78:猫
「その猫は…… 何者なんだい?」
クルスが手を伸ばしても、バーミィは横を向いて知らん顔してる。
「トレスティン様に取りついていた精霊よ。
ギルが討伐したから、もう暴れたりはしないの。」
「ギルが? 彼はいつの間に?」
そう、クルスは、経緯を知らないのだ。
「ああ、実はね、あのアルトクリフ様は、ギルの変身した姿なのよ。」
「ふう……ん。
まあ、何か事情があるんだろうね。
それで?」
「なんの驚きもないのね。」
「だって、僕はアルトクリフ様が何者かも知らないし。」
クルス、相変わらずあっさりした反応だこと。
でも…… そのちょっと天然マイペースほのぼのクールが、いざという時には熱くなる、そのギャップはアルトクリフ様と同じ…… 同じ……
じゃなくて、今はあの追手をなんとかしないと。
「アルトクリフ様については、後でていねいに教えてあげる。
で、この子は、他の精霊を従えたり、特別な力を持ってるの。
ひょっとしたら、私たちを助けてくれるんじゃないかって。」
「なるほど、さっきサテュルヌスを削った技は、この子のものってことか。
なんだ、第三王子の特別な力かと思ったよ。」
あれ?
そういえば、原作にはバーミィみたいな存在はいなかったような。
第三王子が反逆する場面で、精神的操作みたいなことされてた気はするけど、他の力を借りてたような説明はなかったはず。
王家の人に向かって、どんな力があるのか聞くのってとても失礼な気もするけれど、こんな風に勝手に連れ出してる時点で王家の人扱いしてるとはとても言えないし、今さらかな……
すやすやと眠る美少年の横顔を眺めながら、また思考がそれてしまった。
バーミィの方はと言えば、顔を手でコネコネしていて、まるで普通の猫みたい。
「ね、あなたなら、あの敵をなんとかできるの……?」
ミーリアが、バーミィに語りかけている。
バーミィはするりと立ち上がると、トレスティンの肩の上にペタリと寄り添うように乗ってみせた。
私には、なんとなくバーミィの言うことが分かってしまう。
この身体に乗り移れば戦える、と。
一応、二人にはかってみよう。
「トレスティン様の身体を使えれば、戦えるみたいなんだけど……」
ミーリアとクルスは、なかなかに微妙な顔をしている。
そりゃそうよね。
やっと解放した王子様に、もう一度魔物を取り憑かせるなんてね……
しかも、トレスティンを狙ってきてる敵に、本人を立ち向かわせようっていうんだもんね。
そりゃ、相手がトレスティンのことを傷付けようとしないなら、有利な戦法かもしれないけど……
やっぱ、はたから見たらそれって人質みたいな感じだよね……
そうは言っても、敵はもうすぐ来ちゃうし……
三人で無言のまま見つめ合うこと数秒、視界の端ではバーミィの尻尾がトレスティンの顔にペシペシと当たっている。
いや、当ててるね。
顔を歪めて目を覚ましたトレスティンが、バーミィのことを見つめてる。
と、バーミィが、二本足で立ち上がったかと思ったら口を開いた。
「力無き王子よ。
いまここに、仲間たちが危機に瀕しておる。
我と契約すれば、魂と引換えに力を貸してやろう。
なんじ、力を欲っするか。」
間髪入れずに、私とクルスのツッコミがバーミィに叩き込まれた。
「やめんか!」
「そうじゃない!」
脇腹を両側から突かれたバーミィは、にゃぁあと鳴きながら身をよじって転げ落ちた。
「コイツ、ふつうに喋れたのか……」
クルスの口調までちょっと乱れているじゃない。
「ふぅ。仕方ない、少し時間を稼いでくるよ。
カーマイン、その猫の悪魔がもちっとマトモな提案をできないか、確かめてくれないか。」
「悪いわね……」
バーミィをつまみあげて、馬車の扉を開いたクルスを見送る。
「ハドリア、来い!」
ああ、愛用の竜騎、召喚してる……
アニメーション付きの出撃シーンなんてなかったから、こんな目の前で見れるの貴重過ぎる……!
跳び上がって飛竜に乗ったクルスが馬車から距離を取りつつ、上空の魔獣に存在を見せつけてる。
どう、コレは無視できないんじゃなくて!?
「ダメです、カーマイン殿、脇目も振らずにコチラに向かってきます……
しかも、速い……!」
ミーリアが悲鳴を上げる。
赤い魔獣は、急速に高度を下げつつ、一直線に接近してくる。
「ああ、クルス殿との間に位置を取っている……!」
なるほど、射線を私たちに重ねて、クルスの大技を封じようっていう魂胆か……
まっとうな知恵を持ってる相手ってことね。
「カ、カーマインさん!
僕、この猫の力を、借りてみます!」
「ダメよ!」
「やめなさい!」
私とミーリアの声が、重なった。