50:救いの手
許しがたいな。
俺は、激情とともにその冒険者たちのもとへ歩み寄った。
問答無用に、しばき倒すか。
小便を漏らすような一撃をかすめてたまげさせるか。
身の程をわきまえん若造には、お灸を据えてやらんとなぁ……!
「や、闇属性にだって、きっと魔道具はあるよ……」
ローブの小僧が拳を握りしめて訴えている。
そうか。
コイツに強装備ガン積みしてきっちりレベリングしてなんか適当なボス級討伐したりして、元の仲間を見返させてやるってのも、ざまぁのお約束だな。
悪くない。
どうしてやるのがいいか、足を止めて考えにふけっていると、チャラい男がローブ小僧のフードを外した。
長い黒髪がこぼれ落ちるのが目に入った。
きっと美少女だ。
あれか。
闇属性にしか適性が無かったばっかりに、差別されるってやつか。
同じ闇属性のよしみだ。
しょうがねぇなぁ、まったく。
暴力は、なしだ。
俺は紳士だからな。
つーか、他の奴らはもうどうでもいいわ。
育成、しかないな。
この子を、立派な闇魔道士に育て上げる。
なんなら、そのまま一緒に冒険の旅に出たっていい。
むしろ……
思いを馳せていると、チャラい男が、ささやきかけていた。
「アトリエを開くのが夢だって言ってたろ。」
細身の剣士も、その少女の手をとって語りかける。
「君には、俺たちの拠点、帰るべき場所を作ってほしいんだ。」
目立なかったが、もう一人いた男も少女の肩に手をやっている。
「故郷の村には、薬や資材を届けておいたよ。妹さんも、もう大丈夫。」
「み、みんな……。」
少女が、目に涙を浮かべながら微笑んでいる。
三方を囲む男どもも、よく見りゃイケメン取り揃えか。
俺の未来予想図、いや妄想は、始まる前に音を立てて崩れ去った。
乙女ゲーかよ! 逆ハーって奴か!
微妙な距離感となっていた俺にいまさら気づいたように、チャラい男が声をかけてきた。
「あんた、どうかしたのか?」
俺はそいつ等をまとめて爆破したい衝動に駆られたが、後ろから肩を叩かれて留まった。
「いや、何も。」
ふぅん、といってチャラい男は離れる。
俺は、息を吐きながらゆっくりと後ろを振り返った。
見覚えのある顔が、やや下の方にあった。
「だんな、久しぶりだよぉ。」
最初に取引をしていたドワーフだった。
「お前か。」
最大レベルまで上げても、他の奴らに一歩見劣りする印象だった。
契約を解除して、野に放った一人だ。
「ダンナは、ああいうのに関わらねえ方がいいよぉ。」
「関わるつもりなどない。」
「そういうのも、だよぉ。」
ドワーフは、俺があの少女に渡そうとしていた魔道具を指して言った。
せめて、闇属性の素晴らしさをだな……。
「強すぎる力は、機会も呼ぶけど危険も惹きつけるさ。
あの子には、まだそんな器はねえよぉ。」
俺が最近まで使っていた闇属性専用の杖、「ケルベロススパイン」だ。
地下墓苑のさらに下のダンジョンを周回して回収してきた。
ちなみに、こっちで俺が「周回」って呼んでるのは、ボス級を死なない程度に痛めつけて素材をはぎ取って、また回復した頃に襲うっていう作業なんだけどな。
ゲームで言えば、その追加ダメージ効果だけで中盤までの敵をワンパンできる。
こっちで言えば、触れた生物の身体が爛れて溶ける呪いを発動できる。
ふつうの人間種サイズなら、骨も残らん。
「……探索から引退しようという術士に預けても、仕方がないか。
で、お前は何をしに来た。」
「へへ、ダンナのところで、もうひと働きさせて貰えないかってよぉ。」
「俺でなくとも、誰かドワーフのところに行けばいいだろう。」
レアリティはともかく、性格はまじめで働き者だった。
「どうもいけませんや。
あいつら、入れ物は作ってても、中身を詰めようとせんのでよぉ。」
「……お前が最近作ったもの、見せてみろ。」
ニヤリと笑うと、ドワーフは金属の指輪をポーチの一つから取り出した。
「ほぉ。」
手に取って、眺める。
鋼クルミの指輪で、プラスの修正が二段階は付いているとみた。
少なくとも三つはコイツを作って、合成強化しているってことだ。
「いくつ作った。」
「へへ。五つになりますよぉ。」
「くく、下手くそが。」
出来が悪くてマイナスの修正がついている場合、そいつを合成強化してもプラスの修正が付くとは限らない。
何度も空振りしてるってことは、出来の悪い品の方が多いってことになる。
「いいだろう、付いてこい。」
鋼クルミは特殊な素材だ。
この種の素材は、桁外れに製作失敗率が高く、鉄属性で究めるか、終盤に特殊な工具を手に入れるまでは、どれだけスキルレベルを上げても歩留まりが非常に悪い。
逆に言えば、ショボいスキルしか持たないキャラでも、とにかく挑戦し続ければ、いつか作り上げることができる素材でもある。
確率との勝負と言ってしまえばそれまででも、いくつも作るとなれば、また話が違う。
もう幸運など期待できない。
ひたすらひたすら、果てしない道のりを、削り、叩き続けるしかない。
「俺と別れてから、ずっとそれをやってたのか。」
「ダンナのおかげで、まとまった金ができたからよぉ。」
金が稼げたから、製作か。
はは、そうこなくっちゃな。
「いいだろう、お前には、いくつか作ってほしいものがある。」
こうして、二人目の木属性ドワーフが覚醒した。
それが、緑二号だ。