6:対峙
精霊は、きょとんとした目で辺りを見回しています。
「む、抵抗するか。
もう一度命ずるぞ。その真名を我に伝えよ。」
「まな?
え、誰だっけ?
いや、なんか聞いたことある声だけど。
部屋入ってくるならノックくらいしてよね。
それに、とりあえず電気を点けてよ、電気。
暗くて何も見えないよ。」
確かにこの部屋には明かりがありません。
マスターは光など無くとも全てを見通す力を持っているし、僕も星明り程度の光で大抵の作業はできてしまうので、ふだんは必要ないのです。
でも、でんき……とは何のことでしょう?
「光が無ければ怖いだなんて、そんなことでこのギルケヴォールさまの力になれると思っているのですか。我が剣となり盾となるために、そなたは召喚されたのだぞ。」
「……は? ギルケ? 召喚?」
「あー、バーミィよ、ちょっと待て。
この者は、相当に次元の異なる世界から来ているようだ。
少し、私が代わりに話をしよう。」
「何? なんか、知らないおっさんもいるの?
やだ、ちょっと、これ犯罪みたいなやつ?
え、ホント勘弁してほしいんだけど。」
「……。」
なんだ、この精霊は。
ひどくなまっているのか、おかしな言葉遣いだが、マスターへの敬意が足りていないことは僕にも分かります。
声を発しようとした僕を、マスターが片手で抑えてきます。
「……あー、犯罪ではない、と言いたいが、正直なところ、そこの議論は保留させていただきたい。
えー、一応、紳士的に振舞うつもりではある。
ただ、これから明かりをつけようと思うが、そちらは大変に驚くことになるので、心の準備をしてほしいというのが私からのとりあえずのお願いだ。」
「は? なに?
うっわ、なんかもう口調からしてオタ臭ただようんですけどこの誘拐犯。
それにちょっと、臭くない? この部屋。
生ごみっていうかもっと……。」
「……。」
この無礼な女精霊を前に、マスターが、無言のまま光源の術を発動させました。
黄昏のような、やや赤みを帯びたぼんやりとした光は、闇属性ならではの特性ですね。
マスターのシルエットと、部屋の床に転がるガラクタやごみ、干からびた虫の死骸が光の中に浮かび上がります。
その精霊は、マスターに目をやって恐怖に目を剥いています。
「どっきりとか、や、やめてよね。
ちょっ、う、浮いてるし…… 骨、ガ、ガイコツ……
あんた、に、人間じゃない……!?」
くくく、マスターの恐ろしさを感じ取ってしまえば、もはや逆らうことなど考えられないでしょう。
「ふ、ようやく状況が分かってきたようですね、この下等生物が。」
「あれ?」
精霊が、今度は僕の方をじっと見つめて固まっています。
「え、トレスティン……? りあるトレスティン、来た……!?」
「とれすてぃん?」
「そ、そうよ。トレスティン・トア・カラミーテ。それがあなたの名前じゃないの?」
何かが破裂するような音と共に、その精霊の足元に展開されていた従属の魔法陣が砕け散りました。
「召喚術式の拘束を弾いただと!?」
マスターが、驚いた声をあげました。
「……バーミィの真名か!
馬鹿な、なぜ精霊が召喚者の真名を…… いや、やはりそういうことか……。」
「マスター?」
「バーミィよ、今はお前に全てを語ることはできん。だが、お前が支配できる存在でなかったことは確かだ。この者は、この世界の摂理を知る一人。お前の真名も、その知識の一つに過ぎぬのだ。」
精霊は、ゆっくりと立ち上がる。
「その口ぶりだと、あんたも転生者だってこと?」
「……いったん黙れ。
……いや、ちょっとこっちの部屋に来てくれ。話したいことがある。」
「嫌よ。この子の前じゃ都合が悪いってこと?
ひょっとして、いろいろ秘密を使って、無双してるってやつ?」
「……違う。ラノベみたいに単純に無双できていたら、こんな場所でこんな風に暮らしているものか。」
「じゃあ、この子は何よ。なんでこんなアンデッドと一緒に、カラミーテ王国の第三王子がいるのよ。」