43︰回想
自問自答している。
三人のNPCを移送するのが、俺の任務だ。
ザムダとか呼ばれていた重装マッチョは、俺のかけた術の影響で膝や腰を曲げることもできず、のけぞって硬直したまま馬車の座席を占領している。
……放っておけば、そのうち回復するだろう。
もう一名の術師は、聞きもしないのに勝手にペイルギューと名乗り、だが俺はそんな名前をいちいち覚える気は無い。
車内はいっぱいなので御者台に座って、馬もいないしボーッとしている。
こいつのことも、まあ放っておけばいい。
問題のもう一名は、俺の馬車の、目の前に座っている。
見た目は立派な貴族令嬢だが、ゲーム的には名も無きモブであり、特段、人間関係を構築する必要はない。
俺は余計なことはせず、雇用主であるカーマインの評判を傷つけない程度の扱いをしておけばよい。
そうだな?
魔道馬車が走り出してから、何度も自分自身に確認していた。
ぼんやりと座っていると、普段は考えないようにしていることが浮かんできてしまう。
俺が何かをすると、たいてい「流れ」からずれていく。
それは、みんなが期待していた流れだったり、俺が望んでいた流れだったり。
俺が、流れを変えてしまう。
こっちでも、あっちでも。
良かれと思ってしたことも、自分では我慢して受け入れたつもりのことでも。
残るのは、失望した顔、とがめるような視線、同情とか憐みみたいな空気。
俺に悪意がないとわかっても、それでも責めてくる連中も大勢いた。
強くなれば、いちいち周りのいうことに動揺せずに済むんじゃないか。
ゲームみたいな世界なんだ、無双できる力があれば、誰も文句など言えなくなる。
そんで、自分の気に入った連中だけ身の回りにおいて、好きに暮らせばいい。
そのために、俺はこっちの世界に来たんじゃないのか。
異世界モノって、そういうもんだろ?
あっちの世界の知識をもとに、きっちり強化してみたんだよ。
ソシャゲのインフレを具現化するとこういうことか、ってな。
一発殴るだけでふつうの人間を六千回殺せる打撃とか、タメ無しで繰り出せる低位の術で城門を四百回ぶち壊せる火力とかな。
俺は、街を、国土を破壊できる力を持つようになった。
で。
有り余る力があっても、結局有象無象が集まってきたさ。
誰かが何かを願ってくる。
別の誰かがそれを変えようとする。
他の奴が止めようとする。
「命を懸けて」
「身を賭して」
「私はどうなってもいい」
「この身を差し出すゆえ」
みんなが勝手に自分を供物にして、結局俺の行動に結びつけてくる。
俺がした何かを、俺がしなかった何かを。
そりゃそうか。
あっちの世界でも、神の扱いなんてそんなものだ。
神殺しの神話も伝承も、あふれかえっていたな。
それくらい、神は呪わしい存在だったんだろう。
やってられなくて暴れてしまえば、ますますいろんなものが壊れるばかり。
どうすりゃいいんだよ。
何もしなきゃいいのか?
誰ともかかわらず、何も持たなけりゃどうなんだよ。
このゲームみたいな世界でも、結局俺に似つかわしい居場所は人里離れた森の中だった。
バーミィがいなかったら、人の暮らしも忘れかけてたかもしれない。
そこらのアンデッドみたいに、昼は土の中で寝て、日が暮れたらうろつくとかな。
ワンダリングの超絶ボスとか、糞ゲー称号狙ってるだろって突っ込み必至か。
バーミィは、そうだな。
拾ってきた猫みたいなもんだった。
やせた野良猫に餌をやった……みたいなつもりだったが、いまじゃどうなんだろな。
認めるのはちょっと怖いが、ペットって感じじゃないし。
久しぶりに森を出る気になったのは、カーマインが「正解」を持ってると聞いたからだ。
あいつの言うとおりにしていれば、ストーリーは流れていく。
俺の「力」に頼る必要もない。
誰かを「頼りにする」なんていつ以来だ。
実際、最初のエピソードはクリアできた感触がある。
わずかだが、心臓の結晶に魔力が溜まっている。
まともな報酬獲得には程遠いが、イベのストーリークリアでポイントを稼いだと考えると、かなり久しぶりのことだ。
カーマインを見てると、まぶしくなる。
俺にできないことをしてるってのもあるが、アルトクリフだったか? 誰かのことを好きだといってはばからない。
バーミィを攻略ってなんだよ。
ルビームーン、精霊のくせにキャラ変わってきてるじゃねーか。
出会ったばっかりの主人公NPCに、なんであんなリアクションなんだよ。
ここはパズ&ダズの世界だと俺は思ってた。
だから、デッキはあってもパーティーはない。
どれだけ強力な精霊を使役してても、仲間なんてものはいないんだと。
いや、パズ&ダズみたいなものだから、って自分を納得させてたのかもしれない。
カーマインにとってはここは「繊月の王国」の世界で、自分が望む相手とハッピーエンドを迎えるのが当たり前って思ってるのかもしれんが。
好感度って、なんだよってな……。
ふふ、って思わず笑っちまった。
と、自分が一人じゃなかったことを唐突に思い返す。
向かい合う席で斜めの位置に座ったご令嬢は、静かにたたずんでいる。
ああ、あんたは確かにラノベじゃない。
十代の頃俺が好きで眺めていた、ミュシャの絵の中の貴婦人みたいだよ。
いろいろ、思い出しちまうわけだ。