68:後始末
少年トレスティンには、「少しこのまま休んでいろ」と伝えて肩を叩く。
トレスティンはうなずいて、ふう、と息を吐いた。
マジモンの第三王子かよ……っていうか、バーミィと第三王子が別人格だったことにビックリだよ。
バーミィは……幼児くらいのサイズだ。
猫のように座って、こちらを見上げている。
おまえさん、一体どこから来たんだよ……。
今まで俺が話してたのはバーミィでいいんだよな……
精霊、だったのか?
普通じゃない存在だとは思ってたけどな……
とりあえず抱きかかえると、おとなしく丸くなっている。
つややかな毛並みは柔らかそうだが……
悲しいかな、骨の身体ではあまり感じられないのだ。
ああ、向こうにいた頃には、家で飼っていた猫の身体に顔をうずめて、ぬくもりを感じていたのに。
久しぶりに、向こうでの生活のことを具体的なイメージと共に思い出す。
ゲーム以外のことを思い出すのも、ずいぶん間が空くようになっているな。
猫、ちょっと嫌がっていたな……。
が、目の前のことも、なんとかせねば。
「カーマイン殿!」
大声で呼びかけると、カーマインはびっくりしたようにピョン、と飛び上がった。
「ひゃ、ひゃい!」
少女漫画のキャラクターかよ、ってくらいに真っ赤になって返事も噛んでいる。
くっそカワイイ。
じゃなくて。
「そなたが平定した精霊たちを、なんとかせよ。」
あたりをただよう精霊たちを指し示す。
「え……?」
近づいて行って、小さな声で伝える。
「いいか、パズ&ダズと一緒だ。
雑魚でもボスでも、倒せば精霊としてドロップすることがある。」
無理無理、という感じで首を振っていたカーマインの動きが止まる。
「えっ……。
ちょっ……。
ちょっと、待って。」
「なんだ。」
「え? アルトクリフ、さま……?」
「……残念だったな。
見た目はそうかもしれんが、中身は俺だ。
桎梏の闇魔導士、ギルケヴォールだよ。」
「え、えぁ?
ギ、ギルが……アルト……アルトヴォール?」
あ、カーマインがバグった。
「行きがかり上、アルトクリフの姿を借りているだけだ。
あまり気にするな。」
正直、俺はアルトクリフの姿自体も知らん。
が、このイベントでは、繊月の王国での役回りが、この世界にすでに存在していたキャラに当てられていると仮定することにした。
ロールプレイなら、ずっとしてきてる。
周りの連中が納得するような演技かは、知らんがな!
「とにかく、ルビームーンが倒してドロップした精霊は、カーマインの使役対象になる。
回収しないとそのまま野良精霊になってしまうから、こんな街中で放置するわけにはいかん。」
「ギルケクリフト…… 回収、ってどうすれば……」
呼び方がおかしいが、今はスルーするしかあるまい。
「従うように命じるだけでいい。だが……。」
「あー、これ、あれね。」
すでに感じたか。
ゲームと同じ仕様で、ドロップしたその場に限り、限界を超えてドロップした精霊を獲得できる。
次に目が覚めれば、召喚はできないが契約はできている。
ルビームーンがまとめて倒した連中だから、低級から中級未満の雑魚ばかりだが、ゆっくり見つくろえば役に立つ奴もいるだろう。
闇の魔力に惹かれて集まってきた精霊で、属性的には偏りがありそうだし、何よりルビームーンが同じデッキに入れることを認めるか分からんが……
そこまでは面倒みれん。
ゆっくりと、力を失って、カーマインが崩れていく。
「残念ながら……」
「コストオーバーって、奴ね……。」
俺も、何度も経験している。
そっと背中を支えてやる。
こっちの顔を見ないようにしながら、カーマインはつぶやく。
「いや、もう、その顔で、近いし、無理、無理、むり……。」
ピンクに染まったカーマインのうなじが、目に入る。
心臓の結晶が、トクンと脈動する。
ちらりと見ると、明るい光を取り戻していた。
俺! 俺って!
カーマインを魔道馬車の中に寝かせると、今度はバーミィと後始末に取り掛かる。
広場に残った魔力は、バーミィに命令させて、魔獣や霊に食わせていった。
まずは大物が這いまわってあらかたを取り込み、その食い散らかした残りを中型の魔獣が、さらにその食べ残しを小さな魔虫が、最後に残った魔力のカスを、低位の霊体がなめまわし、すすっていった。
大掃除を兼ねた魑魅魍魎の大宴会なわけだが、見た目には少々あれな光景だな……
あらためて一連を見守った騎士団の連中も、結構引いていた。
なんにせよ、満腹になった魔獣たちは、やがて大人しく寝床に帰っていった。
あれだけの数を殺し尽くすとなれば、王都の兵力を注いでも時間がかかる。
それに、死骸から放たれる魔力がまた別の者どもを呼び寄せるからな。
兵団長たちが、狩ることを強硬に主張するような奴らじゃなくてよかった。
というか、俺の進言をあっさりと聞いてくれた。
……いやもう、マジで俺が王子アルトクリフ扱いなのかよ。
てか、人化の術とかバレたら王族への成りすましで重罪じゃね?
よどんでいた闇の魔素も薄まってきたし、人々の喧噪もしずまりつつある。
それはつまり、俺の魅了や人化の術が見破られやすくなってきたということでもある。
とりあえず、さっさとこの場を離脱せねば。
人目につかない場所まで離れて、早く影に、影に潜りたい……!
だが、トレスティンも、魔法使いも、周りの兵士たちも俺に注目している。
いや!
もう!
どうしたらいいの、これ……
途方に暮れて泣きそうになる俺。
そこに声を掛けてきたのは、ミーリアたち三人組だった。
「ギル殿!」
今じゃないでしょ!