90:宴席
キルリア領は、尚武の土地。
王都へ向かう道のりで、ミーリアから聞いてはいた。
規模は小さいが、魔獣や異教国家に対峙し最前線を張っている歴戦の武家。
口先だけのチャラいキャラが幅を利かせるような価値観にはならんだろう。
重装マッチョのおっさんも暑苦しい奴だったが、そういう土地柄であれば、さもありなん。
ま、この情報が真実なのかは、正直どうでもいい。
侵入した魔獣は撃退し、中ボスを狩って指揮系統にも強烈な打撃を与えてあるのだから、当分は向こうからの積極的な侵攻はない。
というか、イベのストーリーとしてはクリア済みで、報酬ももらっている。
それはいいんだが、むしろ問題は目の前の「野性的な」宴会風景のことだ。
草原の広場のような場所に天幕が立ち並び、大小のかがり火や魔法の明かりが、卓上に広げられた料理だけでなく、周囲に誇らしげに飾られた獲物を照らし出している。
つまり、討伐した魔獣の頭だの毛皮だの。
巨大な骨を振り回して舞い、宴の余興にしている男もいる。
当然のように、一部はメインの食材になってふつうに鍋に突っ込まれていたりという状況である。
蛮族かよ!?
ワイルドすぎんだろぉ!
ミーリアなどは、申し訳なさそうに恥じらいながら「悪しき慣習と言われても仕方のないところなのですが、苦しかった戦の反動もありまして、荒々しかった時代の宴を再現したいとの声が多く……」などと言い訳がましく述べていた。
言い訳はともかく、多くのベテラン兵たちは単純に大盛り上がりである。
爺さまみたいな世代まで、昔の武勇伝で一席語り始めている。
こりゃ、貴族ゴッコで大人しくするような一族じゃねえわ。
会場を眺める。
緑二号などはさすが上手なもので、並べられた魔獣の姿の恐ろしさにおののいて見せながら、兵たちの勇猛さをたたえたり、貴重な素材についてはさりげなく指揮官クラスと話をつけていたりとフットワークの良さを発揮している。
トレスティンの前には、まだ幼さの残るような女子の群れが列をなして挨拶の順番を待っている。
尚武の土地で、王家に連なる美少年がその武力と将来性を端的に示してみせたのだ。
地元の有力な子女ら、話しかける資格さえあれば、親の政治的な思惑を超えて、あこがれだけでも駆け寄っていくだろう。
もう一人の英雄、グレンガの方はと言えば、こちらには女戦士から未亡人やら町の娘やら、言うなればちょいと身軽な女性陣が「遊びでもよいから」という雰囲気丸出しで迫っている。
例によって不敵な雰囲気のグレンガは、どっかりと椅子にくつろぎ、そうだな、ライブ上がりの売れっ子フロントマンって感じか。
目を転じれば、カーマインとクルスの二人は、キルリア家の有力者たちの挨拶を受けている。
第三王子以下、俺たちの動きの実務的な部分は、この二人が仕切っていることになっているからな。
謝礼を含め、この件の借りをどうやって返していけばよいのか、高度な調整が行われているんだろうよ。
脇のクルスなんて、面倒くさそうに黙って立っているだけだ。
だけなのだが、涼やかで知的な顔の作りは、それを超越的とかスーパークールとかいう存在に変えてしまうのだ。
くそ、イケメン死すべし……女子だけど。
獣の死体を眺めながらの宴会というノリに、最初かなり引いていたカーマインだったが、一族の武勇伝など聞いているうちに見え方も変わってきたんだろう。
魔獣の牙など恐る恐る触ったりしながら、楽しそうに歓談している。
「マスターは、まざらなくてよいのですかニャ?」
俺は、黒革の衣装で顔を隠し、壁際の柱の陰に立ったままひっそりと過ごしていた。
「よせ、バーミィ。
生身に器が変わっただけで簡単に人間種のごとくにふるまうほど、我が魂は浮薄ではない。」
「久しぶりなのですから、生身ならではの肉の悦びを、楽しんでいらしたらよいですニャ……。」
この猫、何言ってんだ。
バーミィは猫の姿になって俺の足元に寄り添っているが、常人の目には見えない。
つま先で、脇腹を突いて黙らせる。
そっと、な。
少なくとも、王子の顔してパーティーをまともに切り抜けられる自信はねえよ。
チビチビと、素焼きのコップで地元の果実酒をすする。
通りかかった十歳ほどの子供が、何を思ったのか、手に持っていたフライリザードの脚の素揚げを恵んでくれた。
「元気出して。
生き残っただけで、喜ぼうよ。
それが、キルリアの戦士なんでしょ。」
「ああ、そうだな。
ありがとう。」
礼を言って、手を振る。
死者を継いで、生きていく。
戦って、笑え。
ミーリアの言っていたキルリアの戦訓は、子供の頃から教えられているらしい。
かじりついたフライリザードの素揚げは、じゅわりと肉汁を染み出させる。
俺の場合、生き残ったっつうか、生き返したっていうのかね。