超視力___赤ん坊は見た!
「どうも初めまちて。かわいいでちゅねえ。」
赤ん坊のほっぺにそっと手を触れながら、私は声を掛ける。
クリクリした目に、きりっとした太い眉。
その目は不思議そうに私の顔を見つめていたが、やがて目をそらしベビーベット横の光るオモチャを眺め始める。
「ちょうど良かった。お昼寝が終わったばかりでご機嫌がいい時間なの。」
ユキは大学時代のサークル仲間だ。派手さはないが清楚で芯が強く、私も一時期ぞっこんだった。
でも結局は私の親友でもあるツヨシが彼女のハートを射止め、昨年めでたく?? “できちゃった結婚”。
先月子供が生まれたというので、出張ついでに新居にお邪魔させてもらっている。
「ごめんね、ツヨシったら急な休日出勤になっちゃって。お昼食べていって。」
ユキがキッチンに向かいながら、申し訳なさそうに謝る。
「残念だな。ツヨシの親馬鹿ぶりを、たっぷり拝見してやろうと思ったのに。」
大学時代は遊び人で有名だったツヨシだが、子供が生まれた途端に子煩悩パパへと大変身したらしい。私にはそれが驚きだった。
「青山くんも結構忙しいんでしょ。新規プロジェクトの責任者だっけ?」
ユキが料理の手を休めずに、声を掛けてくる。
「まあね。結構な激務だけど、その分やりがいは感じてるんだ。」
なんて答えたものの、本当は責任者なんかじゃない。
メンバーに会議日程を連絡したり、議事録を書いたりっていうただの雑用係だ。
「くしゅん」
赤ん坊が可愛らしいくしゃみをする。
見ると、赤ん坊は私の顔をじっと眺めながら、むず痒そうな顔をしている。
「あらあら、お鼻でも痒くなったのかな?」
ユキがいとおしそう鼻を拭いてあげると、嬉しそうな笑い声を立てる。
「そういえば池田くんの結婚パーティーって行く?来月だったよね?」
池田もサークルの同期だ。大学の学部も同じだったので接点は多かったのだが、家が裕福なことをいつも鼻にかけている、いけ好かない奴だった。
「確か15日だったよね。でもちょっと無理そうなんだ。その日はどうしても会社のイベントを抜けられなくて。」
本当はイベントなんて無いんだけどね。
「くしゅん」
また赤ん坊がくしゃみをする。
そして私の顔をまじまじと見ながら、嬉しそうに手足をバタバタさせている。
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「お待たせ。チーズオムレツにミラノ風カツレツ。いちおう得意料理なのよ。」
ユキがダイニングテーブルに昼食のメニューを並べてくれる。
どれも美味しそうだ。さて新妻の手料理の味は?
「本当どれも美味しいよ!このカツレツなんてお店で出せるんじゃない。」
「またそんなお世辞ばっかり。」
ユキは謙遜しつつも嬉しそうだ。
そしてその笑顔は昔と変わらず、引き込まれそうなくらい魅力的だ。
本当言うとカツレツの衣は少々揚げすぎで、オムレツも塩気多すぎだったけどね。
「くしゅん」
またしても赤ん坊がくしゃみをする。
私の顔をじっと眺めながら、今度は少し不機嫌そうだ。
どうやら間違いない。
その赤ん坊には私の嘘が見えるらしい。
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「いやあゴメンゴメン。急なクレーム対応が入っちゃってさあ。」
ツヨシが帰宅したのは夕方5時。まさに私が家を辞すタイミングだった。
「よお久しぶり!悪いけど明日早いんで、これで失礼するよ。」
再会の挨拶もそこそこに、新居をあとにする。
念のため家を出たところで、電車の時間をスマホで確認。
開いたままの玄関からは、ツヨシが赤ん坊に話しかける声が聞こえてくる。
「ただいまパパでちゅよ~。パパが帰ってきましたよ~。」
これが噂の子煩悩パパか。メロメロだな。
「くしゅん、くしゅん」
赤ん坊がくしゃみをする音が聞こえる。回数は2回。
私は肩をすくめて、そそくさと新居を離れる。
目の上がむず痒くなり軽くこする。
クリクリした目と、きりっとした太い眉の上を。