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54︰気遣い

さて、俺も向こうでは何年かは社会人をやっていた。

女と付き合ったことこそなかったものの、仕事の宴会や接待のセッティングくらいはしたことがある。

その感覚でいえば、本当に高価な店ってやつは、いきなり突撃というわけにはいかない。


ガチのドレスコードがあるような店は、一見さんお断りだろうし、まず予約を取るところからしてハードルがあったりするものだ。


が、繊月の王国ではそうでもなかったらしい。

カーマインによれば、年下の騎士見習いの攻略中でも、その高級な店にはふらっと普通に入れていたという。


その場合、自分が払うことになり金を稼いでおく必要があって、お姉さん展開とか養育プレイがどうとか独り言が始まってしまったが、いつものことなので聞き流している。


ま、小説なんかで読んだ限り、乙女ゲーの主人公と言えば、貴族たちのしきたりだのお約束だのを踏みにじるのが定番だ。

最悪、ゲームでの設定が生きてるか確認するだけでも意味はある。

他にも何ヵ所か行かなきゃならないんで、手間の省けるユルい設定は大歓迎だがな。


中心部に近づいたところで、先ほどからチラチラ俺のことを見ていた術師が、勇気を出したように申し立ててきた。


「あの、このまま買い物や食事に向かわれるおつもりですか……?」


一瞬の間をおいて、ボディブローを叩き込まれたような気分だった。

肝臓も胃も無いが。


長旅からそのまま移動してきているのだ。

ミーリアには、身だしなみを整えるいとまも与えていない。

何の気遣いもなく、汗をかき埃まみれのまま、いきなり華やかな店に連れていこうとしているのだ。


くそ、この疲労も何もない不死の体が恨めしい。

ノーライフ、ノーメンテ。

アンデッドの世界には、臭いも汚いもないんだよ……

って、これはいかん。


今の俺は人間の腕利きの傭兵。

ハードボイルドはどこかに置き忘れてきてしまったが、それにしてもこれではまるでデート慣れしていないDTではないか。


平静を装いつつ、返す。

「そうだな、このあたりで、湯浴みや髪の手入れをしてもらうと良いだろう。」


ちょうど目と鼻の先にエステサロンのような店があったので、指さして馬車を止める。

エステ、マッサージ、美容院。

この手の店は、こっちの世界でも普通にある。


人間種にもいろいろいるだけあって、あまり細かく客層を分けておらず、誰でも気楽に入れる。

マッサージなども受けられて、コースによってはちょっとしたバフ効果もあったりするのだが、単純に気持ちがいいので俺も生身の頃にはよく使っていた。


王都だけあって高級そうな作りだが、金は別に問題ない。

適当に袋に詰めた金貨を、術師に無造作に放って渡す。


「足りるか?」


「え、ええ……。」


術師が、ミーリアの方をチラチラとうかがっている。

ミーリアは、覚悟を決めたような表情で俺にうなずいてくる。


「分かりました、お受けします。

私どもの方にも条件はありますが、それは戻ってからお話いたしましょう。」


なんのことかピンとこなかったが、ま、戻ってから話せばよいのだろう。

ミーリアを、術師が店の中に送っていく。


風呂を浴びて一服となれば、しばらくは戻ってくるまい。

と思っていたら、術師は店から出てきた。


「お前はいいのか?」


声をかけると、は? と言わんばかりの表情で眉をひそめている。


「いや、お前も疲れているだろう。

湯浴みでもして、さっぱりしてきたらどうだ。」


少し無言のときが流れ、術師は恐る恐るといった体で切り出した。


「あの……。ギル殿は……体を清めるためだけにこの店を?」


「妙なことを聞くんだな。他に何をするんだ。贅沢すぎる店だったか?」


ああ、貴族と言ってもピンキリだからな。

こいつらの感覚からすると、無駄遣いもいいところだったか。

尚武の土地柄だと、贅沢は悪印象かもしれんな。


「いえ、贅沢というか……」


ごにゃごにゃと口の中で言っている。


「なんだ。」


「この国では、殿方が、このような店に女性をお連れになるのは、本当に大切な日のお誘いを意味するのです。」


カクン、と顎が音を立てたような気がした。


「この金貨も、やり方は貴族のしきたりに外れていますが、婚約の申込みの贈り物には十分な額です。」


術師は、先程の金貨の袋を示す。


余れば服に使ってもらえばいいと思っていたが、ほとんど減っていないな。

王都の物価は存外安いのかもな。


軽く現実を逃避する。


「それで……ギル殿、これは……婚約の申込みということで、よろしいのでしょうか?」


改めて術者がたずねてくる。


「もしそうなら……どうなる……?」


ミーリアが馬車の窓辺に座るたたずまいが、脳裏に浮かんだ。

柔らかな日差しに鮮やかな金の髪がきらめいて、絵画のような一瞬。


「ギル殿は、ミーリア様の新たな婚約候補者として、カイバル卿と競い合っていただくことになります。」


そうきたか。

つまりあれだ、少女漫画によくある「偽装恋人」ネタ。

さすが乙女ゲーの舞台だけのことはある。


となれば、俺の役目はせいぜい派手にミーリアにアピールして、最後はカイバルとやらを決闘か何かでボコればいいってことだな。


いける。

そういう役回りなら、俺にもいける。

当て馬とか道化役なら、任せとけってんだ、なぁ……!!


「よかろう、カイバルは、俺がぶちのめす。」



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