40:連絡
「マスター。」
盗賊を再び眠らせたところで、バーミィからの念話だ。
「どうした。」
バーミィと俺が、念話で連絡を取り合えることは秘密にしてある。
カーマインのことを疑っているわけではないが、まだ奴にはこの世界の常識というか認識が足りない。
これだけの距離を置いて念話で普通に話せる奴を、俺はバーミィの他に知らない。
うっかり他の術者に喋られたりすると、要らん興味を持たれてしまう恐れもあるからな。
「例の貴族の馬車が、故障で立ち往生しています。僕達の馬車が、追いついてしまいました。
今は、主人公が貴族と話をしています。」
「ふうむ。わかった。とりあえず、そちらに向かうことにしよう。」
念話でバーミィの報告を聞きながら、召喚の門を開く。
セブンブラックドワーブズが、のっそりと現れる。
「ご苦労。パージは一部のみで済んだ。さ、修理にかかれ。」
手短に指示する。
「うむ。」
「ああ。」
「了解した。」
最初の三人は、車輪や馬車の車体、車軸に取り付いてさっさと作業を開始している。
その動きは、サーキットのピット作業を思わせる熟練のものだ。
「パージの具合は検証しないのか。」
「パージの機能は、必要ないならば殺した方が良くないか。」
「パージが不要になるのなら、強度バランスも修正したいが。」
残りのメンバーはやや手が空いたらしく、馬車の今後について検討を始めている。
いや、この馬車の出番は恐らく王都までの片道なんだが……
近々用済みになるなどというと、また落ち込むかもしれん。
ここは黙っておこう。
「作業に必要な時間は。」
「五分もあれば。」
「三分だな。」
こいつらは、大体必要以上の精度やスペックを追求しがちだからな。
今も、車体の傷を磨いて消そうとしていた一人の手を止めさせたところだ。
おかしいだろ、俺一人で応急処置してるだけなのにピカピカになって戻ったら!
ごにゃごにゃと苦情を申し立てていたが、俺は右から左へ聞き流していた。
こちらも考えることが色々ある。
魔道馬車のカスタムトークも嫌いじゃないが、また今度な。
さて。
三つのグループが合流してしまうというのは、事前に検討していた状況の一つではある。
だが、このタイミングで貴族の馬車が故障というのは、やや想定外だった。
故障して動けないでいるところを盗賊に襲われるか、移動できなくなっているところに俺たちが通りかかるというパターンは考えていたのだが、先行させた後に故障で追いついてしまうとは。
重装マッチョのセリフが頭に浮かぶ。
「馬車の修繕も万全ではないというのに、あんな走り方をさせては……」
……ひょっとして、俺のせいか。
肩に、何か重い物がのしかかったような気分になる。
俺が無能なのか、疫病神でもついているのか。
ああそうさ、向こうでもこっちでも、結局物事は悪い方へ、面倒な方へ転がっていく。
ネガティブなスパイラルに陥っていたところに、ドワーフの声がかかる。
早いな。三分も経っていないんじゃないか?
「これで、走行可能だ。」
「急いでいるならば、速度を出すのか。」
「馬力を上げるか。強度は足りるはずだが。」
「いや、考え事もある。そこまでは飛ばさんよ。」
なおもまだアレコレ言いかけていたので、全員まとめて送還してから、出発した。
魔道馬車は全自動でも走れるが、半ば手動で走らせる。
向こうでも、俺は運転が嫌いじゃなかった。
田舎ってほどじゃないが、クルマを持ってるのが普通の土地の出身だったし、社会人になってからも、たまにカーシェアリングなんかを利用して、遠出をするでもなく、まったりドライブしていたもんだ。
どこに行くでもなくドライブって話を同僚にしたときには、「そのまま崖からドンとか、変なコト考えたりしないよな」って心配されたのはどういう事なんだろうな……。
こっちに来てからは、クルマどころじゃない乗り物もいろいろ手に入れたんだが、いざ持ってみると案外乗らないってのは不思議なもんだ。
自分自身で飛んだり転移できるってのももちろんあるんだろうが、仕事から離れてみると休暇なんて別に欲しくないってのと似てんのかな。
久しぶりに馬車で地面を走ってみると、振動や遠心力の感触が、リズミカルに体を刺激してくる。
何となく、気分のモヤが晴れていくみたいだった。
「バーミィ、どうなっている。」
「カーマインと主人公が、先ほど話し合っていました。
我々は急ぐので先に行くけれど、後から追ってくる従者なら何かできることがあるかもしれないと、貴族たちに伝えるようです。」
なるほど、そうなるわな。
自分たちの馬車が修理できるのであれば、貴族の馬車も修理できてもおかしくない。
主人公の手前、まったく知らんぷりをするのは難しかろう。
本当を言えばカーマインは別に急ぐ用事などないのだが、それだと主人公と一緒に移動する理由もなくなってしまうからな。
「マスターのことを、まるで小間使いのように。許されませんよ、こんなこと。」
バーミィのむくれっぷりが目に浮かぶようだったが、スルーだ。
「何かあれば、また連絡してくれ。」
貴族たちを残して主人公とカーマインで旅を続けるのは、理想的な形でストーリーを追う展開とも言える。
問題はだ、俺自身は馬車の修理など全くできん、ということだな。