57:作戦
笑顔とともに、モリーニョとやらに言い渡す。
「帰ってカイバル卿に伝えよ。私がキルリア家につく。
そちらの支援は無用だと。」
にこやかに、しかし少々の煽りを含ませて。
モリーニョは、眉間にしわを寄せ、しかし反感をあらわにすることも無く頭を下げて去っていった。
「ぎ、ギル殿……、これは、一体……」
言葉を失ったままの術師に代わり、重装マッチョが深刻そうな顔で声を掛けてきた。
「なに、心配するな。支援のことなら俺が力になろう。
欲しいのはなんだ。
軍資金か。
戦力か。」
「し、強いて言えば、人脈や政略なのですが……。」
うめくように、術師が口にする。
人脈や政略か。
俺のまったく得意としない分野だ。
と、そこにエステサロンの従業員に見送られて、ミーリアが出てきた。
術師が歩み寄り、重々しく口を開く。
「ミーリア様……。こちらに、ギル殿が。」
路上でたたずむ俺たちをみて、お辞儀をしてくる。
「大変、お待たせいたしました。」
待ったというか、いろいろあったんだけどな。
が、ミーリアは、頭を上げて俺と顔を合わせたとたん、固まってしまった。
「へ……? ギル……殿……?」
おっと、ミーリアにしては珍しく、貴族らしからぬ反応だ。
目を丸くして、口もかわいらしく開いている。
やはり、ミーリアも抵抗力は高くないな。
これしきの魅了でそんな反応になるとは。
だが、あまりじっくり観察されると、人化の術の方でボロが出る危険がある。
「どうした、そんな風に他人の顔をジロジロ見るのは、少々たしなみに欠けるのではないか?」
「え、あ、はい。申し訳、ありません……」
ミーリアらしくもなく、言葉が途切れ途切れになっている。
目をそらしてはいるが、ちらちらとこちらの様子をうかがっている気配は隠しきれない。
うれし恥ずかし、青春だな。
ま、魅了を解除してしまえば、こんな反応もきれいさっぱり消えてなくなるんだがな!
重装マッチョが、言いにくそうに声を掛ける。
「ミーリア様……、さきほど、モリーニョ殿がここに通りかかりまして……」
「モリーニョ殿が?」
「はい。
それで、その、ギル殿が……、えー……」
どうした。
重装マッチョも、歯切れが悪いな。
ミーリアは、何かを察したようにそれを遮る。
「このような道端でお話するようなことでは、ないのですね。」
それもそうだ。
なんせ、婚約の相手を排除するというたくらみなのだ。
聞こえの良い話ではない。
「では、買い物の道すがらということでよろしいか。」
魔道馬車を呼び寄せ、指をかざして扉を開ける。
丁寧な手ぶりでミーリアを中へといざなった。
ミーリアがうなずいて、馬車に踏み入っていく。
レディファースト、なんとか形になっているか?
それはいいが、その後に重装マッチョと術師が乗り込もうとしているのはどうなんだ。
「……お前たちも来るのか。」
「お前が招いたお家の一大事だぞ。」
マッチョは、噛みつきそうな勢いで歯をむいている。
「申し訳ありませんが、ことは一刻を争うのです。
ご安心ください、街の案内はご随意に。」
術師も、クールな声ながら深刻そうな気配を漂わせている。
ムードも何もありゃしないが、まあいい。
確かに、俺が勝手にカイバルにライバル宣言をしているわけだからな。
ミーリアにも、事情を説明しておかねばなるまい。
「さて、ミーリア嬢よ。
モリーニョと言ったか、あの男には、カイバル卿への伝言を依頼した。」
「はい、それは、どのような……?」
「俺はミーリア嬢に婚約を申し込むということ、すなわち俺がキルリア家を支援すること、カイバル卿には手を引いてもらいたい、と。」
「は、は……い。」
ミーリアは、まだ落ち着かない様子で目を浮つかせている。
リアクションが薄いな。
ちゃんと理解できているのか?
魅了が解けた途端に、こんな話聞いてないとか言われるとその後がやりにくくなるが……。
いや、この至近距離で三人を相手に、人化の術のみでやり過ごせる自信はないな。
丁寧に説明して、偽装恋人作戦を進めるしかあるまい。
「それで、聞いておきたいのだが、カイバル卿ではなく俺を候補に選ぶという作戦は成り立つのか。」
「作戦……?」
「カイバル卿には、婚約の申込みを取り下げてもらえばいいのだろう?
俺を選んだと伝えたとして、向こうが簡単には諦められないようなら、さらに何かのアピールが必要だ。」
恋人感を演出するようなインパクトのあるシーンが必要だろうな。
だが、のちのちミーリア嬢は別の恋人を見つけるのだろうから、カイバル卿には見せつけつつ、変な噂にはならないように配慮してやらねばな。
「え……?」
ミーリアは、今度はハッキリとした困惑を示している。
「ああ、勘違いするな。
俺と本当に結婚するなんてことはない。
だが、ちゃんと代わりの支援はしてやる。
それで。
望みはなんだ? 教えてくれ。」
一瞬の間をおいて、俺の顔面に衝撃が走った。
頬のあたりか。
ダメージは計上するほどないが、なんだ?
「ば、馬鹿にしないでくださいっ!」
顔を赤くしたミーリアが、立ち上がって拳を握っていた。