37︰同行
魔法使いは盗賊たちを放置したままだったので、立ち上がった俺が盗賊の手足を縛っていく。
放置したって構わないのだが、演技にはディティールが重要だからな。
殺されかけた人間種ならば、気絶しただけの敵に無警戒ではいられまい。
心情的にも。
弓使いの弓を眺めてから遠くへ投げ捨て、何度も切りつけられた曲刀使いの脇腹につま先で蹴りを入れておく。
人間だもの、このくらいはするでしょう?
そこへ、馬車の中からカーマインがしずしずと登場だ。
降りるときのドレスの流し方、足の運び、歩き方。
顔を上げてかすかに微笑み、スカートをつまんでご挨拶、と。
大した成りきりだぜ、カーマイン。
「お助けいただき、感謝いたします。
ゆえあって家の名は明かせませんが、我が名はカーマインと申します。
よろしければ、お名前をいただけませぬか。」
こっちの貴族はピンからキリまでいろいろだったが、その中でも貴族らしい貴族に見える。
それはいい。
だが、なぜそこで頬を赤らめているのか。
「僕は、名乗るほどの者ではありません。
それに、感謝されるいわれもありませんね。
道をうろついていた野良犬を追い払っただけですから。」
聞きようによっちゃ傲慢ともとれる口ぶりなんだが、イケメンオーラが爽やかなセリフのように聞かせてしまう。
くっ。
二人の会話に入る気にもならず、俺はしゃがんで馬車の様子を見ている。
車軸と車輪は無事だが、留め金がバラバラに吹き飛んだようになっている。
「ギル、馬車の具合はどうですか。」
たおやかな口調で、カーマインのお言葉が頭上から降りてくる。
「仮の部品を作って交換すれば、走り出せるでしょう。
ただ、部品を用意するのには、しばらくお時間をいただかねばなりません。」
「そうですか、それは困りましたね……。」
魔法使いが、声を掛けてくる。
「お急ぎなのですか。」
「ええ、実は今日のうちに王都へ向かわなければならないのですが……。」
「僕も、王都の方面へ向かうところです。もしよろしければ、僕の馬車に乗っていかれますか。」
「ええ、よろしいのですか……?」
「僕のほかに三人ならば、乗ることができると思いますよ。」
「では、私とこの二人をご一緒させていただけないでしょうか。
私の警護と従者を務める者たちなのですが。」
カーマインが、ルビームーンとバーミィを引き合わせる。
悪いがこの馬車は四人乗りなんだ、ってか。
いやまあ、俺が残るのは予定通りなんだが、なんだか仲間外れにされてる気分だ。
くそっ、やっぱりこいつはいけ好かん。
念のために注意して観察していたが、魔法使いはルビームーンの姿を見ても何の反応を示さなかった。
レンジャーマントの隠蔽が機能していたとしても、バルキリーシリーズの顔を知っていれば精霊と気づく。
こっちの世界では上位精霊自体ほんとうに珍しいが、ゲームの方ではコラボ以外のどのガチャでも排出される扱いで、バルキリーは無課金でも複数持っているのが普通の精霊だった。
プレイヤーではない、ということだろう。
それに、このエメラルドサターンは、特に隠蔽系の装備をしていない。
精霊の使役を隠していないということは、国に認められた精霊術師ということ。
賭けてもいいが、パズ&ダズを知っている奴が長期にわたってメインストーリーの主人公役を演じることはあり得ない。
力関係が、いびつすぎる。
そこらの国の枠組みに収まっていようとするのは、例えば数億円を不動産経営で稼ぐ人間がワンオペのコンビニでアルバイトとして働くようなものだ。
あるいは、アラサーの俺が小学一年生を何年も繰り返すような。
……いや、小学一年生に囲まれた生活を繰り返したい人間もいるかもしれないか?
とにかく、金にしろ強化素材にしろ魔道具にしろ、パズ&ダズの世界で国やギルドに属して受け取れる報酬や何かに価値があるのは本当に序盤だけだ。
銀貨百枚もあれば一年食っていけるこの世界で、例えば特に金集めなどしていない前回のイベでも、報酬の金は金貨八千枚はあったはず。
街の市場や店では、中盤以降で用いるような素材は手に入らないから、俺には使い道も無いんだが。
それにしても、この魔法使いの視点からすれば突っ込みどころはいろいろあるような気がするが、こんな適当な流れでもストーリーに乗っていけるらしい。
この魔法使いも、俺たちから見た「主人公」というNPCのような存在ということなんだろう。
逆に言えば、ストーリーを知らなければ、とてもじゃないが乗っかっていけない。
ソシャゲのイベントのストーリーなんて、頭のおかしい脚本、いくらでもあるからな。
となれば、あとはカーマインにおまかせだ。
俺は馬車を修理でき次第に追いかけるということにして、三人を乗せた馬車は出発する。