きにおびえる気配があった。それでも最後のチャンスとばかりに、大きく声があがる
「はい!」
最後の希望。どうせ碌でもない人生で、すがれるものにもすがろうとする。人間にはそういうしたたかさもある。生きるために恐怖を誤魔化し女性たちは返事をしたようだった。
その言葉を最後に僕は部屋を後にする。その後ろにはおびえながらも女性たちが後を続く。




