45:魔獣襲来
王都まで残りわずかというところで、後ろが騒がしくなった。
どうやら、重装マッチョが動けるようになったらしい。
窓から顔を出して、御者台の術者に話しかけている。
続いて、御者台の術者がこちらに馬車を止めるよう合図してきた。
後ろの馬車に乗れるようになったなら、こちらに乗せておく理由はない。
いったん馬車を止めて、ミーリアを送り出す。
ミーリアの名も、さすがに今回はちゃんと聞いている。
連絡先もな。
その場でしたためた紹介状のようなものを受け取り、滞在先を教えられた。
馬車の外には、いそいそとミーリアを迎えに来た重装マッチョ。
自分のためにご令嬢がこんな男と二人きりになってしまったことを、しきりに詫びているようだ。
こんなのがはりついていると、あとから滞在先を訪れても、ご令嬢を連れ出せる気がせんな……。
まあいい。
俺も、やることがある。
ミーリアたちが後ろの馬車に乗り込んだところで、ゆっくりと魔道馬車を発車させる。
「バーミィ。どうなっている?」
念話を発信する。
他人の前では、基本的に念話は使わない。
簡単には傍受や盗聴はできないが、どうしても挙動が不自然になるし、術を使っていること自体は感知される可能性がある。
だいいち、スマホいじってるみたいで失礼だろ?
「はい、しばらく前から魔獣の襲撃が始まっています。
まだ数は大したことありません。
カーマインたちが、うるさい街の人間どもを片づけています。」
ん?
「失礼、言い間違えました。
やかましい街の人間どもを、建物の中に避難させています。」
修正しきれてないぞ、バーミィよ。
王都への魔獣の襲来が、次のエピソードだ。
だから予定通りなんだが。
バーミィの価値観は、人間種よりも魔獣にちかしい。
常闇の森でも、むやみに魔獣を殺すなとしつけていたから、魔獣を殺そうとする人間に反感を覚えてしまうか……?
気をつけんとな。
「ああ、アカツキが人間どもと一緒に戦闘に参加していきます。
カーマインが指示を出したみたいです。」
おや?
「お前は、ルビームーンをアカツキと呼ぶのか?」
「え? あの者がそう呼べと言ってきたので。
名前をいただいたのだとか。
僕も、マスターに名前をいただいたことは嬉しかったですからね。
あれは狂犬のような輩ですけど、その気持ちは認めてやります。」
「ふーん……」
俺だけかよ、呼んじゃいかんのは……。
別に! 仲間外れとかそんなことは考えないけどな!
「バーミィ、お前は、人間種にも魔獣にも手を出すでないぞ。」
普通の従者の振りをさせる予定なのだ。
変に戦えることを知られたくない。
「分かっております。」
「おとなしく、カーマインやルビームーンの影に隠れておけ。」
「え、それは良いのですか。」
「なんだ?」
「術を使ってはいけないのかと思っておりました。」
「術?」
「影潜みの術です。マスターの使役する、バックドアノッカーやアサシンマスター、イヤーオンザウォールあたりがよく使っているではありませんか。」
いつからコイツがそういう術を使えないと思っていた……?
「……術は使うな。とにかく、人目につかんように隠れていろ。
私ももうすぐ王都に着く。」
「お待ちしております、マスター。」
「うむ。」
「あ、でもマスター。」
「今度はなんだ。」
「早く来ないと、終わってしまうかもしれません。」
「何がだ。」
「魔獣の襲撃です。
あの主人公、クルスとかいう奴が介入を開始しています。
まだ抑え気味ですけど、本気を出したらすぐじゃないでしょうか。」
主人公が魔獣を片付けるのも、ストーリー通りの展開だ。
俺が参戦できないのは別に問題ない。
バーミィめ、俺をどんな戦闘狂だと思っているのだ。
確かに、珍しいスキルを持った魔獣には、回復させながら延々といろいろ試したりしていたが……
検証が必要なだけで、俺はバトルジャンキーとかではないのだ!
それより、主人公の名前の方が引っかかった。
前にカーマインが聞いたときには、答えなかった。
移動中に、改めて名前を聞くような進展があったということか?
あるいは、主人公が名乗るような流れがあったと?
俺も、結局ミーリアの名を聞いてしまった。
なんなら一緒に出かける約束までしている。
だがこれは情報収集のためだ。
立派な仕事だ。
そうだな、攻略に主人公の情報は役立つはずだ、うん。
カーマインから質問したのであれば問題ない。
そういうことにしよう。
「主人公から名乗ったのか?」
「名前ですか?
いえ、カーマインは前から知っていたみたいですよ。
いつものように、ひとり言でつぶやいてたので。」
くそ、やはり攻略対象か……!
知ってたのに、そんな素振りもしていなかった……!
いや、俺が悔しがる話でもないのだが。
だが。