85:三本目
トレスティンが、アルトクリフの遺体の脇に膝をついている。
くそ、このままでは俺が悪役か。
「バーミィ、トレスティンは大丈夫か……?」
「問題ないですニャ。
むしろ計画はペースを速めて進行できますニャ。」
「計画……?」
「何でもないですニャ。
トレスティンには、早く自立して大人になってもらう必要があるというだけですニャ。」
大人に、だと?
出会いと別れは生身の人間種の宿命だとは言え、少年が悲しむのは気が引ける。
「あのアルトクリフは偽物だと伝えておくのはどうだ。
こちらの世界の本物は、おそらく別にいるぞ。」
「マスター、残念ながらそれを僕たちが伝えても、まったく説得力がないですニャ。」
む、それもそうだな。
せめてカーマインの口から伝えてもらえばマシかもしれんが……
「分かった。また旅を続けていけば、本物の兄にもそのうち会えるだろう。
だが、トレスティンが変に思いつめたりしないようフォローを頼むぞ。」
「大丈夫ですニャ。ちゃんと希望を持たせておきますニャ。」
くふふ、とバーミィが笑っている気配がある。
どうも何か企んでやがるな。
あいつはどうも人間種を下に見ているところがあるからな。
おかしなことにトレスティンを巻き込まないといいんだが。
と、魔力の塊が空を飛んで接近してくる。
グレンガの奴、復帰が早いな。
そういや、手下の魔獣たちもいたから、リスポーンのアンカーがちゃんと機能してればそんなもんか。
「言ってるだろ、俺はガチなバトルがしたいんだよ!」
遠くからでも分かりやすい叫びが聞こえてくる。
「良かろう、まだ開幕戦だからな、こちらも試しておきたいことはいろいろある。
今度こそ殴り合いに付き合ってやろうじゃないか。」
「ホントだろうなぁ!?
それじゃあ、行くぜぇ!」
三本目の開幕は、本体の精霊術による空中戦だ。
互いに派手な弾幕展開しながらのドッグファイト。
こっちはそこまで運動神経よくないからな。
相手の位置取りや姿勢を崩していくには、「置く」ような攻撃が要点になる。
向こうのラッシュを受け切ってからがこちらのターンだ。
グレンガが連撃で火矢を放つ。
こちらは小さな魔力の鏡を無数に放って迎撃する。
シャラシャラと音を立てて鏡の欠片が宙を舞う。
光や熱は反射してそらし、爆風のようなエネルギーを受けたときは、砕けると同時に真空を引き起こして相殺する。
虚無の銀欠片、だ。
「ちっ。いちいち小細工がうまい骨野郎が。」
グレンガがののしる。
だが、こっちにも見えてるんだよ。
放たれた火矢のうち、俺の動線から外れたように見せかけた何本かが、地面で何かのパターンを描いているのは。
単なる火矢じゃねーだろ。
くく、殴り合いと見せての布石。
やはりコイツの脳筋はフェイク。
路線こそ違えど、俺と同類ということだな。
強敵と書いてなんと読むんだ、言ってみろよ……!
軽やかな機動で火矢をかわしつつ、反撃の道筋を素早くシミュレーションする。
エンハンスの準備は整った。
そろそろ、こちらの手札を切らせてもらおうか。
と。
背後でトレスティン…… いや、バーミィの声が小さく聞こえる。
なんだ、よく聞こえない……囁き……詠唱……?
突然、空気がねっとりとした粘液のように抵抗を持ち、俺の周囲にあふれていた魔力がみるみるかき消されていく。
足も翼も、止まっているんじゃないかという遅さ。
防壁も力を失う。
馬鹿な、移動阻害も呪縛も、ふつうに使われるような大概の術に耐性を施しているはずだぞ……!?
グレンガの放った少し大きめの炎の刃が、失速した俺の首筋をアッサリと貫き、断ち切った。
「マスター、ごめんなさい。」
バーミィの声が聞こえた。
あ。
あいつが唱えたのは、鍵言か。
俺の、「桎梏」の。
発動した「桎梏」の呪縛が俺の術を無力化し。
グレンガの単なる牽制の一撃ですら、致命の傷となったのだ。
お、おい、バーミィ……?
「さ、トレスティン、今です。」
「は、はい。」
暗く閉ざされていく俺の視界。
地面に墜落した俺のもとに駆け寄るトレスティン。
ま、負けたのか…… 俺は……
ああ、手足が黒い粒子となって霧散していく……
「な、何やってんだテメー!
もう一回勝負しろや、コノやろぉ……」
またグレンガに罵られてるじゃねぇか、クソ……
俺のせいじゃないっつーの!
てか、俺は被害者だぞ……!?
すぐに、やつの声も、聞こえなくなった。
トレスティンは、俺の胸元を漁ると、何かを取り出した。
最後に視界に入ったのは、その手の中に収められた、俺の心臓の結晶だった。