52:町の未来
緑二号はとぼけた奴だが、なんだかんだと多方面に有能であった。
腰も低いしな。
皆の敬意も集めて、診療所の「所長」と呼ばれていたのが、孤児や失職者を集めてモノづくりを教え込んでいるうちに「先生」になり、いつからかは「町長」とか呼ばれるようになっていた。
うむうむ。
俺の人選は間違っちゃいなかった。
とはいえ、緑二号の能力にも限界はある。
万能の治療用魔道具を作れるわけではないし、あっても高位の魔道具は必要な素材や魔力も大きい。
人間種が日常的に運用するのは無理がある。
いわゆる奇跡なんだから、当然だがな。
治療の甲斐なく死んでしまう者、命を取り留めても重度の後遺症が残ってしまう者がいないわけではなかった。
たまたま俺が診療所を訪れた折、魔道具の流れ弾に焼かれて、もはや手の施しようがない子供が運び込まれていた。
俺だって、別に慈悲の心がないわけではない。
むしろ、親切な方だ。
うまく行かないだけで。
手段を問わないなら救ってやる、と家族に告知した。
インフォームドコンセント、事前の説明責任を果たしたうえでの合意だ。
どのような経過や結果に至ろうと一切文句は言わない、という念書まで取って、俺は密室で闇に属する治療の術を施した。
その時にはもう心臓も止まっていたから、ほぼ蘇生術だな。
本人には、ちゃんと感謝されたぞ。
親にもな。
ただ、この世に戻ってきたときの子供の叫び声が、ずいぶんと遠くまで届いたらしい。
本人の痛みも隣の部屋にいた連中の記憶も、ちゃんと消しておいたのだがな。
俺の称号は、「死を売る商人」から「不死すら売る商人」に上書きされた。
売ってねえっつうの。
中立地帯の維持のため、念のために緑二号にはゴーレムやアンデッドの多少の戦力を預けた。
俺のデッキでいうとファーム、素材が余れば育成しようかな、という程度の扱いで契約を残したまま放置していた連中だ。
人間種相手なら圧倒できるが、インフレの洗礼を浴びた地域での攻略にはまったく使えない。
表に出ていると雰囲気が悪かろうと思い、地下に倉庫を作って収めておいた。
治安維持のための揉め事も、できれば一般市民から見えない場所でやった方がいいだろうと思い、緑二号には簡単な転移のアイテムを作らせた。
近くの固定した場所への転移ならば、それほど高位のアイテムではない。
警察役のスタッフに持たせて、犯罪者や街で騒ぎを起こした連中は転移で地下の留置場に放り込むという寸法だ。
反省すればよし、暴れる奴がいれば、地下に配置されたストーンゴーレムやオパールスケルトンたちがお相手するがどうする? と。
シンプルな仕組みだ。
まだ段取りが整っていなかったころ、その場から逃げ出したアホが「秘密警察にさらわれた」「地底の処刑場に送り込まれた」「逃げだしたらそこは邪悪な闇の迷宮」みたいなことを言うもんだから、また俺がネタにされてしまった。
ただの倉庫とブタ箱だろが。
俺がダンジョン作ったら、お前ごときが生きて還れるわけねぇだろ!
なめんなって、マジで……。
結果的には、俺がその街を訪れることは、あまりなかった。
例の四人のドワーフを育てたときは、新しい精霊を従えたときに、その装備やアイテムを作ってもらうつもりだった。
だが、残念なことに、この世界では魔法石は滅多に手に入らなかった。
この世界は、ゲームのようでゲームじゃない。
課金なんてなかった……!
召喚という名のガチャでは、願えば少しは反映される。
つまり、属性くらいは指定できる。
新たに戦力を求めるのに、闇以外の属性で俺の役に立つ精霊など、極めて限られる。
狙って引ける豪運が、俺にあると思うか?
ゆえに、あえて闇以外の精霊を引くことはできなかったのだ。
街に立ち寄らなくなってしばらく経ってから聞いた話では、魔道具を装備した開拓団が組織され、街の領域も拡大していったという。
魔素の薄い地域には雑魚しか出てこないから、ちょっとした魔道具でも十分戦えるだろう。
ま、外に目が向いたなら紛争も減るだろうし、いいんじゃねえかな。
それくらいの気分で、俺はその街のことも忘れていた。
緑二号のことも。
さて、長い回想を断ち切って、改めて城門の中を眺める。
ここはカラミーテとやらの王都だ。
あの街ではない。
なんでこんなところに緑二号がいるのだろうか。
俺が預けたゴーレムやアンデッドも、連れてきているようだ。
この辺は、フレンド登録したキャラや自分が配置したユニットであっても、そのエリアに直接行かなければ所在を知ることができないというゲームの仕様を引き継いでいる感じだ。
経緯は分からんが、あの街での出来事を思えば、こっちでも緑二号は行政官か商会をやっていてもおかしくない。
なんにせよ、おそらく有力なポジションを獲得していることだろう。
カーマインから与えられた俺のミッションは王都に拠点を作って世間の信用を得ることであり、俺自身としては独自の情報源を探している。
ある意味、理想的な旧知の存在というわけだ。
持つべきものは、友だなぁ、おい!
お前のことを、忘れるわけがないだろう。
しばらく思い出さなかっただけで。