65:心臓
跳んだ先は、表通りから少し脇にそれた路地の物陰。
俺は、人の気配のないタイミングを選んで影から抜け出した。
王城とその前の広場の壮麗さは印象に残っている。
今も、夜のとばりの中でたくさんの明かりが灯っていて、離れた場所からでもそこが特別な場所であると感じさせる。
ま、俺には明かりがなくともすべて見えるのだが。
バーミィと念話で短いやり取りをして、広場の一角を目指す。
目印として伝えられた噴水が見えてきた。
俺は狙撃用に視力も鍛えているからな。
三百メートル先の子供の様子だって、詳細に見えている。
バーミィは、石造りの噴水の縁に腰掛け、足をブラブラさせながら、うつむいて腹のあたりで何かを触っている。
あっちの世界だったら、スマホか携帯ゲームでもいじっているのかと思うところだが……
あいつめ、また俺の心臓の結晶を取り出しているな。
と、ちょっと待て。
おいおい、俺の掛けていた隠蔽では、今の結晶の魔力を覆い隠すには全く足りん。
ほれ見ろ、黒い魔力がドロドロと流れ出しているではないか……。
後で掃除をしておかないと、貧弱な人間種では残滓だけで当てられてしまって大変なんだぞ。
それに、こんな夜に魔力を放ったら、空を飛ぶ連中だって匂いをかぎつけてくる。
常闇の森では、お前の遊び相手だったかもしれんが……
ああ、もう結構な数に気取られてしまった。
そこへ、ヒュウゥ……、サイレンのような、風音が響き渡る。
なんだ? 探知と……警報?
王城の方角から強い魔力が放射されている。
自動で起動する防御結界か。
魔獣や霊たちの接近が、さっそく感知されたな。
やれやれ、騒ぎが大きくなってしまった。
武装した人間どもが、集まってくるようだ。
「こら、バーミィ。」
「あ、マスター。もう近くですか?」
「困った奴だ。
人間どもが集まってくるが、くれぐれも傷付けるなよ。」
「はーい。……あ。」
「どうした?」
「カーマインたちが、魔獣と戦闘を始めてしまったみたいです。」
「なんだと!? そいつはまずいな。」
「今のカーマインなら、十分対抗できそうですけど?」
そういう問題じゃないのだ。
「バーミィ、魔獣たちが死なないよう、カーマインの攻撃からかばってやってくれ。
遠ざけるのは構わん。どっちかっていえば、追い払え。」
「はあ、魔獣をですか。マスターは、いつも無理難題をおっしゃる。」
「お前が、心臓の結晶で呼び集めたんだろうが……」
「え?」
気付いてなかったのか?
「魔力に寄ってくるって、これっぽっちの魔力を目当てに?」
常闇の森が異常なのだ。
そこらの魔獣にとっては、それでもあり得んくらいのご馳走に見えているんだよ……。
「お前……ひょっとして、この道中でも、心臓の結晶を、ちょくちょく取り出していたのか?」
「ええと……、カーマイン、カーマインのせいですってば。
あの女が、見せろ見せろと迫ってくるからですよ。」
なんだそりゃ。
「だってほら、結晶が、こんなに桃色に光るようになってしまって。」
ピンク度合いが上がってるって、それ、俺がミーリアと一緒にいたからか!?
誰が相手でも好感度貯まるのかよ!
俺の好感度、イージーモードすぎるだろ!
そしてバーミィよ、簡単に取り出すなって、今も言ってるだろ……
遠目にもあざやかな桃色の光と、辺りに流れ出す油泥のような闇の魔力。
「あの少年だ、あの少年の光が魔獣を呼び寄せているんだ!」
「広場に、闇の魔力が溢れかえっている……一般人を、避難させろぉ!」
「騎士団、軍の弓兵隊は空の魔獣に対応しろ! 術師は、それぞれで霊体に当たれ!」
なんかもう、ややこしい声が聞こえてきてんじゃねーかよ……
さらに、心臓の結晶に魔力が流れ込む。
うお、なんだ、これ。
シナリオが、進行している……!?
脈動に意識を奪われた一瞬の間にも、周辺に闇の魔力が振りまかれ、大気中に魔素が充満しつつある。
おいおい、これは……中級の霊体さえ現界してくるぞ。
そうなれば、並の人間種など、ひとたまりも無い。
すでに、広場の周辺で、戦闘が始まっていた。
花火のように、迎撃の術式が放たれている。
近接戦力の部隊にはバフが大盤振る舞い、魔力のほのかな光が立ち上る中、照明の術式も次々とも焚かれて、爆音と群衆の叫びはまるでフェス会場のようだ……知らんけど。
その闇の中を跳び回り、手にした棒で対空術式を弾き飛ばしているバーミィ。
「バーミィ、何をしている!」
「え、だって、術を使ってはいけないのでしょう?」
目立たぬようにと言ったろう……
鍛えられてスキルを使える冒険者と言えど、四メートルも五メートルも跳びまわるような奴はそうはおらんし、まして術式を弾くなど。
しかしなんだ、実家で遊んでた猫を思い出すような跳びっぷりで。
「跳ね回るのも、なしだ。」
「ええ、術もだめ、跳ぶのもなしって、あとは僕にどうしろというんですか。」
「それに、防ぐのはカーマインの攻撃だけでいい。
人間種どものすることは、放っておけ。」
「またもー、マスターは!
いちいち区別なんてできませんよ……。
それじゃあもう、こういうことですねっ!」
バーミィが片手を突き上げ、手のひらを空に向けている。
術じゃあない……が!
「ものども、従え!」
バーミィの上空に、無数の魔獣や霊が集まっていく。
不規則ながら、何かの意思に従っていることは明白な動き。
……契約もなしに、バーミィに、使役されているのか!