4:精霊召喚
薄青い光の中から、両手のひらに収まるくらいの、澄んだ青緑のかたまりが現れました。
僕の手にまとわりつきながらフルフルと形を変えていて、大きな雫のような、ちょっと美味しそうな精霊です。
「ふむ、スイートミントスライムか。
ちゃんとイメージ通りに召還できたようだな。」
「わあ、これが僕の初めての精霊になるんですね。」
「そうだな。
スライムの精霊は周囲の液体を扱う術が得意だ。
こいつは、水分を扱うほかに、水に溶けた成分も抽出する力がある。
いまはまだ小さいが、育てていけば術の種類も増す。
しばらくすれば、調味料や薬効のある材料も集められるようになるはずだ。」
「よろしくね、スイミン。」
「すいみん……?」
「この子の名前ですよ。」
「……まあ、名前はお前の好きにするがいい。
戦う力はほとんど無いが、暮らしていくには清浄な水の確保は重要だからな。
大事にするがいい。」
「ふふ、ありがとう、スイミン。」
「どうした?」
「さっそく、この屋敷の周囲の水脈と薬草の分布を教えてくれたんです。
この子、仕事が早いんですよ。」
「そのスライムが、たった今か? いったい、どうやって?」
「森のスライムたちと、やり取りをしたみたいですね。」
「精霊の力を引き出すのも、術者の力ではあるが……。
小さな精霊を選んだのは、お前自身の工夫や学びのためでもある。
楽をし過ぎないようにな。」
「はい、マスター!」
「うむ。ではもう一体、召喚しておくぞ。」
スイミンを肩に乗せて、もうひと粒の石を受け取ります。
<命の火種を宿せし火の精霊よ>
<命の火種を宿せし火の精霊よ>
<その温もりをここへもたらせ>
<その温もりをここへもたらせ>
手の中からあふれ出すように炎が一瞬ゆらめいたら、その後には小さな何かが動いていて、くすぐったさに少し笑ってしまいました。
手のひらを開くと、中には鮮やかな赤と橙色のヤモリが首をかしげてこちらを見ています。
マスターも、興味深そうにのぞきこんで、説明してくださいました。
「ふむふむ、チリペッパーゲッコーか。
小さな火花を放ったり、体熱を上げたりできる精霊だ。
こいつも、香辛料の成分を扱ったり多少の煮炊きに使えるから、料理の役にも立つだろう。
うまいこと、生活を豊かにする精霊を召喚したではないか。」
「おほめいただき、ありがとうございます。
この子も、僕の考えていることをよく分かってくれているみたいです。
ね、ペコ。スイミンと仲良くするんだよ。
それでは、次の精霊を召喚しますか。」
「ペコ……?
ペッパーゲッコーでペコか……。」
三秒ほどマスターは固まっていましたが、何かを振り払うようにして、再起動しました。
「魔法石は貴重だ。
精霊を召喚する他にも、一度きりではあるが、精霊の瀕死の傷さえ瞬時に治したり、お前を様々な打撃から守るような力もある。
小精霊の召還は、今はこの二体としておこう。
二体の精霊を使いこなしてから、改めて魔法石の使い所を考えるのだ。」
「使いどころ、ですか。」
「そうだ。精霊がもっと必要と考えるか、あるいは緊急の対策にあてるか。
いつ使うかはお前にまかせるから、それも訓練の一つだと思え。
危機だと感じたなら、ためらいなく使うのだぞ。
そのためにも、一度くらいは危機に出会う前に使っておいた方がよいだろうな。」
「はい、マスター。」
「さて、ここからはもう少し真剣な話だ。」
僕も、少し姿勢を正してマスターの口元に集中します。
「奈落の霊次元でわたしが力を得るほどに、この心臓にも魔力が流れ込む。
他者から見れば、育っていく秘宝だ。
私の隠蔽の術で魔力を感知されないようにしているが、大きな魔力となるにつれ、強大な魔獣や人間種がかぎつけることもあるだろう。」
「はい。」
「なにしろこちらは少数だ。巨獣や大勢の人間と戦い続けるには限界がある。
心臓の結晶を守るためには、見つからないことが最優先だ。
この拠点を放棄する必要があるかもしれぬし、外で逃げ隠れしながら生き延びるようなことも想定しなければならない。」
僕は、喉にたまった唾液を飲み込んでから、コクリとうなづいた。
「お前に戦う力があることはさっきも見せてもらったが、心臓はお前の体内に隠している。だから、お前自身が他者の注意を引いてしまって狙われては元も子もない。
そこで、お前の力は封じて隠しておいて、戦闘に関しては、これから召喚するもう一体の精霊に委ねることにする。」