86:リスポーン
おいおい、地面に寝てんのか、背中がゴツゴツする……
くそ、日差しがやけに眩しくて目が開けられん……
風の感触、土の匂い……?
ああ、生身の頃みたいな夢なんて、久々に見たな。
夢?
なんで夢?
俺はアンデッドで、睡眠なんぞ……?
身じろぎすると、体を覆う鎧の感触が伝わってきた。
ようやく目が慣れて、薄目を開ける。
「……いさん! 兄さん!」
うるせえな。
俺に弟なんぞ……
う、なんかいろんな情報が入ってきて酔いそうだ……
匂い…… 肌触り……
「うまくいったニャ、トレスティン。」
「兄さん、兄さん……!」
「うう……」
はしゃいだ声で騒ぐトレスティンは、アルトクリフにすがりつく。
血の気を失って土気色だった肌は温かみのある明るさを取り戻し、干からびたように落ちくぼんでいた目元は、いつの間にか美しく生気あふれる瞳を取り戻していた。
トレスティンと目を合わせたアルトクリフが、身じろぎし、上体を起こす。
眩しそうに眼をしばたかせ、ぼんやりとした表情で眉間にしわを寄せている。
近寄ってきたクルスが、驚きの声を上げている。
「闇の精霊術で魂を失った状態からの、蘇生か……!?
そのような術が、伝えられていたとは……」
蘇生じゃねーよ、ただのリスポーンだよ…… と口にしたかったが、勝手が違う。
目が耳が、肌が咽喉が、あらゆるノイズを伝えてくる。
骨の身体、半ば幽体となっていた俺の身体は、魔力感知や生命感知、危機感知を通じてしか何かを感じることなどないはずだった。
「なんだ…… これは……?」
「命を取り戻したのですよ、僕のアルトクリフさま。」
トレスティン…… いや、バーミィか。
改めて自分の身体を見ると、確かにあの男の聖鎧だ。
中身は人間、肉も内臓もすべて揃っている感覚がある。
指を動かしてみる。
多少ぎこちないが、すぐに慣れそうだ。
人化の術とはまた違うようだが、バーミィの仕業か。
よく分からんが、アルトクリフの肉体に俺の魂を宿らせたのか?
心臓の結晶は、リスポーン地点をアンカーできる。
そいつを、この体に仕込んだのか。
そういや、計画がどうとか言っていたな。
ははーん。
つまり、この肉体を使って奴の振りをしろということか。
相変わらずの無茶振りだが、ま、トレスティン相手ならなんとかなるだろ。
「俺は、助かったのか。」
NPCなら蘇生しないからな。
こっちの術者は、普通の死でも蘇生までできる奴は滅多にいない。
ここは、驚いておくべき。
「兄さま、よくぞご無事で……!」
「う、ああ、トレスティンか……。
すまない、心配をかけたようだな。
う……。」
頭痛を装って額に手の甲を押し当てる。
第三の邪眼があるわけではない。
あれだな、蘇生の副作用で記憶が断片的だとか何とかって言っておけばいいパターン。
なるほど、この状態なら王城へ潜入しても記憶の不備に多少の言い訳がたつ。
肉体も、別次元から来たとはいえ本物のアルトクリフのものだ。
そこらの探知でバレる心配はあるまい。
バーミィめ、うまい手を考えたものだ。
「兄さま、大丈夫ですか!」
トレスティンは、心配そうに俺の背中に手を添える。
「ああ、ちょっと頭痛がな…… それに、記憶も曖昧なのだ……
少し前のことから、ひどくぼんやりして……」
「アルトクリフ様、私の、私のことは分かりますか……!?」
手を握って話しかけてきたのは、カーマインだ。
おっと、いつの間に目覚めたんだ。
しかも、俺のときにはあんなに「無理無理」言ってたくせに、今度はえらく積極的じゃねえか……
くそ、これが人化の術の限界、不気味の谷って奴か。
天然イケメンの肉体には、勝てないのか……
いや待て、この肉体さえあればってことか……?
おっと、こんな煩悩、不死体化したときにおおよそ捨て去ったはずだろう?
……この肉体に引っ張られて、感覚や本能が戻ってきてるのか……?
すっかり忘れかけていた五感や衝動が思考を飽和させるなか、カーマインのかすかなつぶやきが、俺の意識を引き戻した。
「……これはあの分岐点。
ここから、闇堕ちアルト様復帰の第三ルートに乗せていけば……」
ふ。
そうだった、俺たちはイベ攻略の途中なんだった。
頼りになるぜ、カーマイン。
お前がお前の役割を果たすというなら、俺もそれに応えねばな。
「すまない、記憶が混乱してしまっているようなのだが……
そなたは、どなただったろうか。」
カーマインが、驚いたような表情をしてみせる。
「アルト、クリフ様…… 何ということでしょうか……
いえ、私の口からそれを申し上げることはできません。
ただ、あなた様は私の…… 宿命の旅の同行者であったとだけ……」
言葉に迷いながら、愁いを帯びて目を伏せるカーマイン。
くっ。
なんというフラグ重ね感だよ……
匂わせにも、程度があるだろう……
のけぞりたくなる衝動をこらえながら、しかしドキドキする心臓を自覚してしまう。
「すまぬ…… 何を謝罪すればよいかさえ分からぬ私を赦してくれ……」
「頭を下げるのはおやめください、アルトクリフ様。
今はただ、旅を続けることができれば、いずれは道も見えましょう。
越し方も、行く末も。」
なんだか分からんが、このやり取りでルートには乗ったらしい。
クルスもトレスティンも、何やらスイッチが入ったように目に光が宿り、出発に向けて身支度をし始めた。
それは良いのだが。
「おい!
どうなってんだよ。
なんでお前、契約切れてんだよ。」
振り返ると、グレンガが腕を組んで立っていた。