53:門の中
王都の城門から進んでいくと、ちょっとした広場があった。
緑二号のことは、いったん頭の片隅によけておく。
隅の方に馬車を寄せ、御者台の二人に声を掛ける。
「ここからは、自力で何とかなるな?」
「ああ。世話になった。」
重装マッチョが、魔道馬車とつないでいた綱を外しながら、低い声で応じる。
相変わらず、不愛想なマッチョだ。
愛想のよいマッチョも、必要はないが。
ミーリアが、馬車からしずしずと降りてくる。
あれこれあった長旅にもかかわらず、疲れを表に出さない涼やかな顔だ。
鍛えられている人種は違うね。
深々とお辞儀をしてくれる。
「本当に、このご親切は忘れませぬ。」
「ま、この貸しは例の約束で返してもらうさ。」
重装マッチョが顔をしかめている。
何か言おうとするのを、術師の方が遮って口を開く。
「街を案内する約束と、お聞きしておりますが……。」
「ああ、そんなところだ。
なにせ、土地勘がないものでね。」
「クラシケの料理店も含まれているとか。」
「クラシケ……? ああ、やたら高級なレストランだったか。
別に、そこで豪遊させろとは言わんよ。金ならある。
その手の店は、俺のような雇われの身では、入れてももらえんのだろう。
顔を借りられれば十分だ。」
「申し上げにくいのですが、クラシケに入るにはそれなりの服装や振る舞いが求められます。」
「ま、そうだろうな。
面倒だが、その程度の手間には付き合おう。
衣装や小物、あとは基本的なマナーくらいだろ。
何とかできる。」
レストラン程度なら術で乗り切ってしまってもよいのだが、金で片付く準備ならやっておくべきだろう。
「あなたは、それでもいいのかもしれませんが……。」
術師が、なにやらモゴモゴと言いにくそうにしている。
「なんだ。」
ミーリアが、顔を赤らめて口を開いた。
「お恥ずかしながら、私には、その店に似つかわしい召し物の用意がないのでございます……。」
おう。
女性に恥をかかせるつもりなど、全くありませんでしたのに。
あなたは俺の重要な情報源。
多少の配慮や投資は全く問題ない。
「なら、ちょうどいい。
雰囲気は合わせた方が良かろう。
一緒に買い物に行くとしよう。
店の並ぶ地域には、他にも行っておきたい場所があったはずだ。」
貴族風の服。
前にもそんな話があったな。
王都でのエピソードでは、カーマインやバーミィの衣装も必要になる。
店や流行の雰囲気を知っておけるのは良い話だ。
「代金は気にしなくてもいいぞ。」
経費だ、経費。
「しかしそれでは、借りを返したことになるのでしょうか……?」
「もっともな疑問だが、俺には俺の事情があってな。
ま、あんたがたを手助けしたのと続きの話だ。
それ以上は、聞かない方がいい。」
詳しい背景なんぞ考えていない。
面倒になってきて、質問を封じようと思ったのだが。
「やはり、カイバル卿の……」
マッチョが、眉をひそめて口をはさんできた。
ええい、しつこい奴め。
「前にも口にしていたな。
カイバル卿とは、いったい何者だ?」
王都でミーリアと一緒に行動するのなら、どうやら無関係ではいられないようだ。
三人は、顔を見合わせてちょっと口ごもっている。
術師が、仕方なしという表情で切り出した。
「ミーリア様に、婚約の申し込みをしている貴族の一人です。」
はーん。
なるほどね。
お約束だな。
金満ロリコンおっさん貴族か。
いや、こっちでは十代前半の女の子でも普通に婚約とかするんだけどさ。
俺のイメージ的にね。
そうなると、俺は素敵な泥棒さんだな。
いいじゃないか。
とんでもない物を盗んでいったとか、言われてみたいね。
「すると、キルリア家の窮状に付け込んで、ミーリア嬢に迫っているってことか。」
「ギル殿、滅多な言い方は……。」
ミーリアの口調も、いつもの歯切れのよい雰囲気がない。
否定できないくらいに、いろいろと困った状況なんだろう。
「誓って言うが、俺はそのカイバル卿と無関係だ。
そちらは借りを返せる。
こちらは知っておきたい場所がある。
互いに満足、それで問題が?」
戸惑うミーリアと術師の男を連れて、俺は街の中心部に魔道馬車を走らせた。
「犯罪だの事件の片棒を担げって話じゃない。
そんなに心配しなくともいい。」
ミーリアは腹をくくったようだったが、術師はまだ微妙な顔をしていた。
二人で行くんじゃないのかって?
ま、確かに「繊月の王国」では高位の貴族どころか王族でさえ、二人だけで公然と街歩きのデートしちゃったりするユルい設定だったらしいけどな。
変に警戒されても困るし、だいたい俺が緊張するだろうが……。