59:誤解
会わねばならん人がいる。
俺は、慌ててミーリアの手を放すと、全力で誤解を解きにかかったのだった。
それにしても、だ。
「俺は結婚など簡単にはできんのだ」と語ったときには、三人が三人とも「そりゃまあそうでしょうね」という反応だったのはなぜだ。
カーマインの話によれば、あっちの世界の姿を元に、美形キャラ化した姿なんだろ?
オマケに、お前ら俺の魅了にかかってるじゃねぇか。
どうしてそんなに俺の婚活力を下に見てんだよ……。
そして、カイバル卿との関係。
この件については、ミーリアの誤解ではなく、俺の誤解だった。
妄想だった。
「カイバル卿は、まだ十一歳なのです。」
ミーリアの言葉に、俺は固まるしかなかった。
ティーンにもならないキッズ相手に、恋のライバル宣言したのかよ……。
「確かに、幼い頃によく遊んであげて、姉のようになつかれていたのですが……」
父親の突然の事故死により、カイバルの家督を継ぐことになった少年。
まだしばらく先と思われていた婚約相手探しの流れで、本人の口からミーリアの名が上がったらしい。
「それはまあ、慕っていただけることは嬉しく思いますけれど……」
金も力もない傍流貴族の年上の女が、他家からの申し出を差し置いて、カイバル家の正妻になるということだ。
そりゃま、ミーリアに悪気が無いことを分かっていても、補佐役の家臣たちは頭が痛いだろう。
で、それを玉の輿と単純に喜べないのが、ミーリアの良いところでもある。
俺の感覚からすれば、少女マンガ的にはなんにも問題ないっつーか、身分差のある二人が婚約してから周りを納得させてくのがむしろ本編って気がしている。
で、そんな状況でさらにキルリアがカイバルに借りを増やすのは、お互いにとってますます事情をややこしくする。
俺がクチバシをねじ込んだのは、そんな話だったってことだ。
さて。
俺の頭には、新たな作戦が浮かんでいる。
「ミーリア嬢がカイバル卿に悪い気持ちを持っていないのならば、俺は二人を応援してもいい。」
もともと、この街で存在感を出すために金をばらまく予定だった。
カーマインによる爆買いやら豪遊やらを通じて異国貴族のオジサマ感を押し出していくことを考えていたが、キルリア家の後ろ盾を張ってみせるという展開を思いついたのだ。
これまで見てきたところでは、キルリアの面々はシンプルなやり取りで付き合える。
ややこしい探り合いをせずに済むという意味でも、アホみたいな浪費でアピールせずに済むという点でも、組む相手としてはありがたい。
ミーリアを応援することでカイバル卿と関係を作れるのなら、それも存在感を増すための取っ掛かりになるだろう。
悪くないんじゃないか、このアイデアは。
「えっ!?」
「は?」
「なんと……?」
自画自賛でドヤ顔気分の俺に対し、三人は、引き気味のリアクションだ。
「どうした。
俺に応援されると、何か問題でもあるのか。」
余計なことするなとか言われたら、ちょっとへこむぞ。
「いえ、なんというか……
さっきの仕草はどういう意味だったので……?」
遠くを見ているミーリアをかたわらに、術師が、ボソボソと語ってくる。
なんだこの野郎、文句あんのか。
ちょっと長いこと手の甲の匂いをかいでただけじゃねーか。
前提となる事実が変われば、論理的帰結も当然に変わる。
それが合理的な知性ってもんだろう。
「あれは……。
気にするな。単なる挨拶だ。」
ミーリアすら眉を傾け、納得しかねる顔をしている。
おい、魅了の術、仕事してないんじゃないか!?
「俺がライバル宣言をしたことで、カイバル卿は、今ごろ悔しくて悔しくて、むしろ思慕の念を昂ぶらせているだろうよ。
ここからは、ミーリア嬢の出番だ。
カイバル少年の勢いをうまく活かして、手のひらで転がしてやれということだな。」
勢いよく熱弁を振るう俺の前で、三人とも沈黙している。
もういい。
お前らは俺の言うことを聞いていればいいんだよ!
心の中で叫びつつ、咳ばらいを一つして提案していく。
「俺からの要望は二つだ。
一つは先の約束通り、指定の場所を巡ること。
もう一つは、そこの店でミーリア嬢が受けた施術について詳しく教えてもらうこと、だ。
この要望が叶えば、必要な支援を提供しよう。」
ため息にも似た深い吐息のあと、ミーリアは口を開いた。
……ため息かな?
「約束は、もちろん果たします。
それと、我々が必要としている支援は、キルリア領への王都軍の派遣に関する口利きです。
我々にはいくつもの困難があったのですが、……ギル殿にとっては、造作もないことでしょうね。」
王都軍の派遣。
……え。なに? どういうこと?
ミーリア嬢はサラッと言ったけど、なんでそんなネタが、俺にとって造作もないことなんだ?
「それと…… 私が受けた施術について、ですか。」
ミーリアは顔を赤くしてうつむいていた。
何か変なこと、聞いたか?
なあ……?