おじさん 魔法少女 14
パイプ椅子に座る女性が語る。必死に堪えた感情の渦がはち切れそうだった。されど耐えている。
「自由を求めた結果、汚いやつらに好き勝手にされました」
喚かず泣かず、必死に堪えた表情。若い人間がするものには感じない。
「ここにいる皆は家族に搾取されていました。私の場合は、好きな相手を紹介しても結婚は許されない。妹が病気で働けないので、妹の為に生きることを求められる。私の人生なのに、家族が命令してきて従わされる」
逃げたくても逃げれない。崩壊前であれば家族を見捨てれば良いだけだった。崩壊後に家族に関する法律が変わった。
親や兄弟姉妹から人生を奪われる仕組みになった。
「結婚しても妹と暮らせ、じゃなければ認めない。両親に尽くせ。婿をとって、子供を作って、家族に尽くせ。一生面倒を見ろ、働きながら介護しろ。見捨てることは許さない。したら訴えると毎日言われていました。反発もしましたが、聞く耳を持たず次第に頭がおかしくなっていきました」
女性が語るものには現実の怖さがある。追い詰められたものの叫び、悲鳴が短い言葉に秘めてあった。
首都圏において家族から離れることはできない。距離としてはできるけども、家族と絶縁はできない。崩壊前も絶縁自体はできなかった。だけど無視して見捨てることはできていた。現在それは禁止されている。
家族は家族と一緒にならなければいけない。夫婦の別居もできず、親は、子は、互いを尊重し、一緒に住まなければいけない。理由があれば、一時的に離れてもいい。お互いの夫婦の結婚は自由ではなく、家族の許可を得たうえで認められる。家族は家族を助け合い、見捨てることを禁ずるとしたルールになった。
人は自由に結婚ができなくなった。
家族に問題あれば、まともな子が犠牲になる家族システムになった。
新自由主義にして自己責任論。この場合は自己責任論によるルールだった。家族を助けるのは自己責任。貧困な親のもと生まれたのも自己責任。学力も自由もないのも、自己責任。
また法律の解釈は崩壊前よりひどくなっている。
扶養義務は元々義務だった。だけど崩壊前は努力義務だった。絶対的な義務じゃない。親や兄弟に対して、自分の生活が苦しければ、家族の扶養をしなくてもいいというものだった。介護義務は元々ない。子供や兄弟や親から見捨てられたものたちは生活保護や年金などで暮らすこともできた。弱者の救済は自治体が行い、介護保険などで手厚く生きられた。
現在の扶養義務は自分が苦しくても親や兄弟を扶養しなければいけない。介護が必要であればしなければいけない。病気や無職などの家族を家族が面倒見るのが基本とした法ができている。
「魔が差しました。暴力団は当時弱者の救済をしていて、行政よりも頼りになると信じていました。家族も頼れず、仕事もろくになく、追い詰められた私は暴力団に懺悔をしてしまったんです。家族がいなければ、私は自由。自由になれば幸せになれる」
凶行のきっかけ、借金のきっかけ。
「家族なんて殺してしまえばと思って、すぐ私にはできないと必死に諦めようとしたとき」
ふとした感情の爆発、弱者には先を考える余裕がない。今すらまともじゃないのに、先のことなど無理だった。
「暴力団から提案されました。家族を消してもいい。罪にもならない方法があるって、1千万ほど渡せば消してあげる。そんな大金なんて持っていませんでした。ですが、ですが私は限界だった。だから相手の次の提案を受け入れた」
抑えきれなかった感情があふれ出す女性。両手で顔を隠しても、こらえれないのが涙だった。僕はただ無であった。そういうものは沢山見てきており、何も思いつくことがなかった。
「借金をすることでした。それで家族が消えました。自由になれると考えた矢先に、私は拘束され、無理やり…。そしたら、こんな有様です。所定の労働と書類に書かれていますが、口頭では労働業務と聞いていました。このようなものではなかったんです」
