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42:請負人

スネアハーピィは五羽か。

黒鋼の短弓に、黒曜の矢を三本まとめてつがえる。


ちなみにこいつは、ふつうの冒険者からしても、そこそこの品質だが珍しくもない弓。

俺は、人間の町に近づくときには、よくこの弓を使っていた。


この世界での弓のいいところは、魔力を秘めた矢を街でも買えることだ。

魔力を込められる魔結晶を使った鏃は、時間を掛ければ低位の魔術系クラフトスキルでも中位の威力のものが作成できる。

小遣い稼ぎに内職をしている術者は多く、この魔矢は多彩なものが流通している。


使い捨てとなるので運用コストはまあまあ高く、冒険者がクエストの中でひょいひょい使っていては赤字になってしまうが、俺の場合、魔矢を買うことはない。

というか実際には魔矢自体使っていないのだが、自分の使う術を魔矢の効果だと見せかけることができて便利なのだ。


狙うでもなく、適当に三本まとめて矢を放つ。

ヒョウ、と音を立てて飛んでいき、スネアハーピィの近くでパン、と破裂する。

あっちで言う榴散弾のようなものだ。


鋭い黒曜石の破片が飛び散って、二羽のハーピィの翼から、羽根がちぎれ舞う。

この魔矢……というか術で破裂させた破片は、低位亜竜や中位飛竜の鱗でも貫く。

欠片は小さくて殺しきるような威力はないが、空を飛ぶ魔獣の類は、翼を傷めるのをひどく嫌う。

見た目は地味でも、牽制や嫌がらせには効果的だ。


ギャアギャアと騒ぎながら、ハーピィたちは速やかに飛び立っていった。

案外賢いな。一発で不利を悟ったか。


そうでなくとも、この辺りは魔素も薄い。

魔獣が長いあいだ活動することはできんだろ。

帰れ帰れ。


さて、修理屋さんが来ましたよ、と。

鼻歌気分で馬車に寄っていくと、地面に転がっていたマッチョが唸り声をあげた。


「おい、貴様ぁ! 俺に何をした!」


自分の足を指さしている。

見ると、プルプルと震えて痙攣している。

産まれたての子鹿か。

こころなしか、おかしな方向にねじれている気がしないでもない。


どうやら、ハーピィにやられたわけではなく、走力を上げるバフが切れた後の、クールタイムのようだ。

そういえば、目立つ怪我もない。


「痛むのなら、治療してやろうか?」


手でマッサージをする真似をしながら、ぶらぶらと近づいていく。

マッチョは、ひぃ、と息を吸いながら首を横に振る。


「しばらくすれば自然に収まるさ。」

たぶん。


……ああ、この感覚。

人間種のパーティーを追い出されてた頃を、思い出す。

闇系の術の凄さの分からん愚か者どもが! みたいにイキってたな……


ま、いくら罵られようが否定されようが、やはり闇系の精霊術の優位は動かん。

炎系もまあいい。木系も案外使える。

だが、それ以外はクソ……いや、失礼。

俺は他人のデッキをけなしたりはしない。

訂正しよう。

俺には選べない、それだけだ。


もう一人の魔道具使いは、片耳を押さえながら歩み寄ってきた。

「あいつらを……追い払ってくれたことには……感謝する。」


「無事で何より。こんなところで、どうした?」


一応、知らんふりしておく。


「誰かさんが馬車を暴走させたおかげでな。傷んでいたくびきが、ついに折れちまった。

おまけにあいつらに襲われたせいで、馬も逃げたところさ。」


おいおい、誰かさんのせいってか?

心の広い俺でもちょっと聞き逃せねぇな。

くびきってなんだったかな。

首木……? 馬とつないでる部品だったか?

何と言い返してやろうかとセリフを考え始めたところで、凛とした声が通る。


「おやめなさい、ザムダ。助けていただいた恩人に向かって。」


ご令嬢が、今度は馬車から降りてきた。

ラノベじゃなかった。


背の高いシュッとした感じのお姉さまが、厳しくも品の良い口調でマッチョをたしなめていた。

ふつうに整えた姿で、ふつうに知的な、いかにも良家の子女だった。


その胸元も顔も、ラノベじゃなかった。

うん、まあ、ゲーム的には、モブなのかもしれない。

知ってるか?

世界によっちゃ、バランス良く優秀すぎると、劇場版に呼んでもらえなかったりするんだぜ……


「キルリア家の傍流、トーリの三女、ミーリアと……」


丁寧なご挨拶、いたみいるところだが、あいにく俺はその手のやり取りに心底興味がない。


「名は聞かぬ。」


「……なぜでございましょう。」


「俺には必要がないからだ。だが、そちらは俺の助力を必要としている。違うか?」


「魔獣からお助けいただいたうえ、さらにお力に頼るのは、いささか遠慮を知らぬ者の振る舞いかもしれませぬが……」


「その遠回しも必要のないものだ。要するに馬車が走れぬのだな。」


まだ動けそうな術師の方の男に声を掛ける。


「縄か鎖を用意しろ。うちの車でひいていく。」


よかった。

心の中で安堵の息をつく。


つなぐだけなら、修理というほどでもない。

というか、俺がやる必要もない。

それに、馬の代わりにひいていくだけなら、ご令嬢と一緒に乗る必要もない。

ゆっくり走って王都に向かうだけの簡単なお仕事ってわけだ。


のはずだったのだが。


「重ね重ね、厚かましい申し出だが……」

術師の男が、ご令嬢を俺の馬車に乗せてくれと言ってきた。


身体が硬直して縮こまれない重装マッチョを乗せると、座席をすべて占領してしまうのだと……。


俺か、俺が悪いのか?



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