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レイと仲間たち

 机上のディスプレイが、発光する。


 ……もっとも、この世界にはディスプレイなどという言葉も、その言葉が意味するような概念も、本来は存在しないのだが。


 次第に、ディスプレイに浮かび上がる映像。


 今、相手方が携行している端末では、画像は表示できない。こちらから一方的に、相手の様子を伺える状況だった。


(……ったく、いつも手元に置いとけって言ってるのに、すぐに応答しないってのは、どういうことっすかね?)


 画像が鮮明になるまでには、十秒以上の時間が必要だった。


 声のやり取りは、つながった瞬間可能なのだから、未だに相手方から反応がないのは、職務怠慢といってもいい。


 こうしてつながる以上、一応端末への集中を完全に切らしているわけではないということなのだが、それでもこの反応の鈍さは、懲罰ものだった。


(まあ、これ見りゃ、大体向こうの状況は分かるっすけどね……)


 十秒など、とっくに経過しているのに、画像には(もや)のようなものがかかっている。


(まさか温泉とは……良いご身分っすね、ラクス?)


 一応、湯船から見える位置に、端末を置いてはいるようだ。

 そのために、お湯につかって気持ち良さそうにしているラクスの横顔と、ラクスと一緒に談笑している二人の少女の様子が、確認できる。


(ん?)


 ディスプレイの手前から、湯船に向かって歩みを進める、二人分の足が映る。


(レイとメルムまで……)


 こっちが、連日寄せられる情報の分析と主への報告で、ひいこら言ってるときに……。

 そんな不満を、エマが抱いた時、


「きっ、きゃあああああああああっ」


 ディスプレイを通じて、ラクスの悲鳴が聞こえた。


(ん? レイ、まだ手を出してなかったんすかね? メルムあたりとは、とっくに……)


 エッセとルナはどうなんすかね? エマはそんなことを思いながら、画像を注視する。


 さすがにこの映像では、二人がどんな表情をしているかは分からない。ただ、悲鳴を上げないまでも、動揺している様子が伺える。


(うーん、レイ、意外と甲斐性なしなんすかね? ……単に興味がないだけか)


 ラクスが、ディスプレイの方へ走ってくる。

 素っ裸だから、当然色々映ってしまっているが……。


(まあ、思ったより、楽しい茶番だったっすよ)


 ラクスがディスプレイに移る画面の手前まできたところを見計らって、


「この、大馬鹿がっ!」

「わぁっ!」


 ドンッ。


 大きな音の後、ディスプレイには、ラクスの足の裏が大きく映っていた。

 幸いなことに、それ以外のものは、見えなかった。




「……す、すみません! エマさん、お待たせいたしましたっ」


 それからたっぷり、三十秒以上の時間が経って、ようやくラクスから、応答があった。


「酷いですよ、エマさん、急にびっくりさせるなんて。おかげで、レイに……」


 タオルを体に巻いた姿で、恥ずかしそうに赤面している少女。

 どうも、まだ置かれた状況が、よく分かっていないようだった。


(ったく、一人で通信と移動を兼務できる貴重な人材とはいえ、もうちょっとましなのはいなかったんすかね……? レイのことだから、まさか見た目で選んだなんてことはないと思うっすけど……)


 帰ったら、お仕置きっす。そんなことを考えながら、エマは本来の要件を伝える。


「よく聞きなさい……正式に、任務開始。たった今から、可及的速やかに」

「……は、はいっ、承知です!」

「まずはターゲットの探索。ひとまず期限は一週間。単独行動ってことはないはずだから、何人生かして連れて帰るかは、状況次第で指示する。定時連絡は必ず行うこと。……いいわね?」

「は、はいっ!」

「よろしくっす。あと、帰ったらお仕置」

「☆〇!□#△!」


 相手の反応を待たずに、エマは通信を打ち切る。

 エマが椅子から立ち上がった数秒後、ディスプレイの発光が止まった。


(ま、読みが外れてなければ、一週間もかかるってことはないだろうけどね。お仕置きの準備は、早目がいいわね)


 エマの予想通り、翌日の夜には、ターゲットの捕縛が実行に移されることになった。







「どうする、レイ? 向こうの装備によっては、そろそろ索敵範囲に入るよ」


 時刻は深夜。街道沿いの林の中で、レイと共に一行の先頭を歩くエッセが、そう尋ねた。


「……そうだね、先手を取られるのは面白くないし……ルナ」

「はいっ!」


 後ろをついてくる三人の少女のうちの一人、名前を呼ばれたルナが、大きさは抑えながらも、勢いのある声で返事をした。


「四人ばらばらに林に逃げられるのが、一番厄介だ……分かるね?」

「えっ……と、なるべく静かに、ですから、凍結魔法で囲んでしまえば……」

「それでいい。強度は高めで、多少範囲が広がってもいいから、絶対に本人たちを巻き込まないように。全員生きて捕縛が、エマのご所望だ」


 レイが、ルナの隣を歩くラクスに視線を送る。


「無茶言ってくれるよね、ほんと」


 ラクスは、そう言って何度も頷いた。


「逃げ道さえ塞いでしまえば、あとは僕が無力化する。帰りは、メルムにお願いすることになるけど」

「うん……なんなら、最初から、私がやろうか?」


 フードを目深に被った、一行の中でも一番小柄なメルムという少女が、何でもないことのように言う。


「……それでもいいんだけどね。ただ、相手も一応、こんな極秘任務に投入されるくらいの精鋭だ。念には念で、ここは僕が前衛でいく」


 レイが、全員の顔を見渡す。


「ルナの魔法のタイミングは、エッセに任せる……それじゃ、いくよ」





 

