94:恋話
カーマインの知るパズ&ダズのイベでは、ミーリアは名もなきモブながら主人公たちと共に作戦会議に参加していて、参謀的な役回りだったという。
こっちの世界でイベ攻略のためにカーマインが考えていたのは、そのポジションに成り代わって入り込むってものだった。
想定よりも早くトレスティン戦があったりして、向こうとは順番が入れ替わっていたけどな。
で、もともと地方貴族の分流でしかないミーリアが主人公や王室とかかわりを持つきっかけは、カイバル卿を通じて王都軍の派遣を依頼したことにあった……んだった。
王都軍の司令官やカイバル卿と共に作戦を行う中で評価を得て、ともに王都に帰り、その後の魔獣討伐に従事、活躍して立場を得ていく……はずだったってことだ。
だが、今回の討伐には、王都軍もカイバル卿も不在だ。
王都でのやり取りからすると、カイバル卿の側からミーリアに連絡を取るのはなかなかにハードルが高いだろう。
……俺のせいか?
王室との関係で言うと、第三王子であるトレスティンこそ参戦しているものの、経緯は知らんがトレスティンは王室から離れていた。
つーかバーミィとして俺と一緒に常闇の森にいた。
俺が拾った時点でも、山の中で一人で行き倒れていたし、その後も捜索だの救助だのといった気配はなかった。
……なかったかな? 知らん。
あの森に兵士や冒険者が入り込んだとして、俺の耳に届くまでもなくすぐに魔獣や悪霊の餌食だろう。
で、王都への魔獣襲来は、何者かの手によって操られてたとはいえ、トレスティンの手によるものだったことになっている。
トレスティンは、今回の討伐の貢献を合わせてなんとか穏便な処分で済ませてもらうくらいの立場であって、とてもミーリアを取り立てられるような状況ではなさそうだ。
……俺じゃないぞ、バーミィやカーマインのせいだ。
ま、誰のせいかはともかく、俺たちの介入によって、ミーリアは未来の職と婚約者を手に入れられないルートに進んだ状況なのだ。
本人は、そんな世界線を知らんから、俺たちのことを恩人と思ってひたすら感謝しているが。
俺も、親切心というか他人に迷惑をかけてはいかんという日本人的な心根を完全に失っているわけではない。
これだけ関わりができてしまった今となっては、放置するのは寝覚めが悪い。
何とかしてやりたいと思うのは、おかしなことでもないだろう?
カーマインの表情をそっと観察する。
そういえば、カーマインの口調がくだけたものになってるな。
今回の件でキルリア家に対し恩人であり王族の旅の仲間ってことから、辺境貴族の分流であるミーリアよりもかなり上位の位置づけとなったらしい。
カーマインは「お互いふつーにしゃべればいいと思うんだけど」という説得を頑張っていたが、ミーリアの方はかたくなに拒否していた。
ほかのキルリア家の面々の手前もあるとかなんとか。
貴族といや、そんなもんか。
ぼんやりと聞いていると、カイバル卿と関係を修復することにはなったようだ。
ただ、ミーリアが婚約を受け入れるかどうかは、まだ迷いがあるという。
大きな借りを作らなくて済んだ、自領の力を一応示せたってのはプラス要因ではあるけれど、ミーリア個人としては、これまでのらりくらりと先送りしていたのに、いまになって急に話を進めるのは、条件が有利なうちにって駆け引きのような印象を持たれないだろうかと気をもんでいるらしい。
二人して、あーでもない、こーでもない、と面倒な。
ミーリアよ、カーマインとてオトコ関係の能力は大したことなさそうだぞ……?
口には出せんが。
どうでもいいから早く結論が出んかな程度に思ってぼんやりしていたのだが、聞き捨てならないやり取りが耳に入ってきた。
「しかし討伐で功績をあげるといっても、カイバル卿の身に、万が一のことがあっては……。」
おいおい、少年、こんな心配されてるぜ。
ガキなのは確かだろうが、無力扱いされるのはどうなんだよ。
有力貴族の当主になろうという者が、よその傍流のいち令嬢にまで軽んじられている。
なんなら生涯のパートナー、背中を預ける戦友に選ぼうかという相手に。
できないと決めつけて挑戦しなかったら、いつまで経ってもできないだろうよ。
できるということにも気づかないまま、な。
気に食わねえな。
女子には女子のやり方があるかもしれんが、男子には男子の行きたい道があるってことだ。
よかろう、気づかれんようにカイバル卿をブースト育成して、周りの目をひんむかせてやる。
俺は、ひそかに孤独なミッションを開始する決意を固めていた。
ただし、頑張るのは明日からだ。
いや、今は眠いんだよ、マジで。
生身になってから、長距離の移動にグレンガとの訓練、そのあとに飯食って酒飲んで。
バーミィとミーリアの精神攻撃にもさらされた。
もう、今日は腹いっぱいだよ。
「また方針が固まったら教えてくれ。
こういうのは本人の気持ちを重視したいんでな。
俺ももう寝る。」
あくびを噛み殺し、言い残して寝床の天幕に向かおうとしたのだが。
ミーリアが少しおかしな顔をしている。
「ギル殿は…… ギル殿なんですよね……?」
「なんのことだ?」
問い返しはしたものの、平静を装うのが精いっぱいだ。
「あ、すみません……
なんだか、お疲れの様子を見ていたら、ギル殿ほどの方でも、我々と同じなんだなと思ってしまったので……」
「そりゃそうさ。」
片手をあげて、あいさつ代わりに逃げ出す。
今の俺は、超越者でもなんでもねえ。