77:追手
「ど、どうしよう! ギルが、ギルが……」
貴族らしさも忘れて、私は思わず声を上げてしまった。
どうなってんのよ、いかにも俺様最強チート級みたいな口ぶりだったのに!
ミーリアは、顔色悪いけど落ち着いてる。
「カーマイン殿、落ち着いてください。
あのお方が、ただでやられるとは思えません。
あの光、何かの術なのでしょうか? それとも……」
この世界でも、ふつうの生き物が傷ついて倒れれば、死体はそのままだ。
私も、王都で魔獣に襲われて倒れてる兵士を何人か見てしまった。
思ったほど衝撃を受けなかったのは、なんだろう。
こっちに来てから、色々なことが突飛すぎるからなのか。
それとも、バーミィが最初に私に何かをしてくれたからなのか……。
ギルは、あんな攻撃を受けても血も流れていなかったし、光の粒になって消えてった。
クルスによれば、「精霊」は他の生き物を食べないし、魔素から生まれて魔素に還るってことで、ふつうの生き物とは違う輪廻の中で生きてるらしい。
そうは言っても、ギルの振る舞いは「精霊」のものとはずいぶん違う。
だから、ミーリアからしたら、あの姿自体が術だったか、何か変わり身の術にでも思えたってことか。
少し考えを巡らせているうちに、落ち着いてきた。
そうだ、ギルがそう簡単にやられるわけがない。
っていうか、今までだって何回も死んでるって言ってた。
じゃあ、やられたとしたって、心配することないじゃない。
私は、ようやく息を吐きだした。
自分が、息を止めていたことにも気が付いた。
なによ、ミーリアの方が私よりもギルのことを信頼してるみたいな?
すとん、と椅子に腰を落とす。
ああ、思わず立ち上がってたんだ、私。
「カーマイン殿、ギル殿がおっしゃっていたように、まずは、我が領地へ向かいましょう。
緑二号殿と合流できれば、戦力も整うはずです。」
「にゃ。」
バーミィが、なにかに気が付いたようにピクリと頭を動かし、馬車の屋根の上を見上げている。
「どうしたの?」
バーミィを抱き上げてのんきにつぶやいていると、ミーリアが、別の窓を指し示した。
「カーマイン殿。」
と、そこにはクルスの姿が。
手綱を握るサテュルヌスが、器用に馬車を寄せてくる。
クルスは御者台に立ち上がっている。
私が扉を開くと、滑るように飛び移ってきた。
「カーマイン。
ギル殿の敵とやらは、こちらにも興味を持ってるようだね。」
「えっ?」
窓の外を見上げてみると、空に浮かんだ紅い一反木綿が、だんだん大きくなってる?
え、ギルを倒したあと、こっちを追いかけてるってこと!?
クルスの顔を見るけど、いつものごとく落ち着いた表情に、口調もさらっとしたもの。
長いまつ毛にほっそりとした鼻筋、あごのラインが思わずさすりたくなる。
何事にも動じない飄々としたキャラなのに、あんなことやこんなことをされてしまうなんて……。
と、クルスの顔を眺めてると、ついつい場違いな妄想に囚われちゃう。
「ち、違うから!」
自分でも顔が赤くなるのがわかる。
思わず口に出した私に、クルスとミーリアは次の言葉を待っている。
「え、あ、うぅ。
何でもないの、気にしないで。」
ミーリアは、少し首をかしげながらも目の前の危機について語り始める。
「クルス殿、あの敵に対して、勝ち目はあるのでしょうか……」
「どんな手を持っているか分からないけれど、ギル殿が一撃で戦闘不能になるとすると、時間稼ぎも難しいかなあ。」
「ギル殿は自分が狙いだとおっしゃっていましたが、そうではなかったとすると……?」
遠慮がちなミーリアの声だが、三人の目線は、座席で目を閉じている少年の顔に向かっていた。
「トレスティン様が狙い、か。
まあ、そうなるわよねぇ……」
私が、引き取る。
窓の外を確認する。
紅い魔獣は、急速に近づいてきているが、攻撃の気配はない。
「あれって、その気になればいつでもこっちを攻撃できるのよね?」
クルスは、ほとんど頭を動かすことなく答える。
「間違いなく、ね。
この魔道馬車も悪いものではなさそうだけれど、さっきのような攻撃にさらされたら、薄紙を貫くようなものだろう。」
「となると、この子を傷付けたくはないってことか……。」
「にゃーん。」
腕の中のバーミィが、私の顔を見上げて鳴く。
その顔は、ひょっとして。
「バーミィ、もしかして、あなたが……?」
バーミィが、うなずいたような気がした。