(……まずいわよね、これ……。どう考えても、この状況も、この彼も、不自然過ぎる……)


 さすがに、自国の精鋭部隊だ。同僚の騎士たちも、その積み重なった不自然さを警戒し、目の前に現れた青年に、すぐに攻撃を仕掛けようとはしなかった。


「ドロテア、本当に……」

「計測値はTier2。間違いなくです」

「しかし……」


 その騎士が言いたいことは、ドロテアにもよく分かった。


 まず、突然自分たちを囲むように現れた、ドーム状の氷。破壊を試みた自分たちの攻撃をまるで寄せ付けない強度からして、相当な高レベルの凍結魔法であることは間違いない。


 それは、この現象を引き起こした相手が、Tier1と呼ばれるレベルの実力者であることを意味していた。


 ただ、その時点で、既になにかが、決定的におかしかった。


 Tier1の実力者であれば、携行式の測定器であっても、相手の射程まで気付かれずに接近を許すなどということは、絶対にない。先ほども、今この時点でさえ、ドロテアの持つ測定器に、そんな反応はない。


 さらに、目の前の青年。測定値は、せいぜいTier2レベル。本来なら、同格以上である自分たちが四対一で戦って、遅れをとる道理などないのだが……。


 青年は、自分たちにはまるで歯が立たなかった氷のドームを、手に持った剣で、やすやすと切り裂いて、自分たちの前に姿を現した。


「投降は……されないですよね?」


 遠慮がち、とでもいうような雰囲気だった。自分たちを警戒しているのではなく、逆に自分の優位を確信しているからこその態度だ。


「……格上のつもりで」


 四人のリーダー格である騎士が、そう言った。どれだけ不自然であろうと、膠着が自分たちを利する状況ではない以上、仕掛けるしかない。


「いくぞっ」


 リーダー格の騎士ともう一人が、青年に向かって突進する。

 青年との距離があと十メートル、といったところで、二人が左右に散開。それに完璧に合わせたタイミングで、ドロテアが青年に火炎の魔法を放つ。


 索敵に高い適性を持つドロテアの魔法は、威力としては大したものではない。本命は、次の一撃。ドロテアの火炎を目くらましに、残った最後の一人が、最大の出力で雷撃魔法を放った。


 さらに、左右に散開した二人が、青年を挟み撃ちにする格好で、頭と膝を狙った斬撃を放つ。


 そのまま慣性にまかせて距離をとった相手に対して、もう一度だめ押しの魔法攻撃、というのが、この四人の騎士たちの必殺のフォーメーションだった。


 しかし、四人の連携は、あっさりと破られる。


 同格のはずの相手から放たれた全力の雷撃魔法を、まるで問題にせず抵抗しきった青年は、左右から迫る二人の騎士に、剣を手に持ったまま、左肘と右膝でカウンターを食らわせた。

 まるで、二人が自分からわざと当たりにいったような、滑らかな動きだった。


 その一撃で、二人は意識を失い、昏倒してしまっている。


「……どちらかだけでも、りだ……」

 ……ドンッ。


 残ったもう一人の騎士の体が、音を立てて崩れ落ちた。青年が目の前の騎士に近寄り、みぞおちに掌底を放ったようだ。


(ちょっと……普通、ここはもうちょっと、こっちになんかさせるとこじゃ……。「お前は先に行け」、とかさ……)


「すみません、無駄な演出が嫌いで」


(心でも読んでんのっ? あんたっ)


「では」


 同じように、ドロテアのみぞおちに掌底が決まった。


(ずるい……こんなの……)


青年の体に、抱きかかえられるように崩れ落ちるドロテア。


(ルール違反……)



 

「……あーっ、レイが、ごーかんしてるっ」

「レ、レイがそんなことするわけないでしょっ」

「でも、綺麗な人ですね……」


 エッセ、ラクス、ルナの三人が、軽口を叩きながら、氷のドーム内に姿を現す。その後ろに、まだ警戒を緩めた様子の無いメルムも続いている。


(さすがにメルムは分かってるみたいだけど……)


「家に帰るまでが任務だよ、みんな」


 レイが、明らかに緩んだ空気の少女たちを、そうたしなめる。メルムも、それに同意といった様子で深く頷いている。


「まーたそれ、レイ。転生前の国のお約束、だっけ?」

「エッセさんは、まだ信じてないんでしたっけ?」

「本っ当、アサシンのくせに頭が固いんだから」

「アサシンじゃない、密偵だっつーの!」


「やんのかよっ?」「なによっ」


 睨み合い、今にも言い争いを始めそうな二人を見て、レイはたしなめ方を間違えた自分を、胸の内で叱責する。


(あの言い方はなかったな……。気が緩んでいたのは、僕も同じか)


 敵陣の真っ只中、という程ではないにしろ、自国から遠く離れた場所での潜入任務であることに変わりはない。


「やめろ、ラクス、エッセ」


 先ほどまでとはまるで声色の違う、低く、冷たい声。


二人の少女は、びくっと体を震わせたかと思うと、肩をすぼめ、俯き気味の上目使いで、各々謝罪を述べる。


「ご、ごめん、レイ」

「ごめんなさい」


 二人だけでなく、ルナの顔にも緊張感が戻ったのを確認したレイは、ラクスとルナに向かって言った。


「さ、早く、エマに報告を。準備はできてるから。ルナは、もうこれは消しちゃっていいよ」

「うん」「はい」


 恐らく、帰りは空から、ということになるはずだ。

 その場合、自国までは、五日もかからないだろう――


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