メルムの事情①
若干の残酷・性的描写がありますのでご注意ください。
「うーん、よかったです」
少女は、満面の笑みを浮かべている。
「オル姉さんのいうとおり、城内なんかでやらなくて」
「……」
確かに、結果を見れば、その点について少女の強硬な主張に、オルガノが救われた部分があるのは、間違いない。
もし、オルガノの主張が通っていれば……。
責任の取らされ方は、よくてオルガノ個人の命、といったレベルのものになっただろう。
レイという男の撃力変換は、目の前の岩山に、大きな風穴が開けるほどのものだった。
「ほら、よく見てくださいね。ずっと、Tier2のままですよ」
少女が、嫌味ったらしく、両手に持った測定器を見せつけてくる。
わざわざそんなことをされるまでもない。自分が持つものも、同じことを示している。後ろに控えるもう一人の少女が持つものも、同じだろう。
「しかし……これは……下手をすれば、ヘラー様やウィスカルデ総司令に匹敵するのでは……」
「下手をすれば、じゃなくて、間違いなく、じゃないっすかね? オルガノさん?」
後ろの少女が、声をかけてくる。
本当は、そんなことは分かっていた。
ただ、それが意味することの重大さと、ある意味で自分とライバル関係にあるこの二人との間に生じてしまった、致命的なまでの差について認めたくない。
そんな気持ちが、無意識のうちに曖昧な表現を選択させたのだ。
「これで……これで……」
隣の少女。先ほどまでの、丁寧だがどこか人を食ったような声とは違う、狂気をはらんだ、底冷えのする声。
「ようやく、あの、クソどもに……」
少女の意識は、数年前に飛ぶ――
「キィィィ」
もう夕刻といっていい頃になって、その部屋の頑丈な鋼鉄製のドアが、音を立てて開いた。
「ナディア……」
憔悴しきった、という表現がぴったりの、ぼろぼろの粗末な服に身を包んだ、自分とよく似た顔をした少女。部屋の中へと進むその足取りは、なんとも頼りない。
無理もない。本来ならば今日は、二週間に一度与えられた、休息日だったはずなのだ。だが、この娼館の大のお得意様である貴族たっての希望により、妹のナディアは、昼頃から今まで、ずっと仕事をさせられていた。
「しっかりして……ほら」
「ありがとう……メルム姉さん……」
メルムは妹を抱きかかえるように支え、ベッドに運ぶ。横たわった妹の体には、首筋や太ももなど、ざっとみただけでも赤黒く変色している箇所がいくつもある。粗末な服の下がどうなっているのかは、考えたくもない。
「ごめんね……姉さんも疲れてるのに」
「なに言ってるの、私はちゃんと休めたんだから……」
妹は、言葉を発するのもやっと、といった風情だ。本来、商品であるはずの自分たちを、こんな風に乱暴に扱うことはご法度のはずだが、それも結局は金次第、ということなのだろう。
「あの……変態野郎……どれだけいじれば……気が……」
「…………」
「ここを出たら……、絶対……」
「ナディア、もう休んで。食事がきたら、起こしてあげるから」
「うん、そうするね……ありがと……姉さ……」
意識を失うように、眠りに落ちる妹の姿を確認して、メルムはようやく、こらえていた涙をこぼす。
(なんで、私たちが、こんな……)
ここにきて、いや、ここに来る前から、何度も同じことを思った。もっとも、答えは分かっているのだ。
どの種族でも、人間種の異種族同士でできた子供は、「よそ者」と呼ばれ、蔑まれる傾向があるが、魔族の間では、特にその傾向が顕著だった。
二人は、そのクーラだった。しかも、魔族が忌み嫌う、人間との間の。
幼いころから迫害を受けた二人を、最後まで庇うことは、実の母親にもできなかった。
覚束ないながらも、何とか狩りを覚えた頃に、部族の村から追放された二人。
(なぜ、私たちは、魔力にまで)
腕力で劣っていても、高い魔力の才能があれば、女が男の一方的な慰み者になることはない。だが、二人には、それもなかった。クーラとはいえ、魔族の外見を持ち、魔力による抵抗を気にする必要がない双子。
二人は、どんな大貴族でも、そうそうお目にかかれるものではない、貴重な商品になった。