63:クラシケの料理店
クラシケというのは、初代の店主の名前だったらしい。
まあ、どうでもいいことだが。
いちおう全員でそれらしい格好をしてきたのだが、実際店に来てみたら特に必要でもなかった。
カーマインの言っていた、金のない見習い騎士とでも店に入れたという話と合致する。
むろん、貴族の客同士での格付け的なファッションチェックはあるのだろうが、そこは緑二号の魔道具が地味に仕事をしている。
「こちらは、近くにいても、なんとなく視線をそらしてしまうという闇系の術式を発動する護符ですな。
隠蔽の術式ほどはっきりした効果はありませんが、そのぶん効果を発揮してること自体はバレにくいのですよぉ。」
さすが、目の付け所が分かっている。
「お近づきの印に」と緑二号から渡された護符を、ミーリアは興味深く眺めていた。
「ふふふ、あなたさまのように高貴なお人のお忍びには、お約束の品となっておりますよぉ。」
「……ここでは、緑二号殿とお呼びすればよいのでしょうか?」
「あい、それで構いませんとも。ただ……」
「はい、次にお会いした時には、分かっております。」
小さく緑二号がうなずく。
緑二号、コードネームか何かと思われているな。
料理店のコースは、素材も技術もぜいたくを尽くしたものだった。
俺としては料理自体にはさして興味はないが、そこに用いられている素材や技術から透けて見えるものもある。
ピンク色の薄切り肉は、ルイベってのか?
凍ったまま美しく飾られて、鮮やかな色の野菜が添えられている。
「この肉は、この辺りの魔獣の肉ではないな。
それに、後から凍らせたわけでもない。」
「あい。東北の高山帯に棲むガレノボアですな。
ガレノボアの脂身は、一度でも氷点を超えると溶けて質が落ちますで。
きちんと氷漬けにしておかねばなりませぬ。」
「なんとも手のかかった料理だな。」
ミーリアも、俺たちの魔道具談議に遠慮がちに参加していた。
厨房で使われるような各種の加熱や加工の装置は、ほとんどが緑二号の仕切りである。
「それも緑二号殿の手の中、ですか。」
「あい。魔道冷蔵馬車は、運送ギルドが取り仕切っておりますが、中のモジュールはうちのものですよぉ。
この皿も、実は小さく術式を仕込んでおります。」
「え、このお皿まで、全部緑二号さんのところで作っていると……?」
まあ、詳しく語るまでもないが、よくある内政チートだ。
俺があっちでの便利グッズや家電に始まり行政やインフラ機構まで片っ端から説明して、それを緑二号やドワーフたちが具体化していったっていう。
でもって、この王都が繊月の王国のものと同じだとして、そこじゃパフェだのなんだのがカフェで出されているらしい。
パフェを作る背景まで具現化しようと思ったら、たとえばチョコ、カカオの豊富な供給が必要ってことになる。
魔獣の巣窟やらファンタジーな地形を抜けて、気候が全く違うほどの遠隔地と安定した貿易路を構築することを考えたら、俺が知っているインフラからも、さらに相当発展したんだろう。
ところで、俺はテーブルのお誕生席のような位置。
右手にミーリアたち、左手に緑二号が陣取っている。
緑二号が同行している時点で、デート感は完全になくなっている。
マッチョや術師も一緒に飯を食うことにした。
婚約の件も勘違いからの話だって分かってもらえたし、それはいいんだが。
「おいおい、俺を囲む会みたいになってしまっているではないか。」
マッチョが首をかしげる。
「違うのか?」
むさくるしい男どもの群れに令嬢が一人だぞ。
オタサーの姫よろしく、ミーリアを囲む感じでやったらいいんじゃないか?
術師もなんだか緊張感を漂わせて、もじもじしている。
おいおい、合コンじゃないんだから。
「あの、ギル殿の、つてを紹介していただけるというお話は……」
両者を引き合わせるのが主題だったと忘れているのは、俺の方だった。
「緑二号、王都軍の派遣について口を利けるか?」
「はあ、王都軍ですか。
いずれかの国か都市に戦を仕掛けるとなりますと、半月ほどはお日にちをいただきたいところですかな。」
「誰が戦争などするか!」
「冗談ですとも。」
誰も笑ってねえっつうの。
「詳しい話はこのミーリアたちに聞かなきゃならんのだが、キルリア領ってのか?
そこの魔獣退治に手が足りていないらしくてな。」
俺が直接片付けてしまうと、それもそれで後始末が難しそうでな。
「なるほど。
動員は可能でしょうが、急いでとなると、ひとつ片付けねばならない案件がありますな。」
「ほう?」
「魔獣退治を所管している第三軍は、王都に襲来した魔獣の対応にてんやわんやしておるのですよぉ。」
王都に来た時も、そうだったな。
いや、待てよ?
カーマインたちは王都から出て、外の魔獣狩りに行くんじゃなかったか?
「もう、王都周辺の魔獣は退治し終わっているんじゃないか?」
「魔獣を呼び込んだ犯人や仕掛けが、まだ見つかっておらんのですよ。
それが分からんと、再度の襲来の不安がぬぐえませんでしょう。
王都の外に展開できる戦力が、限られるやもしれません。」
犯人か……。
カーマインは、あまりその辺りは語っていなかったな。
クエストをこなしていれば、犯人も見つかるものだと思っていたが。
「ならばこういうことか。
俺たちも捜索に手を貸す。
原因を見つければ、その恩賞も兼ねて、王都軍の派遣を依頼するのもスムーズになるだろう。」
「では、そのように話をつけておきましょう。
もっとも、成果が出なくとも、捜索に協力をしたことを持って領地への支援を行う理屈は立ちましょう。」
具体的に取り組むべき話が見えてきたので、ようやくミーリアたちにも精気が戻ってきたようだ。
「分かりました! なんとしても、我々の手で犯人を見つけてやりましょう!」
うむうむ。
自主自立の精神は、よいことだ。
ふわり、と熱を感じる。
お、また心臓の結晶に魔力が溜まっているな。
カーマインは、優秀なこった。
それにしても、イベに参戦して一日や二日でこれほど溜まるとは、想像もしていなかったな。