義務にした結果、家族が家族を殺す事件が多くなった。また介護が必要な家族が不慮の事故で死ぬことが多くなった。魔物に食われた病気の人間。怪人に殺された社会不適合者。類似事件が多くなったが誰も調べない。行政に負担がなければ誰も調べない。
殺しただろうし、事故するよう仕組まれていたとしても全部自己責任
「馬鹿だって思いますよね?」
家族がいると邪魔をされ、自由に生きられない。
「家族を殺すために1千万の借金を背負っただけ。1千万が払えそうにないから体で払っただけ。家族のことまで、しかも親とか妹とか私には関係ないじゃない!!普通の家族だったら、私を自由にしてくれる家族だったら、1千万なんて借金を背負ってまで消そうとしたりしない」
このような環境すら僕は飽きるほどに見ている。
同情もできなければ、共有、共感すらできなかった。
「君たちは悪くないよ。悪いのは上の世代さ。あんなことが起きるとは思わなかったし、知ろうともしなかった。当時君たちは子供だし、選挙権もなかっただろうしね。怖さを知ろうともせずに、受け入れた上の世代が君たちをおかしくした」
自由主義が自己責任を引き寄せた。
自己責任が社会弱者をより苦しめた。
崩壊後、憲法が改正された。これが悲劇の始まりだった。
そのうちの24条、家族条項が改正された。また憲法の解釈においての法律が制定された。崩壊前と崩壊後の家族の関係が変わったのは憲法が改正されたからだ。
国家は公共の福祉も憲法改正もしており、その解釈や人権の抑制をもって生活保護を廃止した。年金も削除した。生存権も全て国家の都合よくつくりかえられた。
崩壊前の憲法は国民のものだった。
崩壊後の憲法は権力者のものになった。
憲法改正における条件は衆議院、参議院の3分の2以上の議席、その後国民投票によって憲法は改正される。だから国民投票までして、憲法は改正された。
その時の建前がある。前面に押し出されたのが、有名な一つ。
憲法9条。戦争についての条項だった。国家を防衛するため、相手の基地に対しての攻撃有無などの条件。また化物に対し、先制攻撃をするといった建前がメディアやネットで大きく流された。
当時化物によって国が崩壊しかけており、国民は9条についての改正に意欲的だった。身を守るため、国を守るためという建前でプロパガンダが行われ、ついには国民投票で成功を収めた。投票数の中での賛成多数によって国は動き出した。
その際にメディアでは憲法9条のみが流されていたけど、権力者はこういっている。
憲法改正を進める。
9条を最初にやるとはいっていない。1つだけとも言っていない。表向き9条の改正と押し出しつつ、提出されていた改正草案は非常に悪質なものだった。9条だけをやるように情報操作し、実体は別のものを変えること。
草案の中で、憲法改正は、国会の議席3分の2以上で決めれる。
国民投票の有無は削除されていた。
国会のみで憲法を変えれるよう仕組まれていた。
「憲法9条の改正。これは非常に大きく荒れた。当時20代から30代の現役世代が自分たちや国を守る建前で9条の改正を大きく指示した。国会の流れは憲法改正だけなのに、現役世代は9条だけのみと勝手に信じ暴走した。現役世代の暴走を止めるべき高齢者が化物に虐殺され、歯止めが効かなくなったんだ」
少子高齢化もつよく、当時は現役世代と高齢者の対立がすごかった。高齢者の社会福祉負担が現役世代に強くのしかかっていた。だから現役世代は高齢者の利益を奪うことで、負担を減らせると考えた。
だけども高齢者は高齢者で社会抑制機能をもっている。医療の充実は高齢者が頻繁に使うからこそ、病院は経営破綻をしない。だから現役世代の身近に病院があった。高齢者は社会構造の変化を嫌う。だからこそ福祉の悪化を減速させ、より金持ちから税金を奪う仕組みを作れた。現役労働者より金持ちからの金を奪ってきた。それこそが高齢者だったわけだ。
