71:麻衣ドリーム
カーマインの意識は、夢とうつつの境界を行き来していた。
少し前からの光景が、そのまぶたの裏をゆっくりと走馬灯のように巡っていく。
王都の空からの、魔物の群れの襲来。
サテュルヌスを使役しつつ、すばやく周囲の衛兵たちにも指示を飛ばしていくクルス。
惚れ惚れしながらそれを眺めている私。
そりゃそうだよ。
クルスファイト=アルカードって、元はローゼンドラグーン隊の隊長さんだからね?
あの曲者ぞろいの独立愚連隊をまとめあげて、帝国有数の戦力にまで押し上げた指揮能力は、伊達じゃないって。
そんな思いを抱えながら、どうしてこの子だけに戦わせて、私が後ろで守られてるの、って。
パズ&ダズは素人同然かもしれないけれど、私だってプレイヤー。
何かしなきゃって、無理矢理召喚したアカツキ。
急激に成長させすぎて、私の魔力に対してアンバランスだとクルスに指摘されていたのに。
しかも、焦ってたせいでアカツキの様子が変だってことも気づけなかった。
バルキリーは、天界の兵士。
地上の秩序を守るために遣わされる、霊体兵装群。
闇の勢力なんか目にしたら、その本能のままに攻性駆逐モードに入ってしまうってこと。
これも、ちゃんとクルスは教えてくれていたのに。
単騎で突入させて、散らせてしまった……。
それに、バーミィ……。
私がクルスと買い物に行っている間に、何があったの?
あの子が魔獣を呼び寄せていたなんて、いつから囚われていたの?
私の知ってるバーミィ、おいしいお料理を振舞ってくれて、マナーを教えてくれたバーミィは、本当は誰だったの……?
アカツキが倒れたあと、私の前に立ってくれたクルス。
でも、その凛々しくひるがえる青の衣の中身は、ほっそりとして華奢ってことを私は知ってる。
ああ、私は、懺悔しなければ。
だって、クルスを女の子にしちゃったのは、それでいて戦いに駆り出しているのは、ほかならぬ私だ。
そして、闇の精霊を従えたバーミィとサテュルヌスの戦い。
どうして、この二人が……
魔力の激流にその身を削られながら、涼しい顔でクルスに目配せをするサテュルヌス。
時間は稼ぎましたよって。
失われし浮遊城、天界の皇国、そして霊体兵装群たちの召喚。
私の落書きたち。
まさかクルス、あなたがそれを継承する運命を背負わされてしまったなんて……。
そして。
ごめんね、クルス。
まだ、貴女には伝えていないことがあるの。
「クルスインしゅぷり」でうっかり「バズっちまった」からって、色気を出して次はこのネタで一冊作ろうかって、仲間内で「呟いた」ってことを……。
こっちに来たばかりのとき、ギルが、言ってたの。
何かを願う時は、慎重に考えろって。
つい願ってしまえば、暴発しかねないって。
でもでも、それは、こっちに来る前のことだし!
なんだけど、貴女の装備は、こっちに来る前の、私の落書きのものなんだよ……。
ごめんね、クルス。
貴女には、どこまでも過酷な運命を背負わせてしまった……。
それは、向こうでの我らの願いであり悦び、そして貴女にとっては呪いでしかない。
貴女には…… 「クルスインしゅぷり」には、「くっころ」の「運命に収束する物語」しか、用意されていないのよ……!
大丈夫……! 安心してください! 全年齢対応のソフト&コミカル路線なので……!
だから赦してなんて、言えないよね。
ひどすぎるよね……。
いやもう、どんな顔して一緒に過ごせばいいか分からないよぉ……。
光の粒子になって消えていったアカツキ。
猫の姿になってしまったバーミィ。
魂を取り戻したっていうトレスティン。
たくさんのことが起こりすぎて、どうしたらいいのか、もう……。
カーマインの目の前の光景が、ぼんやりと意識される。
すぐそこに、アルトクリフ様が座っていらっしゃる。
ああ、私の半生を共に歩いてきたお方……
向こうはそうは思ってないかもしれないけれど……
今は、こんなに近い。
手を伸ばせば、届くほど。
無限の解像度で、あり得ないフレームレートの滑らかさで……
ああもう、これ、触れるんじゃね?
いや、さっき!
さっき、抱きかかえられてこの馬車に運び込まれたし!
む、無理無理無理無理……!
心臓が破裂しそうなほど血圧が上昇しかけたところで、意識が聡明になる。
待ってよ。
中身はギルって、言ってたじゃない。
アルトクリフ様の見た目を借りてるだけだって。
ふう、と息を吐くと、落ち着いてきた。
最低限の魔力も、回復したみたいだ。
冷静さを取り戻すまで、まだちょっとまぶたを閉じて目覚めていないふりをしておこう。
なんか、妙な状況になってるみたいだし。
アルトクリフ様が、女と話している。
薄目を開ける。
見知らぬ女……じゃない、あの女か……。
モブ令嬢の割には、その魅惑のオーラは何なのよ……。
美形化したっていっても、私程度じゃ太刀打ちできないってこと……?
こんな、夢小説みたいな世界にまで連れてきておいて、それはないんじゃないの、ねぇ……。
……中の人がギルケクラフトならいいってもんじゃないでしょう。
だって、こんなに立派なアルトクリフ様なんだから、独占はダメでしょう。
むしろ、それは私のリクエストコス。
ギルは、私のために究極のレイヤーになろうとしてるんだから。