79︰赤い影
「だいたいさぁ、バーミィ……
あなた、ギルからトレスティンを頼まれてたじゃない。」
ふふん、と鼻を鳴らすバーミィ。
「そのとおりニャよ。
だから、僕の力を貸してあげると言っておるではニャいか。
ほら、僕と契約したら、精霊使いになれるんニャよ……」
バーミィは、長いしっぽでトレスティンのあごの下からのど元まで、ゆっくりと撫でさすってみせる。
トレスティンも!
そこで大人しく撫でられてちゃだめでしょう……
「た、魂と引き換えって、僕はどうなるんですか。」
「誓いを立ててもらうだけニャ。
前みたいに完全な操り人形になるってわけじゃないニャ。」
「僕を、操り人形にしていたんですね……」
「身体は、わりと健康にしていたニャ?」
「可愛く言ってもダメ!
魂と引き換えとかそんなこと言わなくても、貸せる力があるでしょう。」
「何の覚悟も無しに、この小僧に何ができるというニャ。」
「小僧って、あんたねえ、これでも王子様よ!?」
「こ、これでもって、カーマイン殿……」
ミーリアが目を白黒させている。
と、馬車の外から男の声が聞こえてきた。
「おい!
そこの馬車、止まりやがれ!」
いかにもオラついて粗野な感じの、若い男の声だ。
見れば、赤い魔獣はもう馬車の近くまで来ている。
近づいてみると、見上げていることもあってか、大きい。
ギルの、あの黒いナトロよりも、鱗みたいな質感とか、刺々しい頭とか、ずいぶんイカツイ印象だし。
「止まらねえなら馬車をぶち壊すまでだが、大人しく止まれば、いきなりぶっ殺したりはしねえからよ!」
「最低ね。」
「最悪ですね。」
私はミーリアと顔を見合わせる。
「なあって。
中にいるんだろ、プレイヤーが、さ。」
男の声が続いた。
これは、仕方ない。
なるほど、ギルが俺の敵だと言ったのは、こういうことか。
「バーミィ、馬車は止めないで。」
「はーい。」
馬車の扉を開けて、顔を出す。
紅い魔獣から身を乗り出して、赤い髪の男がこちらを見下ろしている。
「よぉ。
あんた、こっちの人間とつるんでんのか。
まだこっちに来たばっかりか?」
確かに、いきなり暴力を振るうつもりはなさそうだ。
馬車を止めないことも、あまり気にしてないみたいだし。
「そうね。
あなたみたいなのに出会うのも、初めてよ。
何者なの。」
「俺か?
グレンガって呼べよ。
紅の牙って二つ名でもいいけどな。」
紅蓮牙……ってこと?
赤い髪に赤いペット、武装も赤系統。
いっそ清々しい痛さね。
ま、自分の嗜好に正直なのは、嫌いじゃないけどね。
「で?
そのグレンガさんは、何の用かしら。」
「おいおい、名前も教えてくれねーのかよ。
ま、女アバターは、面倒に巻き込まれること多いからな。
警戒すんのはしょうがねぇけど。」
ふむ、俺様キャラではあるけれど、本気で嫌な奴ではないみたいね。
正直ホッとしたけれど、隙は見せられない。
「なんで攻撃してきたの。」
「なんで、って、ああ、あんた、レベル低すぎてランキンマッチにエントリーできないのか。
さっきのカスアルと俺はマッチングされたんだよ。
試合みたいなもんだ。
つまんねーことに、雑魚過ぎて勝負にならんかったけどな。」
雑魚扱い…… なの?
「カスアルって、何よ。」
「あ?
カスアルはカスアルトだよ。
今コラボやってんだろ?」
「コラボって、繊月のこと?」
「そーそれ。
繊国コラボ。」
変な略し方、しないでほしいわね。
「で、カスアルトって?」
「どんだけ顔見たか分からんし、マジうぜぇ。
何の役にも立たねえ銀レアのゴミアルトクリフのことだよ。
さっきのあいつ、なんであんなカス精霊をアバターにしてたんだ?
あ、もしかして二人とも完全新規?」
私の中で、何かがブツンと音を立てたような気がした。
「クルス!」
「りょーかい!」
空に、城が、浮かぶ。
急激に気圧が変動して、風がうなりをあげている。
グレンガが、ポカンと口を開けて背後の空を見上げている。
「おいおい、何だあれ。
え? 何のコラボよ、おい。
あいつ、あんたの精霊なの?」
「うるさいわね。
お前は、アルトクリフ様を貶めた。
絶対に許すわけにはいかない。」
「はぁ? いやいや、コラボガチャだよ、ガチャなんだから当たりはずれはあるだろう。
つーか、そうそう限定の高レアなんて引けねーのは分かってるよ。
あんただって、引けるまで引いちまうタイプなんじゃねぇの?
要らねぇカブりなんて、どうしろっつんだよ……」
こいつ!
私の中に、踏み込もうとするな!
「問答無用ぉ!!」
私の怒声とタイミングを合わせたかのように、クルスの数十体の天兵団が、一斉に上空から男に向けて攻撃を開始した。