社会経験の深さは、この国の本質を理解していた。だから改正には強く反対もしていた。
知らないだけで、敵だと思われていた存在。
高齢者が化物に虐殺され、抑制はない。
現役世代の心によく響く9条が叫ばれた。
9条は勢いと建前。9条を当時否定する声はないし、国家のためと国民は自己犠牲をしてくれた。裏にある野望を知らず、相手の善性を信じたものだけが地獄を見た。9条の改正勢いそのままに、制定したのが憲法改正権。そのつぎに24条、家族条項。個人ベースから家族ベースに切り替え、その後に福祉、教育といったものを改悪していった。
この改正の真の狙いは、憲法の改正権を国民から奪うことだった。
憲法とは国民が権力者に与える縛り。国家そのものを縛り上げる究極の鎖。その縛りを緩めた結果が新自由主義の加速につながった。
解雇権も労働時間の長期化もそう。人権ですら権力者の意のままだ。
「恨みなよ。上の世代を。憲法改正権を国に与えた戦犯世代をさ。まあ報いは今の若者たちから沢山うけてるけどね。親父狩りならぬ、戦犯狩り。若者による、上の世代虐めが加速しているからね」
今の若者の悪に染まる率は全体の16パーセントにも及ぶ。その理由が上の世代への復讐という形にもある。この社会情勢を作った世代を、戦犯世代ともいってる。
「君の目の前の男が、戦犯世代。しかも大戦犯だよ」
その言葉に殺気が満ちる。女性たち、いや現在の若者たちからの殺気だ。怪人が思わず武器を手に取りかけたが、僕は手でそれを抑えた。
目の前の女性ですら僕に殺気を飛ばしてる。先ほどの涙を流しながらの敵視だ。
「始まりの自由から何も学ばなかったんですか!!!新自由主義が労働者からの搾取だって私でも知ってるのに!!」
殺気が女性を駆り立て、ソファーに座った者たちも皆僕を憎まし気に睨みつけていた。
始まりの自由、若者言葉だとわかりづらい。昔の言葉で、氷河期世代と呼ぶ。氷河期世代から始まった新自由主義。その新自由主義が雇用に新しい方式を持ち込んだ。派遣社員や契約社員。正社員とは違う新しい契約法だ。この新しい方式によって正社員が激減、結婚数、子供の数が極限に減った。
経済優先で、労働者の使い捨てが始まった。
その世代が作るべきだった子供がいないため、社会のバランスがおかしくなった。
また新自由が民営化を呼び、国民の利益が企業に回された。
これが始まりの自由と若者が呼ぶものだった。自己責任という言葉が本格化したのも氷河期世代からだ。上の世代、下の世代に見下された挙句、自己責任として切り捨てられた。氷河期世代にも一部の成功者はおり、同じ世代だけども敵に回っていた。
「君たちが調べたいことが、この社会の原因だっただけだ。今の若者の関心が新自由主義に関わること。その延長で知った知識で偉そうにするなよ。当時は君たちより情報が流れてなかったんだよ。当時は過程で、今は結果さ。先だしの後悔なんてできるわけないじゃないか。後悔はやってからするものだよ?」
「それでも改正はすべきじゃなかった!」
憲法改正を進めた当時の現役世代。その中でも賛成派と投票しなかったものを大戦犯と呼ぶ。当時の投票率48パーセント。52パーセントが投票せず、投票したうちの9パーセントが反対票。残り39パーセントによる改正賛成だった。
39パーセントの賛成票、52パーセントの棄権票。合わせて91パーセントが改正を支持した形になった。つまり世代そのものが戦犯だった。
女性たちの恨みによる睨み、僕は嘲笑で返した。
「助けてくれた相手でも殺してやりたい?いいよ。その代わり後悔はしないでね。殺される前に君たちを殺すから。まあ言い訳させてもらうと、僕が住んでた地方には選挙なんてなかったんだよ。化け物が徘徊してて、投票所も選挙活動もなかったんだよ」
