81:邂逅
「来たか、アルトクリフ!」
グレンガが鋭く叫ぶ。
やっぱり……!
「に、兄さん!?」
「トレスティン、こんな所で何をしている……?」
ああ、そのお声は……
「な、何をって、僕は、この人を助けに……」
「おい、アルト!
そいつには何かおかしなのが取り憑いてんだ。
ブチのめせば正気に返るから、やっちまえ。
ただし。
弟くんは、ちゃんと俺たちの仲間になってもらうよう、きっちり言い聞かせるんだぞ……」
「分かっている。
弟が迷い子になっているならば、道をただしてやるのも兄の務めだ。」
「違うんです、兄さん。
僕はもう、正気なんです。」
「そうなのか?
なら、この兄とともに、グレンガさまにお仕えするのだ。」
「いや、待ってください、兄さん。
僕は、僕は…… その人とは一緒に行けません。
だって、その人は、僕の恩人やクルスさんを痛めつけて、ひ、ひどい人なんです!」
「おいおい、言いがかりはよしてほしいな、少年。
神聖なバトルにケチをつけるのか?
その女だって、先に襲ってきたのはそっちだぞぉ?」
「うう……」
「どうした、トレスティン。
何か借りがあるのなら、話してみろ。
この兄が、なんとかしてやるから。」
「……僕は、この力と引換えに魂を引き渡しているのです。
簡単には、仲間を裏切ったりできませんニャ!」
おい、バーミィ!
「ふ、なるほど。
やはり何かおかしな化け物が取りついているか。
いくぞ!」
「待って、兄さん……!」
アルトクリフが、白銀の長剣を抜き放つ。
トレスティンの周囲には無数の精霊が具現化するが、その動きは鈍い。
「どうして邪魔するニャ!?」
「ダメだよ、兄さんとは戦えないよ!」
「ふん、仕合にもならんか。」
「はは、スキル無効化どころか完全無力化か。
アルトクリフ、仕事してるじゃねーか。
主人公度は激マイナスだけどな!」
「トレスティン、いま解放してやろう。」
「うニャーっ!」
ああ、こういう時に、使うんでしょ!
私は、魔法石を砕いた。
握りしめた手が熱を感じる。
一瞬の暗転の後には、私はバーミィのそばに立っていた。
「むっ。」
アルトクリフ様が、目の前に立って私を睨みつけている。
ゲームに登場した聖鎧をお召しになった姿も、改めて具現化されると神々しすぎる……。
さっきまでのやり取りは、すっかり闇堕ちアルトのイメージだけどね!
「あなたこそ、なぜそんな男の言いなりになっているのですか。
王子としての使命は、どうしたのですか……!」
ああ、これは、闇堕ちアルトに対面した時の主人公ポジション……
今、この瞬間だけは、私がヒロインしてる……!
「ふ、王子などという立場こそ操り人形、三文芝居の喜劇の主役にすぎん。
自由をもたらしてくれた人間に恩義を感じるのは、おかしなことかな?」
「平気で人を傷つけて、たくさんの人を悲しませて、そんなの自由じゃありませんよ!」
アルトクリフ様が、迷いなく剣を振りかざす。
「ふん、プレイヤー。
お前と議論をするつもりはないな。」
なんとぉ!?
ちゃんと最後までロールプレイしろよぉ!
グレンガ、お前か、ネタバレ教え込んでるのはぁ!
一瞬でヒロイン役から外された私の心の叫びを聞いてか聞かずか、アルトクリフ様の剣は容赦なく振り下ろされる。
カッ。
刃を受け止めたのは、クルスの杖だった。
「クルスっ!?」
対峙する、アルトクリフとクルスファイト。
「ふふ、何故だか、僕はこの時のためにここに呼ばれてきたような気がするよ。」
姿勢を崩した私になかば覆いかぶさるようにして、クルスが守ってくれている。
あ、なんかちょっといい匂いする……
「誰だか知らんが、私の前に立ちはだかるのなら墜とすまでだ。
……いや、私はお前を、知っているのか……?」
魔力の波動をほとばしらせながら、ギリギリとせり合う美しき二人。
荒い息遣いが、お互い感じられるほどの距離。
時空を超えた転生体が、今ここでついに相まみえた。
ああ、そうね。
私が、その構図を望んでしまったのかもしれない。
アル×クル。
落書きの、続きだった。
私って、ホント馬鹿……。
「二人とも、ごめん。
私が二人の運命を、狂わせてしまったんだね……」
身体から力が抜けていく。
そのまま地面に崩れ落ちる私。
これが私の原罪、愚者への罰か。
悲劇のヒロインムーブさえ、枠の外なのか……
「なんだよ、ごちゃごちゃやってんじゃねーよ!」
グレンガの声だけが聞こえる。
お願い、誰か……
「ここだニャー!」
最後に聞こえたのは、バーミィの念話だった。