87:契約
「なんでお前、契約切れてんだよ。」
面倒な奴が絡んできたな。
さすがに、グレンガに従属している振りをする気にはならん。
トレスティンの手前、何と答えるか考えていると、バーミィがトレスティンの肩に現れた。
黒っぽい灰色の毛並みにかすかな光を帯びた、猫の姿だ。
グレンガに向かって、静かな口調で話しかける。
「お前のアルトクリフは、ひとたび死した。
契約は、失われたのだ。
ここにいるのは、自由な一人のアルトクリフだ。」
グレンガは、猫がしゃべりだしても動じるでもなく、腕を組んだままバーミィに向かって問いかける。
「ああん?
何言ってんだ。
死んで蘇生したくらいで、デッキから外れるわけねーだろ。
おいニャンコ、何をした?
つーか、他人のデッキから精霊奪うなんてチート、そっちのほうが気になるわ。」
こいつ、ロールプレイ無視とかネタバレとか躊躇ないタイプか。
「ふ、傲慢な人間め。
お前もこの世界の理を踏み越えるのにためらわぬか。
よかろう、ちとこちらへ来い。」
バーミィが、トレスティンの肩から飛び降りてひょいひょいと離れていく。
「どうすんだ?」
俺が念話で呼びかけても、「大丈夫ですニャ、ちょっと待っていてください」と振り返りもせずに答える。
グレンガが、そのあとをブラブラと歩いてついていく。
少し離れた場所で、二人は…… 一匹と一人というべきか? ぼそぼそとやり取りをしている。
グレンガめ、さりげなく盗聴を防止するような術を展開しているな。
やがて一匹と一人はコクリとうなづき合い、戻ってきた。
「なんだ、もういいのか?」
「ハイですニャ。話はつきましたニャ。」
「早いな。」
「提案は、前からありましたからニャ。」
提案?
バーミィは、皆の注目が集まる中、ひょいひょいとトレスティンの前に進んでいく。
「トレスティンよ。」
「は、はい。」
「我とそなたとの契約により、我はそなたに力を与え、そなたは我に魂を捧げた。」
「……はい。」
「そして、そなたは力を使い、こうして仲間を救った。」
「はい。」
「すなわち、契約は成就した。
そなたの魂は、我がものとなったのだ。」
「は、はい……」
「トレスティン様!?」
「トレスティン、それでいいのか……!?」
カーマインやクルスが驚いて声を上げている。
「ふ、心配するな。
なにも、今すぐそなたの命を取ろうというのではない。」
「それでは……?」
「そなたの魂は、王国に捧げてもらおう。」
「王国に……。
いったい、何をどうすれば……?」
「第三王子、王位はそなたが継承せよ。」
「え…?」
「そのために、粉骨砕身するのだぞ。
そしてグレンガ、当分の間、この男はそなたの力となるだろう。
ともに王国の再興に力を注ぐのだ。」
「な、なぜ……?
王国の再興って……
王位は、そうだ、兄上は、どうなるのですか?」
「このアルトクリフには、大いなる使命が待っておる。
王国ごときの小さな問題に関わっている暇はないのだ。」
「王国の運命よりも、もっと大きな使命が……
そうなのですか、兄上。」
「あ、ああ。
お前には、すべてが片付いてから話そうと思っていたのだがな。」
そりゃま、俺が王位を継ぐ気はないが。
コッチのアルトクリフは、それでいいのか?
どいつもこいつも、適当に投げればいいと思ってやがる。
俺の扱い、雑すぎやしないか……
「それにしても、猫精霊様、あなたは一体、何者なのですか……?」
バーミィは堪えず、もはやトレスティンの方も見ていない。
ただ、小さくつぶやいた。
「ふ、つまり僕のアルトクリフは、自由になったということニャ。」
お前が何を言っているのか、俺にもさっぱりだよ。
一時の沈黙を経て、カーマインが恐る恐る声を上げる。
「ええと、まずはみんなで魔獣の討伐に向かうって、そこはよいのかな?」
「そうだな。」
最初に反応したのはグレンガだ。
「細かい話はさておき、イベのストーリーをこなしたいんだろ?
さっさと済ましちまおうぜ。」
気負いもなく言ってのける。
コイツ…… まさか、イベのストーリーを、まともにこなしてきてるのか……?
俺は、あんなに努力しても、失敗ばかりだったというのに……
「話が早くて助かるわ。
戦力としても期待してるから、よろしく。」
カーマインが、グレンガに握手の手を差し出すと、グレンガもてらいもなくその手を握り返した。
おい!
そこ!
距離とか近すぎだろ!
なんでさっきまでのやり取りの中で、いきなりその距離感だよぉ!
グレンガは、続いて俺のところにやってきた。
小さな声で、耳元でささやく。
「お前、戦う力を無くしてるらしいな。
しばらくは俺が面倒見てやるから、妙な気を起こすんじゃねぇぞ。」
え……
は……!?