その言葉に女性たちの怒りが一時止む。選挙ができる環境とできない環境。その差がわからないほど、頭は悪くないことがわかる。
「僕は大戦犯だけど、事情もあるのさ」
僕は契約書を破る。音を立て破り、放る。隣の怪人に目くばせをした。書類が床にたどり着く前に火がつき、塵となる。また足元に置かれた箱をデスクの上に置いた。がちゃがちと音を立てた中身は、USBなどのデーター記憶装置、スマホとかだった。また金づちも数本入れてあった。
箱の中身を見えるように持ち上げた。
「このUSBやスマホにはあるものが映ってた。だから君たちの手で壊しなよ」
僕はパイプ椅子に座る女性に箱を差し出した。
「これは」
「君たちの嫌な記憶が映ってるらしい」
そういえば女性は激しい嫌悪と屈辱のものを思い出したか。勢いよく受け取った。パイプ椅子から立ち上がり、急いでソファーに座る女性たちのほうへ行った。女性たちと合流し、箱の中身を確認後、全員が僕を見た。
男というものに対しての敵意。
「たぶんそれが全部だよ。嘘をつけないぐらいに甚振ったからね、あれでまだ隠せるほどの能力は奴らにはない。あと僕は見ていない。見たのは連れてきた女性だよ」
正しくは女性に見える怪人が中身を確認した。だけどそれをいう気はない。僕は体をほぐすように手を伸ばす。僕に対しての殺気はうすくなったけど、うろつく関心の目が残っていた。
もちろん無視した。
「弁当買ってくるけど、君たち食べる?適当に買ってくるけどどうする?いらないなら大歓迎。お金の節約したいからね」
立ち上がった僕は、隣の怪人に待機するようジェスチャーで指示。僕の問いに対し、少し時間がかかったため、外へ出ようとした。戦犯世代を信じられない若者の気持ちもあるだろう。
部屋から出る時に声がかけられた。
「いります」
女性同士が互いに顔を見合わせ、パイプ椅子に座っていた女性が代表で口を開く。
「そう。適当に買ってくる」
僕は両手をポケットにつっこみ、部屋を後にした。
護衛は凶悪面の怪人だけだった。この一体だけで僕は安全だ。実力差は本能が勝手に気づいてくれるから、手を出されることもない。スラムの夜を歩き、普通の人々がある通りへ出た。目に付いたコンビニに入り、適当に弁当を買った。
食べたいものとかもないし、聞いてもいない。適当に数を買い、飲み物も購入。お菓子も数袋ほど手にして、夜の世界へ僕たちは戻っていく。手にもつビニール袋がかさかさと音を立てる。中身が崩れないように持つのが面倒。二つの袋に分けるほど買ったものが多い。僕が両手をふさぐ形で持っていた。
凶悪面の怪人に持たせるのはできるけど、護衛の手をふさぐのは愚かしい。
ビニール袋一枚20円。2枚で40円だ。
「あっ、そういえば院長どうしてるんだろうねぇ」
夜空を見上げて歩く。夜は休息の時間だ。院長も年頃の女性。僕が本来なら適当に滞在拠点を決める。だけど僕はいない。院長に丸投げしている。
「勝手にホテルでもいっていることでしょうな」
凶悪面の怪人が僕の疑問に答えた。悩むこともなく、院長であれば判断することだ。お金足りるかなと勝手に思ってると、凶悪面の怪人が続けた。
「副長にも予備の金銭は持たせておりますれば、心配もないでしょう」
副長とは令嬢の怪人のことだ。令嬢怪人にも10万ほど金銭は渡してある。田舎に使い道はないし、使うところがない。でも金を持つかどうかで自由度が違う。だから渡してた。
「こんなときスマホとかがあると便利なんだけど」
契約しても八千代町じゃ使えない。インフラが崩壊しててネットつながらない。通話もできない。お金だけが毎月飛ぶ負債だ。本体も高い。だから僕は持たない。
スラムにつき、その場を歩く。僕たちを見る視線があれど、凶悪面の怪人をみれば視線は霧散する。また僕を見ても、笑みを浮かべて手をふれば沈黙が帰ってきた。
ビルにつき、先ほどのボスの部屋まで戻っていく。道中怪人たちに弁当を渡し、僕の護衛役だった怪人以外は食事についている。それを確認後、ボス部屋へ。
ボス部屋に入ったときには、箱の中身は床にぶちまけられて、粉々だった。一か所にまとめられた破片。金づちは箱にしまわれ、デスクの上に置かれていた。
「お行儀良いこと何よりだね」
僕は袋を掲げた。飲み物と弁当を二個ずつ取った。掲げた袋を取りにきた代表の女性に手渡した。ボスの椅子に座り、デスクで弁当を食らっていく。2個とったうちの一個だけをたべ、食べていない弁当は脇に置いた。
のり弁当だった。コメの上に海苔があって、白身魚に肉団子、小さな卵焼きがある弁当。割り箸を割り、適当におかずをつまんでいく。女性陣がどれを食べるか迷ううちに進む箸。
この部屋に待機していた怪人が僕の隣へ立つ。前髪に赤のメッシュが入った怪人だ。指でわきに置いた弁当をさす。それに薄く会釈をし、怪人は受け取った。
椅子がない。
この部屋の椅子がないため、僕は渋々立ち上がろうとした。
「この椅子座る?」
「立って食べます」
僕がたとうとしたのを必死に首をふり、慌てて座るよう促す怪人。
「そう。ならいいや」
そういって食べていく。赤メッシュの入った前髪の怪人が僕を見つめている。食べる姿をみて眺めている。怪人は僕の食事してるところをよく見てくる。凶悪面の怪人も令嬢の怪人もそう、なぜか僕の食事シーンをひたすら見ている。
理由は僕でもわからない。一度聞いてみたけれど、夢中になってる姿が貴重。意味わからない言葉が返ってくる。
女性陣が弁当を手に取り、ソファーの上で食べる。パイプ椅子はソファーのところに移動していて、代表だった女性も混ざって一緒に食べていた。僕と怪人が離れていて、拒絶されている空気は正直ある。
モニターを付ける。音を消し、各部屋の状況を見る。タッチパネルで、二つの部屋の状況が映っている。画面中央に縦線が入ったような表示形式。二つの部屋が左右に分かれて画面にうつっていた。
水が膝まで浸り、皆疲労しきっている。ただカメラやモニターを眺めており、生きたいと願う意志は感じる。
ヒーローや冒険者、暴力団の戦えるものたちの部屋は監視役の怪人が一体のみだ。Dランク怪人一体だけで監視しているけれど、抵抗する気配はない。皆ボロボロだった。
「明日の昼までに全部終わらせよう」
小声で隣の赤メッシュの怪人に告げる。怪人は弁当を片手でもち、立ったまま食事をしている。食事をしたまま、頷いた。また僕が付けたモニターを見ていた。無表情だった。僕も同じ表情を浮かべており、怒りすらも哀れすらも抱かない。
皆が食事をおえ、弁当の蓋をしめる。ゴミ箱がないため、ビニール袋に弁当を入れて片付けている。僕は自分で片づけをせず、赤メッシュの怪人に丸投げした。片付かれているので、怪人に感謝。
「僕はこの部屋で寝るので、適当に好きな部屋見つけてそこで寝てね。一応女性の護衛もつけないと、危険かもしれないから、できればまとまってね。もちろん、ビルから出て行ってもいいよ。君たちのいた痕跡ぐらいは特別サービスで消しといてあげるから」
スラム内のビル。しかも暴力団のものだ。誰が来るかわかりやしない。隙を狙われて人質になられても面倒。夜のスラムを一人で歩けば、自己責任な被害者になる。だからか誰も出ていこうとしない。女性たちはきょろきょろと互いを見回した。
僕はモニターをきった。女性がこの部屋から出ていく気配はない。僕が怪訝な表情になっていると、女性たちが小声で会話をしている。やがて話し合いをおえ、年長者で代表の女性が僕のほうへ向き直った。
「私たちもこの部屋にいます」
「僕は出ていかないよ?君たちがここにいても配慮なんかしないから。助けてあげた以上、立場はこちらのほうが上。そこわかってて言ってるの?」
デスクに頬杖をつく僕。この場合、性的搾取を行われた女性は男を嫌がるものだと思っていた。ただ僕が動いてやるのも癪だし、騙されたとはいえ、家族を消す対価を得ているわけだ。
あきれる態度をする僕に対し、代表である女性は会話の方向へ持ってきた。
「貴方からは嫌らしい感じがしない。私たちのこと女以前に人として見てない」
「どうかな、君たちに対して変なことを考えているかもしれないからね」
その言葉に動揺したのは数名。数名が身じろぎ己の体を手で覆う。全員でないのがおかしなところ。代表は特に気にした様子がない。つまらなく、僕は仕方なくデスクに突っ伏した。
腕枕をした状態で突っ伏したあと、視線が僕に向いていた。この部屋の全員の視線だ。あまりに凝視されるもので気になってしまう。
上半身を引き起こし、僕は降参と両手を小さく上げた。
「わかった。わかった。好きにすればいいよ。適当にビルから寝れる道具をもってきて寝ればいい。人手がほしければ、僕の仲間に適当に言えば力仕事はしてくれるから」
渋々といった感じになるけど、本来なら相手に優しくしてやるのも一つなのだろう。でも、僕の場合見飽きるほどに知ってる。搾取も暴行も暴力も拷問も全部身近だった。飢餓による食人すら見てきたから、何も思えない。
だからいつも通りになってしまう。平和なんて言葉は昔に置いてきた。
女性たちが寝具を探すため、廊下へ。その際廊下にたつ怪人と目が合ったので、首を振って女性たちと一緒に行動させた。
頬杖をつく。
「人生ってやつは儘ならないね」
女性たちが持ってきた寝具代わりのものを床にしき、睡眠についている。僕もデスクに突っ伏して休息をとった。怪人たちは睡眠を必要としない。ただ休息時間は与えているため、大体がそこで寝ている。東京では休息時間が与えられそうにもないので、八千代町に帰ったら多めに休ませるつもりだった。
そうして夜がふけていく。
誰よりも遅く寝て、早く起きた。
朝の7時40分。ビルの時計が指し示す時間。女性たちは目覚める様子がないので、僕は気配を消して動き出す。赤メッシュの入った前髪の怪人、略して赤メッシュの怪人が僕の後をついていく。
部屋を後にした僕が向かったのは水拷問部屋の廊下だった。壁側の上窓が開ききっており、脚立が一つ置かれている。脚立に上り、上窓に顔を出せば、見えるのは暴力団員たちの疲労しきった表情だった。肩まで浸った水や睡眠もとれず、一日立ち尽くす体力。不安や体の拘束が苦しめているようだ。
気づかれないよう、脚立を降りた。このぐらいの音にすら気づかないほど、疲労しきっているのだろう。
次に向かったのが拷問部屋だ。ヒーロや冒険者たち、暴力団の中でも戦闘を行ってきたものたちを隔離した部屋だった。覗く必要もなく、僕が近づけば怪人が扉を開けた。扉を開けられて映る拷問の数々。凄惨な行いがあり、もはや全員心を折られ切っている。全員身体満足なものはいない。両手両足をへし折ったうえでの、体への強いあざがある。血こそ垂れていないものの、明らかに拭いたような箇所はいくつもあった。
僕に気づくものがおり、助命の意思がこもった表情をぶつけられた。嗤って無視した。その部屋を監視していた凶悪面の怪人に対し口を開く。
「準備を開始しよう」
「なかなかに外道な顔ですな」
口端が歪み切っていたらしく、凶悪面の怪人は苦笑交じりだ。
「荒療治のためさ」
僕は肩をすくめたまま、この部屋を後にする。赤メッシュの怪人が後ろをついてい来るのはわかっているので、そのままいう。
「最後の仕上げといこう」
悪には新自由主義も自己責任も通じない。ルールを守らないから悪なのだ。強い力をもち、好き勝手に暴れていい。どうせ誰も止められないし、止めようとすらしない。自分たちのルールで状況は悪化する。
この社会そのものが悪を育てて強くする。
「地獄のショーへご案内」
悪いほうへ進んでも悪は自由だ。廊下を歩む僕の表情は愉悦さを含めたものだった。




